19 生き残った娘
「…………」
帰りの馬車は、重たい空気に包まれていた。
結局私達は他に生き残りを見つける事はできず、マリーを見つけた後、彼女を連れて村から離れることにした。
マリーは自分の名を名乗った後何も喋ることはなく、私達も目の当たりにした惨状に心を引きずられ喋る気にはなれなかった。
だから私達は特に話す事もなく帰路についていた。
「…………」
しかし、この無言というのはどうにも気まずい。
いや、無言の中怜子とユミナが左右で私の両腕をガッツリ握っているので別の気まずさもあるのだが。
ともかく、何も知らないままこのまま喋らないのはよくないと、そんな気がした。
「……ねぇ、マリー」
だから私は、目の前に座り方に小さな竜を乗せる彼女に聞くことにした。
「あの村で何があったか、教えてくれないかな?」
一体何があったのか。
その事実の確認を。
「…………」
マリーは無言のままだ。だが、私は諦めなかった。
「……話すのは辛いと思う。でもね、何があったのかを知れば私達も力になれるかもしれない。他の村が同じような目にあうのを防げるかもしれない。それに……話す事であなたも少し気が落ち着くかもしれないと、そう思うの」
私は私の腕を握っている二人の手をなんとか外し、マリーの前に出て彼女の手を握る。
「……私達は、敵じゃないよ」
そして、静かに笑いかけてあげる。
この子に今必要なのは、親身になってくれる人だ。寄り添ってくれる相手だ。だから、私がそうなってあげる。
「……あのとき」
そして、彼女が口を開く。ゆっくりと。
「突然村に、魔物が攻めてきたの……村には戦える人がほとんどいなくて、それで、一方的に……」
ぶるりと体を震わせるマリー。
私はそんなマリーの手を、よりぎゅっと握る。
「大丈夫、ゆっくりでいいよ」
「う、うん……。……それで魔物はお屋敷にまで入ってきて、パパとママが私をクローゼットに隠して、絶対外に出ちゃだめだよって……それで、二人とも帰ってこなくて……静かになったから外に出たら、いたのはキトラだけで……パパと、ママは……!」
そこで、マリーは瞳から涙をこぼし始める。私はそんな彼女を、そっと抱きしめる。
「大変だったね……辛かったね……大丈夫、私が側にいてあげるから……」
「……う、うううっ! うわああん……!」
そこでマリーは初めて声を上げて泣き始めた。
私はマリーが泣き止むまで、ずっと彼女を抱き続けた。
その夜、私達は野宿することになった。
村から帝都までは行きでも一日かかったので、帰りも同じぐらいの時間がかかるのは当然である。
ただ、今回は帰りの人数が増えていた。
「さあ、晩ごはんだよマリー」
私は予め用意してあった食料を彼女に渡す。簡単な肉と野菜のスープ、そしてパンだ。
元々トラブルがあったとき用に食料は見た目よりも多く物を収納できる魔法バッグ――遺跡調査での報酬で買った一番便利で高かった装備品である――に多目に入れてきたので問題はなかった。
「はい、どうぞ」
「……ありがとう」
マリーはそれを受け取ると、それはもう凄い勢いで食べ始めた。
そこでやっと私達は気づく。彼女はもう何日も食事をしていないという事実に。
「あーそっか……ごめんね、気づいて上げられなくて」
「……ん、大丈夫。それより、まだある?」
相当お腹が減っていたらしい。私はそんな彼女に微笑みながら頷く。
「うん。大丈夫だよ。ちゃんと余分に持ってきているし。だから、ゆっくり食べな」
「……うん」
更にパンとスープをマリーに渡す。するとマリーはまたかっ込むように食べ始めた。
「……ごめんなさい」
そうして食事を終えたあと、マリーは急に顔を真っ赤にして言った。
「え? 何が?」
「いや……せっかくの料理をあんな下品な食べ方しちゃって、申し訳ないなって……」
その質問に私は少しびっくりする。そして、すぐさま苦笑いしながら答える。
「大丈夫だよ、それだけお腹が空いてたってことだし。それに、美味しかったんでしょ?」
「……うん」
「だって。良かったね茉莉」
「お、おう。まあアタシの料理の腕もまだまだ捨てたもんじゃないってことだな」
私の言葉に茉莉も少し恥ずかしそうに、だか嬉しそうに笑う。
「茉莉、料理の腕は私達の中で一番だもんね。茉莉がダメだったらうちのパーティ全滅だよ」
ちなみに料理は現状持ち回りでやっている。
のだがみんな私に料理を一番多く盛ってくる。私そんな大食らいってわけでもないのに……。
たまにみんなの好意が辛いです。
本当にたまに? というのは置いておいて。
「そ、そうか? ヘヘヘ……まあ愛依にそう言ってもらえると嬉しいよ……」
「……まあ、愛依ちゃんの好みを一番理解して作れるのはわたしなんだけどね」
「えー? 食事バランスはうちが一番うまく取れてるんだよー? 健康は大事だしー」
露骨に喜ぶ茉莉に対してすかさず怜子とユミナが牽制していく。
「ははーん負け犬の遠吠えだな。直接愛依に一番って言われたんだぞアタシは?」
「ほらそこは愛依ちゃん優しいから……」
「だねぇー愛依っちの優しさが分からないなんてまだまだだねー」
「ま、まあ三人共落ち着いて……」
若干雲行きが妖しくなってきたので私は三人を落ち着かせる。
もう、気を抜くとすぐこうなるんだから。
そんな私達をマリーは見比べている。
「……四人は仲がいいの? 悪いの? どっちなの?」
そして不思議そうな顔で聞いてきた。
あー、そこは気になるよね確かに。
「仲はいいよ。ほら、喧嘩するほど仲がいいって言うでしょ?」
彼女の問いに私はごまかすように言う。
さすがに私を巡ってみんながちょっと前まで喧嘩していたなんて私の口からはとても言えない。
「ハハハハ……」
「…………?」
とりあえず笑う私の姿に、マリーは頭に疑問符を浮かべていたのであった。
◇◆◇◆◇
「そうですか、ケドリア村がそんな事に……」
一日の道のりを経て帝都に戻った私達はギルドの受付嬢さんに事の次第を伝えた。
私達から事情を聞いた受付嬢さんはさすがにいつものような笑顔ではなく真面目な顔をしている。
「ふーむ、しかし皆さんが見てきた通りなら、様々な魔物が混合していたんですよね? 一体何が起きたんでしょうか……?」
「さあ、それは私達にも……ですが、決して見過ごしていい事態ではないことは確かです。ちゃんとした調査隊を送り、周辺地域に警戒を促したほうがいいと思います」
「そうですね……」
私の言葉に、受付嬢さんは頷く。
「分かりました。ギルドの伝手で周辺地域への警告と帝国軍に伝達しておきましょう。お疲れ様でした。こちら報酬となります」
そう言って受付嬢さんがお金の入った革袋を渡してくる。
私達がそれを受け取って中身を確認していると、受付嬢さんの目が私の服の裾を右手で掴んでいるマリーに向く。
「……そちらの子が、生き残ったという子ですか?」
「あ、はい。マリーです。マリー・バートン」
「バートン……ケドリア村に屋敷を置いていた名士の家ですね。確か代々モンスターテイマーとしての技を受け継いできたと聞きますが……」
「モンスターテイマー、ですか?」
私の言葉に受付嬢さんは頷く。
「はい。人に慣れるよう調教されたモンスターを操り戦う職業の事です。バートン家は代々その素質のある人間を排出してきたのですが……どうやらその子もその素質はあるようですね」
受付嬢さんはマリーが左手で抱く小さな翼竜を見る。
翼竜はそんな受付嬢さんを見つめ返しながら「シャア!」と軽く鳴いた。
「……確かにパパとママは私にいろいろ教えてくれたけれど、私とキトラはお友達でまだ実戦はしたことなくて」
その視線に答えるように、マリーが言う。
マリーに対し受付嬢さんは軽く微笑む。
「ともかく、そちらのマリー様はこちらで身柄を保護しましょう。おそらく孤児院へということになりますが――」
「嫌ッ……!!」
と、そこでマリーが受付嬢さんの言葉に対して叫んだ。
「私、この人と一緒にいたい……! 孤児院なんて行きたくない……!」
マリーはそう言って私の裾を掴む力をぎゅっと強めた。どうも、私と離れたくないらしい。
「そうは言っても、こちらの方々はただの冒険者ですから……」
受付嬢さんは困ったように笑いかけながら言う。
一方でマリーは私の影に隠れ、少しだけ顔を出している翼竜――キトラが睨みながら威嚇している。
そんな彼女を見て私は思う。
彼女は、もしかしたら私達と変わらないのかもしれない、と。
突然家族を失い孤独になった彼女と、突然異世界に放り出され右も左も分からない私達。
頼れるのは残った友達だけ。そう考えると、とても他人とは思えない。
だから、私は――
「――大丈夫ですよ」
自然と、口が動いていた。
「え?」
「問題ないです。私が、この子の身元を引き受けます」
「えっ!?」
「愛依!?」
「マジで!?」
私の突然の言葉に、さすがの怜子達三人も驚く。同じく、受付嬢さんも、更には離れたくないと言ったマリーも驚いたような顔をしていた。
「しかし……いいのですか?」
「大丈夫です。お金には少し余裕がありますし……何よりも、この子を放ってはおけないんです。……みんな、お願い。私、この子を助けたい」
私は振り返って三人に言う。
その言葉に、三人は――
「……まあ、愛依ちゃんがそう言うなら」
「しゃあねぇなぁ……」
「……愛依っちは言ったら聞かないからなぁ」
と、渋々と言った様子だが認めてくれた。
本当にごめん、みんな。
そして私はまた、受付嬢さんに向き合う。
「……という事です。どうかお願いします!」
私は頭を下げる。すると、受付嬢さんは言った。
「……分かりました。そういうことなら、こちらでどうこうすることはありません。頑張ってくださいね」
笑顔で。
その笑顔の意味は私達には分からなかった。でも、これだけは確かだった。
私達はただでさえ大変な異世界生活の中で、現地人の少女の面倒を見ることになった、ということである。
「よろしくね、マリー」
私はそう言って彼女に笑いかける。
その言葉にマリーは、
「……うん」
とか細い笑みで答えたのだった。




