57 共に歩みたい笑顔
「ふぃーやっと宿だぁー」
タロム山脈で巨人のレイジを倒してから私達は山脈の向こう側を目指すために歩き続け、中腹で野宿なども挟みつつ、ついに翌日の夕方になる頃に下山することができた。そして山の麓にあった村に立ち寄り、宿で体を休める事にしたのだ。
「なかなかの長旅だったね……さすがに疲れたぁ」
「うん……ちょっとヘトヘトだよぉ」
ユミナ、怜子、そしてマリーが宿の広間に用意されている椅子にくたぁと座り込む。
翼竜であるキトラもテーブルの上で羽を休めていた。
「まあ今回はアタシも疲れたよ……まさか巨人とやり合うハメになるとは思ってなかったしな」
茉莉もさすがに疲労を感じていたのか、近くのソファーにぐたりと座り込む。
私も彼女の横に背もたれに背中を大きく預ける形で座る。
「そりゃあねぇ。まあ、今回は茉莉が戦いの功労者だし、ゆっくり休んでもらっていいよ。何かあったら私に言ってよ。手助けするからさ」
私はそう言って茉莉に笑いかける。すると、茉莉も私に微笑み返してくれる。
「ああ、そうするよ。ありがとう、愛依」
「……むむー?」
お互い笑い合う私と茉莉を見て、ユミナが腕を組んで妙な声を上げる。
「どうしたのさユミナ」
「いやー? なんか二人の距離が妙に近いなーってね。ああここで言う距離は物理的な距離じゃなくて心理的な距離ね」
「そうだね……二人っきり……極限状態……何も起きないはずもなく……」
「いやそれ怜子っちにも言えることだからね?」
ユミナに突っ込まれ、軽く赤面しながらそっぽ向く怜子。
「はは。まあ修羅場をくぐったらちょっとは親密度も上がるさ。ねえ茉莉。……茉莉?」
一方で茉莉もまた少し顔を赤くしていた。
どうしたのだろうか? もしかして激戦で疲れてちょっと疲れが出ているのだろうか。
「どしたの茉莉? もしかして調子悪い?」
「えっ? いや、そんなことは……」
「ほら、おでこだして。うーん……熱があるわけじゃなさそうだけど……」
私は茉莉のおでこに自分のおでこを当てて熱を測る。体温計がないのでこれが一番手っ取り早いのである。
すると、
「……あれ? なんか急に熱くなってきたような……やっぱり茉莉、ちょっと熱っぽい?」
「へ!? い、いやいや!? そんなことないよ!? それよりさ、愛依、ちょっと……!」
茉莉のおでこはどんどんと熱くなっていく。
うーんやっぱり疲れが今になって出たのだろうか。これは早々に休ませたほうがいいのかも――
「――はーいそこまで」
と、私がそんなことを思っているといつの間にか立ち上がっていたユミナが私と茉莉を引き離した。
「あのさー愛依っち、今のはやり過ぎ」
「へ? 何の事?」
ユミナの言っていることがよく分からない。何かしただろうか、私。
「はぁー……いつもはうちらのこと気にかけてくれるのにどうしてここぞというときは鈍感になるのかなぁ愛依っちは」
「まあ、それが愛依ちゃんのいいところだし」
「悪いところでもあるけどねー」
怜子が困ったように笑って、マリーがちょっと楽しげな様子で言う。
対して茉莉は、なぜだか顔を真っ赤にし上を見上げ顔から煙を出していた。
いまいちよく分からない状況だが、とりあえず私が悪いらしい。
「えーと、ごめん?」
なので、とりあえず謝っておく事にした。
ただその適当な謝罪はすぐに意図を見抜かれたらしく、ゆでダコになっている茉莉以外からは苦笑されてしまうのだった。
◇◆◇◆◇
「ん……そろそろ寝るかなぁ」
その日の夜。
私は宿屋一階の部屋で怜子から借りた本を閉じ、背伸びをしながら言った。
外は山とは打って変わって雲ひとつなく晴れ渡っており、月明かりが眩しいほどだ。
私はカーテンを締めるために椅子から立ち上がり、カーテンに手をかけようとした。
そのとき、トントン、と窓の下部分が叩かれる音がした。
何かと思い私は窓を開けて下の方を見る。
すると、そこにいたのは、
「……茉莉?」
そう、茉莉であった。
彼女はどうにも疲れていたようなので一人早く部屋に行って休んだ。それ以降はお風呂に姿を見せたぐらいで部屋にいたはずである。その彼女がなぜ外に?
「どうしたの茉莉? こんな時間に外でさ」
「いや、ちょっと付き合って欲しくてさ……ほら、扉正面から行くと、いろいろ目立つだろ?」
「……何か悪いことでもするつもり?」
私は冗談半分に言う。もちろん、彼女がそんなことをする人間じゃないのは分かっている。
「へっ? ああいや! そんなことはないって! ただ、ちょっと夜の散歩を二人でしたいというかさ……!」
対して茉莉はとても慌てた様子で言う。その姿が、ちょっと面白くて私は笑う。
「ふふふ……!」
「……あ、からかったな愛依」
茉莉はちょっと不満げな顔を見せる。私は笑いながら手を合わせ彼女に謝る。
「ごめんごめん。許して。お詫びに茉莉との散歩、付き合うからさ」
「……ありがとう、じゃあ行こうか。お姫様」
「はい、王子様」
私は茉莉に差し出された手を取り、窓から抜け出す。
そうして私と茉莉は二人でゆっくりと夜の村を歩く。特に会話はなく、ただ静かに。
でもそれでよかった。それだけで、なんだか心が満たされていく。そんな感じがした。
「……あっ」
と、私はそこであるものを見つけて、少し駆け足になる。
「ん? どうした愛依!?」
「茉莉! こっちこっち!」
私は彼女を手招きする。
「……なるほど、これは」
そうして彼女がやって来て、彼女もまた理解した。
私が見つけたあるもの、それは月明かりに反応して輝く花、月鏡花だった。
「まさかここにも生えているなんてね……前茉莉につれてきてもらったときほど生えているわけじゃないけど、結構あるね」
「そうだな、ちょっとした花畑だものな」
私達は夜風に揺れ、半月の明かりを照らす月鏡花をしゃがみながら見て言う。
思えばあのときも茉莉に夜、外に連れ出されたっけ。なんだかちょっとデジャブ。
「……なあ、愛依」
と、そのときだった。
茉莉が立ち上がり、私を見据えて言った。
「ん? 何?」
私は振り向き答える。すると、彼女は言った。
「私、愛依の事が……その……あの……」
「ん?」
茉莉はなんだか伝えたい事があるようだった。でも、もじもじとして、声も小さくなってうまく聞き取れない。
だから私は静かに待つ。茉莉の言葉を。
「えっと……あの……す……す……!」
「……す?」
「すっ……素晴らしいなって!! 思う!!」
「……はい?」
茉莉はなんだかよく分からない事を顔を真っ赤にして大声で言った。
その直後、軽く頭を抱えていたがその理由はよく分からなかった。
「……えっと、ありがとう?」
「あ、ああ……。つうううううううう……アタシって本当に肝心なときにヘタレ……!」
一応は褒められたらしいので私は礼を言っておく。
その後何か小言で言っていたがそれもうまく聞き取ることができなかった。
「まあその……何だ! とにかく、アタシこれからも頑張るから! だから、よろしく! 愛依!」
茉莉はそう言って私に手を差し伸べてくる。私はその手を握り、立ち上がって言う。
「うん、よろしくね、茉莉」
私達はそうして月明かりの下、硬い握手を交わしながらお互いに笑顔を見せ合った。
どこかひんやりとした風が吹く。
「ああ、アタシに任せとけ。これからも、愛依の笑顔、絶対に守るからな」
「ふふ。期待してるよ、王子様」
「お任せを、姫」
風は花びらを夜空に運び、夏の終わりを告げ秋の始まりを知らせていた……。




