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柳田さんに取り憑かれた日のこと  作者: せなね


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第十二話 『月島さんとごへいもちん⑩』


 カカポ。

 地上最弱の鳥。警戒心がなさ過ぎて絶滅しかける。太りすぎて飛べない等等。残念エピソードの宝石箱みたいな生き物なので、たぶん知っている人も多いのではなかろうか?

 ・・・言いたいことは分かる。



 カカポ人間って、何だよ? 



 満月の夜に変身するのって、普通オオカミ人間なんじゃないの? 何でカカポになるの? カカポと満月って何の関係もねぇじゃん。いや、オオカミだってねぇよと言われたらそれはそうなんだけど、オオカミは満月の夜に遠吠えとかするし、月に関係する民話や伝承とかいっぱい残ってるじゃないか? でも、カカポは何にもないよ? 満月だからって、カカポ別に何もしないよ? それなのに、何でカカポなのさ?



 それは、僕も聞きたい。



 「クエエエエエエエエェェェッッ!!! にょにょん クエエエエエエエエェェェッッ!!! にょにょん クエエエエエエエエェェェッッ!!! にょにょん クエエエエエエエエェェェッッ!!! にょにょん クエエエエエエエエェェェッッ!!! にょにょん」

 「・・・」

 先程から、月島さんは僕の頭をバシバシと叩きながら大声で謎の奇声を発している。

 これは別に、来るべき時が来たとか、違法な薬物を摂取したとか、そういうことではなくて、カカポ人間になった時の月島さんの癖なのである。

 癖というより、発作といった方が正しいかもしれない。どういうわけか知らないけど、月島さんはカカポ人間に変身した直後に、この謎の行動を取り始めるのだ。

 「クエエエエエエエエェェェッッ!!! にょにょん クエエエエエエエエェェェッッ!!! にょにょん クエエエエエエエエェェェッッ!!! にょにょん クエエエエエエエエェェェッッ!!! にょにょん クエエエエエエエエェェェッッ!!! にょにょん」

 「・・・」

 正直やめて欲しいんだけど、この状態の月島さんは何をどうやっても止められないので、僕は心を無にして発作が治まるのを待ち続けた。いつもは「クエエェェッ!!」だけなのだが、今日は例のチョーカーのせいで「にょにょん」という謎語尾が追加されている。うざさが三倍増しになった気がした。

 「クエエェェッ!! ・・・ぺっ!」

 そして、だいたい一分に一回の感覚で唾を吐く。

 月島さん曰く、カカポ人間状態だとやたらとクチバシのところに唾が溜まるので、定期的に吐き出さないと気持ちが悪いのだそうだ。

 カカポ人間とか関係なく、いまさら月島さんに年頃の女の子がどうだのモラルがどうだの言う気はないので、別に好きにやってくれて構わないのだけれど、せめて僕の背中から降りてやってほしい。飛沫が微妙に靴にかかって汚いのだ。

 「・・・ふうっ」

 十分後。月島さんは一仕事終えたような吐息を吐くと、満足げに僕の背中から降りてきた。

 「やっぱこれをキメねぇと始まんねぇにょにょんな・・」

 そして、変な薬にハマってる人みたいなことを呟いた。

 「・・・月島さん、前から言ってるけど、クエエェェッ!!の最後に、和太鼓の締めみたいに僕の頭を思い切りバチコン叩くのやめてくれないかな? すごく痛いんだけど?」

 僕がそうお願いすると、月島さんは前屈みの姿勢でじっと見つめてきた後、無言で足元に唾を吐いてきた。何で逆ギレされてるのかまったく分からないけど、やっていることが五十を超えたチンピラのようだった。

 「あと月島さん、話してる最中に峠攻めてる時のステアリングみたいに頭をくいっくいって左右にするのもやめて。笑っちゃいそうになる」

 僕がそう言うと、月島さんは「クワァァ!!」と威嚇行動を取った後、いきなりビンタしてきた。そして、大きく口を開くと、渾身の大声で、



 「カカポ舐めんなにょにょん!!」



 と絶叫した。

 舐めてないし。カカポのことも月島さんのことも舐めてないし。・・・でも正直言うと、カカポ人間のことはちょっとだけ舐めている。僕は本心を悟られないよう、頬を抑えながら「・・すいません」と言った。

 「ぺっ!!」

 月島さんは勢いよく地面に唾を吐くと、

 「謝り方がなってねぇにょにょんな!」

 と、更なる難癖をつけてきた。

 僕はだいぶ投げやりな気持ちで「土下座すればいいんでしょ。土下座すれば」と言って膝をつこうとしたのだが、月島さんに「クエエェッ!!」と言って頭を叩かれた。

 「嫌々やってんじゃねぇにょにょん!! こっちが悪いみたいじゃねぇかにょにょん!!」

 いやその通りでしょという気持ちを込めて月島さんを見上げると、またしても「クエエェッ!!」と言って頭を叩かれた。そして、



 「誠意が足りねぇんだよ!! 誠意が!! 服脱げやオラァァァァ!! にょにょん」



 と、究極に意味の分からんキレ方をされた。



          ※



 カカポに変身する際、頭蓋骨の形が変わる影響なのか何なのか知らないが、カカポ化した月島さんは、酒のせいで昇進できないと思い込んでいるクソ無能の上司みたいな厄介な酔っ払いになってしまうのである。

 酔いのパターンは様々だ。

 大体は怒り上戸になるのだが、時折泣き上戸になったり、笑い上戸になったりもする。その三種を全部やる時もあった。



 しかし、今日ほど酷い状態の時はなかった。



 「ちょっ・・月島さん、やめて!! やめてってば・・!! やめっ・・やめろぉ!!!」

 カカポが、急に僕を押し倒してきた。そして、抵抗する僕を凄まじい力で押さえつけると、引きちぎるようにして服を剥ぎ取っていく。カカポ人間の秘密がバレることとかどうでもよくなった僕が、「お巡りさーん! 助けてださい!!」と叫び始めた頃には、僕は上半身裸で、ズボンを半分以上脱がされた状態になっていた。

 カカポの猛攻は止まらない。それどころか、「私も脱ぎゃあいいんだろ、脱ぎゃあよぉにょにょん!!」と狂ったことを言って上着を脱ぎ始めた。大き目のブラジャーが僕の顔に投げつけられる。布越しに、カカポの体温と体臭をモロに感じた。男としてのプライドの崩壊と危機を覚えた僕は、大慌てでそれを投げ捨てる。上を向いてキッと睨みつけると、カカポはドヤ顔で自分の胸を見せつけていた。しかし、全身を覆う緑色の体毛のせいで、変な全身タイツを着ている人にしか見えなかった。色気のいの字もなかった。

 カカポは不愉快そうに顔を歪める僕を見て、頭をくいっくいっと左右にやりながら、こう言った。

 


 「お前なんで勃ってねぇにょにょんか?」

 「カカポで勃つわねーだろ、バカやろうがよぉ!!!」



 ここ数年で一番の怒声が出た。

 カカポは「ハァ!?」と逆ギレし、僕の顔の横の方を目がけて唾を吐いた。

 「てめぇ、柳田なんかでシコってるド変態の分際で、この私に迫られて勃たねえとか許されると思ってんのかにょにょん!!!」

 「誰がそんな悪趣味なことするかよ! いきなり何を言ってんだ!! 柳田さんで抜くとか、食品サンプルで白米食べるようなもんだぞ!! つーか、そもそもこんな状況で勃つわけねぇだろ!! 状況考えろよ、状況を!!」

 「うるせえにょにょん!!」

 頭を思い切り張り倒された。

 こんっのと思って見上げると、カカポはプルプル震えながら拳を握りしめていた。

 「お前は・・お前は!! 私がどんな気持ちでいたと思ってるにょにょんか!! 私は勉強なんて何も出来ないし、性格はDV気質だし、実家は金があるだけのクズの集まりだし、いいところなんて何もないにょにょん!! だからせめて、容姿だけは人並み以上になろうと思っていっぱいいっぱい努力してきたにょにょん!! それなのに・・それなのに、お前はよりにもよって柳田なんかに惚れやがって・・せめて、お前が惚れたのが安西や風間だったら納得がいったにょにょん。桜川だったら流石に引くけど、朝霞奈や久喜原だったとしても別にいいにょにょん。でも、柳田は・・私と同じ、容姿以外大した取り柄のない柳田に惚れたのは許せねぇにょにょん!! 同じ顔だけの女だったら、何で、何でお前は・・」

 月島さんは一息に捲し立てると、がっくりと肩を落とした。

 「・・・」

 僕は、ただ黙って彼女の姿を見つめることしか出来なかった。

 ・・・あと、今はこんなこと考えていい空気じゃないのは分かっているけれど、さっきから柳田さんすごいディスられてるなと思った。

 「・・・お前が柳田とキスしてるのを見た時、あまりの気持ち悪さに吐きそうになったにょにょん。私は昔、インターネットでちょっとした調べ物をしていた時に、うっかり目がカメレオンみたいになったオッサンがヤギを相手に腰を振ってる動画を見てしまったことがあるにょにょんが、アレより気持ち悪い光景がこの世にあるとは思わなかったにょにょん。気持ち悪くて気持ち悪くて、それがショックで、私は気付いたら声を出せなくなってたにょにょん・・」

 「月島さん・・」

 ちょっとした調べ物って、絶対にちょっとした調べ物ではないよね?というツッコミが頭に浮かんだが、今はそれを言うべき時ではない。言葉をぐっと呑み込むと、ふと、月島さんが何かをじっと見ていることに気がつく。何だろうと思い目線を追うと━━

 カカポが、僕の股間をガン見していた。



 「お前、もしかしてすごく小さいにょにょんか?」



 「ハァ?」

 僕が過去一の「ハァ?」を言うと、カカポは頭をくいっくいっと左右に揺らしながら、

 「お前、実はもう勃ってるんじゃないかにょにょん? お前のモノが小さすぎて分からないだけで、実は勃ってるんじゃないかにょにょん?」

 と、言った。微かに嘲笑が混じっていた。

 テメェこの野郎いい加減にしろよと怒鳴り散らしそうになった時、カカポの魔の手が僕のトランクスに伸びてきた。

 「見せろにょにょん!!」

 「やめろぉ!!」

 再び、世界一意味の分からない攻防戦が始まる。

 僕らは「やめろ!!」「見せろ!!」と言い合いながら、不毛の極みの争いを続けた。

 いったい何なんだ? いつも無茶苦茶な人だけど、今日のカカポ━━月島さんは、本当にどうかしている。『森の畜生モード』の影響なのか? だとしてもこれはキレる。流石の僕でもキレる。今日一日散々引っ掻き回された上、最後にカカポに逆交尾されかけるとか、ありえないにも程がある。

 僕が、この野郎いったいどうしてくれようかと歯軋りしながら考えていると━━



 ふっ、と、辺り一面が暗闇に覆われた。



 月が雲に隠れたのだ。

 あっと思った時には、カカポの身体は淡い光に包まれていて━━



 次の瞬間には、神々しい身体をした半裸の美少女が、僕の上に跨った格好でポカンとした顔を晒していた。



 お互い、( ˙ㅿ˙ )こんな風な顔をして見つめ合う。

 「あ」「あ」

 声を出したのは同時だった。

 しかし、「あ」と言った理由はお互い違っていた。

 月島さんは恐る恐る僕の下の方を見やり、次いで、全身を煮詰めたトマトのように真っ赤にさせた。

 違うんです・・これは・・違うんです!! 不可抗力なんです!!! と僕が叫ぶ前に、



 「いやあああああああああああっっ!!!」



 という、事件性の高い悲鳴と共に、月島さんの拳が僕の顔面を容赦なくぶち抜いたのであった。




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