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柳田さんに取り憑かれた日のこと  作者: せなね


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第十四話 『月島さんとごへいもちん⑫』


 山に足を踏み入れた途端、月島さんはそれまでの飲み食いをぴたりとやめた。

 そして、無言で山道を登り始める。

 僕は、黙ってその後ろをついて行った。



 頂上には一時間と少しくらいで辿り着いた。

 「・・・」

 月島さんは、広場の真ん中に立ち、崩壊した黒い祠を見つめている。左腕を自分の右手で押さえていた。微かに震えているのが分かる。

 僕は、無言で月島さんの側に立った。

 何となく、そうしなければならないように思えたからだ。

 月島さんは一瞬だけ僕の顔を見ると、すぐに視線を祠へ戻した。

 そうして、僕らはお互い言葉を交わすことなく、並び立ったまま夜を迎えた。

 僕の指に何かが触れる。

 目を向けると、月島さんの指が絡んでいた。僕はそれを受け入れるようにそっと手を開き、彼女の手を握りしめた。



 次の瞬間、月島さんの身体が淡い光に包まれる。



 その光が晴れると、そこには人型のカカポが立っていた。

 あの時の、カカポ人間だ。

 (やっぱり、アレは月島さんだったんだな・・)

 改めて、そう理解する。見た目にギャップがありすぎるのと、『カカポ人間って何だよ?』という心の中の消えないツッコミのせいで、僕は未だに信じきれていなかったのである。

 僕は改めて月島さん━━カカポを見やった。

 最初に見た時は少しおっかないなと思っていたのだが、こうして見てみると、月島さん(カカポ)は、愛嬌があって可愛いらしい顔立ちをしている。僕は、ほっこりした気持ちになっていたのだが━━


 「ぺっ」


 カカポが地面に唾を吐くのを見て、その気持ちが急速に冷めていくのを感じた。

 「・・・嘴に、唾が溜まるから」

 月島さんが、少しだけ恥ずかしそうに言い訳する。

 僕はそっと目を逸らして、「・・ああ、うん」と、返しておいた。

 それきり、僕らは一切言葉を交わさなかった。

 虫の鳴き声すらしない夜の山の中で、時折「ぺっ」という唾を吐く音だけが聞こえていた。

 月島さんの手は、もう震えてはいなかった。



 月島さんは三十分ほどで元の姿に戻った。後に聞いた話だが、月の光が雲に隠れたりしない限り、だいたいそれくらいの時間で元に戻るのだそうだ。

 人間の姿に戻ると、月島さんは払い除けるように僕の手を振り解き、何も言わずにさっさと広場を後にした。僕もそれに続く。辺りは完全な闇で、僕はスマホのライトで足元を照らさなければならなかったが、月島さんは迷いなく夜の山道を降っていく。カカポ人間なだけあって視力も常人とは違うのだろうかと考えていると、目の前で月島さんが盛大にコケた。顔面からモロだった。

 「・・・」

 大丈夫?と声をかける僕を無視し、月島さんは無言で立ち上がると、再び何事もなかったかのように歩き始めた。


 そして、またコケた。


 「・・・貸してあげるから、これ使って歩きなよ」

 「・・・」

 月島さんは、僕からスマホを受け取ると、先とは打って変わった慎重な足運びで山道を降り始めた。

 後に緑ヶ丘先生から聞いた話だが、この頃の月島さんはエロサイトの見過ぎでスマホを没収されており、通話以外何も出来ないタイプのガラケーしか持っていなかったそうだ。あと、人より夜目が効くとか、そういうことも全然無かった。冷静に考えたら鳥類なんだから当たり前だった。



 麓に辿り着くと、登山口の近くに黒塗りの外車が停車していた。

 運転席には知らない女の人が座っていて、僕と目が合うと卑屈な笑みを浮かべて会釈した。何となく、苦労人っぽい人だなぁと思った。

 月島さんは当たり前のようにその車に乗り込むと、僕に一言も声をかけることなく、そのまま去っていった。

 一人置き去りにされた僕は、

 「あの、僕のスマホは・・」

 と、呆然と呟いていた。



 スマホは次の日返してもらった。しかし、中を見ると、入れた憶えのないアプリがいくつか入っていた。ギガも全部なくなっていた。帰宅してウィルスチェックをすると『未確認の〜』『危険な〜』『深刻な汚染』『探知しました』といった、出てはいけないワードがずらりと飛び出した。僕はその日のうちに機種変更し、元のやつは処分してもらった。それからしばらくして、東南アジアから変な請求書がウチに届いた。親にガチギレされたが、僕は冷静に『一日だけ待ってください。すぐに解決します』と言い、緑ヶ丘先生に請求書を持っていった。緑ヶ丘先生はまことに申し訳ねぇッスと頭を下げ、保健室を出て行った。その日のうちによく分からない会社から僕の家に『請求書は間違いだった』という旨の電話がかかってきて、僕の疑いは一応晴れた。それからしばらく、月島さんと緑ヶ丘先生は学校に来なくなった。ある日、何となくスマホを眺めていたら、SNSに『ゴビ砂漠に仏像を背負った美少女がいる件』という動画がポストされていた。開いてみると、大きな石仏を背負った金髪の女の子がゴビ砂漠を猛ダッシュしている映像が流れてきた。この女の子、月島さんにちょっと似ているなと思った。女の子は、トゲトゲと火炎放射器でデコレーションされた世紀末仕様のバギーに乗った頭のイカレたチンピラ女に追い回されていた。この頭のイカレたチンピラ女、緑ヶ丘先生にすごく似てるなと思った。月島さんと緑ヶ丘先生はその一週間後に帰ってきた。二人とも格ゲーの2Pカラーみたいに日焼けしていた。



 次の満月の日。

 予想通りというか、2Pカラーになった月島さんが正門の前で待ち構えていた。ただし、今度は無理矢理腕を掴まれるようなことはなく、月島さんは顎をくいっとやって僕について来いと命じた。逆らっても碌なことにならないのは分かっているので、僕は大人しく月島さんについていった。

 途中、スーパーに立ち寄ると、月島さんは先月と同じように僕のポケットに手を伸ばしてきた。しかし、どれだけまさぐっても財布が出てこない。当たり前だ。多分今日も連れていかれるのだろうなと予想していた僕は、対策として財布を家に置いてきたのである。僕は勝ち誇った顔で上着のポケットを改める月島さんを見下ろした。月島さんはムッとした表情をし、しゃがみ込んでズボンのポケットを漁り始めた。好きなだけやってくれ。どれだけ探しても無いものは無いのだから。僕は余裕の笑みを浮かべていたのだが━━

 「あらやだ、見て奥さん」

 「いやねぇ、はしたない。最近の子ったらまったく・・」

 「嘆かわしい・・日本、嘆かわしい!!」

 通りすがりの出来損ないの三人官女みたいな顔をしたオバサンたちに、軽蔑の目を向けられた。

 恐る恐る下に目を向けると、月島さんは僕の股間の前でしきりに頭を動かし、「ん、ん」と言いながら尻ポケットをまさぐっていた。僕は自分の顔を両手で覆い隠し、どうかSNSにアップされませんようにと神に願った。



 月島さんは諦めが悪く、たっぷり十五分くらい身体検査された。その間、何人かにスマホを向けられた。SNSにアップされないことを神に祈るしかない。

 「・・・ちっ」

 月島さんは逆ギレの極みのような舌打ちをすると、僕を仇のように睨みつけながら立ち上がった。何故そこまでキレられなければならないのか本当に分からなかった。

 スーパーに入ると、またもや月島さんはポテチとコーラを爆買いした。やはりというか、ポテチは全部コンソメ味だった。

 会計の際、月島さんは財布から一目で普通のやつではないと分かる黒いカードを出してピッとやった。それを見て、この女マジかと色々な意味で思った。



 その後。僕は先月と同じように荷物持ちをしながら、月島さんがポテチとコーラを貪りながら歩く後ろを黙ってついていった。当然のように、ポテチ一枚コーラ一滴たりとも分けてはもらえなかった。

 ただ先月と違い、月島さんは山に入った後も飲み食いをやめなかった。そのことを少しだけ不思議に思いつつ、僕は落ち葉を踏みしめる音とポテチを食べる音って何か似てるなと、どうでもいいことを考えていた。

 そんなこんなで頂上に辿り着く。

 頂上の広場に入ると、月島さんは飲み食いをピタリとやめた。そして、固い顔をして例の祠をじっと見つめた。身体は震えていなかったが、やはりまだ緊張━━恐怖が残っているように思える。僕は月島さんの後ろ姿を見守っていたのだが━━

 ふいに、月島さんが振り返った。


 

 めちゃくちゃ睨まれた。



 「・・・え、何?」

 僕がそう言うと、月島さんは更に不機嫌そうな顔をし、左腕をペンギンのようにペチペチと動かし始めた。

 「?」

 意味も意図もまったく分からない。僕が首を捻っていると、月島さんは、

 「・・・ちっ」

 と、舌打ちし、僕の側へやってきた。そして、横目で僕を睨みつける。

 その段になって、僕はようやく月島さんの求めていることを理解する。

 僕は苦笑し、月島さんの手をそっと握った。

 「・・・ふん」

 月島さんは拗ねたような声を出すと、唇を尖らせてそっぽを向いた。

 その様子を見て、まるで気難しい猫みたいな人だなと、僕は思った。



 やがて夜がやってきた。

 月島さんの身体が淡い光に包まれて、カカポに変身する。カカポの時も2Pカラーになるのだろうかと密かに期待していたのだが、普通に緑色だった。そのことを少しだけ残念に思いつつ、僕は月島さんから目を逸らした。しかし━━



 「クェクェ・・クェ・・」


 

 何やら普通ではない声が聞こえた。

 ギョッとして横を見ると、カカポが小刻みに痙攣していた。

 そして、錆びた機械人形のような動きで僕の方へゆっくりと首を回すと、涎でダラダラになった嘴を開いたのだった。



 ━━━あれ? これってもしかして、僕食べられちゃうパターンかな?



 パッケージ以外何一つ気合いの入っていないB級ホラー映画のような展開だった。じりじりと距離を離そうとする僕を、カカポは逃すまいとして腕をがっちり掴んでくる。そして、



 「クエエエエエエエエェェェ!!!」



 という大きな奇声を上げて、僕に飛びかかってきたのだ。

 絶対死んだ。僕死んだ。そう思っていたのだが、

 「クエエエエエエエエェェェ!!!」

 カカポは僕の背中へ飛び乗ると、耳障りな奇声を上げて頭をバシバシ叩き始めた。覚悟していた海外のグロ映画のようなことは何もしてこなかった。

 「クエエエエエエエエェェェ!!!」

 「・・・」

 しかし、これはこれで怖い。僕は恐る恐る、

 「あ、あの、月島さん・・痛い、です」

 と、言うと、

 「クエエエエエエエエェェェ!!!」

 一際大きい奇声の後に、頭を思い切りしばかれてしまった。何もかもが意味が分からなかった。

 それから結構長い時間、僕はされるがままに、カカポに「クエエエエエエエエェェェ!!!」され続けた。



 「・・・ふぅ」

 謎の行動が終わると、カカポは風呂上がりのような声を出して僕の背中から降りてきた。

 「何か分かんないけど、これ、たまんねぇなぁ・・」

 カカポはそう呟いて、ぐへへと笑った。嘴から涎が滴り落ちていた。

 「・・・」

 山から降りる際、僕は月島さんからトラック一台分の距離を取って歩いた。



 翌日。

 何故か、その日も月島さんが正門の前で待ち構えていた。

 僕があれ?と首を傾げていると、月島さんはつかつかと僕の前へ歩いて来て、

 「ぐぇ」

 いきなり腹パンされた。そして、胸倉を掴んで引きずり起こされると、



 「『カカポ』で検索するの、禁止だから」



 と、意味のわからないことを言われた。

 「・・・検索したら殺す。絶対絶対、殺す・・!!」

 月島さんの顔は、何故か真っ赤になっていた。何一つ意味が分からなかったが、あまりの迫力に、僕は「はい」と頷いた。

 その約束は、今でも一応守っている。




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