39 救うために
「…………」
私は部屋で一人座っている。
頭に浮かぶのは、ハピネスのあの言葉ばかり。
「ハピネスのものになれば、みんなは元に戻る、か……」
私は考える。
確かに今の私にみんなを救う手立ては考えつかない。
ギルドにいる魔法を使える冒険者達に解呪できないか聞いてみたが、全滅だった。つまり私の知る限りではどうしようもないという事だ。
しかし彼女のモノになるという選択肢も受け入れがたい。
もしそうなれば、きっと私はみんなと離れ離れになってしまう。
それだけは避けたかった。
私はみんなが好きだ。
みんなのためならこの命を差し出しても構わない。そう思っている。
思っているのに、私はみんなと離れ離れになるのを恐れている。
結局私の想いはその程度なのだろうか。
「はぁ……」
私は自分で自分が嫌になった。
想いの強さ、芯の強さで言えば今まで疲弊させられてきたみんなの方がずっと強かっただろう。
それに比べて私はなんだ。
失う恐怖と離別する恐怖の二つに挟まれ、身動きが取れないでいる。
なんて臆病者で半端者なんだろう。
「私は……駄目なリーダーだな……」
自嘲する。
もはや私にできることなど自分をあざ笑うことぐらいだ。
悲しいが、それが現実なのだ。
「…………ちょっと、外に出よう」
私はふとそう思い立った。
少し外の空気を吸って気分を変えたいと思ったのだ。
現実逃避とも言う。
「はぁ……この季節は夜でもまだ少し暑いな……日本よりはマシだけれど」
今のこの世界の季節は夏も終わりかけといった具合だった。
それでも少しばかり暑く、夏の気候を感じさせる。
でもあの湿気の混ざった独特の蒸し暑さに比べれば、まだ色々と楽だなとも思う。
地球は今温暖化だのなんだので気候が大分変動しているらしいけれど、さすがにこの世界はそんな事はなさそうだ。
快適な気候は生活を豊かにするな、なんて考えが浮かんだ。
でも、私は思う。
「日本も今頃夏なのかな……みんなで花火大会、見たかったな」
私はいろんな意味で遠くなってしまった故郷を想いながら、そんなことを呟く。
もし異世界転移していなければ、私達は今頃夏祭りで楽しくやっていただろう。
それが、今はみんなに死の危険が迫っているのだ。
こんなこと、ありえていいのか。いや、だめだ。みんなを死なせちゃいけない。
「……結局、外に出ても考えるのはみんなの事なんだな、私」
そこで私は気づかされた。
私は常にみんなの事を考えていて、こうして一人になっても考えるのだと。
つまり、それほどにみんなのことが好きなのだと。
ならば、そんなみんなを死なせるなんて選択肢が取れるだろうか?
いや、取れない。
ならば、するべきことは一つなのかもしれない。
「……なっちゃうか、ハピネスのものに」
それが、現状私の採れる最善の選択肢なのかもしれない。
彼女の……モンスターの手中に収まる事が。
「はぁ……それしか、ないのかな」
私は決めようとしていた。
自分自身を捧げる選択肢を。
だが、そんなときだった。
「愛依!」
私の名前を叫ぶ声が聞こえた。その声の主に、私は軽く驚く。
「カティアさん……?」
私の事を呼んだのは、カティアさんだった。
なぜ彼女がここにいるのだろうか。彼女は忙しい身だ。なぜ忙しいかと言えば、私達が魔軍の情報を彼女に伝えたからなんだけど……。
ともかく、彼女は魔軍の対応に追われしばらく会えなくなっていたはずだった。
だが、今こうして彼女は目の前にいる。一体どうしたと言うのだろうか。
「どうしたんですかカティアさん? こんなところで」
「どうしたもこうしたもあるか! 君の仲間達がモンスターの術中に嵌まり目を覚まさなくなったと言うではないか! それで心配で見に来たのだ!」
これまた驚きだ。確かに私達はひとつ屋根の下にいた事はある。
だが、それは短い期間だった。たまに顔を合わせたり何かあったときに頼りにするのはたしかに彼女だが、彼女が直接私のところに来るほどに心配するとは思ってもいなかったのだ。
「カティアさん……ありがとうございます、心配してくれて」
私はそんな彼女に頭を下げる。カティアさんの気持ちが、今は素直に嬉しかった。
「礼なんていい。それより、私にできることはないか? とりあえず先程宮廷魔道士を呼んでおいた。気休めかもしれんが、もしかしたら……」
「……多分、宮廷魔道士さんでも無理だと思います。ギルドの熟練の魔道士でも無理で、その人曰く解呪には相当な力と準備が必要だって」
「しかし、何もしないよりはマシだろう……! 私はできることをするつもりだ。だから愛依、どうか諦めないでくれ」
カティアさんは私の肩を掴んで言う。彼女の目は、とてもまっすぐだった。
「……本当に、清廉な人ですねカティアさんは。私達異邦人のためにこんなになってくれるなんて。でも、どうしてですか? どうして私達のためにそんなに……」
「どうして? そんなの決まっているだろう」
すると、カティアさんは言った。笑顔で。
「友のためにできることはすべてする。それが友人というものであろう」
「それが、友人……」
そこで私は思った。
私はみんなのためにできることをすべてしたであろうか?
ただ、現実に道はないと思い勝手に絶望していなかっただろうか?
そうだ。私にはまだ道があるかもしれないんだ。
凄く細く脆い道だけれど、みんなを救えて、ハピネスのモノにならない、そんな道が。
「……本当にありがとう、カティアさん。おかげで、私は私のやることを見つけられたかもしれません」
「……そうか。その目は、覚悟をしている目だ。ならば、行ってくるがいい。留守は任せてくれ」
「……はい!」
そうして、私は向かう。
ハピネスが待つ、屋敷へと。
◇◆◇◆◇
夜の森の中にある道は暗かったが、道は違わずに進むことができた。
今、私はハピネスのいる屋敷にいる。
彼女と出会った、あのホールに。
そこで、私は叫ぶ。
「ハピネス! 約束通り来たわよ! 一人で!」
私の声がダンスホールにこだまする。
すると――
「――クス、クスクスクスクス」
あの癪に障る笑い声が聞こえてきた。
そして、ソレとともに私の眼前上に、ハピネスが現れて空中からゆっくりと降りてきたのである。
「よく来てくださいましたわぁ愛依……ここに来たということは、わたくしのモノになってくれる、そういう事ですわね? クスクスクス、嬉しいですわぁ……ああ、なんて心踊るのかしら。これからあなたは一生わたくしのモノです……永遠にわたくしと愛の物語を紡ぐのですわぁ……クスクスクス」
「おおっと、勘違いてもらったら困るわね」
「え?」
私の言葉に、ハピネスは目を丸くする。
そんな彼女に、私は笑いながら言ってやった。
「ハピネス……私はあいにく、あなたのモノになるつもりはない。けれど、みんなを諦めるつもりもない……だから決めたの」
杖の頭を、目の前の彼女に突きつけながら。
「ハピネス……! 私はあなたを倒す! そして、みんなを解放する!」
私は私が選んだ道を、高らかに宣言した。
ハピネスを倒す。それが、私の選んだ茨の道だった。




