ライムは絶対に売りません!
「うわぁ、天井高~い」
僕が闘技場の上を見上げてそう言うと「これもダンジョンの特徴なのですが、ダンジョンの中は特別な異空間と繋がっていて、見た目以上に広いのです」とルーファウスが教えてくれた。
確かにこの部屋の天井は見上げる程に高いのだが、全ての階層がこの高さだとしたら現在地中何千メートル潜っているかも分からない、それが50階層ともなれば大変な事になってしまうけれど、それぞれの階層が異空間と繋がっていると考えれば、この広さにも階層ごとに環境が変わるという話にも納得がいく。
魔法がまかり通るこの世界では、やはり僕の常識では考えつかない現象だって常識としてまかり通るのだ。
闘技場の中にはご丁寧に観覧席まで用意されていて、僕達はロイドをその場に残して観覧席の方へと移動する。観覧席の前面には透明な魔法防御壁が張られていて安全対策もばっちりだ。
しばらくすると僕達の入ってきた扉が大きな音を立てて閉まる。それが合図だったのかのように闘技場の真ん中の空間がぐにゃりと歪んで、そこから屍人5体と骸骨騎士が現れた。
屍人は言ってしまえばゾンビのような感じで、腐った身体から毒をまき散らし攻撃を仕掛けてくる。一方で骸骨騎士は相手の出方を観察しているのかまだ動かない。
屍人と対峙したロイドが剣を横に振ると剣先から僅かに炎が上がった。
「あれ……」
「ああ、魔法剣ってやつだ。剣士とアンデッドは実は相性があまりよくない、なにせアンデッドってのは斬っても斬っても復活しやがるからな。まぁ、それでも燃やしちまえばこっちのもので、覚えておいて良かったなって感じだ。あいつは魔力量は俺とどっこいだが、タケルを見ているせいか魔力の扱い方は悪くない」
「そうですかねぇ、あんな無駄の多い魔力の使い方をしていたらそのうち魔力切れでぶっ倒れますよ」
アランがロイドを褒める傍ら、相変らずルーファウスはロイドに辛辣だ。
「そう思うならお前があいつに魔力の扱いを教えてやれよ、得意分野だろうが」
「敵に塩はおくりません」
「あ?」
「他人から技術を盗むのも学びのひとつですし、魔力の扱いは教えてできる事でもありません。そこは身体に叩き込むしかないので、私が口出しするような事ではありません」
「ホント、お前はタケル以外には冷たいよな」
アランが大きく溜息を吐いたところで、ロイドは屍人の最後の一体を斬りふせる。ずいぶん息が上がっているように見えるし、剣が纏う炎も大きくなったり小さくなったりと安定していない。
恐らく魔法剣というのは剣に魔力を通して術を発動させる攻撃なのだろう。物理ダメージと魔法ダメージを両方同時に敵に与えられるが、使い手の消耗も激しそうだ。
「あと一体だよ、ロイド君、がんばれー!!」
思わず僕が声を上げると「おう!」と返事が返ってきて、ロイドはそのまま骸骨騎士へと突っ込んでいく。骸骨騎士の体格はアランと同程度で僅かに浮遊しているせいか屍人に比べて動きが素早い。
騎士と名がつくだけあって骸骨騎士の持っている武器は剣で、しばらくは二人の鍔迫り合いが続く。体格で劣るロイドがじりっと押し負けそうになったところで、剣の纏う炎が大きく膨らんだ。鍔迫り合いから一歩下がって、骸骨騎士が怯んだ刹那踏み込んだロイド。
「こんなとこで、負けてられっかぁぁ! 炎斬撃!!」
大きな叫びと共に大きく膨らんだ炎の刃が骸骨騎士を縦に切り裂く、辺りに響く断末魔。それと共に骸骨騎士は塵となって消えていった。
「やったぁ! ロイド君!!」
「はは、疲れたぁぁ」
気が抜けたのかロイドがその場にしゃがみ込むと、大きな音を立てて最初に僕達が入ってきた入り口とは反対側にあった扉が開く。戦闘が終わると開く仕組みなんだな。僕たちと共に戦闘を観戦していたスラッパーが「お見事です」と拍手をしながらロイドへと歩み寄ってきた。
「大変優秀なお子さんで今後の活躍が楽しみですね。こちら討伐証明書です」
スラッパーがロイドに手渡したのは賞状のようなもので、そこにはダンジョン城で屍人と骸骨騎士を倒した事を証明する旨が記載され、スラッパーの署名捺印が押されていた。
おおお、これでロイドはEランク昇格だ。僕も頑張らなきゃだな。
ロイドの試験が終わり、今度は僕の番となって準備をしているとローブの胸元からライムがひょこりと顔を出した。
『タケル、何してるの~?』
「ん? 今から魔物と戦うんだよ。ライムは危ないかもしれないからみんなと一緒に待っててくれる?」
観覧席を指差して僕が言うとライムは『なんで~?』と、少し不満気だ。
「何でって、これは僕の試験だし、ライムが怪我したら大変だから」
『ボク大丈夫だもん、ボクもタケルと一緒に魔物やっつけるぅ!』
「いや、でもね……」
僕がライムと問答を続けているとスラッパーがライムを覗き込み「そのスライムは?」と首を傾げた。
「あ、この子は僕の従魔です。さっきから一緒に戦うってきかなくて」
「おや、坊ちゃんは従魔師なんですか? それにスライムが戦闘をしたがるなんて聞いた事もありませんが、戦えるんですか?」
怪訝そうな表情のスラッパー。それはそうだよね、スライムは魔物の中でも最弱、戦う事なんてほとんどないはずだし。
「従魔師は副業ですね、基本的に僕は魔術師です。それにこの子はスライムの中でも少し特殊な個体みたいで、多少は戦闘もできるんですよ」
「ほぉ」
何故だかスラッパーの瞳がきらりと光った気がして僕は値踏みされているような嫌な気配を感じ一歩後退る。
「従順な従魔、そして特殊個体、ちなみに坊ちゃん、そのスライムを手放す気は? お値段は弾みますよ。そうですね、銀貨1枚でどうですか?」
「ちょ……やめてくださいよ! ライムは僕の大事な家族です、絶対手放したりしませんからね! ましてや売るなんて絶対絶対しませんから!」
この人は商機を感じたら何でも買い取るのか!? 商魂逞しいにも程がある! スラッパーは「それは残念です」なんて肩を落としているけど、何でもかんでも銭勘定するのはやめてくれ。
『タケルぅ、この人だぁれ?』
「ライムは覚えなくてもいい人だよ。ほら向こうに行っておいで」
『やぁだ、ボクはタケルと一緒にたたかうの!』
どうにも僕から離れる気がなさそうなライム、仕方がないのでそんなライムを肩に乗せて僕は試験を受ける事にする。
「スラッパーさん、お願いしてもいいですか?」
「はいはい、では頑張ってくださいね」
スラッパーの返事と共に開いていた扉が閉じる。それと同時に先程と同じように闘技場の中央の空間が歪み屍人と骸骨騎士が現れた。
『タケルぅ、あれ不味そう』
ライムにとって魔物は食い物なのか? まぁ、確かにアンデッドはお世辞にも美味しそうには見えないもんな。骸骨騎士に至っては食べられる肉もないし。
「お腹壊すといけないから食べちゃダメだよ」
『はぁい』
いい子のお返事と共にライムがむくむくと巨大化していく、そしてそのままライムのボディアタック。屍人が吹っ飛んだところで、僕はすかさず火球を打ち込んだ。
火だるまになる屍人、一体二体とそれで倒し、三体目はライムが踏みつぶして消化していく。食べちゃダメって言ったのに……
残っているのは屍人二体と骸骨騎士。僕は教えてもらったばかりの火炎放射を試す事にする。
火炎放射は火魔法と風魔法の複合技だ。火炎を起こし、その炎を風に乗せて一体を焼き尽くす全体攻撃なので敵が複数いる場合はとても有効だ。
火炎放射で一気に屍人を二体葬り去った僕は最後に残った骸骨騎士を見やる。
『ねぇねぇ、タケル、今のなに? ボクもやりたい、ボクもやるぅ!』
火炎放射を見て大はしゃぎのライム。さっきまでローブの中で寝てたから練習見てなかったもんな、だけどライムが火炎放射ってどうやるのさ。
「ライム、無茶言わないの!」
『ボク、できるもん! タケルがさっきみたいに燃やしてくれたらできるもん!』
んん? それはライムに向かって火炎放射を放てって事か? そんな事したらライムが火だるまになったりしないのか? だけど前にも同じような事あったよな、敵の中に投げ込めって言われて、そうしたら巨大化してゴブリン倒してくれたんだよな。
ライムは意外と出来ない事は言わない気がする。
「ライム本当に大丈夫?」
『だいじょうぶ~』
僕はライムの言葉を信じてライムに向かって火炎放射を放った、するとその火炎放射を吸収してライムが更に一回り膨れ上がったと思ったら、一息置いて一気に炎が吹きだす。それは僕の火炎放射より数倍の火力で、辺り一面あっという間に火の海だ。
「うわぁ……」
まさかここまでの火力が出ると思わなかった僕が呆然と立ち尽くす中、骸骨騎士はあっという間に燃え上がり灰になって消えていく。闘技場の天井近くまで立ち昇った業火の前にはさすがの骸骨騎士も断末魔をあげる暇もなかったみたいだ。
「お、お見事です」
拍手をするスラッパーの頬が若干引き攣って見える。うん、僕もまさかこんな事になるとは思わなかったよ。当のライムは周りの戸惑いなんてどこ吹く風で、嬉しそうに大はしゃぎで『できた、できた』って飛び跳ねてるけどね。
闘技場の炎が鎮火するのを待って、僕にも討伐証明書が手渡された。やったー! これで僕もEランク冒険者だ!!
スラッパーが、僕の肩に乗るライムをもう一度まじまじと見やり、小さな声で「坊ちゃん、金貨3枚でいかがです?」と問いかける。
「はい?」
「3枚ではまだ足りませんか、では5枚! 5枚でどうですか!? 数年は遊んで暮らせますよ!」
ああ、これは今のライムの戦闘能力を見て売れるって確信しちゃったやつだ。
「何度でも言いますけど、どれだけお金を積まれてもライムは絶対に売りませんからね!!」




