29 邪悪の意思
「……ん、ここは……?」
私とマリーは影の手に連れ去られてからすぐ、どこかの床に投げ出されてから視界が開ける。
そこはどうやらどこかの朽ちた砦のようだった。
石壁に囲まれながらも天井はなく、空が見える。
空自体は晴れているが壁が高く太陽の光は遮られていた。
「マリー、大丈夫?」
「うん、なんとか……」
私は立ち上がりながら私の側で尻餅をついていたマリーに声をかける。
マリーは私の言葉に答えるとゆっくりと立ち上がる。キトラも一緒だ。
「それにしても、ここは一体……」
「――おや、用があったのはバートンの娘だけだったのですが……余計な者までついてきましたな」
と、そのときだった。
私達の眼の前の暗がりから、そう声がしたのだ。
「誰!?」
私は叫ぶ。
すると、その闇から何者かが出てきた。
「誰、ですか……。不躾な質問ですが、答えさせていただきましょう」
否。出てきたのは人ではなかった。
闇から出てきたのは、闇だったのだ。
人の形をした黒いモヤの塊が、黒革のコートを着、中折れ帽をかぶった姿で歩いてきたのだ。
それは間違いなく、モンスターだった。
「どうも、私はスペクターのソローと申します」
そのモンスターはうやうやしく頭を下げながら言った。
「スペクター……!? 亡霊の……!?」
「マリー、知ってるの!?」
「一応、知識だけは……亡霊系モンスターの中でも最上位に位置するのがスペクターだって、ママから教えてもらったことがある……でも、見るのは初めてだし、そもそも人語を扱うほどに賢いモンスターがいるなんて……」
「ふっ、言葉が人間だけのものと思うのは、人の傲慢というものですよ、バートン嬢」
ソローは小馬鹿にするような口調で言った。
私はそんなマリーとソローの間に立つ。
「おや?」
「あなたの目的は何? あんなところでこうして私達を拐ったんだから、何か目的があるんでしょう? あなたは……一体マリーに何をするつもりなの!?」
「やれやれ、人をまるで金品目的の誘拐犯のように言いますね……そうですね、どうせ私のモノになるのですし、もしかしたら穏便に物事が進められるかもしれません。教えてあげましょう。私はね、バートン嬢が身につけているその青い宝石……チャネリングストーンを頂きに来たのです」
「マリーの宝石を……?」
「ええ。それは人間が我々モンスターと意思を疎通するだけでなく、強大な力を分け与えることのできる素晴らしい石なのです。それをただの人間が持っているなど勿体なさすぎる。故に、私に渡して欲しいのです」
私はマリーを見る。マリーは、ぎゅっと胸元の宝石を握りしめていた。
「……嫌! これはパパとママが私にくれた、大切なモノなの! それをモンスターなんかに渡せない!」
そしてマリーはソローを睨んで言った。
ソローは「やれやれ」と言い頭の中折れ帽を軽くかぶり直す。
「もう一度だけいいます。そのチャネリングストーンを渡しなさい。でなければ、命は保証しませんよ?」
「……絶対に嫌!」
「まったく……お嬢さん、あなたからもバートン嬢を説得してくださいませんか? あなたから言えば、彼女も納得するでしょう」
マリーは不安そうに私を見る。私は、そんな彼女の頭をそっと撫で、
「大丈夫だよ」
と囁いてあげた。
そして、私はスペクターに向き直る。
「悪いけど、断るわ」
「ほう……?」
「命を盾に人の大切なものを奪おうとする輩なんて、どうせろくな奴じゃないわ。それにあなたに渡したら何か大変な事になる気がするし、大人しく渡しても生かして返してもらえるとも思えない。私の直感がそう言っているの」
「……まったく、下手に出てあげているというのに話を聞かない困ったお嬢さん方だ。……いいでしょう、あなた達がそのつもりなら、私も実力に訴えるまでです」
そう言ってソローは軽く片手を上げた。
すると、ソローの左右の空間に黒い円状の光が現れたかと思うと、そこからわらわらとモンスターが湧いてきたのだ。
モンスターはゴブリンにオーク、ウェアウルフと様々だ。だが、お互い争うことなく唸り声を上げて私達を見据えている。
「私は直々に暴力を振るうのは嫌いでね。汚れ仕事は彼らにやってもらいますよ」
「この混成したモンスターの群れ……まさか!?」
そこで、私は気づく。
私の言葉に、ソローは頷く。
「ええ、そうですよ。さすが勘はいいようですね、お嬢さん」
「え? どうしたの!? お姉ちゃん」
マリーは気づいていないようだった。
そんなマリーの姿に、私は迷う。果たしてマリーにこのことを教えるべきなのか。教えたら、彼女は確実に冷静じゃなくなるだろう。
それがこの状況では不利に働くかもしれない。
でも、マリーには知る権利がある。隠していると、後々それが不幸を呼ぶかもしれない。
故に、私は迷っていた。
「マリー……その……」
「おや、教えてあげないのですか? バートン嬢の親の仇が、私であるということを」
「……え?」
マリーは目を見開き、信じられないといった顔をする。
一方でソローはあくまで落ち着いた様子で言った。
「私が、あなたの住むケドリア村に、モンスターの群れを差し向けたのですよ。バートン家に伝わるチャネリングストーンを奪うためにね、ですがまさか、一人娘に託され、そんな小さな翼竜に邪魔されてそれを発見できないとは……やはりこうして私が現場に赴かないとダメなようですね」
「そんな……そんな……」
マリーは呆然とする。私はそんなマリーの肩を掴み彼女の目を見る。
「落ち着いてマリー! ここで冷静さを失ったら相手の思う壺――」
「――キトラぁっ!!」
私の言葉を遮るように、マリーは私を跳ね除けてキトラをソローに差し向けた。
「きゃあっ!?」
「シャアアアアアッ!」
キトラは青い光をまといながらソローに向かって一直線に飛んでいく。だが、
「ふん」
ソローが軽く手を振ると、近くにいたオークが浮遊し、彼とキトラの間に飛ばされる。
「ギャッ!?」
よって、キトラの突進はオークによって防がれてしまった。キトラに突撃されたオークは悲鳴を上げ地面に落ちて動かなくなる。
「なるほど確かにすごい力ですね。ますます人間に持たせておくのは惜しい。……行きなさい」
「ピギャアアアアア!」
「ガアアアアアアア!」
ソローはすっと私達に手を向ける。それに従って、召喚されたモンスターの群れは私達に襲いかかってくる。
「キトラぁ! みんな殺して!」
「シャアアアアア!」
「マリー! ……っく、私も戦わないと!」
そうして、私達とモンスターの群れとの戦いは始まった。
「セイント!」
私は光魔法でモンスターを一体ずつ退治していく。一方でマリーは怒りの形相でキトラを操り、並み居るモンスター達を蹴散らしていく。
だが、ソローは相変わらず余裕といった様子だった。
それもそのはずで、私達が倒すよりも多くモンスターが次々と召喚され、増えていったのだから。
「くっ……なんて数……! この数はさすがに二人じゃ……!」
私は後ろにゆっくりと退きながら言う。
マリーも頭が怒りに支配されているが、さすがに前に進むということはせずにキトラを操っていた。
私達はなんとかモンスターを倒そうと努力する。
だが、いくら倒してもモンスターは召喚され、私達はどんどんと追い詰められていく。
「……くっ!? もう後が無い……!?」
私は背中がピタリと壁についたのを感じて言った。
私とマリーは、壁際に追い詰められてしまったのだ。
「クソっ! クソっ! クソっ! 殺してやる! 殺してやる!」
マリーは追い詰められながらも怒りの言葉を口にしていた。それほどまでに、彼女の怒りは強かった。
「さて、そろそろですかな」
一方でやはりソローは落ち着いていた。絶体絶命の私達を平然とした様子で見ている。
「ギシャアアアアアアアアア!」
そのときだった。一匹の棍棒を持ったオークが、私達の攻撃を避けてマリー目掛けて突進を始めたのだ。
「キィ!」
それをかばおうと飛ぼうとするキトラ。しかし、
「いい加減黙りなさい」
ソローがばっと手を突き出すと、キトラは壁に向かって空中で勢いよく吹き飛ばされてしまった。
「キィッ!?」
「そんな、キトラ!?」
さすがのマリーもキトラに気が行く。だが、その間にもオークは差し迫っていて――
「くっ、魔法も間に合わないっ……!」
その瞬間、私の体は動いていた。
私はマリーを庇うように彼女の体を抱いた。
刹那、頭に激しい痛みが走る。
「ガッ……!?」
「お姉ちゃん……!?」
「グ……セイント……!」
私は激しい痛みに耐えながらも魔法を唱える。
それによって、私の頭を殴ったオークを撃破する。
「お姉ちゃん!? 血が……頭から……!」
「あ……マリー……逃げて……」
意識が朦朧とする。視界がぼやける。
私はなんとかマリーを逃そうと言う。だが、マリーは混乱しているようで動けない。
その間にも、モンスター達がゆっくりとにじり寄ってくるのを感じる。
「チェック、ですね」
そう言うソローの言葉も聞こえる。
まさに、私達は絶体絶命であった。




