第2話 学年首席・「ラチェーカ・シャフリヤール」
この回は、ザプリェットのライバルとなる生徒が出てきます。
入学式を終えたザプリェットは、奇しくも担任になったペルセウスに自身の研究室まで呼ばれたのであった。
「なんとか説得は出来た。お前の魔法も含めて……お前なら『世界最強』の魔法師になれると。そこはどう思っている?」
「んー……別にそこはなんとも言えないですよ。」
ペルセウスの真剣な問いに、ザプリェットは軽ーく返す。
「……お前は自分の魔法を自覚しているか?」
「そりゃあしてますよ。私の魔法は『魂の操作』……魂を抜くこともあれば、奪った魂を放出して攻撃したりも出来ますし……それに、死んだ人に魂を与えてゾンビのように動かすこともできる。俗に言う『禁忌魔法』ですよ。」
「その結果は先生方も驚いていたぞ、俺だけではなく。今ならお前が魔力を抑えている理由も腑に落ちる……まだ制御しきれていないんだろ?」
「……そうですね。使いたい時には使えるけど、時折暴走しますから……鹿とか熊とかを狩る時には役立ちますけどね。」
ザプリェットはサラッと自分の魔法の特性を話した。
ペルセウスは現実を突きつける。
「……お前の力ははっきり言っちまうと……悪の組織に狙われやすい。最近特に多くなっているんだ、各地で小さい暴動が起きていたりする。お前の魔法はそういった組織に利用されかねない、だから……俺が責任を持ってザプリェットを3年間預かるという条件のもと、理事長から入学が許可された。お前は3年間でその『魂の操作』を完全にコントロールしろ。コンスタントに出力できるように。俺はその手助けをしてやる。時間が空いたら俺のところに修行に来い。いいな?」
「ハイ。ありがとうございます、先生。」
ザプリェットは一礼し、研究室から退室をして行ったのであった。
フローティアに連れられて、食堂までやってきた2人は、まず席を確保して食事を摂りに向かう。
サダムパテック魔法学院は、入学費と月の学費さえ払えれば食事代は無料、王族の金庫持ちなので、1クラス70人という大所帯の学校でもバイキング形式でおかわり自由が可能にしているのである。
「いやー……ザプちゃん、お待たせ〜……ホント、この学校美味しそうなのがあってさ、迷っちゃっ………た……………」
ザプリェットの方を見遣ったフローティアは、それを見た時に言葉が詰まった。
ザプリェットの食事量は、皿に大量に積み重なった肉の山と大量の野菜、大量の炭水化物が。
しかもそれは、凄いスピードで減っている。
対してフローティアの食事量はせいぜい昼食一人前くらいなので、桁違いである。
「………ザプちゃん………それ、食べ切れるの………??」
フローティアは恐る恐る聞いてみる。
だが、当のザプリェットはあっけらかんとしていた。
「食べきれなかったら取ってないよ? むしろこれでもまだ入るし。」
「え!? この量でまだ入るの!?!?」
「これで標準ってくらい。私は……食べないと痩せちゃうからね。体質的に太らないらしいから。」
「……なんていうか……ホントにザプちゃんって、規格外だよね、全部……」
「? どういうこと?」
「だってさ……みんな噂してるんだよ? 『なんでアイツがH組なんだ?』ってさ?? ザプちゃんの事情はわかんないけどさ、腕輪してるくらいに魔力が強いんだろうなー……って思っちゃってさ??」
確かにザプリェットの魔力値であれば、余裕で学年首席は取れたであろう値だ。
ペルセウスから聞いた話だと、最大魔力値は今年は「69387」。
しかし、ザプリェットは「魂の操作」しか使えない。
学校では特殊魔法は受け持てる器は備わっていないので、「訳アリ魔法師」という区分でH組に分けられるのだ。
とはいえ、月2つのフローティアも何故H組にいるのかは定かではないが、おおよそはザプリェットと同じ理由であるのだろう。
「……まー……私には人には言えない魔法があるからね。私はそれしか使えない、だからH組にいる。」
「え!? どんな魔法!? 気になるよ!! ねえ、私のも教えるからさ、ザプちゃんも教えて!?」
「うーん……人多いしなぁ……」
ザプリェットがフローティアに教えることを躊躇う中、ある人物が2人の席の後ろを通り過ぎて行った。
そして何故かザプリェットに喧嘩を売ってきた先程の女子生徒がいた。
「あらぁ、学年首席の私を差し置いて何を話しているのかしら?」
リボンの色は最高ランクであるAクラスの「白」、そして胸のマークは月3つ。
上級貴族である証であり、尚且つ学内屈指の実力者である証だ。
「……なに? 別にアンタに混ざれ、なんて言ってないんだけど?」
ザプリェットはムッとした顔で、その女子生徒を睨みつけた。
金髪に碧眼というルックスで、それはよく目立つ。
「……しっかし、平民らしい無粋な格好ね……アナタは私より幾分か弱いんだから、村に帰って出直して来ればよろしいのに。」
首席の言い草にカチンときたのか、ザプリェットは腕輪を外そうと手にかける。
「……アンタに負けるなんて……1ミリも思わないけど??」
ザプリェットも負けじと挑発をする。
だが、主席もここまで言われては退がるわけにはいかない。
「へえ……? 言うじゃない、平民風情が……ここで殺してしまってもよろしくて?」
「強さに平民も貴族もない……それを証明してあげようか?」
彼女の取り巻きは止めようともしないが、フローティアはなんとか止めようとしていたものの、アワアワするだけで何も出来なかった。
一瞬で食堂が険悪なムードに包まれた。
と、その時。
「ちょ、ちょっと落ち着いて、2人とも!! 何があったかは知らないけど喧嘩は辞めて!!」
赤い髪の生徒が間に割って入ってきた。
ネクタイは白、A組の人間だ。
しかも月3つ、上級貴族の証だ。
だが、首席と違って幾分か良心的であった。
その生徒は続ける。
「他の人見てるんだからさ! 落ち着いて、とりあえず!! 何があったの、そんな険悪になるのにさ!!」
「「コイツが喧嘩を吹っかけてきた」」
互いに指を差し、その声はシンクロしてハモった。
「……てゆーか、アンタ男?? どう見ても女の子にしか見えないじゃん。」
「何言ってんの!? ボクはどっからどう見ても男だろ!!」
「ふーん……それじゃあ……えい。」
ザプリェットは左手で男子生徒の胸を触った。
「!? ちょっと!? 何してるんだい!?」
ザプリェットは無言で、指で大胸筋をグッと押す。
脂肪分は無く、固い筋肉の感触が分かった。
ザプリェットはふ〜ん……と呟きながら、男子生徒にこう言った。
「……ホントに男なんだね、アンタ。」
「だからそう言ってるじゃないか!! いいから離して!!」
その赤い髪の男子生徒は、ザプリェットの手を叩き落とし、元に戻させた。
その顔立ちは色白ながら整っていて、そこら辺の女子よりも女子の顔をしている。
目も大きく、ザプリェットが大胸筋の感触を確かめていなければ、女と間違えるのも納得がいく。
「とにかく!! トラブルを起こしても何もいいことなんてない!! ここはお互い一歩引いて!!」
学年主席の方は、フン、と拗ねた顔をしてこう告げた。
「……興が冷めましたわ……とんだ邪魔が入ったものね、フロイド。貴方の顔は流石に私でも汚せないわ。それじゃ、失礼するわね。」
不機嫌そうにそう吐き捨てて、立ち去っていったのであった。
「……ハァ……なんなの、アイツは……」
ザプリェットは頭をポリポリと掻き、ため息をついた。
「よかった、なんとか止められて……ああ、紹介が遅れたね。ボクは『フロイド・アルカーツ』。よろしくね。」
彼のマークも、月3つなのだが、首席よりも礼儀正しい上に育ちの良さというのか、気品を感じさせられた。
「……H組の『ザプリェット』。で、この子はフローティア。」
「ザプリェット、か……いい名前だね!」
「そう?」
「珍しい名前だからさ、カッコいいな、って。と、とにかくさ、ザプリェット、あまり喧嘩売らないようにね!? ここ、完全な実力主義だからさ!!」
「……フロイド、一つ言っとくよ。家柄と実力は比例しない、それが現実だよ。」
フロイドはザプリェットの魚眼に未知なるものを感じ取った。
ザプリェットは強い、そう確信した。
「……そうだね、今の国最強の軍の人も……元々下級貴族出身だったしね、そうだよね。それじゃあね、何かあったらボクがまた止めるからさ?」
フロイドは足早にザプリェットの元を立ち去っていったのであった。
一難を去り、ザプリェットは溜息を吐きながら食事を続けた。
「なんなの、あの女……思い出しただけで腹が立ってくる……」
「す、すごいね、ザプちゃん……首席の人に一歩も引かないなんて……」
フローティアはなんとかザプリェットを宥めるが、ザプリェットはイライラしたままであった。
「てかアイツ誰なの? 田舎育ちだから貴族のこと、全く知らないんだけど。」
「……あの人は今年の学年首席の『ラチェーカ・シャフリヤール』……貴族家のシャフリヤール家の長女……2個上の皇太子様の妃候補なの。」
「ラチェーカ、ね……覚えた。それで? フロイドはどういう関係性なの、ラチェーカと。」
フローティアはこれも教えてくれた。
「フロイドくんは現右大臣の三男坊なんだよ? 昔からアルカーツ家は王の右腕として、代々使えることになっているの。」
「……それで敬え、っていうの? ……バカじゃないの?」
「え……??」
ザプリェットはいつの間にか、皿の上の食材を空にし、食べ切ったようであった。
そして口を紙で拭いて話す。
「ここは学校、位は上かもしれない、でも同じ学年だから平民も貴族もなにも、隔たりなんてなくない?」
「そりゃー……そう、だね……フロイドくんはあまりそこら辺、気にしてなかったっぽいし。」
「でしょ? そういうものだって。」
「……私はさ、確かに星2つの貴族の生まれだけど……第五側室の子供だからさ、立場は低いんだ。だから……ザプちゃんは遠慮なく仲良くしてくれてるし……そういうもの、なのかな?」
「フローティアが気にしすぎてるだけじゃない? そこは。」
「それは……そうかもね……ありがとね、ザプちゃん。気が楽になったよ。」
「……そりゃどーも。」
2人は立ち上がり、寮へと戻っていったのであった。
さて、寮の一室で2人は寛いでいる。
ゴウンゴウン、と、何やら機械が動く音だけが部屋に響いていた。
これは「魔法起動式洗濯機」で、最近発明された電化製品である。
魔法を手に翳すことで、電気と水が流れて、洗剤を入れれば洗われるようになる仕組みになっている。
「ねえ、ザプちゃん。あなたの魔法を教えてくれる? 私も教えるから。」
「……そういやあ、フローティアってどんな魔法を使えるの?」
「私は……これかな?」
フローティアが指を鳴らすと、周囲に緑色の妖精が飛び交った。
周囲を徘徊するように。
「私は精霊魔法『舜天夢双』。とはいっても……これしか使えないんだけどさ、防御力は高いから陣壁を作るのには強い魔法なんだよね。」
「へー……面白い魔法だね。便利そう。」
「えへへ……ありがと、ザプちゃん。それで、ザプちゃんは?」
ザプリェットは紙を取り出し、ヒョイっと投げてフローティアに渡した。
ペルセウスから送られた魔法分析結果であった。
それをフローティアは開けて中身を見てみる。
「え……!?!? 強くない!? これ!!!」
「……まあ、その気になれば一撃必殺だよ、私の魔法は。その名も……『魂の操作』。対象になる動物の魂を抜いて……自分の糧にする魔法。」
「え……それで腕輪をして抑えてるわけ……??」
ザプリェットは溜息を一つ吐いた。
「……教えようか? なんで腕輪をすることになったのかを。」
ザプリェットが腕輪をするキッカケを知ることにフローティアはなるのだが、それが意外な効果を及ぼすことになるということは、まだ2人は知る由もない。
次回から後書きで登場人物紹介をします。
初回はザプリェットです。
次回はザプリェットの腕輪のキッカケをフローティアは知ることになり、秘密裏に特訓を重ねることになります。
よろしくお願いします。