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少女の中の魔王軍  作者: もやし管理部!
第1章
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第5話

 ガサガサと茂みが音を立てる。


 ドラグネアは外の様子を映す白い壁を睨みつけた。

 少女の中に閉じ込められ魔力も使い果たした今、他の3人は役に立たない。元の身体と違うという意味では彼らと同じだが、幸いなことに自分の強みは肉弾戦。魔法やその他の小細工なんかに頼らず、肉体さえあれば戦えるのだ。交替で少女の身体を操りここまで歩いてきたおかげで、なんとなく感覚はつかめた気がする。ひどく脆い人間の身体、しかも闘い慣れていないものだ。速さも硬さもまるでダメ。竜族には指先で触れられただけではじけ飛びそうだ。まあ、殴る・蹴る、後はあまり好きではないが目潰しをしたり首を絞めたりするくらいはできるだろう。

 

 近づいてくる者は、ウサギよりはずっと大きいようだ。狼ほどは大きくない。キツネでもなさそうだ。魔獣だったら厄介だが、背の高さからして、何となく2本足で歩いているような――



 うっすらと闇を帯び始めた草木の間から、黄色く光る2つの目が覗く。続いて現れたのは、ボロ布のような衣服を身にまとった、緑色の矮躯。


「ゴブリンだね」


 隣でパスカルが形のいい眉をひそめる。ゴブリン1匹なら今の状態でもどうにかなりそうだ。武器を持っていなければ、だが。先手必勝と殴りかかっても良かったが、ゼルセロはどうやら話しかけるようだ。


「おや、いい夜、というには些か早いですね。散歩ですか?」


「オマエ、ニンゲンだな? ニンゲンがオレたちの山でなにしてんだ」


「質問を質問で返さないで欲しいですねェ。」

「まあ、話が進みませんから此方から名乗ってあげましょう。魔王軍四天王のゼルセロです。今はとある目的のためにこのような姿をとっているのです。オレたちの山、などと言いましたが、行く手を阻むならこの山ごと消し去りますよ。」


 今は星霊魔法も使えないのによく言うものだ。


「はあ? ウソつけ、魔王軍四天王はニンゲンの勇者とかいうヤツにやられて死んだんだ」


「この大陸で最高峰の実力を誇る我々が、そう簡単に死ぬとでも? 舐められたものですねェ。」


「魔王軍四天王なら、なんでこんなとこブラブラ歩いてるんだ? 魔王が死んだってのに」


 ややしゃがれた耳障りな声で、勝ち誇ったように告げる声を聞いた瞬間、自分のものではない動揺が上から降ってくる。


「ゴブリン風情が、このゼルセロを謀るなど許せませんねェ。どうやら貴方の命はここまでのようですよ。」


「おい、ちょっと落ち着けよ。らしくないぜ。キレんのはいっつも、あたしの仕事だろうが」


 白い天井、その向こうに声をかける。一度死んだと思ったら元と全然違う姿になっていて、その上親のような存在が死んだなどと言われたら、誰だって揺れもする。ドラグネアは分かっているぞとばかりに目つきを鋭くした。竜族の感情表現だ。

 ゴブリンの言葉はとても信じられるものではない。ドラグネアが見た魔王は、水晶の中で眠る人間の少女のような姿だったが、伝え聞くその力は何度も世界を壊し創り出すほどの凄まじいもの。自らも竜としての本性を表し、何度も本気の拳を叩きつけてみたが、魔王を包む魔水晶には傷1つつかなかった。それどころか次の瞬間、真っ二つにされていたのだ。竜族の頂点、源竜の再生力をもってしてもすぐには治らないほどの傷だった。悔しいが、今の自分は魔王に届く強さを持たない。確かにあのガキも腹が立つほど強かったが、さすがに魔王には歯が立たないように思う。


(それも今のうちだぜ。あたしは諦めねえ。1回死んでクソ雑魚い人間の身体になったからって、そのままでいると思うなよ。そのうち全員ブっ倒して最強になってやらぁ)


 思い出すと軽く怒りを覚える。やはり、弱いということは腹が立つことだ。いや、違う。1番嫌いなのは、弱い自分に甘んじることだ。この世に生を受けた者には、ただ強くなる義務がある。


「魔王軍を名乗ってオレをビビらせようたって、そうはいかねえぞ。この山に近づく魔物は、誰彼かまわずぶち殺せってオーガどもに言われてんだ! オマエはニンゲンのようだが、魔王軍だって言い張んなら殺されても文句は言えねえな。兄貴たちも準備万端だぞ。観念しろ!」


 ゴブリンの言葉で我に返る。にわかに殺気立つ様子に、一気に部屋の外へ浮かび上がった。


(替われよ、ゼルセロ。あたしの出番だ)


 生きた視界がやって来る。久しぶりに見る生のゴブリンだ。ゼルセロがなにか言ったような気がしたが気にしない。誰だって頭を冷やした方がいい時があるものだ。自分は除いて。

 さっさと目の前の敵を黙らせてしまおう。


「よお。そんなに闘いてぇってんなら、あたしが相手だ」

「兄貴だかなんだか知らねえが、てめぇ以外の気配はねえ。ちょうどいい、この身体でどこまでやれるか試させてもらうぜ!」


(待て、待て。早まるな。ペラペラと仲間の存在を明かしたのは確かに怪しくはある。とはいえ、敵が複数であることは十分に考えられることだろう? 貧弱な亜人はよく群れる。奴の強さは分からんが、ここは万全を期して一旦退くべきだろう)


「頭ン中でごちゃごちゃうるせーんだよ。心配性か? ぶつかってみりゃ強さは分かんだろ!」


 言うが早いか、地を蹴って目の前のゴブリンとの距離を詰める。さすがに風のようにとはいかないが、今はこれで十分だろう。ゲルーツクがなにか叫んでいたが、もう聞こえない。紅い熱が、闘争がやって来る。敵の頭を木端微塵に粉砕するつもりで右の拳を固め、振りかぶる。

 刹那、右肩に灼熱。鋭い痛みの中心から、なにかじわりと嫌なものが滲み出る。動きを止めた隙に、獲物は視界から消えていた。

 

「へぇ、てめぇ囮ってわけかよ。悪ぃけどあたしに毒は――おゥ」


 人間の身体を動かすことにはある程度慣れたつもりでいたが、五感の鈍さを忘れていた。音もにおいも特に感じられず、他の生物の気配などしなかったので、仲間がいるというのはハッタリだと思ったのだ。ゲル―ツクには責められそうだがこれは決して油断などではないと言いたい。

 毒も魔法も効くこの身体で、2体以上の敵と闘わなければならないというのか。しかも、既に毒が回り始めている。

 不自然に呼吸が荒くなる。前を向いているつもりなのに、なぜか頭上の木の枝が見える。視界が霞む。気が遠くなってきた。力が抜ける。直後に膝、そして胴と顔はほぼ同時。やってきた衝撃が地面だと気づくのにはそう時間はかからなかった。


「スワンプスネークの毒はすぐ回る。眠るように死ねるだけありがたいと思えよ、ニンゲン」


 背後から新たな声がかけられる。いつの間にか緑の影が周りを取り囲んでいる。徐々に距離を詰めてくるようだ。木々とゴブリンの肌、やや色合いの違う緑がにじんで混ざり合いそうだ。


「燃えるじゃねえかァ!」


 こうなればもう気合だ。霞む頭、力の抜けた手で右肩の矢を確認すると、勢いよく引き抜く。鈍い痛みが頭に届き、束の間思考がはっきりする。すぐに霧がかかるのだろうが、その一瞬あるならば、竜の威信にかけて1匹くらいはブッ飛ばす。


「オッラ……ボケが!」


 魂を乗せて咆哮する。身体に鞭打つどころではない。内側から爆ぜるほどに力を込めて身を起こす。踏みしめているはずの地面がふわふわと柔らかい。根性だ。


「やられっ放しじゃ、いられねんだよ......」


 渾身という言葉では表せないほどの力を込めて、手近な緑の物体に拳を叩きつける。なにかに当たった。もはや手ごたえなどどこかへ置き去りだ。赤い霧に視界が染まる。手から腕、そして頭へ、ビリビリと稲妻が走る。灼かれる。それを痛みだと理解した時には、胸の中央から鈍い輝きが生えていた。

 何かが喉をふさぐ。粘つく赤が視界の下端に見えた気がした。身体が遠い。痛みが遠い。



「ヤイツ!?」

「何でまだ動けんだ!?」


「この野郎よくも!〈凍針(フリージングニードル)〉!」



 明るい。魔法なのか




(なんだよ......この身体でも一匹やれるぐらいには強ぇじゃねえか、流石あたしだぜ)

(このままじゃ終われねぇ。くそァ来世で今度こそ最強になってやらァ......)




===========




 9匹のゴブリンが温もりの残る、少し前まで人間だったものを見下ろしている。1匹が手斧を何度も何度もそれに叩きつける。ある者は涙を流し、ある者は憎しみを湛えた目でそれを凝視している。

 胸を槍で貫かれ、額には細い氷の針が1本、いまだ融けずに突き刺さった死体。右手は見るも無残に砕けていた。彼女の拳は自らの強度を顧みず、同胞の頭部を砕き、首から上を吹き飛ばしたのだ。

 


 人間は妙にしぶとかった。スワンプスネークの毒が回っているにもかかわらず、最期の足搔きとばかりに拳を振るうことができたのだ。仲間の頭を打ち砕いてしまったそれは、ゴブリンたちの知る人間の腕力を逸脱している。ひどく不気味で憎らしいものであった。

 集団のリーダー格、ビモオは8匹に減ってしまった弟分達に告げる。


「コイツは死の谷の崖から落っことしてやれ」


 得体の知れないものは、魔獣にでも食わせるのが一番だ。腹の中に納まってしまえば、生き返るなんて無茶なこともできないだろう。仲間を殺した者は決して許せない。死体は欠片も残さず、獣どもに滅茶苦茶にされてしまえばいい。


「2人でいい。残りは俺と一緒に、ヤイツの弔いだ」



不意にひゅうと渦巻く風が、梟の声を微かに乗せてくる。夜である。

 

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