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少女の中の魔王軍  作者: もやし管理部!
第1章
20/23

第20話

 握って開く。まったく見慣れた、いつもの緑の手のひらだ。

 幼いあのころ、弟・ビモォとよく森に入っては木の実をとったあのころに比べればずいぶんと大きくなった。ずいぶんと強く、他者を殴れるようにもなった。それでもたくさんの大切なものをこぼしてしまう、そんな手だ。「強さ」は放っておけば殺す力の大きさでしかない――ずいぶん前に師からそんな忠告も受けていたはずなのに。

 ヴィモォには自分の前に散った命と、自分の後ろに背負った命への責任があるのだ。その両方が等しく大切なものなのだから、守る拳は負けられない。守り通さなければならない。そのはずだった。

 オーガ族の傘下に入りともにはたらいたリザードマン、オーク、ラットマンたち。みんなこの侵入者に殺されてしまった。どうして自分は守れなかったのだろうか。王を守る彼らの命、それを守ることも自分の役割ではないのか? それができたのではないのか? そもそも自分が先に出ていればよかった。彼らの苦戦を知ってなぜ助太刀しなかった? 王の命令か。ゴブリンである自分にとって王とはどちらなのか? そもそも自分は彼らの様子を知っていたのか。どうやって? それよりビモォは生きて――


 もっとも、そんなことはどうでもいいのだ。多くの同士の命を奪った侵入者は壁に張り付いている。食べるためでも、守るためでもなく殺しに来た愚か者。口調も主張も時々で変わる気持ちの悪い敵だ。うわさに聞く人間という生き物は千切れた腕がまた生えるなどということはないはず。となると姿形が似ているだけの魔物だろうか。

 自分が正義? そんなはずはない。常に正しい者などいないのだ。最強になる? くだらない。大切なものを守るためならいざ知らず、最強の座のために強くなってどうするのか。それに、いくら強くなろうと今も世界のどこかにいるという魔神にはかなうまい。食べる云々はよく分からないが、きっと邪悪な思想だろう。

 倒す、殺す。守るべき者たち、そしてオーガ王のために。自分はこいつとは違う。



===========


「ゲっぶぁッ」 


 身体の正面、やや離れて床に天井を指す金の柄を睨みつける。

 状況は芳しくない。

 鋼の如く強靭な糸、それを何重にも束ねたものがこの身を魔王城の内壁に厳重に固定している。


(ええい身動きがとれん! この俺を磔に? 何の真似だふざけるな貴様らのような者がァ)


 さらに問題なのが、先程から断続的に飛来し喉を貫く糸の矢弾だ。喉を潰されては魔法詠唱ができない。無論ドラグネアが怒りを燃やすごとに傷は治癒に向かうのだが、何分大蜘蛛の数が多い。まるで横殴りの雨の様に銀の軌跡が喉を叩くため、再生速度が追い付かないのだ。正義の実行をどこまでも邪魔してくれる。


「これで――そうこれで! オマエはおれ様を殺すことはできない。さあ、早くおれ様を殺しにきてくれよ?」


 ドラグネアではないが非常に腹立たしいことに、敵の対応は非常に理にかなっている。無尽の再生能力を持つ者に相対したならば、真っ先に考えるのは火や酸に放り込んで再生能力を殺す手法だ。或いは、再生速度を上回る勢いで攻撃し続けて追い込む。後者は余り魅力的ではないので個人的には避けるようにしているのだが。

 今の肉体のように再生のみならず復活能力を有している場合は面倒だが話が別で、封印に類する処置が最適解となろう。俺ならば魔法により氷、若しくは水晶の内部に閉じ込め機能停止させるのが手っ取り早い。

 頭のねじの外れた亜人程度では流石にそこまでの魔法は行使できなかったようだが、拘束と同時に蜘蛛の糸による再生妨害、これらの流れるような実行である。あくまで亜人程度。されど危険を与えうるものと認識させられたか。

 確かに正義は滅びない。決して負けることはないがそれ故に勝って悪を滅ぼさなければならない。その繰り返しでこの世から悪と定義できる一切を消し去らねばならない。そうすれば善性に満ちた者のみが住まう美しい世界が生じる。悪人の一切を排すれば自ずと秩序と平和がもたらされるのだ。そんな至極簡単なことを俺の誕生まで行わなかった、思いつきもしなかった者たちもまた間違いなく悪。罪を憎み人も憎んで抹殺、これしかない。


(そうだ。俺にはその力がある。俺が、この俺だけが! 正しいのだッ)


 眼前で言葉を発するオーガは全くもって狂っている。死が真に恐れるべきものか確かめる、そのために死を望むなどという思考はまるで理解できない。真に恐るべき死を迎えるため、死を望みながらそれに抗うなどさらに解し難いものだ。命とは数ある財の中でも至上の価値を持つもの。基本的に1つの生命に、たった1つの所有しか認められないもの。であるからこそ悪に命をもって罪を償わせることが、この俺が裁く(殺す)ことが大きな意味を持つのだ。それが俺の正義だ。命を軽んじることは正義を、この俺を軽んじること。すなわち悪。潰す。この俺の圧倒的な力をもって叩き潰す。潰し尽くすのだ。


(まあ、悪の命の価値はその死にのみ認められると、俺はそうも言うのだがな......)


 などと思考してみても忌々しい状況をどうにかする手段は依然として見当たらない。せめて喉の再生から詠唱までの時間を稼げれば魔法で脱出もできようが、糸を破壊したところで10数匹の大蜘蛛を即座に潰さなければ糸の集中砲火で再び同じ状況が生まれてしまう。さらに虫ケラ共の処分をあのゴブリンが黙って見ているはずもないわけだ。致し方ない。そろそろ本気中の本気を見せてやるしか、否この程度の輩にはやはり本気の一端くらいで十分――



 



(ならばお先にお見せしますよ。〈超新星(スーパーノヴァ)〉。)



 馬鹿なのか? 肉体がもたん

 脳が霧散



===========




 星霊魔法は魔法の中でも特異な位置にある。

 一般の魔法は術者自身の魔力と技術を基に世界を構成する元素を限定的に操るのに対し、ゼルセロ唯一の武器は周囲の魔力に対して強烈な命令を行うことで、いわば世界に望む現象を要求するものだ。魔法の前提である「魔力の消費」は一貫しており、通常魔法は自身の枠内に燃費の概念が発生することを代償に圧倒的な多彩さと使用の容易さを、星霊のそれは繊細さと多様性や行使可能者の幅を犠牲に半永久的な行使と桁違いの破壊規模を得たと理解できる。

 ゼルセロの知る限り、星霊魔法の使用に耐え得る器は名を冠する通り星霊以外にあり得ない。「周囲の魔力から身体を作り出す関係上、完全な物質体に比べ魔力との境界が曖昧で……」などと理屈をつけたがる男もすぐ傍にいるが、本当のところは不明だ。兎に角、今の状態で無理矢理に発動すれば身を亡ぼすことは明白だった。明白ではあったが――明白であったからこそ実際に観測していない。すなわち、味わえていないのだ。どのように散って、どんな気分なのか。その味わいがこの身を通過していない。

 生きとし生けるものの本質は、未完であるがゆえの消費。これは実験という名の消費だ。あらゆる実験が消費であることは疑いようがない。体験、現実を生きるということはそれそのものが喰らうことに等しいのである。

 満たされるまで消費できる。寿命の枷が外れていれば、自分なら恐らくは。そうすれば今度は自己のあらゆる要素を外界に依存しない、究極の存在が生まれるだろう。その階段を上りたい。そう思い付けたのだ。その唐突性もまた味わい深いものでごく薄く笑いがこみ上げてくる。本気も本気だ。




 果たして少女は星の魔法の発動を待たずして塵となった。

 やはりただの肉体に星霊の魂を宿した――少なくとも現状ではそう考えられる――だけでは足りなかったのだろう。


(取り敢えずこんな感じで死んでみましたが。微塵に崩れて、拡散して、再び形作られる......悪くない感覚ですね。むしろ新鮮で美しい。雨上がりの紫陽花の葉のような(気分)がします。我ながら随分詩的ですねェ。素晴らしいですよ、ええ。)


 紫の視界が晴れぬ間に、一瞬前に粒子へと消えた少女の肉体が、一糸纏わぬ状態で糸の檻の外に再構築される。予想通りというよりは希望通り。パスカルの様に全てが掌の上だと強がりはしないつもりだ。少し本気で味わい感じて試してみたかっただけ。概ね偶然だ。


(おァ!? 今なにしやがった?)


(星霊魔法の使用による肉体の崩壊、これを利用した擬似的な短距離転移とでも言おうか。よくもまあ都合良く考えついたものだ。流石に俺には及ばんが!)



「ならばそろそろこの俺が切り札を切ってくれる。亜人だの虫だのといった有象無象にこれを見せることになるとはな......恐れ慄き五体投地でもしながら悔い殺されるがいい 〈変幻鋼塊(メタモルフメタル)〉」



 それにしても疑似転移、疑似転移か――などと興味深げに呟く声を内側に、拳を固める緑の戦士を正面から睨めつける。独りでに動く口から何事か勝手な詠唱が行われ、一瞬にして体表を銀の光沢が覆った。身体をぴったりと包む重厚な金属は流れ動き即席の鎧となって、飛来した一条の糸を甲高い音を立てて弾く。彼お得意の地の元素魔法を応用したものだろう。「展開した流動魔金属を自在に操る」、高い技量を要するとはいえたったそれだけの術をなぜ今まで温存したのか、ゼルセロは理解に苦しむ。同様の気配がすぐ近くにあることにも別段驚きはしない。というより是非そうあってほしかったというものだ。



(キミはいつも切り札だなんだと言ってないかい? 同じように負けて死んでると思うんだけど。学習しないなぁ。きっともう本気の出し方を忘れてるんだろう)

(多少趣味は悪いがこの身体を裸で放置しなかったことは評価しよう。既にボクのものだからね)



 大きく1歩。前に踏み出せばまず躍りかかって来るは大蜘蛛が2匹。両の掌にその頭部を収め、即座に握り潰す。ゴブリンの拳士はまだ動かない。微妙な違和感を抱きつつ、その間に飛来する糸の弾丸は体表から盾状に変形展開された分厚い金属塊により対処済みだ。


「まあいい、見ろ! しかと見るのだ! 恐るべきはやはりこの俺の万能性よな。さあ、虫ケラ共に今こそ正義の鉄槌を振り下ろしてくれる!」

 

「はぁ、まあいいのはボクも同じさ。キミ達、命乞いの準備は万端かい?」


「何匹集まろうが雑魚は雑魚。始めッからあたしに勝てるわけねーんだよォ」


「皆さんと殺し合う時間は一体どんな味わいをもたらしてくれるんでしょうねェ。楽しませてくださいよぉッ。」


 魔王城の夜が終わり始める。

1章はキリよく20話、とはいきませんでした…。

まあディケイドはコンプリよりコンプリ21派ですのでね

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