22 モンスターテイマー
「んっ……よっと……」
私達は森の中を立ち並ぶ木々の隙間を通りながら進んでいた。
マリーの資質を確かめる事に決定した後、私はそのクエストとしてモンスターの討伐任務を選んだ。
クエストは他にも平和的なクエストはあったのだが、あえて討伐任務にした。
理由は、モンスターとの戦いについてこれないようであれば今後の私達の冒険者稼業について来ることはできないだろうし、きっとモンスター討伐任務ではマリーは役に立てずテストに落ちるだろうという打算もあった。
彼女には可哀想だが、現実を知ってもらうのが一番だと思ったからだ。
そのため、討伐するモンスターも彼女にとって試練となるものを選んだ。
「みんな、待って。……いる」
私は木陰に隠れながら後からついてきていた四人を止める。
「……っ」
マリーが一瞬息を呑む。
私達の視線の先の岩場にいたモンスター、それはオークの群れだった。
オークは一般的な低級モンスターだが、マリーにとっては関門になると考えたのだ。
なぜならマリーのいた村を襲ったモンスターの群れの中に、オークが存在しているのを私達は死体で確認していたからだ。
わりとひどいことをしている自覚はある。
でも、いざというときにトラウマで動けないようでは命を落としかねない。
だから、そういう現実を知ってもらわねばいけないと私は思ったのだ。
「マリー、辛いようなら後ろで隠れてて。戦えなくてもそれは仕方のないことだから」
「……大丈夫」
しかしマリーは、意外にもしっかりとした声で私に返してきた。
「確かに一瞬びっくりしたけれど、私は大丈夫だよお姉ちゃん。これもお姉ちゃんからの試練なんだよね。お姉ちゃんの私への愛の深さが伝わってくるよ……」
……いや試練なのはそうなんだけれど、ちょっと方向性が違うというか。少なくともそこに愛はないよ?
むしろあったのは若干の悪意だよ?
でもとてもそうとは言えず、私はなんとも言えない気持ちになりながらも視線をオークの群れに戻す。
「……あの岩場にいるオークの数は、五体。うん、依頼の数と一致する。あの群れを倒せばクエスト達成ってことだね。さて、じゃあどう戦うかだけど――」
「――私に任せて」
と、そこでまたもマリーが確かな声で言った。
彼女の言葉に私達は驚く。
「えっ? マリーちゃんが?」
「おいおい大丈夫かよ?」
「やめといたほうがいいと思うけどなー」
三人が言う。私は彼女らの言葉に同意するように頷く。
マリー一人であのオークの群れをどうこうできるとは思えない。
正直そこそこモンスター討伐に慣れてきている私達だって一人だとちょっと手こずりそうだし。
だがマリーの表情には自信があった。
「大丈夫だよ。私のモンスターテイマーとしての力、お姉ちゃん達に証明して見せる。……キトラ!」
マリーは小声で彼女の飼っている翼竜の名を呼ぶ。
すると、先程まで彼女の後ろを飛んでいたキトラがマリーが前に出した左腕に止まる。
「さあキトラ。私達の力を見せるよ。そしてお姉ちゃんの信頼に応えよう」
「シャァ!」
キトラがマリーの言葉に鳴いて応える。
いや信頼はしてないんだけど……むしろダメだろうって思っていたんだけど。
やっぱりマリーはどうにも思い込みが強いらしい。
彼女の中では私は愛に溢れるお姉ちゃんになっているようだった。
うーん愛が重い……!
「……っ」
そんな事を思っていると、マリーが空いた右手で胸元の青い宝石を握りだした。
すると、その宝石が突如輝き始める。同時に、キトラの体を青い光が包み込む。
何が起こっているのかと彼女に目を向ける私達。
次の瞬間、マリーはオークの集団をきっと睨んで言った。
「さあ……キトラ、行って!」
「キシャア!」
キトラが鳴く。
そしてキトラは勢いよくオークの集団に飛んでいった。
まるで青い流星の如く。
「グ……? ガァッ!?」
キトラは凄いスピードでオークの一匹に体当たりする。するとそのオークは大きく吹き飛び、近くの岩に体を打ち付ける。
「ピギィ!?」
そのオークはそのまま動かなくなった。おそらく当たりどころ悪く死んだのだろう。
他の四匹のオークがキトラに視線を向ける。
「ピギャア! ピギャア!」
威嚇として泣き喚くオーク。
だがキトラは青く輝いたまま上空を飛び回っている。
しかしふとしたタイミングで、突如急降下し別のオークの腹めがけて飛び込んだ。
「ギッ!?」
そのままオークを上空に跳ね飛ばすキトラ。さらに浮いたオークの上に素早く飛ぶと、しっぽで地面に叩きつける。
「ギギッ……!」
そのオークもそれで動くことはなくなった。
キトラは更にオークを翻弄するように飛びながら、次々と残ったオークに体当たりをしていく。
また、直接当たらずとも掠めて爪で引っ掻いているようで、オーク達は次々と流血していった。
オーク達はその攻撃で絶命こそせずともどんどんと傷を負い、活力を失っていっているようだった。
「さあお姉ちゃん達! 今だよっ!」
そこで、マリーが叫ぶ。それはきっと、今なら楽にトドメが刺せるということなのだろう。
「えっ? あっ、うん! みんな、行こう!」
私は目の前の光景に呆気にとられながらも、その声で我に帰りみんなに指示を飛ばす。
「あっ!? あ、ああ!」
私の言葉に最初に反応したのは茉莉だった。彼女も目の前の光景に目を奪われていたようだったが、私の指示に反応し前に出る。それに続いてユミナと怜子も出ていった。
後は流れ作業のようなものだった。
残った体力を失ったオーク達を素早く三人が狩った。
一応確認したが、キトラが襲いかかったオークはちゃんと死んでいた。
討伐任務は、完全にマリーの操るキトラの独壇場で終わったのだ。
「どうお姉ちゃん! 私達もなかなかやるでしょ!」
マリーはキトラを肩に乗せながら言う。
キトラはマリーの頬にその顔を擦り合わせていた。
「ははっ! もうキトラ、くすぐったいよ」
「す、凄いね……結構戦えるというか、何したのさっき?」
それは純粋な疑問だった。
マリーが先程の戦闘でどうしてあそこまで華麗にキトラを操れたのか、気になるところではあったからだ。
すると、マリーは自信満々な顔で言う。
「ふふっ、私だってこれでもパパとママからモンスターテイマーとしての手ほどきは受けてたんだよ。この胸の宝石が魔法石になっていて、操るモンスターに力を与えられるんだ。それで私が指示を頭で考えれば、キトラはそれを受け取って行動してくれるの! 凄いでしょ!」
無垢な笑顔で言うマリー。
「う、うん……」
一方で私達はそれに頷くことしかできなかった。
ともかく、こうして私達はマリーを認めざるをえなくなり、彼女が私達のクエストについてこられないようにしようという目論見は見事に失敗したのであった。
「……どうしてこうなった」




