表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少女の中の魔王軍  作者: もやし管理部!
第1章
8/23

第8話

 パメリア王国の王都、トラ・パメリア。

 「トラ」は大陸東部地方において「華やかな」或いは「栄光ある」といった意味をもつ古典表現なのだとか。

 王宮のシンボルともなっている赤い屋根の3塔が、夜雨の街を見守っている。

 

 豪奢な屋敷が並ぶ西地区の中でも、一際目を引く二階建ての邸宅が勇者・タカオの住居である。


 美しく手入れされた大い庭。汚れ1つない白壁は、腕利きの職人の手で魔術によるコーティングが施され一定以下の強度の魔法を跳ね返すものだ。広間や応接室をはじめ大小様々な部屋を30ほど、更に主人の希望により大きな浴場すらも備えた豪邸である。

 タカオの感覚でおよそ5ヶ月前、王国の目と鼻の先といった位置に突如現れた漆黒竜王・パガギノスを討ち果たした。当時のタカオの「レベル」は900と少しであり、鼻歌を歌いながら短剣1本で瞬殺できたのだが、国を救った英雄として祭り上げられ流されるままに国王との謁見までいってしまった。その際に貰った褒美の内の1つがこの屋敷というわけだ。



 自室の天井を見上げてため息をつく。柔らかに叩かれる窓。雫が幾筋も窓を流れていった。

 

 

 


 この世界に来て1年もすれば、しがない元浪人生にも流石に分かってくることがある。こちらの住民の平均に比べて、どうも自分は圧倒的に「強すぎる」ようなのだ。

 例えば王都を行き交う平民の男性ならばどんなに強くともレベルは10前後であり、王国最高峰といえる強者――騎士団長や王宮魔導士――であっても50に届かない。敵対種族とされる「魔物」とは何度も戦ったが、その多くが20程度であった。それを考慮すれば59レベルだった黒竜パガギノスは少なくとも人類の到達点をやや上回る相当な強者との評価を下せるだろう。瞬殺したが。世界最強といわれる魔王の守護者・四天王でさえ、最高レベルは120だったのだ。やはり、異界からの転移者であるタカオが所謂外れ値なのだろう。


 ちなみに、今のタカオのレベルは5000000。景気よくゼロが6つでビリオンだ。

 単純なレベルに加え、魔法現象・物理現象・呪詛に念力その他諸々への究極の耐性。あらゆる魔術や武術の技法やその練度を「スキル」として捉え容易く習得可能。習得時に自動でスキルレベルが最大化(スキルマ)される。これでも、転移をセットアップしてくれた自称・全知全能、創世の女神によって与えられた破格の性能を持つ「祝福」の一端にすぎない。ここまで正直敵なし、無双だ。前の世界でよく聞いたチートというやつだ。

 しかしながらこの世界の住民にはレベルやスキルといった用語がまるで通じない。位階や技能などと言い換えてもイマイチ伝わらないようだ。目の前でスキルを行使しても、皆首をひねるばかり。そればかりか、タカオ以外はステータスウィンドウを見ることもできないようだ。


(世界に元々存在しない、まったく違うルール持ち込んだりして、なんかバグったりしないんかね?)

 



 それにしても先日倒した魔王軍四天王。彼らはそれぞれ、名乗りの際に前の世界でも馴染みが深い単語を口にしていた。

 金髪に好戦的な赤眼のドラゴン娘が「憤怒」。鮮緑の眼に白い髪、丁寧口調の少年は「暴食」。騎士風の青年が「強欲」。そしてそれっぽい台詞とともに消えていった、きしょい紫肌の雑魚魔法使いが「傲慢」。

 このラインナップをタカオはよく知っている。古今東西の創作に利用されてきたものだ。それを忠実になぞるならば、魔王軍の幹部には残り3人いなくてはならない。もっとも異世界では先に挙げた4つで終わりなのかもしれないし、3つ別枠で幹部が用意されているのかもしれない。とりたてて意味のないことなのだ、現段階で手持ちの情報をもとに心配――妄想を膨らますのは。負ける気はしないが、闘う覚悟はしておいた方がいいだろう。できれば、仲間とのんびり暮らしたいのだが。


 そして――


 ガチャリと、正にそういう音を立ててドアが開かれる。予想通りの音、予想通りの動き、自らの脳に現実が正確な応答を返すというのはそれだけで心地よいものだ。万民に共通するある種の優越感とでも言おうか。それはおそらく錯覚なのだろうけれども。


「お茶、持ってきたんだけど」


 萌える若葉のような緑の髪をポニーテールにした、色白の美少女がお盆を片手に部屋に入ってくる。

 エアリ・ラディエリ。タカオがこちらに来て、「送られて」間もない頃、挙動不審に冒険者組合への登録作業をしていた際に声をかけてもらってからの付き合いだ。抜群のプロポーションを誇る彼女の姿を前にしても、人間のレベルを超え神人へと至ったタカオならばもちろん、当然煩悩を滅殺することができる。


「ルル達は、お風呂?」


「うん。ユナとシルケとミフォンと......後は、ベルっていったよね? あの娘も一緒よ」


 ユナは亜人の集団に襲われて家族を失った村娘。ミフォンはシャスラ帝国の都で出会った獣人の女の子で、チンピラに絡まれている所を助けたら何だかんだで一緒に旅をすることになった。シルケは、魔物の棲む大陸西部領域・「魔領」にたった一人で住んでいたのを放っておけず、遠征の途中で保護した。そして少し前に訪れた南西のルルカーナ王国で飯をおごったら、なぜだかルルという尊大な幼女がついてきたのだった。

 ここ何ヶ月かは貰ったこの家を拠点に、彼女たちと王国付近の魔物を倒したり厄介事に巻き込まれたりしてわちゃわちゃとすごしている。

 みんな、タカオの大事な仲間だ。よく疑われるが恋愛感情など芽生えようがない。小・中・高と共学だったが、特に中学以降は異性と会話した記憶がないし、彼女らと「仲間」「友逹」以上の付き合いはできそうもないし、したいとも思わない。とはいえ、高校時代の友人なんぞにこの状況を知られでもしたらリアルチーレムだと絞め殺されそうだ。


(オレさ、我ながら若干キモいけど、こういう性格でホントよかったよなぁ。)



「ねえ、あえて聞くんだけど、さ。ホントにベルってあの娘何者なワケ? あんまりしゃべらないし、それとなく尋ねてもはぐらかされるばっかりなんだけど。何か深入りはできない雰囲気はあるにしたってねぇ」

 

 数日前に「仲間」に加わったばかりの、マゼンタの髪に黒曜石の瞳の美しい――それこそ人外の造形をもつ少女。その素性をタカオはいまだ誰にも明かしていない。


「タカオ、どっかから誘拐してきたんじゃないでしょうね?」

「今正直に言ったら本気のパンチ5発くらいで許してあげるわ……。その後あの娘の親御さんにボコボコのタコ殴りにされなさい?」


「おいおい、ひとを犯罪者呼ばわりするのはやめてくれよ」

「それに親御さんってか、あの娘が広義の親っというか......?」


「私も含めて女の子を5人......今は6人か。こんなに家に住まわせといて、どの口が言うのかしら」


「そ、それはともかく......シャーロットの様子はどうよ?」


 強引に話題を変えるべく尋ねると、エアリの顔が急に真面目なものになる。


「大丈夫。夜――今もちゃんとぐっすり寝てる」

「昼夜の逆転はぼちぼち何とかなってきたようだけれど、急に戻った人の体にやっぱりだいぶ疲れてるみたい。早寝遅起きって感じね」



 半年前に出会ったとき、シャーロットは文字通りの吸血鬼だった。17の夏に強大な吸血鬼の一個体に咬まれたことで血の呪いを受け、陽の元に出られず定期的に人の生き血を欲する身体になってしまったという。成長が完全に止まって年頃の少女の姿のままだが、咬まれたのは数十年前とのこと。そんな彼女を人間に戻すため、タカオたちはあらゆる手段を尽くした。神官長に無理を言って、神聖カウル王国の秘宝、あらゆる邪悪を身体から祓うとされる「亜神の盃」に湧く神酒を試させてもらったものの、残念ながら効果はなかった。


(失礼だけど、あれパチモンだったんじゃないか?)


 そして最後にたどり着いたものこそ、おとぎ話に語られる「飲んだ者に望む結果をもたらす」究極の神薬、「魔王の血液」であった。魔王の血を得るには魔物たちの親玉にして大陸最強の存在・魔王を倒すしかないわけだが、仲間を連れていくのはあまりに危険。そう考えたタカオは単身魔王城に突入、立ちはだかる敵のことごとくを瞬殺し見事に魔王の血を手に入れたのだった。

 その効果は覿面で、シャーロットを無事に人間に戻すことに成功。外見が少女のままだったのは誤算だったが、結果オーライというやつだ。これで彼女は止まってしまった時間をやり直せるというものだろう。




「ポリーはまだ見つかってないのよね。」


 何故だか声を潜めてエアリが訊いてくる。聞かれてはいないはずのため息の原因を当てられて、少しばかり心臓がホップステップしたのは内緒だ。


「ああ。どこ、いっちゃったんだろうな......?」

 


 ポリー・エーステイル。ユナと同じ村落の出身で、彼女と同じくにわかに増えつつあった亜人の侵攻で家族を失った娘。今はタカオの紹介した「橙の鳩亭」で働いていたはずだった。

 彼女が姿を消したのは2日前。彼女の同僚によれば店の裏手で倒れたていたかと思うと、突然あらぬことを口走りタカオに何らかの手伝い頼まれた旨を告げて小走りに去ったという。もちろん、タカオは何も頼んでいない。そもそもこの数週間は会ってもいなかった。それっきり、王都で彼女を目にした者はいない。一応、友人の魔術師に頼んで強力な探知魔法を使ってもらったり、各国の知り合いにも様々な手段での捜索をお願いしたりもしたものの未だ何の情報もないのが現状だ。

 鳶色の大きな目が特徴的。特別に美人というわけではないが愛嬌のある顔立ち、栗色の髪はそんなに長くなかったはずだ。髪型の名前などにはとんと疎いが、多分ショートボブみたいな感じだったろう。くるくるとよく働く真面目ないい子で、店主のモルタ氏からの信頼も瞬く間に勝ち得ていたはずだ。深い心の傷から長く塞ぎこんだユナと異なり、故郷と家族を魔物に奪われたことなど微塵も感じさせない、まさに気丈という言葉の似合う姿が印象的だった。心の強さとはそういったものをいうのだろう、とタカオも密かに尊敬の念を抱いたものだ。突然失踪する理由などどうにも浮かんでこない。


(今思えば「不自然」と捉えるべきだったん、だよな。表に向いたのは強さじゃなくて。「深さ」を裏返して「高さ」に見せてただけの、苦しみなんだって)

(人を助けるの、難しいもんだなぁ。強さは命を窮地から救えても、心までは分かってあげられないわけだし)




「ユナも、すごく心配してる」


「うーん……。早く、見つけてあげないとなぁ」



 遠くで雷の音が聞こえる。かなり距離があるのか、やけにぼんやりとしたそれは、どこか心を落ち着けるしっとりした響きをもっていた。

これも雷などものともしない無敵の肉体の産物だろうか。「一般的な感覚」というものが存在していて、そこからズレが生じているのかどうか、もはやタカオには分からない。元の自分との比較を行おうにも、自己の変化は自分自身から見れば極めて連続的であり、振り返るという行為の実効力がいまいち表れない気がするのだ。ちょうど自分の身体的成長がたまに訪ねる祖父母を大いに驚かす一方で、毎日顔をあわせる両親が特別に意識しないのと同じものだろうか。


 仲間に心配をかけまいとの思いから魔王城への突入は黙って1人で行ったし、魔王の血は「人領各国の秘宝を使ってタカオが錬成した千年に一滴の秘薬」などと誤魔化した。幸い、彼女たちはタカオの強大な能力を直に目にした経験から納得してくれているようだ。いらぬ不安をかき立てることもあるまい、知らないことは知らないままで。中学生のときは散々嫌った言い回し、一生用いるまいと思ったそれを使う側になったことに、心模様は苦笑いだ。

 力では必ずしも心は救えない、それでも振るった強さの結果が心に届くのならば、手を伸ばすことにためらいはいらない。タカオは1人でどんなものでも背負える背中を手に入れたのだ。

 

(二度とごめんだよ、お前は要らないなんて)

(スーパーヒーローは荷が重くても、オレにはみんなが必要で、みんなにもオレが必要なんだって)


(みんなを守る、今やオレにはその「力」があるんだから、さ)

 


TKOキッショ


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ