大聖女、侍女へ転身
サブタイトルを変更しました。
バラデュール王国には、世界で唯一の大聖女がいた。
彼女は名を、ジャネット・ベルリオーズといった。
王国の侯爵家出身だった彼女は、ベルリオーズ家の血である銀髪と碧眼を受け継ぎ、類稀なる美貌を持って生まれた。
聖女になってからジャネットは国民に貢献し、それは民から愛される大聖女へと成長した。
美しく優しい大聖女が誕生したことで、この国は安泰だと思われたが――――そうはならなかった。
自分が本物だと言い張る、ひとりの女が現れたからだ。
しかし、国民の大半はジャネットを信じ、女を批判した。我らの為に貢献してくれたジャネット様が、偽物のはずがない、と。
実際、貴族達もジャネットが本物だと信じていた。ジャネットの貢献度はそれほど高かったのだろう。
その事実が許せなかった女は、黒魔術に手を出してしまった。それは、物理的に害を与えるものではなく、精神を操る魔術だった。
だが、ジャネットは大聖女。そのことにいち早く気付き、周りの人に影響を及ぼさないよう、自ら身を引き、姿を消した。
――――それが3年前の話。
現在、私ことジャネット・ベルリオーズは、王国からすごく離れたシャノワール帝国で暮らしています。
3年前、私が偽物だと言い張った女性は、ミシェル・バラデュール様。私が居た国の第二王女様でした。
金髪に赤い瞳の可愛らしい方でしたので、あんなことをされてショックでした。
しかし、彼女の性格は本当に素直。黒魔術も完全には物にしていなかったので、私が身を引けば、過ちに気付いてくれると思ったのです。思ったのですが……。
噂を聞く限り、どうやらまだ言い張っているようです。
しかし驚くことに、ミシェル様は聖女の力をお持ちだったようで、現在は王国の聖女として暮らしているということなのです。衝撃でした。
まだまだ思うところはありますが、新しい聖女も決まったようですし、もう出ていった国のこと。今更悔やんでも、どうしようもありません。
私はこの帝国で、貴族でいれば絶対に体験できなかった、平民生活を楽しんでいます。
「シャルルさん、ちょっと手伝ってくれるかしら」
「はーい、今行きます」
ただいま私は、宮廷で侍女として働いています。
普通なら、たかが平民が宮廷で働くことなどありえないのですが、以前勤めていたお屋敷で宮廷のお偉いさんのお目に止まり、ここを紹介してもらえました。
確かに、貴族の侍女から嫌がらせを受けることはありますが、大聖女時代の練習やお勉強に比べれば、そんなもの、足元にも及びません。
ちなみにですが、私の名前は「シャルル・バルテル」という平民設定になっています。もちろん、実際はそんな家系は存在しません。
そして、見た目も大分変わっています。
銀の髪は栗色に、碧い瞳は紫に。顔立ちは元の面影すら残っていません。これは全て「変身ポーション」のおかげです。
話が長くなってしまいましたが、私は先程侍女長に呼ばれたので、今からお庭に向かうところです。
「悪いけれど、これを運ぶのを手伝ってほしいの」
そう言って侍女長が指差したのは、大量の薬草が詰まった、大きな籠でした。
「了解しました。……あの、一体これは何に使うのでしょうか?」
「それは運んでからのお楽しみよ」
侍女長は悪戯っぽく笑いました。
宮廷の奥の奥。薄暗いそこには、私も行ったことがありませんでした。
「……ここまで来たのは初めてです……」
「そうでしょうね。この場所に一般の侍女を連れてきたのは貴女が初めてだもの」
「え!?」
それは初耳で、思わず声が出てしまいました。私のような平民が初めてだなんて、侍女長は何か思惑があるのでしょうか。
それとなく尋ねてみると、意外な言葉が返ってきました。
「貴女のような純粋で優しい子なら、あの方も心を開くかもしれないからよ。それに、シャルルさんは手際が良いし」
「そんなことは……」
あの方というのが誰か気になったものの、聞いてはいけないような気がして、口を噤みます。
沈黙の中、暗い廊下を歩いていると、いつの間にか突き当たりまで来ていました。
「ここが目的地よ。貴女なら大丈夫だと思うけれど、粗相がないように注意してね」
「わかりました」
侍女長がドアを軽く叩くと、数秒の間が空いた後、ギギッと重い音を立てて扉が開かれました。
そこから出てきた人物に、自然と目が見開かれます。
「……ああ、持ってきてくれたのか。わざわざすまない」
「いえいえ。貴方は多忙な方ですから、これくらい当然ですよ、皇太子殿下」
夜を思わせる藍色の髪と、皇族の証で太陽を連想する金色の瞳。不思議なくらい真っ白な肌は、とても男性とは思えません。
ジェラール・シャノワール皇太子殿下。シャノワール帝国の皇太子様です。
「……後ろの侍女は?」
皇太子殿下が私に気付き、少しだけ眉を寄せられます。
「ああ、彼女ですか。私の手伝いをしてくれている、とても優秀な子ですよ」
「は、初めまして。シャルル・バルテルと申します」
丁寧に挨拶をしたつもりが、何故か殿下が目を丸くしました。あれ、やらかした?
「これは……まるで上級貴族ではないか」
「ふふっ、そうでしょう。ですが、彼女は平民なのですよ」
どうやら怒られているわけではなさそうなので、ほっとしました。
籠を室内へ持っていこうと部屋に入ると、一気に薬草に匂いが鼻を抜けていきます。
「わあ……。すごいですね」
「そう言われたのは初めてだ」
独り言に殿下が返してくれるとは思わず、心臓が跳ねます。
「珍しい者もいるものだ。この匂いが嫌ではないのか?」
どうしてそう問われたかが、いまいちわかりませんでした。というのも、私は神殿でこの匂いを嗅ぎ続けて、どちらかというと懐かしい匂いという感覚だったからです。
「そのようなことはありません。むしろ、良い香りだと思います」
素直にそう答えると、急に彼の目元が優しくなった気がしました。
「……そうか。やはり……」
やはり? と尋ねると、突然ハッとしたような顔になり、「何でもない」と言われました。本人がそう言うのなら、きっとそうなのでしょう。
とりあえず仕事が終わったので、私は退出させてもらうことにしました。
その夜、私は一冊の文献を読み込んでいました。これはシャノワール皇族について書かれたもので、実家から持ってきた物です。
やっぱり、昼間の「やはり……」が気になって、皇族について調べてみることにしたのです。
その中に、気になる情報がありました。
「……太陽の、眼……?」
それは、シャノワール皇族の異能であり、金色の瞳を持つ者が使えるらしいです。
能力は『相手の魂の本質を見極める』。人の魂に色がついて視えるようになるという能力です。
どうやら性格や加護などで色がわかるらしく、特に聖女の魂はとても美しく視えるとか。
「……って、え?」
まさか、と一つの考えが頭の中に浮かびました。
聖女は世界にひとりだけ。最近もうひとり増えましたが、内ひとりは行方不明。となると、この可能性はかなり高いです。
ですが、完全に見た目が違うし、名前も敢えて前の名に似ないようにしました。完璧な別人のはず。
どうかバレていないことを祈りながら、私は眠りにつきました。
明日も投稿できるといいなぁ、と思います!