とある公爵令嬢のハッピーエンド〜バグったまま治らない
アーノルド殿下が変わった。
もうほんと別人のように。
それは対私だけに限ったことではなくて。
今まで勉強に身が入らず剣術の練習ばかり積極的にこなしていた殿下が、唐突に…勉強するようになられた。
今まで苦手だからと拒否に拒否を重ねていた、他国語の授業にも、算術や王国史にも積極的に参加している。
まぁ、私と一緒じゃなきゃ受けない!とか言ってる所に昔の彼の片鱗を見るが…それ以外では別人レベルの変化である。
王宮の皆が
「悪い物でも食べたのではないか?」とか
「入っては行けない開かずの客室に入って封印されし悪霊にでも取り憑かれたのでは?」とか「雷に打たれ記憶を無くし思春期特有の拗れた気持ちが焼ききれたか?」
などと様々な憶測がとんだ。
新たな噂を聞く度に恐る恐る本人に聞いてみたのだが
「ないない、違うよ。俺はね、ラフィとの愛を貫く為に変わることにしたんだ。…ちょっと遅かったけどね。まだチャンスを頂けてる身と言うことで、長い目で見守ってて欲しい」
そう言われた。
意味が分からないが…まぁ本人が変わると言うのならそれはいい事なのだろう。
ただここで問題がある。
…私は17年前に一度死んだ記憶がある。
夢なのか現実なのかはわからないが…
私は殿下に言われのない罪で断罪され、北の修道院で死ぬのだ。
あの時は殿下に嫌われた末の悲しい末路か…情けない。
なんて考えてたけど…この謎スキル【幸福結末】で恐らく未来を体験した私は、あんな惨めな死を肯定することは出来ない。
殿下が私を嫌うなら、それで結構。
私だって嫌いだ!断罪なんてもう懲り懲り、そんなのされる前にどこへなりとも逃げてやる!
と…そう思っていたのだけれど。
なんだろうこの今の状況。
「ラフィ?あーん?ほら。口開けて?このフィナンシェってとっても美味しいんだ。俺のお気に入り。」
「あっあの、殿下?…私一人で食べられます…」なんだろこれ!とっても恥ずかしい!!
ここは王宮の住みにある四阿。
勉強の息抜きがてらにちょっとお茶しましょうとなり、現在、王国史の先生であるリナリー伯爵夫人の目の前で殿下の「あーん?」攻撃を受けている。
私のスキル【冷静沈着】をぶち超えるこの羞恥心。
とても冷静でいられない。絶対今私の顔は赤く染まっている気がする!!
伯爵夫人は「若いっていいわねぇ」といって女神もびっくりの優しい眼差しでこちらを見てくる。
辞めてっ恥ずかしからその目で見ないでっ!!
「ほらラフィ?食べてよ。あーん!…食べてくれないなら俺拗ねて暴れるからね?夜ラフィの家に行って寝てるラフィの横で君をいかに愛してるか子守唄よろしく呟き続けるからね?あ、それいいな。寝てるラフィが見れる!いいなそれ!よーし「わかりましたっ!頂きますから!あーん!!」
もうヤケクソだった。恥ずかしさで死ねる…
「はい、どうぞ?美味しいでしょ?ちょっとバターを多めにして作って貰ってるんだ。」
「……おいひいです。」
私たちのやり取りを見ていた伯爵夫人から
「甘いわ、とても甘い。お粗末さまでした。オホホホホ」とのお言葉を頂いた。
伯爵夫人、貴方お菓子食べてませんよね…。
何が甘かったんですかね…聞きたくもありません。
一体この状況は何なのだろうか。
私を毛嫌いしてた殿下はどこへ?
わけが…わけがわからない。
あの日、マーシャの顔を見てからあの夢を思い返して考えたことは、備えよう!それだけだった。
身近な貴金属何かを換金して小さくてもいい、逃げ込める隠れ家をつくるんだ!と心に火がついた。
それなのに、その数時間後に我が公爵家を訪れた殿下にその気持ちを大いに乱される事になった。
「好きだよラフィ」
殿下は目が合うとそう言ってくださる。
あの日、あの時の幻かと思われた殿下の発言は今も続いている。「好きだよ」のこの言葉を聞く度になんだか…どんどん…とっても…
「とっっても恥ずかしくなって顔が赤くなるのよ!!ねえ、どうしたらいいの?私はスキル【冷静沈着】を使いこなすクールなご令嬢だったはずなのに!」
「……もう終わった?ねぇ兄様、ラフィ姉様が壊れちゃったわ。誰かしらこれ。知らない人だわ。」
「うーん、シェイナは小さかったから覚えてないかも知れないけど…妃教育が始まる前はわりとこんなだったような気もするよ?」
「嘘よ、姉様は知的でクールなのに儚くて可愛い絵本の妖精の様だったわ。こんな人間じみて…顔を赤らめ目を潤ませ…やだ可愛い。どうしましょう兄様。姉様が可愛いわ。こんな姉様滅多にお目にかかれない。どうしましょう。絵に書いて残すべきかしら?ちょっと画家を、画家を呼んで頂戴!」
「やだっ!シェイナやめてっ!」
「うーん確かに可愛いね。こう普段澄ましてるラフィの慌てた顔…ギャップにグッとくるものがある。なんだろねこの気持ち?」
「そうそれよ兄様!ギャップにグッとくるのよね。何かしらこの気持ち的確な表現を探したいわ…ギャップにグッ…ギャップに…うーん」
「もうその話はいいから!私の真面目な相談を聞いて頂戴!」
散々私をからかって遊ぶフォスター兄妹。
わざわざ手紙を書いて緊急だからと急いで遊びに来てもらったのに。
「姉様のお話は聞きましたわ。愛を囁くようになった殿下に胸の高鳴りが止まらないってお話でしたわよね?」
「違うわっ!」
「そうだよ、シェイナ。違うよ?急に真面目に勉強し自分との未来を見据えて頑張るようになった殿下に胸の高鳴りが止まらない。そう言った話だったよね?」
「……もういいですわ。」
むくれる私に、笑いながら「ごめん、ちょっと面白くて」といい軽くジェイドが謝ってくる。
「ラフィニア、君の心配は殿下との事もあるけど、君のスキルの問題のほうだよね?」
そうスキル…この正体不明の謎スキル。
私はこのスキルの事を、あの夢の含め2人に説明してある。
夢の話は詳しく教えたが、2人は知らないそんな夢は見てないと言った。
やはり私だけが体験したことなのだと思う。
「姉様?あまり考えこまないほうが良いかと思いますわ?」
「そうだよ、《スキルに振り回されるとろくな人生にならない》とそんな諺もあるじゃないか」
「でも…」
「まぁいいではありませんか。スキルの儀式をしてまだ数ヶ月しか経ってませんのよ?そんな急にはわかりませんわ。だって新種のスキルなのですから。気長にいきましょう?それよりも!あの意地っ張りな殿下がやっと素直になられたという吉事のほうが話していて楽しいですわ〜」
「そうだねぇ、殿下はちょっと思春期を拗らせてて…見ててハラハラしたもんね」
「どういうことでしょうか?」
思春期を拗らせる??
あまり聞いた事ない言葉に思わず聞き返すと
物知り顔のジェイドが笑いながらこう言った。
「ふふっ殿下のお気持ちなんて皆知ってたということだよ。知らぬは本人ばかりなりってね」
んんんん??
「有名でしたものね、殿下が姉様のことを思っていらっしゃることなんて。なのにあの方…お口から出ることは全て正反対のお気持ちで…ほんと、いつ姉様が見限ってしまうかと…心配しましたわ」
とっくに見限ってて諦めてたなんて言えない…。