あの侍女の正体は
ジェラール視点。前回よりは短めです。
「……はあ。全く集中できない」
持っていたペンを離し溜息を吐いたのは、シャノワール帝国の皇太子、ジェラールだった。
普段ならこの程度の仕事はすぐに終わる。しかし、彼の脳裏から昨日見た侍女が離れず、集中できるような状態ではなかった。
それは、彼女の『魂の色』があまりにも美しかったからだ。
ジェラールは幼少の頃から、つい異能で人の魂を視てしまう癖があった。なぜなら、様々な色をしたそれを視るのが面白かったからだ。
その癖は現在も抜けず、昨日訪れた侍女も例外なく視てしまった。
普通、あんなに真っ白な魂は存在しない。それだけでも驚きなのに、彼女の魂は優しい光に包まれていたのだ。
あまりにも驚きすぎて固まったのを、侍女が心配そうに見ている。それに気付き慌てて繕ったものの、それからは内心、呆然としていた。
「あの侍女は確か、バルテルという姓だったか……」
侍女長が平民だと言っていたことから、探すのは安易ではないことは分かっている。しかし、彼女の存在はそれを厭わない程に惹かれたのだ。
すぐに仕事を終わらせると、ジェラールは宮廷図書館へ向かった。
もう何十冊目になっただろうか。机には平民の戸籍書が山積みになっている。
それを気にすることなく探し続けていると、ふと人の気配を感じた。
「何用ですか、父上」
「せめて顔を上げることくらいしたらどうだ? 最近どんどん扱いが雑になってないか」
そう悲しげに告げ、ジェラールの横に腰を下ろしたのは、シャノワール帝国の現皇帝、リシャール・シャノワールだ。
彼はジェラールの読んでいる本を覗き見すると、少し意外そうな顔になった。
「何だ、珍しいな。お前が探し物……いや、探し人か?」
「…………」
無言を肯定だと受け取り、リシャールは息子の肩を軽く叩いた。
「お前も年頃か! あの『冷徹錬金皇太子』と呼ばれたお前も! フハハハハハ!」
ジェラールは苛ついてきたが、そういえば、と何かを思い出す。
「父上は、純白で光を持つ魂を視たことがありますか?」
同じ異能を持つ父親なら、もしかしたら分かるかもしれない。そう思ったのだ。
そしてそれは、見事に的中する。
「ああ、一度だけある。あの方の魂は本当に美しかった」
「それは一体誰ですか?」
父親が軽く引いたのは見なかったことにして、答えを待った。
「……大聖女、ジャネット・ベルリオーズ様だ」
大聖女。そもそも聖女が彼女しか居なかったのに、大聖女になれるほどの実力を持っていた、ジャネット・ベルリオーズ。
しかし彼女は、冤罪をかけられ姿を消したはず―――。
「……いや、待てよ……」
ジェラールは、人が姿を変えられる方法をひとつだけ知っていた。いや、正確には、彼がそれを造っていると言うべきか。
この男には皇太子という肩書きの他に、他の職業も兼任していた。
それは、錬金術師だ。
錬金術は、薬草と魔力からポーションを作ったり、魔術具を作ったりすること。
ジェラールは錬金術の天才だと言われていた。
新しいポーションや魔術具を次々に発表し、錬金術師の世界では、彼の名を知らない者はいない。
そして自分が編み出したポーションの中に、『変身ポーション』という物があった。その名の通り、ポーションの使用時間内は髪も目も、顔立ちさえ変えられる優れ物だ。
それをこの帝国に逃げた大聖女が手にし、今ここで働いているとしたら――――。
ジェラールの中で、全てが当てはまった気がした。
「父上、後片付けをお願いします」
「え? 分かった……って、おい、ジェラール! ふざけるなあぁぁぁぁ!!」
父の叫びを無視し、図書館から出たジェラールであった。
自分の工房の扉を開けると、薬草の匂いが立ち込める。
この匂いを「良い香り」だと言った侍女を思い出しながら、ジェラールは何故か彼女に会いたくなった。