第十一話 『月島さんとごへいもちん⑨』
果たしてどうなることかと思ったが、変な輩に絡まれるようなこともなく、僕らは無事目的地に辿り着くことが出来た。
途中、月島さんが「ポテチとコーラもっと欲しいにょにょん!」と駄々をこねたため、僕が「ダメです。今日の分のポテチとコーラはもうお終いです!」と言うと、「いやだにょにょん・・いやだにょにょん!!」と言って暴れたため、宥めるのにかなりの時間を要してしまったが、何とか夕刻前に、いつもの山の頂上に辿り着くことが出来た。
しかし、ここはそんなに標高の高い山ではないとはいえ、学生服とスニーカーで登るのは中々にしんどかった。僕はムスーっとしている月島さんを横目に見ながら、近くにあった大きめの石に腰掛けた。そして、ふうっと一息つく。
(ここは来る度に、どんどん荒廃していくな・・)
『力』の元が無くなったせいだろう。かつては陸上競技場のように雑草一本生えていなかった広場は、今や周囲の薮と同化しつつあった。
僕は次いで、広場の奥にある『モノ』に目を向けた。
半分以上崩れ落ち、最早腐った材木を積み重ねただけのように見える、あの『黒い祠』を。
雑草と菌糸類に侵食された黒い材木の間に、かすかに赤いものが見えた。しめ縄の成れの果てだろう。かつてそれが巻かれていた大きな石は、今はもう、どこにも見当たらない。
僕らは、意図的に『そこ』からは離れて座っている。もう何の力も残っていないのは分かっているけれど、それでも、あまり気分の良いものではないからだ。
特に、月島さんにとっては。
「むー・・にょにょん。むー・・にょにょん」
その月島さんは、先程から謎の呟きをしながら広場をくるくる回っている。そして時折、石や雑草を蹴っ飛ばし、僕の方を恨めしそうに見つめるのだ。
「やっぱり今からでも麓に降りて、ポテチとコーラを買ってこようにょにょん。お腹が空いたにょにょん」
月島さんが、地団駄を踏みながら言った。
「だーめ。我慢しなさい。もうすぐ日が暮れるんだから、いま麓に行ったらえらいことになるよ? 前の時みたいなことになったら、今度こそ緑ヶ丘先生に装備三百キロ背負った状態でサハラ砂漠縦断マラソンやらされることになるんだよ? それでもいいの?」
僕がそう言うと、月島さんはしぶしぶといった風に唇を尖らせてその場にしゃがみ込んだ。汚れるから大きな石があるところに腰掛けなさいと言うと、月島さんは無言でぷいっとそっぽを向いた。『森の畜生モード』の月島さんは、こんな風に聞き分けのない幼児化してしまうので扱いにくい。・・・いや、普段の月島さんも、扱いやすいとは到底言えない人ではあるのだが。
(でも、日没が迫った状態でポテチ買いに行くのを強行したりしない分、普段よりはほんの少しだけマシなのかもしれない・・)
そういうことが、前にあったのだ。
僕が「もう無理だ」と言うのも聞かず、「いや、まだ間に合う」と言ってポテチの買い出しを強行した結果、山に戻る途中で日が暮れてしまい、月島さんが『変身』してしまったことがあったのだ。更に悪いことに、その時の姿を写真に撮られてしまい、『土井山町に謎の怪人JK現る!!』と、ネットを騒がせることになってしまった。その場は何とか乗り切ったものの、翌日、月島さんは学校を欠席した。緑ヶ丘先生にどうしたのかと訊ねると、「簀巻きにして鳴門海峡に捨ててきた」との答えが返ってきた。僕と安西とずた袋さんは近場の海へ赴き、花屋で買った一番安い花束を海へ放り投げて月島さんを追悼した。月島さんはその三日後に学校に戻って来た。微かに磯の香りがした。
昔━━といっても去年の話だが、あの時のことを考えていたら、急に月島さんが肩で僕の身体にぶつかってきた。その衝撃で身体を浮かすと、空いたスペースに月島さんが強引に身体を捻じ込んで座ってきた。そこそこ大きな石とはいえ、流石に二人が座るには小さすぎるのではないか? そう言ったのだが、月島さんはてんで聞きやしなかった。仕方なく僕が退こうとすると、服を掴まれて引き止められた。僕が少しだけ非難する眼差しで見ると、月島さんは拗ねたように片頬を膨らませ、
「いいからここにいろにょにょん。・・・その方が安心するにょにょん」
と言って、目を逸らした。
僕は苦笑し、半分空気椅子になっているのを我慢して、月島さんと肩を寄せ合った。
空に目を向けると、彼方に藍色の光が見えた。もうすぐ、日が暮れる。
「・・・なんで、柳田なのにょにょん?」
しばらくして、ぽつりと、月島さんが呟いた。
僕が「何が?」と訊ねる前に、月島さんは続ける。
「ウチの学校には、可愛い女子が沢山いるにょにょん。安西も風間も土井山十傑とか呼ばれてるし、その十傑の『筆頭』の朝霞奈や、『裏ボス』の久喜原だっているにょにょん。・・・そんな中で、何でお前はよりにもよって柳田なんかを選んだにょにょんか?」
「・・・何でなんだろうね」
質問の意図を察し、僕は口を開いた。
安西は男友達みたいなものだし、風間さんはコンプラ的なアレがある。久喜原さんに至っては文字通りの『雲の上の人』だし、紗姫は━━朝霞奈紗姫と名乗っているアイツは、恋愛対象としては絶対NGである。あと、外見が小学生にしか見えないニャンちゃんも色々な意味で厳しい。
こう考えると曲者ばかりだが、土井山十傑は、みんながみんな、強い個性と魅力を兼ね備えている素敵な女の子たちであることには変わりない。
そんな中で、僕は何故、柳田さんを好きになってしまったのだろうか?
理由はない。本当に理由はない。いくら容姿がアイドル級とはいえ、中身は人の艱難辛苦が何よりの大好物の品性下劣な精神性の持ち主である。たぶん一度か二度は開示請求を食らっているハズだ。『夜明けまで得体の知れない連中と飲み歩いてもいいです。ホストに貢いでもいいです。犯罪じゃなければ何をしてもいいです。だから僕と結婚してください!!』とか言っちゃう覚悟ガンギマリの面食いでもない限り、惚れることなんて普通はない。それなのに━━
僕はあの人の姿を初めて見た瞬間、この人こそが僕の運命の人であり、ずっとずっと待ち焦がれていた人なのだと、何故だかあの時、そう確信したのだ。
「一目惚れ、としか言えないかなぁ・・」
僕は静かに呟いた。そして、それきり黙って空を眺めた。月島さんも何も言わなかった。
空が夜に染まっていく。風が冷たさを帯びていく。世界が夜へと変化していく。空に、先程までは見えなかった星々がちらほらと姿を現し始めた。
もうすぐ、夜が来る。
ふわり、と、地面から空気が舞い上がるような気配がした。
隣を向くと、月島さんの全身が薄い光に包まれていた。
『変身』の時間が来たのだ。
僕は月島さんの姿をしばらく見つめていたが、前に「変身の最中は何かすごい変な感じの顔になるから見んな」と言われたことを思い出し、そっと顔を背けた。
月島さんの身体を覆う光が強さを増す。20年選手の中古車のハイビームみたいな微妙に眩しい光に目を細めつつ、僕は月島さんの『変身』が終わるのを待ち続けた。
「くぅるるる・・にょにょん」
変な鳴き声がした。
横を向くと、緑色の体毛にオウムのクチバシを持つ、フクロウに似た顔をした『何か』が、しきりに頭を動かしながらチョーカーをいじっていた。
「・・・この状態でもにょにょんがつくのかにょにょん・・」
『何か』━━満月の光でカカポ人間に変身した月島さんが、「ちっ」とヤンキーのような舌打ちをして、地面に唾を吐いた。




