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少女の中の魔王軍  作者: もやし管理部!
第1章
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第7話

「まったく、百年ほど共に四天王をやっていたというのに......流石というほかないね」

「隠していたわけでもないんだけどな。まあ、特に問題はない。やや話がそれただけのことさ」


 百年近く「女と見紛うほど」と思ってきたが、まさか本当に女だったとは。

 しかし、その様な些末なことは俺の正義に何ら影響を及ぼさない。単に、相手の発言に致命的な問題がなかったと知れただけのこと。そもそも性別の違いなど正義の前では無に等しい。ただ――


「フン、そうはいってもな。言い難いが、貴様は性別を判定するに足る身体的記号に乏しい気がするのだ。この俺が気付かぬのも無理はない」


「失礼な、着痩せする方なんだ」


「何だ? 飽くまで判定する材料であるというだけだ。そこに価値があるとは言っておらぬ」


「スカした言葉使いやがって。あたしにもわかるように言ってくれや」


「フム。貴様が知っているかは分からんが、世の中には食材を切る際の台として用いる道具があってな。その名を、まないt――」


「悠長にお喋りに興じている場合ではありませんよ。ほら、水場にーーおや、これは呼吸が? かヒュッおぶぁ」


 嘔吐音。白い壁が黒に染まり、それは意識にも伝播して――



===========

 


 恐らく、死んだのだろう。

 それが再び目覚めたゼルセロの得た結論だった。

 自分達の今の肉体、その本来の持ち主すら気に掛けるパスカルには呆れたが、彼女の異常性を含めて面白いと感じ水音を目指した。

 正直なところ、自分でも驚いていた。自らの完全性を取り戻すため、魔王は守らなくてはならない。「魔王が死んだ」などという情報は、ゴブリンの言であることもあって信じ難い。自分が内部で、本気の星霊魔法を解き放っても傷1つつかない城の主なのだ。容易に傷つけられる者はいるまい。それでも、万が一ということもある。相手はあの得体の知れない男なのだから。より安全に移動できるという利点があったとはいえ、余計な時間をかけることに面白さを感じるというのは、現在の自分からすれば驚くべきことだった。


 それにしても、今度はなぜ死んでしまったのか。

 水音の源である川に着いたのはいいが、そこで急激に息が詰まる、もしくは呼吸器官であろう部分を中心に、何かに蝕まれるような気持ちの悪さに侵されたのだ。そのまま、喉と鼻を塞いだ物を勢いのままに吐き出した。痺れる様な痙攣と共に、末端から徐々に身体が冷たくなっていく感覚に支配され、意識を失ったのである。


 目が覚めた場所は、死亡地点と変わらぬ川縁であった。霧が水面に接し、川底の砂粒すらはっきりと見えるほどに澄んだ水が流れる。その様を眺めるゼルセロの脳裏で幾つかの情報が繋がる。


(濃い霧、蝕まれる身体、余りにも澄んだ水? 「死の谷」の特徴に似ていますね。今の所魔獣の姿は確認できていませんが......。)


 死の谷の霧は瘴気を含み、ただの生物が吸い続ければ命を落とす。そして、瘴気の溶け込んだ水は生命の暮らせぬ美しさを湛える。いかに人間の身体が脆弱とはいえ、瘴気の影響が出るのが早すぎる気もするが、確かにこの地は死の谷の特徴を備えていた。


(もしそうならば、魔王城に案外近い。すると、今度はゴブリンの存在が気になりますね。ゴブリンが棲み処とする山など、魔王城の近くにはなかったはず。どのような経緯で我々がここにいるのか......。)


 魔獣とは過剰な魔力を身に宿した獣であり、その強さはただの動物とは一線を画する。術式や詠唱を伴わないため魔術とは呼べないものの、自らの魔力を運用しての原始的な魔法的現象を発生させられるほどだ。魔物とは知性のある者と魔獣のような両方を含む大きな集合であり、竜に代表されるような、異形かつ膨大な魔力を持っていても高い知能を持つ種族は魔物ではあるが魔獣とは呼ばれない。もっとも知性、あるいは魔力を持たない原種の存在による厳密な分類は人間によるところが大きく、ゼルセロも詳細な理解などないのだが。

 今の状態ではできれば魔獣との遭遇を回避したかったが、場所が場所ならそれも難しそうだ。この身体で星霊魔法を使えば負荷に耐え切れず崩壊するだろう。自分の記憶を守るために力を発揮できないのは、酷く歯痒い思いだ。


(危ねぇ伏せろ!)


 脳の内側から鋭い声が飛ぶ。反射的に身を伏せた後、声の主に何事かと尋ねようとして、背中に誰かが飛び乗ったかのような重い衝撃に喉を詰まらせる。背中に稲妻が走った。焼けるような痛みが両肩甲骨の辺りを一文字に繋いでいる。

 肉体と精神に鞭打って起き上がろうとした刹那、前の物とは比べ物にならないほどの衝撃に吹き飛ばされる。何も見えなかった。熱い。再び倒れ込み、転がった先で生温かい液体に身体が浸るのを感じる。


「ひぃッ!? ぎあぁぁぁァァァァァァ」



 上を向けた左半身。左腕は随分短くなっていた。左肘からは夥しい量の血がとめどなく吹き出ており、辺りに濃密な鉄の臭いを撒き散らしている。命が流出する感覚。放って置けば失血死するのだろうか。時が粘つきながらゆっくりと、それでいて実際にはあっけないほど加速度的に過ぎていく。

 

(痛い痛い痛い痛い?熱い星のように焼けるッ)


 一瞬ごとに脳天まで突き抜けてくるそれが、痛みなのかすらもう分からない。頭が理解を拒絶しているようだ。胸の中を激しく叩くこの物体は一体何なのだ。

 無尽蔵の魔力、再構築可能な肉体。生前は痛みや疲労、負傷とすら全くの無縁の最強種だった。ネギシタカオに殺されたときには、痛みすら感じる間もなかった。そんなゼルセロに突き付けられた、初めて味わう死の痛み。記憶のない自らの不完全さと相まったそれは、恐怖であり、絶望であり、悲嘆であり、驚愕であり、そしてもっと名状しがたく根源的なもので――


(ハハッ......。 ご馳走様でした。)





===========



 

 成人男性ほどの体長を誇る蜻蛉型の魔獣――「魔蟲」リベルラ。死の谷でも有数の捕食者である。

 凄まじい速さでの飛行により獲物に接近し、鋭い爪と強靭な顎で獲物の肉を容易く引き裂く。幸い死の谷以外での目撃例はないものの、人間の子供や、ゴブリンなどの小型の亜人でさえ運び去るほどの力も備えており、正しく空の悪魔と称するに相応しい。


 1匹のリベルラ種が今日最初の獲物と見定めたのは、小柄な人間の少女であった。

 脅威を全く感じない、格好の獲物と見えた。栗色の頭部、白黒2色の胴体である。

 リベルラは川辺に歩いてきた少女に狙いを付ける。首筋に襲い掛かるべく羽を振るわせようとした刹那、少女は唐突に口から体液を吐き出したかと思うと地面に倒れ伏し、小刻みに痙攣し始めた。

 何よりこの巨大な蜻蛉を驚かせたのは、突如として痙攣が止まったかと思うと、少女の身体から毒々しい紫色の煙が噴出したことである。煙はとぐろを巻く蛇のように少女に絡みつくと急速に散り消えた。蟲型魔獣の神経を本能が鳴らす警鐘がチリリと焦がす。

 

 その後、何事もなかったかのように少女が起き上がったことで、リベルラは警戒しつつも再び狙いを定めて飛び立った。音に迫る速さで首元へ飛翔するも、どういうわけか少女が咄嗟に身を伏せたことで咬み切ることには失敗する。脚の鉤爪が背中を掠ったことで獲物は痛そうに倒れ、身を起こすところである。正しく蜻蛉返りといった動きで獲物に向き直ると、空の悪魔は迷うことなくその左腕を半ばから喰い千切った。


 獲物の少女は赤い海に沈み、無防備に喉元を晒していた。今度こそ仕留めんと、狙いを定めて殺到する。しかし、牙は空を切り、代わりに物理的破壊力を錯覚するほどの殺気が叩きつけられた。


 

 危険を察知し、翅を震わせて即座に十分な高さにまで退避した彼が目にしたのは、狩人(先程までの獲物)()()()()()追随する様、そして眼前に迫る紅い()()だった。

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