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8 御園茉莉は守りたい

 今日は茉莉と一緒のクエストだ。

 怜子は相変わらず私にべったりだが、まあ時間が解決するだろうと、私は思っていた。

 だってこの通り茉莉と一緒にクエストに行くことを許してくれたんだから、きっと大丈夫だ。


「なー愛依、ここでよかったか?」

「あ、うん。そうだね、この家だね」


 茉莉の声で私はそんな考え事から現実に戻され、クエストへと意識を戻す。

 今回のクエストはモンスターを倒すような暴力的なクエストではない。

 街のいくつかの指定場所に荷物を届けるクエストだ。

 ギルドでは通称「お使いクエスト」なんて呼ばれている。

 そんなクエストを私と茉莉はこなしていた。


「まったく、かったりぃクエストだなぁ。アタシはもうちょっと派手なクエストのほうが好きだよ」

「まあまあ、そんなこと言わずにさ。こういうクエストも名声を上げるには大事なクエストだよ。名声が上がれば色々と情報が舞い込むだろうし、地道な努力が大切だよ。それに、たくさんの荷物を一度に運べるのはパワーのある茉莉じゃないとね」

「ま、それもそうか。怜子やユミナだとすぐへばっちまいそうだもんな。まあ任せとけ、あとちょっとだしきっかり往復無しで終わらせてやるよ。ちゃんとついて来いよ?」

「はは、分かってるって」


 私と茉莉は談笑しながらクエストを進める。

 うん、やっぱり茉莉は気持ちのいい子だ。

 快活で、さっぱりとしている。私達のグループで一番男勝りという言葉が似合うだろう。

 でも、ちゃんと乙女なところがある。いや、むしろ女の子らしさで言えばメンバーで一番なところだってある。

 そういうところを誤解されやすいが、彼女もちゃんとした女の子なんだ。

 だからこそ、私は彼女が素敵な人間だと、そう思う。


「……と、これで終わりかな、愛依」


 そんなことを考えていたら、いつしかすべての配達先に荷物を配達し終えたようだった。

 私は念の為リストを確認する。


「んーと……うん、そうだね。全部終わってる。お疲れ様、茉莉」

「ああ、ありがとね。愛依」


 ニカっと笑う茉莉。

 その笑顔は太陽のように眩しい。

 明るく気持ちのいい子だなと、私は笑顔を見るたびに思うのだ。


「……本当に頼りになるなぁ、茉莉は」

「そうか?」

「うん、本当に頼りになって、私ついつい甘えちゃう。今回みたいな力仕事は、特にね」

「……へへ、あんがとよ」

「――っと!? おい、どこ見て歩いてんだ!」


 そんなときだった。

 私は道行く男の人とぶつかってしまい、怒られてしまったのだ。

 うん、これは私が悪いな。今日の私は考え事をしながら歩いて意識がそっちに行くことが多すぎだ。

 よくないよくない。

 だから、私はちゃんと謝ろうと思った。


「あっ、ごめんなさ――」

「――おい……お前、今愛依になんつった……?」


 だが、私の声は茉莉の声にかき消された。

 とても怒りに満ちた、茉莉の声に。


「ま、茉莉……?」

「な、なんだよ……」

「お前……自分から愛依にぶつかりながら、乱暴な言葉を使いやがったな……? ふざけんなよ……ああ!?」


 そして、なんと茉莉はその人の胸元を掴み始めたのだ。


「ひっ……!?」

「ふざけんなよふざけんなよふざけんなよふざけんなよっ……お前……今日は五体満足で帰れると思うなよ……!」

「ちょ、やめて茉莉! 茉莉!」


 まずいまずい、これはまずい!

 このままでは暴力沙汰になってしまうかもしれない!

 私はとっさにそう思い、茉莉の体を掴み、彼女を制止した。


「茉莉! 落ち着いて! 止めて!」

「……! でも愛依……!」

「私が悪かったの、今のは! だから落ち着いて! 冷静になって! その人を放してあげてっ!」

「……愛依がそう言うなら」


 茉莉はなんとか私の言葉を聞いてくれたようで、掴んでいた手を放し、ぶつかってしまった人を解放する。


「……かはっ! ひ、ひぃ……!?」


 男の人はその直後に素早く逃げ去っていく。

 ああ、とても申し訳ない……。


「ちょっと茉莉、どうしちゃったの!? 普段はあんなに急に怒らないよね? 暴力だって振るわないし……。もしかして、体調でも悪かった……?」


 私は豹変した茉莉のことが気になり言う。



「アタシは大丈夫だよ。それより――」


 すると、茉莉はそこで私に向き直り、とても心配そうな顔を私に向け、肩に手を置いてきた。

「――大丈夫か? 怪我してないか? 痛むところはないか? 一応医者に見てもらおうか? ああ、それがいい。愛依に何かあったら、アタシは、アタシは……!」


 彼女は心から心配したような声と顔で私に言った。

 ……おかしい。何かがおかしい。

 普段の彼女だったら、例えば私が道で転んだとしても、ここまで過保護な心配はしないはずだし、あんな豹変もしない。


「なあ、愛依」


 と、そこで、そのままの状態のまま、茉莉は私に語りかけてくる。


「な、何?」


 その様子に私はなんだかとても気迫を感じて、私は少し上ずった声で答えた。


「アタシは愛依のことを大事に思っている」

「あ、ありがとう」


 とりあえずお礼を言う私。

 茉莉は続ける。


「世界で一番、いや宇宙で一番愛依が大事だ。愛していると言ってもいい。だから、愛依を傷つけるやつは絶対に許さない」

「お、おう……?」


 突然の言葉に思わず変な声を上げてしまった……。

 一方で、茉莉は言葉にどんどん熱を込めてきた。


「こっちの世界はやばい。命の危険がすぐ隣に転がってる。こんな世界じゃ、命がいくつあっても足りない。盾をやってると、それを嫌でも感じるんだ。……こんな状況で、愛依に何かあったと思うだけで、私の胸は張り裂けそうになる。だから、私は決めたんだ。愛依を守るって。知らない奴には指一本、愛依には触らせないって」

「う、うん……。……うん?」


 思わず頷いちゃったけど、これは……うん、まずい。

 とてもまずくてやばい。

 だって今、こんなことを言いながら茉莉は笑っているから。とても暗い瞳で、私に笑いかけているから……!


「なあ愛依、覚えてるか? 昔、愛依はアタシを助けてくれたよな? 男女なんていう言葉を浴びせかけられて、辛い思いをしてくれたアタシを」

「……そ、そうだね。懐かしいね」


 それは幼少期の頃だ。

 茉莉は昔から男勝りという言葉が似合うところがあって、男子ともよく一緒に遊んでいた。

 それ自体は別に悪いことではなかったし、たまに私達も混ぜてもらっていたのだが、彼女のその振る舞いのせいで周囲の子は彼女を女子としては見てくれていなかったのだ。

 そんな彼女にいつしかついたあだ名が「男女」だった。

 子供らしい心ないあだ名だ。でも、彼女の心はちゃんとした女の子だった。いやむしろ、本当は誰よりも女の子らしく扱ってもらいたがっていた。

 だが、茉莉はそれが照れくさくて男っぽい素振りをし、引っ込みがつかなくなっていた。その不器用さは今も変わらないところがあると思う。

 ともかく、そんなこととは誰も思わず、周囲の子達は彼女を男扱いする。

 それはどんどんと彼女を傷つけていった。

 私は、そんな彼女の内面を偶然知った。一人トイレで泣いている彼女と鉢合わせしたことによって。

 その日、私がトイレに行ったとき、個室から泣き声がしたかと思うと、そこから目元を真っ赤にした彼女が出てきたのだ。

 私は彼女から事情を聞いた。最初は断られたがしつこく食い下がり、彼女の心の内を知った。

 みんなが男扱いしてくるのが辛い。本当はもっと女の子らしくしたい。でもみんな、そんな私を見てくれない。特に男子は、自分が女の子らしいところを見せるとバカにしてくる、と。

 彼女のそんな心の悲鳴を、私は聞いた。

 それを知った私はいてもたってもいられず、彼女を一番男扱いしていた男子のところに向かって言った。もう彼女を男扱いするのは止めろ、あの子だって女の子なんだ、と。

 でもその男の子は私に反論した。


「あいつは男女なんだぞ」


 その男の子は事もあろうにそう言った。

 彼のその言葉に、私は怒った。怒り狂って、人生で始めて人を殴った。

 そこから先の記憶は、少し曖昧だったりする。だって本当に頭にきたから。

 大人に止められるまで、徹底的に喧嘩をし続けたのだ。気づいたときには、その男の子は私に泣いて謝っていた。

 茉莉は、そんな私の姿を一部始終見ていたらしい。

 その日から、私と茉莉は本当の友達になったんだ。


「アタシ、嬉しかったんだ……あのとき、本当に嬉しかったんだ。そして、決めたんだ。アタシも、あのときの愛依みたいになろうって。友達を、大切な人を守れる存在になろうって。だからアタシは、あえて男女のままいた。そのほうがやりやすかったから。男女でいれば、愛依を守れるから」

「ま、茉莉……」

「この異世界に来てから、私はずっと気が気じゃなかったんだ。愛依に何かあったらどうしようって。愛依が傷ついたら、死んじゃったらどうしようって。だからアタシは決めた。愛依のための盾になるって。刃になるって。だから愛依」

「……な、何」


 そして茉莉は、普段の太陽のような笑みとは真逆の、真っ暗な笑みで私に言った。


「愛依は何も心配しなくていいんだ。アタシが愛依を守るから。愛依には誰も近寄らせないから……」


 ……ああ、これ、あれだ。

 形は違えど、怜子と同じやつだ……。

 怜子と同じで、ストレスで茉莉もやばいことになっちゃってるよ……。


「どうしてこうなった……」


 私は彼女に聞こえない声でひっそりと言った。

 その日から、茉莉は他人への攻撃性を隠そうともしなくなってしまったのだった。

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