リヴァイアサンもお高いんですね
書類作成という名のオロチの採寸を終えて、ルマンドさんは非常に満足気に書類を眺める。採寸は微に入り細に入り、重さや長さだけではなく爪の本数から細かな見た目の特徴まで記載されていて、満足気なルマンドさんとは対照的にオロチはかなり不満そうだ。
『全く何なんだこれは、まるで俺様が見世物のようではないか! こんな物一体何に使う気だ!』
「普通に従魔登録する為の提出書類だよ。まぁ、従魔師ギルドの社員証があれば提出しなくていいみたいだけど」
『だったらこれは……』
「ただの記念品」
僕の言葉にオロチが深く深く眉間に皺を刻んだ。『俺様は一体何のために……』オロチがそう言いかけた時、ルマンドがにこやかに「そういえば、オロチ君のための酒樽、準備できていますよ!」と僕に告げる。
『酒!!』
眉間に皺を刻んでいたオロチの表情が一転、ぎらりと光った瞳に睨まれたと思ったのかルマンドが一瞬怯んだ。そのギラギラした瞳、怖いからやめようね。
「こちらもオロチから鱗を預かっていま……」
『今、酒と言ったな! 何処にある? さっさと酒を寄越さぬか!』
僕の言葉に被せるようにオロチが声を上げた。その言葉は僕以外には唸り声にしか聞こえなくて、更にルマンドが青褪めて「僕は何かしてしまったかな?」と不安そうな表情だ。
「オロチ、ちょっと落ち着いて! お酒は逃げないから! あと、ルマンドさんに少しご相談があるのですけど……」
「? 何ですか?」
僕はルマンドの傍に寄って行き、耳元に唇を寄せる。
「実は聞くところによると、ドラゴンの鱗一枚で酒樽100樽では割に合わないという話を小耳に挟みまして」
「うっ、それは……」
図星であったのだろうルマンドは、焦ったように「もしご要望があれば追加で手配を」と焦りだしたので、僕はそれを制して「実は折り入ってお願いが」と、更に声を潜ませ、ある提案をする。
「え? えぇ? それで良いのですか? こちらとしてはとても助かりますが……」
「ええ、こちらとしてもその方が助かるので、出来るのであればお願いします」
僕の提案にルマンドは快く頷いてくれて、すぐに準備を! と駆け出して行きそうな所を僕は更に引き止める。
「実はもうひとつ、魔物素材って従魔師ギルドでも引き取って貰えますか?」
魔物の素材は冒険者ギルド内に買取ブースが設けられていて、そこで買い取って貰う事が多いのだが、一般的な素材屋でも勿論買取は行っている。
従魔師ギルドでもオロチの鱗を欲しがっていたくらいだし、恐らく買取はしていると僕は思ったのだ。
僕達が回収したリヴァイアサンの素材は結構な量になっている、一度に全部冒険者ギルドに買取に出すと買取査定に時間もかかってしまうだろうし、買取値を下げられてしまいそうな気がして、だったらこちらで買取してもらえば従魔師ギルドにも少しは貢献できるのでは? と僕は考えたのだ。
「素材ですか? もちろんしておりますよ。何かお持ちですか?」
「はい、実はリヴァイアサンの……」
「リヴァイアサン!?」
最後まで言い終わらないうちにルマンドがわなわなと震えだして、顔も赤くなったり青くなったり忙しない。
「えっと、リヴァイアサンは駄目ですか?」
「いいえ、いいえ、それは一体どんな素材で?」
「えっと、骨とか皮とか鱗や牙もありますよ。お肉は皆で食べちゃったのでもう残っていません。あ、でも内臓は残ってますよ!」
「リヴァイアサンを、食べた……?」
ルマンドさんがそんな一言を残して倒れかけたのをマチルダさんが支え、心配そうに彼の顔を覗き込んだ。
「えっと、駄目でしたか?」
「駄目ではないけど、君は聞いていたよりとんでもない子だね。何処でリヴァイアサンと遭遇したの? よく無事だったね、しかも何で食べたの?」
言葉が出てこない様子のルマンドさんに代わりマチルダさんが僕に問う。
「見付けたのはダンジョン城内です。オロチが美味しいと言ったので皆で食べたんです……美味しかったですよ?」
僕のその言葉にマチルダさんは大きな溜息を吐いた。ルマンドさんはもはや魂の抜けたような顔をしていて僕は何故彼がそんな事になってしまっているのかと戸惑いが隠せない。
「ああ、ダンジョンか、ダンジョン城にリヴァイアサンがいるなんて聞いた事もなかったけど、そう、いるの。ダンジョン内のリヴァイアサンの保護が出来ないのは仕方がないね」
「でも、リヴァイアサンだよ、マチルダ」
「そうは言ってもダンジョンの、だよ。ダンジョン内の魔物はどうにもできない、お前だって分かっているだろう?」
「でも、リヴァイアサン……しかも食べるって……美味しいって……」
どうやらルマンドさんは僕達が希少な魔物であるリヴァイアサンを食した事に相当ショックを受けてしまったらしい。
「ルマンド、気持ちは分かる。だけど彼等は命懸けで戦って、その結果リヴァイアサンを倒し食べたんだ、それはもう私達がとやかく言う事じゃない」
なんか、ごめんなさい。僕達全然戦ってません。美味しいって運ばれてきたから何の疑問も持たずに食べました、すみません。
「せめて素材は買取って大事に活用させてもらおうじゃないか、な、ルマンド」
「そうだね、マチルダ。なにせリヴァイアサンの素材はドラゴン素材と同じく捨てる部位のない高級素材だ、余さず活用させてもらうとしよう。それで、その素材は今何処に?」
「ここに出してもいいですか?」
「君はマジックバッグ持ちなのだね、どうぞ」
ようやく気を取り直した様子のルマンドさんに僕はホッとして、とりあえずリヴァイアサンの各部位を適当な数取り出してその場に積み上げていく。
「ちょ……待って、待って! 君のそのマジックバッグ、一体どれだけの容量があるの!?」
「? 満杯になった事がないのでちょっとよく分かりません」
なんかルマンドさんは口を開けたまま固まってしまうし、マチルダさんにはまたしても大きく溜息吐かれた! なんで!?
「ちなみにこれで素材は全部?」
恐る恐るという感じにルマンドさんが問うてくるので「いえ、まだ一部です」と、更に出そうとしたら、がしっと腕を捕まれ止められた。
「無理! 無理無理無理! そんなにたくさん一度に買い取ったらうちのギルドが破産する!」
「え……」
「リヴァイアサンは高級素材だって言ってるだろう! 骨一本で一体幾らになると思ってるの!?」
「え、幾らですか?」
そんな事を問われても皆目見当もつかなくて僕が首を傾げたら「骨一本で金貨5枚」と大真面目な顔で言われてしまった。
金貨で買い取ってくれるんだ……えっと、日本円換算で幾らだ? 金貨1枚で確か10万円? とすると骨一本で……50万円!?
「それってぼったくりなのでは!?」
「それくらいリヴァイアサンの素材は貴重で希少なんだよ!」
呆れたように怒られた、でもさ、ダンジョン城に潜ればリヴァイアサンは何度でも討伐できるし、素材だって取り放題だよ? それなのにその金額ってどうかと思う。
「まぁ、君がその価格をぼったくりだというのなら、もう少し買い叩かせてもらいますけど!?」
あ、しまった。ここは高く買い取って貰えば儲けになる所だったのに、あまりの破格値につい本音が。
『なぁ、主よ、俺の酒はまだなのか?』
僕達の長いやり取りについにしびれを切らしたかのようにオロチが唸る。
「オロチ君に脅させようとしてもそうはいきませんよ、どう頑張っても全部は買い取れません!」
「いえ、そういうつもりは全くないですけど、困ったな。とりあえずどの程度買取できそうですか?」
「そうですね、ここにある全部で白金貨5枚でどうですか?」
僕が積み上げた素材の数々はまだ持っている物の一部だ、先程彼が言った査定額から考えると少しこちらが損をしている気がしてならないけれど、ここで値上げ交渉をする気にもならないくらいまだまだ在庫はある訳で……
「それでいいです、よろしくお願いします。ロイド君はどうする?」
「いや、この調子じゃ俺の分まで買取は無理だろ」
まぁ確かにそれは彼の言う通り。それではとりあえず半分ずつ売って買取金額を山分けしようかという所で話は纏まり、僕達はそれぞれ白金貨2枚と金貨5枚を手に入れた。
Dランク冒険者になれば家が建つくらいに稼げるようになるとは聞いていたけど、うん、これは大金だな。しばらくは仕事をしなくても遊んで暮らせそうな気がするよ。




