ルーファウスの秘密
「酒が入ったルーファウスは相変らず甘えただなぁ」
「元凶が何を言ってるんですか、反省してください!」
「こういうのは新人が入ったらとりあえず見せとくのが一番なんだよ、こいつは酒が入ったらこうなるって事前に分かっていれば変な誤解もなくなるだろう? そもそも酒が入ったら誰にでも甘えたになるこいつが悪い、甘えられて誘惑される方だって充分被害者だ」
アランはそんな事をけろっと言ってのける。ってか、これ確信犯か!
『なんだ、こいつは酒が入ると人が変わるのか? けったいな奴だな』
呆れたような表情を見せるオロチ、確かにルーファウスは酒癖が悪いけど、ちゃんとそれを分かっていて自戒していたのだからそこをとやかく言われるのもな。
そうこうしているうちにロイドがコップに汲んだ水を持ってきて、僕へと手渡してくれた。
「ルーファウス、これ飲んで。それで今日はもう寝よう、ね」
「いや、飲まない! 僕は、彼が、きらいです」
完全子供返りのルーファウス、ロイドの持ってきた水が気に入らないのかぷいっとそっぽを向いてしまった。
「なんでルーファウスはそんなにロイド君を嫌うの? ロイド君はルーファウスに何もしてないでしょう?」
「名前がきらい」
「へ?」
「その名前を聞くだけで嫌な事ばっかり思い出す。存在がきらい、僕から全部奪っていった、だから大嫌い!」
全く意味が分からない。一体ロイドがルーファウスから何を奪ったというのだろう? っていうか、ロイドという同じ名前の人に恨みでもあるのか? それって完全に八つ当たりなのでは?
「俺もルーファウスのロイドに対する態度は前々からどうかと思っていたが名前か……ロイドなんてよくある名前だからな、何かトラウマでもある名前なんかねぇ」
「まさか名前で嫌われてたとか俺もショックなんだけど。どうりでルーファウスさん、一度も俺の名前呼ばない訳だよ……」
「ロイドって、そんなによくある名前なんですか?」
「まぁ、だろうな。なんせグランバルト王国、初代国王陛下のお名前だ。勇猛果敢にして頭脳明晰、人柄に優れた賢人だったと聞く、親としてはあやかりたいと思うのは当然だろう」
!? 初代国王陛下って、もしかして聖者タロウさんの結婚相手!? あれ? でも確か歴史書で読んだ時はそんな名前じゃなかった気がするんだけど……僕がその疑問を率直に問うてみると「ロイドは愛称だからな」と返された。
「正式名称はフロイド・グランバルト。ロイドってのは冒険者時代に仲間が呼んでた愛称らしい」
「そうなんだ……」
「そういえば嘘か真かは分からんが、初代国王陛下はドラゴンをも従わせる事ができる強大な力を持っていたという逸話も残っているな」
『はん、ドラゴン族がそう易々と人になぞ従うものか!』
オロチがそう言った所で「あのドラゴンは陛下に従っていた訳じゃない、タロウに従っていたんです」とルーファウスが不貞腐れたように言葉を添えた。
「まるで見てきたように語るな、ってか、タロウって誰だ?」
「教会を設立した聖者様らしいですよ」
「教会を設立した聖者? それは聖女様の間違いだろう? 確か教会を設立したのは国王陛下の妻になった聖女テレサのはずだが?」
ルーファウスは聖者タロウ・スズキの存在は歴史の中で隠蔽されたと語っていた、実際どうやらアランはタロウさんの事は知らないように見える。
「それに、ついでに言うならその聖女様、たぶんルーファウスの血縁だと思うぞ」
「え?」
「俺も詳しくはないんだが、その聖女様はエルフ族の出身だったらしい。エルフの貴族って言ったらホーリーウッド、確かルーファウスはホーリーウッドの出なんだろう? その辺の詳しい事情をルーファウスは話したがらないけどな。まぁ、俺も詮索する気はないが」
!!!
その『ホーリーウッド』という名に僕は聞き覚えがある。初めてダンジョン城へ挑戦した日、冒険者ギルドのギルドマスターがルーファウスに対して確かにその名を口にしたのだ。その時ルーファウスは「ホーリーウッドとは縁を切っている」と言っていて、それ以上詳しい事を僕は聞いた事がない。
それは勿論ルーファウスが話したがらなかったからなのだが、なんというかピースがひとつはまっていく度に少しずつルーファウスの全体像が見えてくる感じがして、僕は未だ僕に抱きつきグズグズしているルーファウスの顔を覗き込んだ。
「それよりもタケル、そろそろこいつを解いて欲しいんだが、まだ駄目か?」
光の輪に囚われたままのアランはそう言っておどけて見せる。ルーファウスに酒を飲ませたのが確信犯なのはいただけないけど、恐らくアランはオロチにルーファウスのこの状態を見せたかっただけでこれ以上の無理強いはしないだろうと判断した僕はアランとオロチの拘束を解いた。
「言っておきますけど、お酒はもう今出てる分で全部ですから! あと、この大惨事は二人の責任なんで後片付けは任せますからね!」
歓迎会を兼ねての夕食だったので少し品数も多かった卓上の皿は食い散らかされているし、酒瓶はその辺に転がりまくっている、宴会と言えば大体こんなものだろうけど、後片付けだって大変なのだ。そのくらいやってもらっても罰は当たるまい。
僕はグダグダになっているルーファウスを自室へと導いてやる。しばらく酒を飲んでいなかったのだろう彼はすっかり酒に弱くなっているのかアルコールの回りも早かったのだろう、ベッドに連れて行くと突っ伏すようにしてケラケラと笑いだした。
ルーファウスは完全に泣き上戸かと思っていたが、笑い上戸も入っていたのか。
「楽しそうですね、ルーファウス。皺になるのでローブは脱ぎましょう」
ルーファウスのローブを脱がせ壁に付いているハンガーフックにそれを掛けると「タケル」と名を呼ばれた。
「はい、何ですか?」
こいこいと手招きをされて寄って行くと両腕を「ん」と差し出された。幼い子供がするような仕草に僕は戸惑う、これはハグをしろという事だろうか? いや、でも、さすがにそれはなぁ……と戸惑っていたら、ルーファウスがふらりと起き上がり、ぱちんと指を鳴らした。
指を鳴らすのは無詠唱の術式の発動によく使われる手段で、一体何をと思ったら背後にあるクローゼットの扉が僅かにきしむ音がした。
「タケル」
またしてもルーファウスが僕を呼ぶ。それに呼応するようにクローゼットの中で何かが動いた。
「あの、クローゼットの中に何か居るんですか?」
「ふふふ、おいで」
そんな声と共にクローゼットの中から飛び出してきたのは言ってしまえば「子供」だった。綺麗な青味かかった黒髪を靡かせてルーファウスの腕の中に飛び込んでいく。
「え? は!?」
「タケル、ただいま」
ルーファウスはこちらにお構いなしでその子供を抱き締め頭を撫でる、全く状況が理解できない僕は硬直したまま動けない。一体今、僕の目の前で何が起こっている?
不意にその子供の顔がこちらを向いた、その顔立ちは僕に似ていると思う、いや似ているというか似せている? よくよく見れば子供が身に付けている物も僕の私物にあるものばかり。けれどその瞳は玻璃の瞳、まるで感情が乗っていない。
「にん、ぎょう……?」
そう、それは等身大の僕の人形。それ以外に形容しようがない、だって姿形があまりにも僕に酷似しすぎてる。
またしても僕の背後でかたりと何かが動く物音に振り向くと、そこにはあと二体、同じような人形が並んでこちらを見ていた。
僕はゾッと肌を粟立たせる、なにこれ、怖い怖い怖い怖い!!!
二体の人形はそれぞれサイズが異なっていて現在ルーファウスが抱いている子が一番小さい、たぶん僕の成長と共にサイズも大きくなっているのだろう、クローゼットの中の二体は黙ってじっとこちらを見つめていた。
「ちょ、ルーファウス! 一体これ何なんですか!!」
「タケルの身代わり人形ですよ」
まるで悪びれた様子のないルーファウスは相変らず幼げな僕の人形をぎゅうぎゅうと抱き締めている。
「可愛いでしょう? もう必要ないと分かっていても処分が出来なくて困っています」
「いやいやいや、怖いから!! 何でこんなの作ったのか、まずそこから説明して!!」
こんなの狂人じみている、ルーファウスは僕の事が好きすぎてとうとう狂ってしまったのか?
「説明、と言われましても言った通りの身代わり人形ですよ。貴方が教会に攫われないように私一人で別の場所に赴く時にはこの子を連れ歩いていたのです。よく出来ているでしょう?」
「確かによく出来てるけれども……」
なるほど。教会に追われていた三年前、ルーファウスは僕の居場所を特定させないようにあちらこちらへと赴いて依頼を受けてくれていた。その際には僕の身代わりであるこの人形を連れて、あたかも僕とルーファウスが一緒に行動しているかのように偽装していたとそういう事か。
ルーファウスがこんな人形を作った理由は分った、だけど怖いものは怖い!
「それにしても三体はいらないでしょう!?」
「タケルは日々成長していますからねぇ……タケルの成長を模したこの子達は私のいわばコレクションのようなもので、もう手放せません」
そう言って彼は幼い僕を模した人形を撫でまわす。
だからそれが怖いって言ってるんだけど!? なに人の事勝手にコレクションしてくれちゃってんの!?
僕はルーファウスに抱きついている10歳の頃の自分によく似た人形を引き剥がした。
「タケル、何をするんですか!」
「この子は没収!」
「!? そんな、酷い!」
「酷いのはどっちですか! こんなもの勝手に作ってコレクションしないでください! これ以上増やす気なら全部目の前で燃やしますよ!」
「そんな……」
愕然としたような表情のルーファウス、僕は二体の人形を自分のマジックバックに収納した。一体だけ残してあげたのは僕のせめてもの優しさだと理解して欲しい。
それにしてもこの人形精巧すぎる。よく見れば人形だというのはすぐに分かるのだが、肌の質感や指先の造形などこれでもかと言わんばかりに作りこまれていて職人の作り出す芸術品のようにすら見えるのだ。こんなからくり人形をどうやって作り出したのか知らないけど、これこそ才能の無駄使いだよ!




