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9 過保護な彼女

 茉莉の私に対する過保護さは日を経るごとに増していった。

 例えば二人一緒にモンスター討伐のクエストに出たときのことである。

 そのときのモンスターは下級ウェアウルフ。いわゆる狼人間。

 駆け出しの私達にとっては、そこそこ強いモンスターである。

 故に、二人で協力して戦ったほうが当然いい。

 いいのだが……。


「よし茉莉、ここは二人で――」

「愛依は下がっててくれ! こいつは私一人でやる!」

「えっ!? でも――」

「いくぞこの狼野郎が! 愛依に少しでも近づいてみろ! 今まで生きてきたことを後悔させたらぁっ!」

「ちょ、茉莉ぃ!?」


 私の言葉をすべて遮り、私を置いてけぼりにして一人で戦闘を始め、そしてそのまま一人でモンスターを討伐してしまったのだ。

 そのあまりの苛烈さに私はすっかり置いてけぼりになってしまい、ただ彼女に付き添うだけの冒険になってしまった。

 また別のモンスターのときもそうである。

 そのときのモンスターはスライム。物理攻撃が通りづらい厄介なモンスターだ。

 さすがにこれは私の出番だろうと思い、私は前に出ようとした。


「茉莉は下がってて、ここは私が――」

「うおおおおおおおおおっ! 愛依に近づいてんじゃねぇぞこのぐずぐずしたスライムごときがあああああ!」


 茉莉は私とスライムの距離が近づいた瞬間に、一気にスライム目指して走り出したのである。


「いや近づいたの私だよぉ!?」


 私のツッコミも虚しく、茉莉はスライムと一人で激しい戦闘を繰り広げ始めてしまった。

 だが、当然ながら茉莉はスライム相手に苦戦する。

 当然だ。ただでさえ物理オンリーなのに、茉莉は防御職なんだから効果的な攻撃なんて持ってるはずがないのだから。


「いやいや、さすがに無理だって! セイント!」


 いくらなんでも物理耐性がある相手に物理オンリーという状況はよろしくない。

 そう思い、私は光魔法をスライムに撃った。

 相手の元で炸裂する魔法なので、茉莉に当たる心配はない。


「――――!?」


 光魔法は見事に直撃し、スライムは弾け飛ぶ。

 残るはボロボロになった茉莉だけだった。


「茉莉! 大丈夫!? ヒール!」


 私は彼女に駆け寄り、回復魔法をかける。それにより、茉莉の体の傷はみるみるうちに癒えていく。

 すると、茉莉は――


「愛依……アタシは……ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」


 もの凄い声で叫びながら、地面を拳で激しく叩き始めたのだ。


「ま、茉莉ぃ!?」


 私は虚を突かれ変な声を上げてしまう。一方で茉莉は、目に涙を浮かべ何回も地面を叩き続ける。


「アタシは! 愛依を守らなきゃいけないのに! 逆にこうして愛依に助けられて……なんて情けないんだああああああああっ! うわあああああああっ!」

「ちょ! 落ち着いて茉莉! 拳が血だらけなってるから! 直してるそばから怪我しちゃってるから!」


 結局、その日は茉莉をなだめるのに時間がかかり、余計に魔力を使ってしまうことになった。

 もちろん、彼女の過保護は戦闘の絡まないクエストでも、更には日常でも発揮される。


「あぁん!? おいこらぁ! 何勝手に愛依に近づいてんだ……愛依に近づきたかったらまずアタシを通せ……もし無許可で近づくようなら……」

「やめて茉莉ぃ! ただそばを通った人に因縁つけないでぇ!? なんか仁義なき裏社会の鉄砲玉とかそんな感じの人っぽくなっちゃってるから止めてぇ!」


 ちょっと私の側に知らない人が近づいただけでこれである。

 しかもその場その場でなだめないとすぐぷっつんしちゃいそうになるので、とてもよろしくない。

 また、ひどいときには――


「おい、今、愛依にいやらしい視線を向けたな……? 何考えてやがるゴラァ!」

「ステーイ! 茉莉ステーイ! その人絶対そんなこと考えてないから! というかまず女の人だよその人ぉ!?」


 激しい思い込みを起こし、近くにいる人間を敵認定してしまい戦闘になりかけることすらあった。

 そしてついには――


「おい怜子……もうちょっと愛依から離れてもいいんじゃないかぁ……?」

「ひっ……ま、茉莉ちゃん……!?」


 私への依存が未だ治っていない怜子に対し、鋭い視線を向け始めたのだ。

 いや、怜子だけにではない。


「ユミナ……そうやって愛依にベタベタすんの止めろよな……愛依だって大変だろ……?」

「は? 別にこれぐらいふつーじゃん。茉莉っちカリカリしすぎー」


 ユミナへも攻撃性を見せ始めたのだ。

 仲良く数少ない仲間である友人にすらこれである。

 良くない、とても良くない。非常に良くない。

 このままではいずれ洒落にならないことが起こってしまう。

 私はそう思った。

 なので、彼女を説得することにした。

 怜子のときと同じく、お話タイムである。


「茉莉、ちょっとここに座って」

「おう! なんだ愛依っ!」


 茉莉は笑顔で私の前に座る。

 ベッドに座る私と椅子にかける茉莉。

 怜子のときと同じ構図である。


「ねぇ茉莉。茉莉は私を頑張って守ろうとしてくれてるよね」

「おう! 当たり前だろ! 愛依はアタシが守るんだからな!」


 うわぁ、すっごい笑顔。

 目がなんかやばい感じするけどそれを除けばすっごい笑顔。

 なんか大型犬みたいにすら見えてくる笑顔。

 ピクピク動く耳とぶんぶん振るしっぽがついていても違和感ないね。てか見えるね。耳としっぽ。

 と、それはさておき。


「まあその気持ちは嬉しいよ? 茉莉が私を大切に思ってくれているってことだしね。でもね、ちょっとやり過ぎかなーって思うんだよね」

「やり過ぎ? どこがだ?」

「そこからかーそこからか説明しないとダメかー。……うんそうだね、ちゃんと教えてないとダメだね」


 私は怜子のときとまたしても同じく軽く頭を抱える。

 そして居直り、茉莉に言う。


「いい茉莉? いくら私が大事だからって、友達に喧嘩腰なのはマズイからね? そこはちょっと考え直そうね?」

「別に喧嘩腰ってほどじゃない。ただ、軽く注意しただけだ」

「あれは軽くって言わないんじゃないかなー……うん、言わない絶対言わない。はっきり言ってしまえば言い過ぎです」

「……そうなのか?」

「はい、そうです」


 茉莉はまだ頭に疑問符を浮かべているようだった。

 これはマジでしっかり教えないとダメなやつだね、うん。


「いい茉莉、今の茉莉がやってることはとても乱暴なことなんだよ? それこそ、悪い男の子みたいだよ」

「うっ……マ、マジか……」


 怜子のときもそうだけど、こういうことはしっかり言っておかなければならない。

 友達が誤った道に入ったときに正すのが良き友の役目である。


「イエス。マジマジ。マージマジマジー。だからね、ちょっと自分の態度というか、そういうのを考えて欲しいんだよね」

「態度を、考える……」

「そそ。大丈夫、ゆっくりやっていこうよ。いきなり全部直せとは言わないよ。茉莉が私のことを思ってくれているのは確かだし、それはとても嬉しいことだからね。でもね、やっぱりちょっと攻撃的すぎるから、そこは直してほしいんだ。特に友達に対しては」

「……うむむ」


 あとちょっと、あとひと押しすれば分かってくれそうな気配がある。

 いや私が勝手に感じているだけだけどその気配。

 とにかく、私は説得を諦めない。


「……茉莉もさ、本当に男女になっちゃうのは嫌でしょ? だからさ、ちょっと落ち着きを取り戻そうよ。大丈夫、本当の茉莉はとっても優しい子だから。今はちょっとこっちにきて疲れているだけ。うん、そうだよ。だから、頑張ろう茉莉。私も一緒に頑張るからさ」

「……分かったよ。怜子やユミナが過剰にベタベタしても、怒らないように努力する」


 うーん過剰って言い方に不満が見えるなぁ。

 まあでもここでそこを突っ込むのもよくない。

 ここは肯定してあげるのが大事だ。


「うん、ありがとうね茉莉。それでこそ私の知っている茉莉だよ。頑張って、短気になっちゃったのを治そうね」


 そう言って、私は茉莉の手を取り、そして引っ張ってそのまま腕を抱く。


「あ……愛依……」

「うん、大丈夫だから。茉莉の温かさ、感じてるよ。それは、離れててもそう。だから茉莉は、無理しなくていいんだよ」

「……愛依……愛依……!」


 茉莉が私の体全体を抱き返す。


「茉莉は凄いから。きっと大丈夫。だって、すごく頼りになるのが茉莉だもん」


 ちょっと痛いぐらいだが、その痛みは心地いい痛みでもあった。


「……なあ、愛依。頼みがあるんだ」

「ん? 何かな茉莉?」

「今日は、一緒に寝てくれ……」

「……いいよ」


 一瞬頭に怜子のことが浮かんだが、まあ大丈夫だろう……。

 さすがにこれで機嫌を悪くしてさらにひどくなるなんてことはなるまい……なるまい、なるまい……。

 彼女の頼み事を聞いて、私はその晩は茉莉と同じベッドで眠った。そしてその日から、ちょっとだけではあるが茉莉の過保護はマシになった。

 うん、こうして少しずつ頑張っていこう。

 なあに、一緒に頑張っていく相手が一人から二人になっただけ。一緒よ一緒。

 私はそう考えることにした。

 ただまあ、二度あることは三度ある、と言うように、二人目が出れば三人目も出るわけであって。

 はい、そうです。

 次はユミナに異変が訪れ、私はまたも大変な目に会うこととなるのです……。

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