嫌夏
タイトルは「けんか」と読みます。
昔から夏が嫌いだ。
いやに空が高く見えて、憎いほど透明感のある水色に吸い込まれてしまいそうになる。雲が無ければ尚更に。手を伸ばしてもこっちからは掴めないというのに、空は手招きをしてくる。
まとわりつくような湿気に、頭上から降り注ぐ日の光と足元からやってくる照り返し。左手で扇子を扇ぎ、大量の汗でべったりと背中にくっついた服を右手で剥がして空気を入れ、またひたりと密着してくる布の不快感に耐えながら家へと帰る。
玄関の扉をくぐり、開けていた窓を閉め、エアコンの電源をつける。冷蔵庫から取り出した水入りペットボトルに口をつけ、吹き始めた冷たい空気を背に受けながら中身をカラにする。そうして、ようやく青空の手招きに打ち勝って帰ってくることが出来るのだ。
昔から夏が嫌いだ。穏やかな顔をして人を空へと引き込んで帰さない、透明な死と隣合って歩くことを強いられる。そんな夏が、昔から嫌いだ。