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DTのまま40を超えた僕が魔法使いから○○になった話  作者: 矢車 兎月(矢の字)
第三章

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複雑な感情

 エリシア様との話し合いを終えて帰宅すると、一足先に家に帰っているはずのロイドは自室に籠っているのか姿が見えなかった。

 アランにあまり気遣うなと言われていたので、声はかけずに晩御飯の準備を整えてから改めて声をかけたのだが、部屋の中からくぐもったような声で「いらない」と言われてしまった。

 アランの次によく食べるロイドは食事をいらないなんて言った事は今まで一度もないので僕は心配で落ち着かない。いつもあんなに食べる子が……なんて、まるで思春期の息子を持った母親のような心境なのだけど、仕方がない、似たようなものだ。

 だって、僕にとっては彼は友達で仲間で、そして本気で息子のようなものだと思っていた。年齢的にどうしてもそういう目線になってしまうのだ、これはもう如何ともしがたい。

 アランとルーファウスは放っておけと言うけれど、どうしても気になってしまって仕方がない僕は彼の為におにぎりを握ってリビングに置き、部屋に籠ったロイドに声をかけた。


「ロイド君、ご飯リビングの机の上に置いといたから、お腹すいたら食べて」

「……俺の事なんかほっとけよ、どうせお前にとって俺なんか、どうでもいい存在なんだろう」


 扉越しだが返事が返ってきて少しだけほっとしたものの、言っている事はあまり前向きとはいかなくて「そんな事ないよ」と返事を返したが、その後の会話は続かない。

 沈黙だけが流れる廊下に僕は息を吐いて向かいにある自分の部屋へと瞳を向けた。アラン達の言う通り、今は一人にさせておくのがいいのかもしれない。

 そんな事を思って自室の部屋のノブを掴んだ瞬間、後ろから腕を掴まれロイドの部屋へと引きずりこまれた。


「……っ!?」


 部屋の扉がぱたんと閉まると同時に「そうやって、いつもお前はっ……!」と身体を扉に押し付けられ、怒鳴られた。


「ロイドく――」

「初めて会った時からお前はそうだ、目の前に俺が居てもまるで眼中にありませんって顔で、俺の存在を無視し続ける!」

「なっ、そんな事、僕は思ってなぃ……っっ」


 僕の腕を掴むロイドの指の力がきつくなる、剣士であるロイドの腕力は恐らく僕の何倍も強い、抗おうにも抗えなくて僕は扉に押さえつけられたままロイドの顔を窺い見る。

 部屋の中は日が暮れているにもかかわらず灯りのひとつも点いていないので彼の表情をはっきりと確認できない。けれど、間近で見せた彼の表情は怒っているようでいて、何故か泣きそうな表情をしていて僕は言葉に詰まった。


「お前はいつでも特別で、何をどうしても俺はお前に追い付けない。何でだよ! それでも俺はお前の事、ずっと大事に想ってた。なのにお前は俺には何も言ってくれない! ただにっこり笑って俺の前に線を引く! 嫌われてる方がまだマシだ、それは俺という存在を認識してるって事だからな、だけどお前にとって俺は空気みたいなもんなんだろう!」

「そんな事……」


 まさかロイドが僕の事をそんな風に思っているとは思わなかった。でも、彼の言葉に心当たりがない訳でもない、僕は誰に対してもどこか一線を引いてしまう所がある。それは今まで培ってきた対人関係で深く人と関わってこなかった弊害でもあり、僕の性格でもある。

 いくら仲良くなっても、それ以上に踏み込めないし踏み込ませようとも思わない。色んなものを背負っていた僕は相手に拒絶されると分かっていたから、恋愛に関しても友人関係を構築するのにも臆病で、それなら最初から望まないと決めていた。


「それでも俺はお前の視界に入ろうと、今までずっと頑張ってきた。だけど、だけどさ、お前はいつでも俺の前を歩いていて、俺はお前の横に並ぶ事さえできないんだ!」

「貴方はそういう所が子供だと言うのですよ」


 そんな言葉と共に、ロイドの身体が後ろへと引かれた。突然現れた人物に予想外の反撃を受けてロイドは部屋の奥へと放り出される。


「自分の思う通りにいかなければ、それは全て他人のせいですか?」

「ルーファウス……」

「タケルが貴方に対してどれだけ心を砕いているか、それに気付いていないのなら、貴方は正真正銘ただの馬鹿です」


 僕達の目の前に現れたのはルーファウス。

 分かっていた、ルーファウスはいつでも僕を見ているから。だけど今は黙って見ていて欲しかったな。

 暗闇の中、ロイドが「ちっ」と舌打ちを打った。それに対して冷ややかな態度のルーファウスは「タケル、もういいでしょう?」と僕に問う。

 何もいい事なんてない、まだ僕達の話し合いは終わってない。


「いつもルーファウスが僕の事を覗いているのは知ってたけど、僕とロイド君との間の事に口を挟んでくるのは違うだろ?」

「え……」

「僕はルーファウスの所有物じゃない、僕の事をルーファウスが勝手に決め付けるのはやめて欲しい」

「タケル」

「今は出てって、話の邪魔だよ」


 僕はそう言って部屋の扉を開けてルーファウスの背中を押す。少し戸惑った様子のルーファウスに「過干渉」と一言告げて、僕は扉を閉めて遮蔽の魔術を部屋の中に放った。

 今までは何も疚しい事などないからとルーファウスの覗きを放っておいたのがあまり良くなかったのかもしれないな。ルーファウスの干渉がそこまで苦ではなかった僕にも問題はあるのかもしれないけれど。


「……いいのかよ、あの人追い出しちゃって」

「僕とロイド君の話し合いにルーファウスは関係ないだろう?」

「関係、ないのか?」

「ないよね?」


 何故そこまでロイドがルーファウスの存在を気にするのか分からない僕は首を傾げ、座り込んだままのロイドの前にしゃがみ込む。


「ロイド君、今まで色々黙ってたのは本当にごめん、だけどまさか君がそんなに気にするとは思ってなくて……」

「謝んな、お前が謝ると俺があの二人に怒られるだろ」


 確かに。でも、それはそれでおかしな話でもあるけれど。


「僕は今、ロイド君と話してる。アランもルーファウスも関係ない、ロイド君が嫌だったんなら僕は君に謝罪しないと」

「そんなの、お前が俺に謝る事なんかじゃないんだ。分かってる、俺が子供だって言われた意味も、こんな風にお前に当たってる自分が、ただお前に甘えてるだけだって事も、俺は分かってる」


 ロイドは膝を抱えて顔を伏せる。


「俺はお前より年上なのにって情けないし腹立たしいし、でもこの胸の中のもやもやをどう晴らしていいかも分からなくてタケルに当たった。ごめん」


 ロイドはロイドで色々な事を考え抱えて生きている。僕はこの世界にやって来て、自分が楽しければそれでいいやと流されるままに生きてきたけど、ロイドだって一人の人間だ、抱えるものだってきっとあるのだろう。

 僕が過去生きてきた現実と、この世界はあまりにも異質すぎて、僕は何処かでこの世界は夢の中の世界のようにも感じていた。

 僕にとってこの世界は言ってしまえば仮想現実のようなもので、皆が僕を好いてくれる都合の良すぎる世界でもある。そんなぬるま湯のような環境で僕は少し人間関係を疎かにし過ぎていたのかもしれないな。


「僕ね、本当はロイド君よりずっと年上なんだよね」

「え……」


 驚いたような顔のロイドが僕の顔を見やる。


「こっちに連れて来られた時に何故だかすごく神様に若返らせてもらっちゃってさ、外身はまだ13だけど中身はもう結構なおじさんなんだよ。ごめんね、好きだと思った相手がおじさんとか嫌だよね、君が僕の事すごく大事に護ろうとしてくれてた事も分かってたから余計に言い出せなかった」

「冗談……?」

「このタイミングでそれは無いよ」


 事態が飲み込めないのか、複雑そうな表情で僕の顔を覗き込むロイド。暗闇に目が慣れてきて、その困惑した様子が鮮明に伝わってくる。

 好きになった相手が美少年でもなんでもない冴えない中年のおっさんとか、これはもう確実に彼にとって黒歴史確定だよな。申し訳なさ過ぎて居たたまれない。


「あの二人は知ってるのか?」

「ルーファウスは知ってる。アランには言ってないけど、たぶん気付いてる」

「そっか……本当に俺だけ何にも知らなかったんだな」

「ごめん」


 またしても沈黙が落ちる中、大きく息を吐く音だけが暗闇に響く。


「謝るなって言ってるのに……ってかお前、年上なのかよ。そういえばタケルは初めて会った時から妙に大人びてたもんな。言われてみればルーファウスさんなんかずっとタケルの事、対等な大人扱いしてたよな、そうか、そういう事か……」


 何かに納得したようなロイドの言葉、だけどそれに関しては少し異議がある。ルーファウスは僕を大人扱いしているのだろうか? 確かに子供扱いはしてこないけど、過保護すぎる程に過保護な所は子供扱いと変わらない。


「タケルとルーファウスさんってさ……」

「うん?」

「実は既に恋人同士?」

「!!? は!? ないない、それは無い!」

「前にキス……してたのに?」


 !? 一体いつ僕がルーファウスとキスなんてしてたのかと、記憶を反芻してみるが、全く心当たりのない僕は戸惑いを隠せない。


「全然心当たりないんですけど!?」

「あれはまだシュルクの街に居た頃だ、ルーファウスさんが自分の魔術を喰らってぶっ倒れた時だよ、あの時タケルはルーファウスさんにキスしてただろ?」


 …………ああ! 確かにあった! スライム結界に阻まれて自分の技を自分で食らったルーファウスが大変な事になった時の話じゃないか! あれは人工呼吸でキスじゃない! あくまで救命活動の一環で、そんな色っぽいものでは全くない!


「あの時はルーファウスが息してなかったから息を吹き込んでただけで、それ以上の理由なんか全然なかったんだけど!?」

「そう、なのか? 俺はアレを見て、タケルはルーファウスさんの事が好きなんだとずっと思ってた。年齢差あるし、子供には手を出さないってルーファウスさんは言ってたけど、タケルの年齢が俺より上だって言うなら、恋人関係だったとしても不思議じゃない訳で……」

「確かに僕はルーファウスには口説かれてるけど、まだ恋人にはなってない!」

「まだ……」


 あ、失言。言わんでいい一言をつい言ってしまったと僕は口を噤む。


「まだって事は、タケルには付き合う意思があるって事?」

「あ~……いや、えっと……」

「否定はしないんだ」


 ぐぬぅ……何で重箱を突くように、ロイドは言葉の端を捉えていくのか。まぁ、即否定をしなかった僕の言い方も悪かったのだろうけど。


「僕はルーファウスとは付き合わないよ、だってルーファウスが本当に好きなのは僕じゃない」

「は? タケルに対してあんなにあからさまな執着を見せといて、好きじゃないとかあり得ないだろ。あれが好意じゃなかったら、一体どんな感情でお前を束縛してんだよ」


 束縛……確かにルーファウスの僕に対する扱いは過度な執着と束縛ではあるよな。けれど、それは過去に好きだった人を他人に奪われた経験からくるもので、本当に僕を想っての行動なのかと言ったら甚だ疑問だと思わざるを得ない。

 そもそもそこまで束縛しなければ僕の事を信じる事も出来ないという時点で、僕はルーファウスに信用もされていない訳で、それは彼がかつて他人に奪われたらしい想い人と僕を重ねている証拠でもある。

 ロイドはどんな感情で、と僕に言うが、前に一度鑑定スキルで覗いてしまった彼の僕への好感度はどこか不穏な色をしていた。

 ただ単純に好意を寄せる相手には、恐らくあの♡の色は真っ赤な色に染まるのだろう。けれどルーファウスのその色は濁りを含んだ赤紫。一体それはどんな感情なのか、僕はいまだに分からない。


「ルーファウスが昔好きだった人、僕とよく似た人だったんだって。だけど、その人はルーファウスを選ばずに別の人と結婚した、だからルーファウスは僕に余計執着するんだ、僕にその人を重ねてるんだよ」


 ルーファウスの初恋は聖者と呼ばれたタロウさん、そしてそのタロウさんは初代国王陛下と結婚した。初代国王陛下の名前はフロイド・グランバルト、そして愛称はロイドだ。

 ルーファウスは言ったのだ、ロイドという名のその人に大事なものを奪われた、それはつまりそういう事だ。

 僕の傍にそんな国王陛下()と同じ名前のロイドが居たから、余計にルーファウスは色々と感情を拗らせてしまっているのだろうと僕はそういう結論に辿り着いた。


「僕は付き合うなら僕自身を好きになってくれる人がいい、だから今のルーファウスとはどのみち僕は付き合えない」

「それはまだ、俺にもチャンスがあると思ってもいいって事か?」


 え? と思って顔を上げたら、薄暗がりの中ロイドとばっちり視線が重なった。


「念のため言っておくけど僕の中身、おじさんだよ? 下手したら君のお父さんと同年代だよ?」


 もう完全に僕の事は彼の中では黒歴史にしかならないだろう、申し訳ないなと思いながらの年齢告白だったのに、予想外の反応に僕は戸惑ってしまう。


「タケルはタケルだろう?」

「それはそうだけど……」

「だったら中身の年齢なんか関係ない、俺はタケルだから好きになった。それともまだ他にも何か隠してる事でもあるのか?」

「それは、もうないよ」

「ルーファウスさんだけが知ってる秘密も?」

「えっと……それもない、はず」


 「だったら」と、ロイドがすっと僕の頬に手を伸ばしてきて、何かと思った瞬間にはロイドの顔は間近に迫り、気付いたら唇を奪われていた。


「!?」


 それは本当に瞬間の出来事で、あまりにも唐突で不意打ちのキスに僕は固まったまま動けない。


「これで、俺とあの人は全部対等だ」

「へ?」

「冒険者ランクでは負けてるけど俺にはまだ伸びしろがある、絶対お前に相応しい男になってやるから首洗って待っとけ!」


 何故だか唐突に吹っ切れた様子のロイドは「あ~ぁ、腹減った」と、伸びをした。

 思春期の少年の思考回路が全く分からない。あんなに落ち込んで部屋に引き籠っていたのに、何で唐突に吹っ切れた!?


「そういえば、リビングに飯あるんだっけ?」

「うん、おにぎり置いてあるから、食べて」

「分かった、ありがと」


 そう言って、ロイドは何事もなかったかのように部屋を後にした。ロイドの部屋にポツンと残された僕は未だに自分の置かれた状況が理解できない。

 え? 今、僕、キスされた? ちょっと待って、これって僕のファーストキス! いや、それよりも年齢カミングアウトしたのになんでこんな事になってんだ!? 自分の恋愛偏差値が低すぎて何がどうなってんのかさっぱり分からないのだが!?

 完全に頭の回線がショートした僕はふらりと自室に戻り、ベッドに潜り込んで瞳を閉じた。

 分かってる、これは現実逃避だ。ロイドからの告白を受けて現実逃避するのはこれで二度目だな。でもさ、だってさ、まさか全部カミングアウトしても受け入れられるなんて思ってなかった。

 明日からどんな顔をして彼に接していいのか分からない……僕は恋愛経験値がとても低いのだ、こんなのどうしていいか分からないよ!



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