階段から落とされた俺を介助しにきたのは、学校で一番可愛いと噂される美少女だった。
「ふぁ〜…眠いな……」
眠気に襲われながら机に座り、鞄を横に置いた俺は、一人の少女に視線を向けた。
「おはよう河本さん」
「おはよう、昨日どうだった?」
彼女は今、友達と話をしている。
そんな姿を遠目で見ながら、幸せな気分を味わっていた。
(河本さん、相変わらず可愛いなぁ〜)
彼女の名は河本雪菜、彼女の事を一言で語るなら、"学校で一番可愛い美少女"だ。
彼女に笑顔を向けられた男子は一瞬で恋に落ち、その場に倒れると言われ、ある男子は落とし物を拾われたその後、それを家宝にしたり、ある男子は教科書を見せてもらっただけで、一生分の運を使い果たしたと言われる。
そんな噂が流れるほど、彼女はこのクラスのアイドル的存在なのだ。
その証拠に、廊下には彼女目当てで教室に集まってくる男子が大量にいた。
「河本さん、今日も美しい…」
「一度で良いから、彼女に踏まれたい…」
「俺は彼女に蔑まれたい…」
まぁ……ヤバい性癖の人間から好かれるのはどうかと思うけど、とにかくそれほど彼女は美しいのだ。
(でも、彼女と付き合いたい男子はいない)
その理由はただ一つ、仮に彼女と仲良くなっても……"自分には惚れない"とわかっているからだ。
もちろんそれは周りも同じで、「既に彼氏がいる」、「御曹司の婚約者がいる」、などの噂があり、その噂が原因なのかわからないが、これまで彼女に告白した男子は一人もいない、もちろん……俺も彼女に告白する気はなかった。
(どうせ振られるなら……このまま見ていた方が幸せだから)
そう思っていると、彼女の近くにあった机から、一枚の紙が床に落ちた。
「あっ…」
彼女とその友達は話をしてて気づいていない、しかも落ちた紙は足のすぐ近くにあるため、一歩足を動かせば踏まれる位置にあった。
「……」
俺は席から立ち上がり、ゆっくりと彼女達の方へ向かい、落ちた紙をそっと手に取った後、それを机の上に戻し、気づかれないよう自分の席に戻った。
席に座り、彼女達の方を見ると、楽しそうに話をしていた。
どうやら俺の存在に気づいていなかったようだ。
(ふぅ〜、話の邪魔にならなくて良かった)
昼休み──。
食事を終えグラウンドへ向かう。
(何して遊ぶかな…)
そんなことを考えながら階段に向かっていると、階段のすぐ近く、それも端の方で話をしている生徒が二人がいた。
「でさ〜あの時のやつが」
「マジかそれはウケるな」
楽しそうに話をしているが、どう見ても通行するのに邪魔な位置にいた。
(少し邪魔だな…)
そう思い、彼らを避けながら階段を降りようとした。
次の瞬間──。
「おいそれはダメだろ〜」
生徒の一人が片方の背中を思いっきり押したため、すぐ近くを通っていた俺に思いっきりぶつかった。
「えっ」
まさかぶつかると思っておらず、バランスを崩した俺は上から思いっきり押される形で、ドサドサと階段から転げ落ちていく。
そして下まで落ちた俺を、上にいた二人が手を差し伸べた。
「悪い、大丈夫か?」
その手を取り、起きあがろうとしたその時だ。
「いっ…!!」
左足に痛みを感じた。
どうやら足を挫いたらしい、その後は先生に言われ学校を早退、念の為病院で見てもらうことになった。
病院に着くと両親が先に来ており、俺は親に同行されながら診察をした。
診察が終わり、病院の先生から言われた言葉は……。
「完全に治るまで1ヶ月かかりますね。しばらく松葉杖を使って生活した方が良いでしょう」
「そうですか…」
治療用のテープを貼り、包帯を巻いてもらった後、俺は松葉杖を使いながら、病院から家に帰った。
家に帰る途中、両親が俺に言った。
「実は仕事が忙しくなりそうで、家に帰るのが遅くなるんだけど、一人で大丈夫?」
「…大丈夫」
なんて言葉を両親に伝えのは良いものの、明日から1ヶ月、どうしようか悩んだ。
なんせ松葉杖を使った生活は初めてで、正直不安もある。
「本当どうしようかな…」
家に着いて自分の部屋に入る。
両親は仕事があるため会社に戻って行き、家には俺一人になった。
「松葉杖歩きにくいな……」
そんな時だった。
鞄に入れていたスマホから電話が鳴った。
電話に出てみると、両親の声が聞こえた。
『いきなりなんだけど、明日から同級生の子が家に来てくれるんだって』
「えっ、なにそれ聞いてないんだけど」
突然のことで少し驚いた。
話を聞いてみると、どうやら介助したいと名乗り出た人がいたらしく、その人が明日家に来るとのことだった。
「でも、一体誰が?」
正直に言うと、俺に友達はいない、親しい人もいないため、誰が来るのか全く予想できなかった。
『とにかくそう言うことだから、頑張ってね』
「ちょっ!」
電話を切られた。
しかし本当に誰が来るのだろうか、とりあえず明日に向けて部屋を空けておくことにした。
「何で怪我人の俺が部屋を用意しているんだ?」
次の日──。
学校が休みのためベットでゴロゴロしていると、玄関のチャイムが鳴った。
「はーい!!」
松葉杖を使って玄関まで歩く、そして玄関に着いてドアを開けると──。
「おはよう、足は大丈夫?」
「……」
俺は一度ドアを閉めた。
見間違いかと思い一度深呼吸をし、再度ドアを開けて確認した。
「もしかして、迷惑だった…?」
「……」
俺は再びドアを閉め──。
「待って待って、何で閉めるの!?」
咄嗟にドアノブに手をかけられたので、ドアは閉まらなかった。
「……」
唖然としながらも、俺は彼女に質問をした。
「えっと…河本さん、何でいるの…?」
俺の質問に対し、彼女は不思議そうな顔をしていた。
「何でって、介助しにきたからだけど」
「……」
とりあえず俺は彼女を家に上げた。
(嘘だろ…)
同級生が来ることは知っていた。
しかしまさかその相手が、学校で一番可愛いと噂されている少女、河本雪菜だったなんて──。
一先ずリビングに通し、椅子に座ってもらった。
「あの、どうして河本さんが俺の介助を?」
「え?」
「だって……」
河本さんが俺を介助しにきた理由がまったくわからない、そもそも……俺は河本さんと話をしたことが一度もない、だから彼女が俺を助ける理由もわからなかった。
「……」
しばらくすると、彼女が口を開いた。
「…私が君の助けになりたいと思ったからきたの、変かな?」
「……」
俺には彼女の言ってることが、よくわからなかった。
「…変だよ」
その日の夜、足の痛みに耐えながら、俺は風呂に入っていた。
「やっぱり痛いな…」
なんとか体を石鹸で洗う。
そんな時、脱衣所の扉が開いた。
「どう?体ちゃんと洗えてる?」
「…河本さん?」
どうやら心配で見に来たようだ。
「うん、なんとか体洗えてるよ」
「……」
少し静まり返り、沈黙の時間が流れた。
すると脱衣所から、バサッと何かが落ちる音が聞こえた。
「河本さん、何してるの?」
声を掛けるが返事が帰ってこない、しばらくして風呂場の扉が開き、彼女が中に入ってきた。
「ちょっ、何してるの⁉」
驚きながらも彼女から目をそらす、一瞬ではあったが……水着姿の彼女が目に入った。
彼女は気にすることなく、俺の後ろに腰を下ろした。
「体代わりに洗おうと思ったんだけど、ダメだった?」
「いやダメとかではなく…」
彼女の水着が気になって、会話に集中できなかった。
「お…俺一回上がる!」
恥ずかしさのあまり、俺は風呂場から出ようと立ち上がる。
「あっ、急に動いたら──」
しかし急に立ち上がったせいで、足に激痛が走った。
「いっ──」
あまりの痛さに思わず倒れる。
とっさに彼女に体を支えられて、なんとか倒れずにすんだ。
「ご...ごめん」
「……」
とっさに謝るが、彼女からの返事はない……。
しばらくすると、彼女は自分の頭を俺の背中に当て、口を開いた。
「ねえ……私のこと嫌い?」
「…えっ」
嫌い?
彼女は何を言ってるのだろうか……少しして、彼女が衝撃的な言葉を口にした。
「私は好きだよ、君のこと」
「え!?」
彼女の口からはっきりと、「好き」の言葉を聞いた。
「ちょっ……え!?」
「……」
未だ驚いている俺の体を支えながら、彼女は話を進めた。
「私もね、君のこと──ずっと見ていたよ」
「えっ、ずっと見ていたって……」
「……」
初めて気になったのは、同じクラスになって数日たった時だった。
(あっ、あの子……)
廊下を歩いている途中、背中に虫が張り付いている女子生徒を見かけた。
その子はまだ気づいておらず、廊下を静かに歩いていた。
(どうしよう、私虫触れない)
周りには自分以外誰もいないため、どうしようか悩んでいると──。
(あっ…)
その子は廊下を曲がってしまった。
急いでその子を追いかけると、一人の男子生徒とすれ違がった。
(あれ…?)
その子の背中には、さっきまでいた虫がいなくなっていた。
(飛んでったのかな?)
そう思い周りを確認すると、さっきすれ違った男子生徒が目に入ってきた。
何やら両手を挟んで、"何か"を入れているような感じだった。
(もしかして…さっきの虫が入ってるのかな?)
何となくだけど、そんな気がした。
顔を見てみると、どこかで見たような気がした。
(そう言えばあの人、同じクラスだったような…)
そう思い、その日は教室に戻った。
放課後になり、家に帰るため道を歩いていた。
「明日は体育か、私運動苦手なんだよなぁ…」
そう独り言を呟いていると、一人の老人に話しかけられた。
「そこのお嬢さん、ワシの財布を知らないかの?」
「財布…?ごめんなさい知らないです」
「そうか…」
私が知らないと聞くと、その老人はしょんぼりとしてしまった。
「あの、私も探しましょうか?」
何だか可哀想だと感じて、一緒に探そうと思った。
でも老人は首を横に振った。
「ええよ、若いお嬢さんの時間を無駄にはできんからな」
「そう…ですか」
そう言い残し、老人は歩いていった。
「……」
その姿を見ていた私は、このまま帰るのは良くないと感じた。
(帰る前に、財布を見つけて届けよ)
そう思った私は早速、財布を探すためいろんな場所を通った。
小道や駐車場、公園や公民館、とにかくあの老人が行きそうな場所を手当たり次第探した。
しばらく探して一時間が経過、流石に見つからないと感じ、少し諦めそうになっていた。
(どうしよう、全然見つからない…)
そう思い、老人と会った道に戻る。
偶然にも戻る途中で、さっきの老人を見つけた。
「あっ、あの──」
咄嗟に声をかけようと思ったが、老人が誰かと話をしていたため、しばらく待つことにした。
(あれ、あの顔は……)
話している相手に見覚えがある。
(確か同じクラスの……)
同じクラスの男子が、老人と話をしていた。
「いや〜財布を見つけてくれてありがとう」
「い、いえ……見つかって良かったです」
「お礼に一万円上げる」
老人は財布から一万円を取り出して、相手の男子に渡そうとした。
「あっ、自分予定あるのでそれでは!!」
しかし男子は走って行ってしまった。
「あらら、行ってしまったか…」
「あの〜…」
話が終わってので、私は老人に話しかけた。
「おや、君はさっきの……」
「財布、見つかったんですね」
「ああ、財布を見つけてくれた子がいてね。お礼をしたかったのだが行ってしまったよ」
「……そうですか」
私は男子が走って行った方向に視線を向けた。
(そういえばあの人、名前何て言うんだろう)
私はその日から、彼のことが気になり始めた。
そして見かけるたび、ふと気づいたことがある。
(〇〇くん、またやってる…)
彼はいつも、何かしら気づいて行動していた。
誰かが汚した廊下のシミをこっそり消したり、クラスの女子が無くしたストラップを、バレないよう机の上に置いておいたり、床に落ちたプリントを拾って机に置いたりしていた。
(……)
しかし私には、一つだけ疑問があった。
それはある休み時間、彼がお礼を言われている場面に出くわした時だった。
「このキーホルダー、見つけてくれたの〇〇くんだよね。さっき友達から聞いたよ」
(あっ、これは……)
お礼を言われた彼がどういう反応をするのか、少し興味があった。
「ありがとう、大事なものだったからずっと探してたんだ」
「……」
彼はお礼を言われ慣れてないのか、しばらく無言だった。
そしてようやく喋ったかと思ったら──。
「えっとごめん、人違いじゃない?」
彼はキョトンとした顔をしていた。
「えっ、でも…」
「俺ずっと図書室で本読んでたから……」
彼があまりにも普通に言ってくるので、流石の相手も混乱していた。
すると丁度授業開始のチャイムがなり、相手の子は席に戻って行った。
しかし私は知っている。
だって実際キーホルダーを見つけたのは、”彼”なのだから……。
(…わかんない)
感謝の言葉がいらないなら、なぜ他人のために動くの?
貴方が自分の時間を使ってまで、行動する理由はなに?
(何で……何でそんな顔をしているの?)
さっき話しかけてきた子を見ながら、彼の顔は少し安心したような表情をしていた。
(知りたい…)
いつしか私の中で、彼に対する気持ちがどんどん大きくなっていった。
(なんだろう、この気持ち…)
自分でもよくわからなかった。
なぜここまで彼のことが気になるのか、それを決定づけたのは……ある日公園で子どもたちと一緒にいるところを見た時だった。
一人の男の子が怪我をし、彼はその子の相手をしていた。
「大丈夫だから、ジッとしてて」
「グスッ…」
男の子は少し涙目になっており、彼は励ましの言葉を送りながら、男の子の傷口に塗り薬を塗って、絆創膏を貼っていた。
「はい終わり、よく耐えました」
彼はそう言って、男の子の頭を撫でた。
少しして、男の子は彼にお礼を言った。
「ありがとう、お兄さん」
(……)
私はバレないように草陰から見ていた。
正直、彼が小さい子相手だとどうするのか気になっていたからだ。
そして彼が男の子に言った。
「うん、どういたしまいて」
(っ…!)
私は彼の言葉を聞いて、胸がキュンとなった。
その理由は……彼がその子に笑顔を向けていたからだ。
彼が笑顔になったところを、私は始めて見た。
ふと胸に手を当てると、凄くドキドキしてるのがわかった。
(ああ、そうか)
彼の笑顔を見て、ようやくわかった。
(私、好きなんだ。彼のことが……)
この時初めて、彼が好きなんだと自覚した。
その数日後、彼が階段から転げ落ちたと聞いて、先生に介助してもらえるかどうか、彼のご両親に頼み込んでもらった。
結果は無事OKをもらい、次の日さっそく彼の家に向かった。
向かう途中、私の中で緊張感が走った。
(ついたけど、身だしなみ大丈夫かな…)
玄関の前で何度も深呼吸をし、彼の家のインターホンを押した。
(……)
しばらくして、彼が家から出できた。
「……」
しかし何故か玄関の扉を閉められた。
(えっ、なんで!?)
流石に混乱した。
もしかして嫌われてる?
そう思い、少し傷ついた。
その後何とか家の中に入れてもらい、今に至った。
「……」
俺は今、彼女を自分の部屋に入れていた。
最初は別の部屋で寝てもらおうと思ったが、彼女がどうしても一緒に寝たいと言ったため、布団を別々に敷いて寝てもらっている。
「ねえ、まだ起きてる?」
「……」
「もし起きてるなら、そのまま聞いて」
彼女は布団から起き上がり、こちらに顔を向けた。
「怪我が治るまででいいから、そばにいさせてほしい」
「……」
「私のわがまま、聞いてくれる?」
「……」
「……」
返事が返ってこないため、彼女は布団の中に入り、そのまま眠りについた。
「……」
次の日の朝、いつもより早く起きてしまったので、一足先にリビングに降りようと歩き出した。
「……」
扉の前で立ち止まり、まだ起きていないであろう彼女に言った。
「あ〜…俺もわがまま言うね」
頭を手でかきながら、彼女に伝えた。
「怪我が治るまで、側にいてほしい……です」
彼女の方を一瞬チラッと見る。
彼女は寝息をたてながな、ぐっすりと眠っていた。
「……」
俺はリビングへと降り、冷蔵庫に入っていたお惣菜を電子レンジで温めた。
「おはよう〜」
お惣菜を電子レンジから取り出したタイミングで、彼女がリビングに降りてきた。
「おはよう…」
一緒に朝食を取ったあと、二人で話をする。
「怪我が治るまで一ヶ月掛かるって話だけど、学校はどうするの?」
「あ──学校の先生がサポートしてくれるから大丈夫」
「…そのことなんだけど」
彼女は一度指で頬をかいだあと、はにかむ笑顔で言った。
「実は学校でも、私が面倒見ることになってるんだよね」
「えっそうなの!?」
驚きのあまり、思わず椅子から立ち上がった。
「いっ…」
足に少し痛みが走った。
そんな俺を心配して、彼女が側に近づいてきた。
「もー急に立ち上がったら危ないよ」
そう言って、俺の肩を掴んだ。
「…そうだね、ごめん」
「謝らなくて良いよ。だって……」
彼女は俺を椅子に座らせると、少しニコッとし──。
「互いのわががま聞くんだから、助け合おうよ。ね?」
「えっ…」
「…ふふっ」
目を丸くしている俺を見て、彼女は少し笑った。
「き、聞いてたの?」
俺の質問に対し、彼女はくるりと回った。
「…さあね」
それからの一ヶ月間は、本当に大変だった。
学校に行くと必ず男子達から質問攻めにあい、家では休日限定とは言え、必ず彼女が止まりに来ていた。
ちなみに俺の中で一番大変だったのは……。
「ねえ、何で目つぶっているの?」
「あはは……」
その日は彼女が水着を忘れたため、仕方なくバスタオルを巻いていた。
贅沢な悩みかもしれないけど、視線を逸らすのが本当に大変だった。
「……」
病院に通いつづけて数週間、病院の先生から言われた。
「これならもう包帯は必要無いですね」
「えっ、それって…」
「はい、もうすぐ足の怪我治ると思います」
「…わかりました」
もうすぐ普通に歩けるようになる
その言葉を聞いて、何故か俺は少し落ち込んだ。
(もうすぐ、彼女との関わりも終わるな…)
怪我が治れば、俺と彼女は”普通の生活”に戻る。
「……」
診察室を出ると、待合室にいた彼女に声をかけられた。
「どう、そろそろ怪我治りそう?」
「……」
俺は意を決して、彼女に伝えた。
「もうすぐ治る…って言われた」
「…そう、良かった」
俺の言葉を聞いて、彼女は喜んでくれた。
でも、俺は──。
「河本さん、家に戻ったら……伝えたい言葉があるんだけど」
「っ……うん、わかった」
俺の言葉を聞いて、彼女は少し不安そうな表情をしていた。
家に帰り、リビングの椅子にお互いが座る。
「それで、伝えたい言葉って?」
「……」
俺は少し深呼吸をし、勇気を振り絞って彼女に伝えた。
「河本さん、この一ヶ月間本当に感謝してる」
「……」
「正直、一緒にいた時間は……凄く楽しかった」
「…うん」
「だから──」
彼女は俺の言葉を、静かに聞いていた。
俺は彼女をまっすぐ見ながら、勢いに任せに言った。
「だから河本さん、俺と付き合ってください!!」
「っっっ──!!??」
彼女の顔は真っ赤になっており、しばらく下を向いていた。
「……」
彼女からの返事を静かに待つ、そして彼女から発せられた言葉は──。
「少し、目閉じてて」
「えっ、わかった…」
彼女に言われて目を閉じた。
もしかしたら振られるかもしれない……そんな不安は、次の衝撃でかき消された。
「ちゅっ──」
何か柔らかいものが、唇に当たった。
「えっ……」
思わず目を開けると、目の前で恥ずかしそうに赤面している彼女がいた。
「えっと、これが答えです…」
「……」
「い……嫌だった?」
彼女は不安そうにこちらを見ていた。
そんな彼女を見ていると、俺まで恥ずかしくなってきた。
「い、嫌じゃないです…」
「っ…よ、良かった…」
俺の言葉を聞いて、彼女は笑っ
「えっと、それじゃあ──」
彼女に手を差し伸べる。
「これから…よろしくお願いします」
「……」
彼女は俺の手を握り、笑顔で返事を返した。
「はい、私の方こそ……よろしくお願いします」
そして数日後……。
「あー、やっと怪我治った」
怪我が治った俺は雪菜さんと一緒に、近くの公園に来ていた。
「本当に良かったね」
俺が喜んでるのを見て、彼女も嬉しそうだった。
「あ──それじゃあ」
俺は彼女の手を握り、そのまま歩き出した。
「初デート行こうか、雪菜さん」
「…うん!!」
そう言って、彼女は走り出した。
「足治ったなら競争しようよ。隼人くん」
「えっ!ちょっと!?」
先に言った彼女の後ろを……この俺、滝川隼人は急いで追いかけた。
「てか走るの早くない!?」
「私元陸上部だから当然だよ〜」
「なにそれ聞いてない!!」