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異世界の洗礼

 神様に一方的に別れを告げられ、あまりの眩しさに目を瞑った。そして光が落ち着いた頃に恐る恐る目を開けた僕の目の前に広がっていた景色は緑一色だった。目の前は何処までも続く原っぱ、そして背後には鬱蒼とした森。

 ここは何処だ? 街は……? え? まさかの初っ端からサバイバル?

 食料は? 寝床は?

 生活をする上で必要最低限の物品を数え上げ、僕は途方に暮れる。放り出すにしてももう少し場所を選んで欲しかったよ……

 右を見ても左を見ても人の気配はしない。けれど、こんな所に立ち尽くしていてもどうにもならないと僕は草原に向けて歩き始めた。さすがに鬱蒼とした森の中に入っていく勇気はなかった。だって、この世界には魔物がいるって神様言ってたし。

 歩き始めて数歩で、僕はある違和感に気付いた。なんだかやけに視線が低い。よくよく見れば身体が小さい。鏡なんて物は持っていないのでペタペタと自分の身体を触ったら、いつもより肌がすべすべしている。乾燥肌気味の僕ではあり得ない肌触り。

 そういえば、神様が年齢は考慮するとか言ってたっけ? もしかして若返ってる?

 普段はぞりぞりしている顎周りもツルツルスベスベで、見やった掌も思っていたよりとても小さい。これはもしや、若返るというか完全に子供のサイズなのでは……? こんな異世界に青年姿ならともかく子供が一人放り出されるって、ちょっとばかり生活の難易度高くないか?

 一体何歳くらいになってしまったのか分からないのだが、なってしまったものは仕方がないと僕はまた歩き出した。

 テクテクと歩き続ける事数十分、草原の向こうに壁が見えた。

 ああ、良かった。それでもそこまで街から離れてはいなかったみたいだ。

 僕が喜び勇んで駆け出そうとした所で、目の前を何かぽよんとしたモノが横切った。


「これは、スライム!?」


 ファンタジーゲームなんかではお馴染みのモンスター『スライム』

 基本的には雑魚敵で、一番弱い敵として冒険の序盤に登場する事が多い魔物だ。

 身体は透明な膜に覆われてその膜の中はゼリーなのか水なのかプルプルしている。そしてその真ん中には核と思われる丸い種のようなモノが視認できる。

 たぶんあの核が弱点なんだろうな。っていうか、弱点が丸見えってちょっとどうかと思うよな。


「これ触ってみてもいいかな? かぶれたりしないよね……?」


 僕はスライムの前に座り込み、恐る恐る指をスライムに当ててみた。指はスライムの膜にあたりプルンと跳ね返される。意外と弾力強いかも。

 ぷにぷにしてたら楽しくなって、僕は今度掌でスライムを撫でてみた。少しひんやりしていて柔らかくて気持ちがいい。完全に無抵抗だし攻撃もしてこないスライムを僕はもにもにと触り倒した。

 色々な形に変形させてもうんともすんとも言わずにプルプルしているスライムはなんだかとても面白いし興味深い。


「お前、可愛いな」


 そういえばこの世界には魔物を操る従魔師テイマーとかの職はあるのだろうか? スライムと言えば最近では転生して最強のスライムになったアニメとか、スライムを使役して無双する小説とか、ファンタジー世界では重宝に使われている魔物だ。使役できるのなら一匹くらい仲間に欲しいな。なにせ可愛いし。

 僕は目の前のスライムをそっと抱き上げ「一緒に行く?」と核を目線に合わせて声をかけたら、スライムはまたプルプルと震えた。これは肯定? それとも否定? スライムの生態なんてまるで分からない僕はとりあえず肯定と受け取ってそのスライムを抱いて歩き出した。

 その時だ、何か水鉄砲のようなもので撃たれた少し冷たい水のような感触を背中に感じて僕は振り返り、目の前に広がる光景を見てぎょっとした。何故ならそこにはひしめくようにスライムが大量に蠢いていたのだ。


「な……え、ちょ……これ、君の仲間……?」


 腕の中のスライムがまたプルプル震える。スライムは最弱の魔物と言われているが数が揃えばそれなりに恐怖を感じる。一匹なら可愛いと思えたけれど、さすがにこの数はあり得ない。

 僕が後退り駆け出すとスライムはぴょんぴょんと飛び跳ねながら僕についてくる、しかも集団で。いやいやいや、無理無理無理、怖いぃぃぃ!!!

 先程感じた水鉄砲のような攻撃が今度はあちこちから飛んでくる。攻撃力としては致命傷になるようなものではないけれど、身体はどんどん冷えていくし、どうやらそれは水ではないようで少しとろみがあって驚く事に僕の服をじわりじわりと溶かしていく。


「うああああぁぁぁ、なにこれっ、嘘だろっっ!!!」


 叫びながら走るのだが、服はどんどんぐずぐずに溶けていく。という事はこれはきっと酸か何かなのだろう。とすると、直に身体に触れたら火傷、最悪死ぬ……今の所痛みは感じないけれど怖すぎる。

 半泣きでスライムから逃げ回っていたら「おおい、坊主、その腕の中のスライム放せ~」と何処からか声が聞こえた。

 え? スライム……? あ、そういえば一匹抱いたままだった!!

 僕が腕の中のスライムを群れの中に放り投げると、スライムの動きがピタリと止まった。もしかしてこいつ等仲間が攫われると思って攻撃してきてたのか?


「こ……怖かったぁぁぁ……」


 半泣きでうずくまる僕の周りをぴょんぴょんと飛び回るスライム達。その姿は能天気そのものでとても可愛らしくもあるけれど、僕はその姿がもう可愛いとは思えなくなっていた。


「おい、坊主、大丈夫か?」


 僕の上に人影が差す。顔を上げるとそこにはいかにもファンタジー小説に出てくるような衣装を纏ったがっちりとした体格の青年がこちらを覗き込んでいた。

 年の頃は二十代半ば過ぎか? 髪の色は赤味がかった茶色、瞳の色はモスグリーン、彫りの深い目鼻立ちだがどこかアジア人ぽい雰囲気もある。


「あ……ありがとうございます!」

「いや、俺は何もしていないから礼はいらない。それよりも坊主はこんな所で何してたんだ? 街を出るなら最低でも皮の胴着と木の棒は持って出なきゃ駄目だろう?」

「そ、うなんですか?」

「? 門番にも言われただろう? スライムの粘液は服の繊維を溶かす、スライムを相手にするなら皮の胴着は必須だぞ」


 一般常識だと言わんばかりに言われたけど、知らないよ! 聞いてないよ!!


「おおい、アランどうした? 何かあった?」


 青年の背後から別の声がかかった。そちらを見やるとそこに居たのは長いローブを羽織ったいかにも魔術師ですといった感じの好青年。こちらも年齢は二十代半ばくらいだろうか。

 肩の辺りでゆるく括ったシルバーブロンドの長い髪がキラキラと太陽に反射していてやけに神々しく見える。瞳の色も薄い茶色というか見ようによっては金色にも見えるし、目鼻立ちも整い過ぎていて男なのか女なのかも分らないくらいの美形だ。けれど声は男の声だったのでたぶん男性。


「ああ、子供が一人スライムに襲われてた」

「珍しいな。スライムなんてこの辺りの子にとっては玩具おもちゃみたいなものでしょうに」


 そう言ってこれまた僕を覗き込んできた青年は僕のずたずたに裂けてしまった服を見て眉を顰めると、何やら呪文を唱えた。すると、辺りが一瞬キラキラしたかと思ったら僕の服は綺麗に元に戻って……いや、違うな、丈が少し短くなっているが何とか見られる程度に元に戻った。


「悪いね、私は完全再生の魔術は使えないんだ。少し丈が短くなってしまったかもしれないけど、ボロボロよりはマシだよね?」


 そう言って綺麗なお兄さんは優しく僕の頭を撫でてくれた。

 なるほど、この人の使った魔法はある程度物を元通りに再生する事ができる復元魔法か何かなのだろう。


「あの、ありがとうございます! とても、とても! 助かりました!!」

「はは、これも俺達の仕事のうちだ、気にするな。坊主、家は何処だ? 送って行こう」


 そう言ってアランと呼ばれた青年はひょいと僕を抱き上げた。まさか抱き上げられると思っていなかった僕は慌てる。


「あ、あの、自分で歩けます!」

「いいから、今日は怖い思いしただろうから特別だ」


 そう言ってアランは抱き上げた僕をそのまま肩車してくれて、僕の視界は一気に高くなった。先程まで怖くて仕方がなかったスライムは遥か眼下でぴょんぴょん跳ねていて、そんな足元に纏わりつくスライムをアランは一匹蹴飛ばした。

 蹴飛ばされたスライムは一度ポーンと飛んで何度かバウンドしてから草影に消えていく。大人にとってスライムは本当に大した魔物じゃないんだなと僕は改めて思う。

 アランの肩の上から見る世界はとても広大だ。建物ばかりが並び立つ街の風景が日常だった僕にとって、その光景は何だかとても非日常的。しかもよくよく見れば景色以外にも非日常的な物が見える。それはアランの頭の上、これは……


「耳?」


 そう、アランの頭の上、髪に隠れるようにして丸いもふっとした動物の耳が見える。それは髪飾りという事もなさそうで、恐る恐る撫でてみるとアランはくすぐったいと笑った。



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