第2話
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職務。砕ける、砕ける、ぜんぶが砕ける。いや、違う。彼方の喪失感。正義――そう、正義なのだ。
思考の回転は徐々にその速さを取り戻し、混濁した意識は夜明けの空が白むが如くじわりと澄み始める。ひどく愚かに、知りもしない世界の法則に抗うように。
わたし、いや俺の名前はゲ――
「ォリー! ポリー! ポ・リ・い!」
「騒がしいな。なんだ貴様は? この俺の邪魔をするのなら即座に消し炭だ」
そう、だ。わた……俺の名はポリー、ではないゲル―ツク。紫の肌を持つ、この世の魔法を極めた魔人。世界の真なる平和のため、己の正義に絶対の強制力を持たせるチカラを求め、魔王に与した男。魔王軍四天王・傲慢のゲル―ツク。世界から「俺にとっての」悪が消えるまで死すら超越し何度でも蘇る。それこそが俺の司る傲慢の理なのだ。
「貴様って!? あなた大丈夫? 頭でも打ったのなら、もう一度ブッ叩いたら治るかしら」
何者かに抱き起こされる。体表に刻まれた硬い地面の感触。
俺は土元素の操作が得意だ。
最初に覚えたのはやはり派手で「想像」のつきやすい火属性魔法であったが。
「何があったのよ? 『勇者様に紹介していただいた仕事だから』なぁんて言って、絶対遅刻しないクっソ真面目あなたがなかなか来ないからさ、心配するじゃない? マルタさんに頼まれて探しに出てみたの。そしたら裏口で白目むいてぶっ倒れてるじゃないのよ。ホントに肝を冷やしたんだから」
目の前で、恐らく人間の小娘が何やら煩く喚いている。人であるとするならば、見た目から10代といったところだろうか。暫く人間種を見る機会もなかったため正確なところは測りかねる。微かに見覚えのある服装、給仕服といったか。食事を提供する場において飲食の世話、接待を行う者の纏う装備であるように記憶している。どうやら相手は女給のようだが、所謂同僚に接するかのように俺に話しかけてくるではないか。俺が人間でないのは一目瞭然だろうに、まったくもっておかしなことだ。
しかし今更ながら、どうやら完全な死亡を経て蘇ることに成功したようである。今までにこの身を滅ぼされたことなど一度たりともなかったし、当然好き好んでそのような状況に陥ることもなかった。その割に、いつの間にか己の物として輪郭を悟っていた「復活の権能」に確たる信を抱いていたものだ。考えてみれば我ながらこれもまた不可解ではある。
「ほら、立てる?」
人の小娘が俺の腕を掴んで立ち上がらせる。肉体の鍛錬にはそれほど積極的でないとはいえ、大の男の体重をこれほど容易に支えられるものか。そう考えた刹那、強烈な違和感。こころなしか遠くで痛む頭。
(否、魂か? 視点が低いのだな!)
スカート。掴まれた腕、そして手に目をやれば、皮膚がまるで人のような色をしており――
不意に、強く脳の内側から引かれた気がした。
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白。染み1つ存在しない。天上天下何処をとってもただ白い、広大な空間。
壁面と思しきものは認められるものの、どういう訳か具体的に容量のほどを測り知れない奇妙な「部屋」。有限である以上何らかの純物理的空間である可能性も捨て切れないが、その病的な白さと境界を認めながら実際の広さのみが頭に入らない特性から言って特殊な法則が背後にあることは容易に想像がついた。
不意に、俺の「目」が2つの存在を知覚する。手を伸ばせば届く距離、まったくのすぐ傍である。
「四天王……"憤怒"に、"暴食"だと? なぜ貴様らがここにいるのだ。死んだのか? それ以前に此処は何だ。俺の身体はどうした!?」
「るせー知らねえよ! 後なァ、いいか、あたしに質問をすんな」
「てっきり貴方の力によるものだと思っていましたが、その様子ではどうもやや異なるようですねェ。」
俺の生前からよく見知った姿と口調。やはり、魔王軍四天王・憤怒のドラグネアと同じく暴食のゼルセロで間違いないのだろうが、その事実がどうにも状況の混迷に拍車をかける。
俺は死を超えて蘇ったのではなかったのか。「復活の力」と聞いて想像されるのは「たとえ滅びようとも肉体、精神、記憶、権能の一部、あるいは全てを完璧に保存し蘇る」というものだが、実は「肉体的な終焉を迎えても精神のみ死を克服し別の肉体に宿る」若しくは「記憶を保持して特殊な転生を行う」といった類のものだったのか。仮にそうだとして、"憤怒"と"暴食"、彼らの意識が俺と共にある理由が分からない。
生前より彼らを完全に信用しているわけではないが、ここは情報とその整理が必要だろう。
「この場に貴様らがいるということは、あの忌々しい小僧――タカオといったか。奴に滅されたな?」
「あの野郎、こっちから名乗ってやったのに返しもしねぇのな!」
「フン、奴が名を言った瞬間にこの俺が頭を燃やしてくれたからな。毛のない猿とて学習するのだろう」
「てめぇのせいかコラこのボケが!?」
「"憤怒"、"暴食"、そして"強欲"もいたのだろう? 何故に容易く死んでいるのだ。奴はこの俺が百年をかけて生み出した大魔法を無詠唱で再現する化け物ではあったが、貴様ら3人が揃えば太刀打ちできぬものではなかったように思うぞ?」
「一撃でしたよ、それが。手加減していたとはいえ相殺目的で発動した星霊魔法ごと喰われて、このザマというわけです。」
「貴様らが一撃で消し飛んだだと!? 一体どのような術を用いたのだ、奴は」
「魔法じゃねぇよ。竜化したあたしに、キホン魔法は効かねぇ……!」
太古の昔、神の如き力を持って宙を翔け、この大陸にも君臨したと伝わる「神竜」。憤怒・ドラグネアは、現存する竜族の中で最もそれらに近いとされる「源竜」である――本人はそう主張している。強靭な肉体は剣も矢も通さぬばかりか、ほとんどの魔術、ひいては魔力そのものに対し極めて高い耐性を誇るという。ドラグネアが人の形をとっているのは――
そこまで思考を進め、俺以外の2名の意識がここに存在する理由、その1つに思い当たった。
「"魔王の心"、か? この俺に宿る……?」
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魔王、それは現在この宇宙における最強存在。
遥か昔、夜空に光る星々さえ赤子だった熱き混沌の時代より世界に君臨してきた絶対者。
始原の狩人とされる神竜たちと恒星の化身たる星霊を生み出し、原初の天地を蹂躙した魔神をも力で従えて、「外」よりの巨神族と戦争を繰り広げた者。混沌とした宇宙から天界と冥界を分かち、この世界の理を創り出した者。彼らの七夜の闘いにて宇宙は実に7度滅び、滅ぼされた巨神の王の遺体をもって現在の世界は造られたという。
その魔王はこの大陸に城を築き、少なくとも千年以上前から何らかの理由によりそこで眠り続けている。
何人も傷つけられぬ魔水晶の中で醒めない夢を見ながら、何の気まぐれか知性ある者にその心を割り砕き、一部を与えて寄越すのだ。
魔王の心を宿した者は例外なく異能の力を発現し、それをもって魔王軍四天王を務めてきた。魔王が眠るその身を護らせるために、配下に自らの力の一端を与える、その手段が心の分割であったのではないかと考えられる。無論推測ではあるが、理解し得ない者には誤解も推論も押し付けるが吉。四天王としてこの俺が得たのは"傲慢"の心――己の目的のために何度でも蘇る力である。この自覚はあくまで非常に感覚的なものであり、起点も全く曖昧なのだが。
「一つ考えられるとすれば、今のこの状態を引き起こしたのが我々の中に存在した"魔王の心"の一部ではないかということだ」
「ンだと!?」
「いや我々をゴブリン脳とでも思っておいでですか、そのくらい予想は誰にでもつきますよ。」
「まあ聞け。あくまで予想だが、理由をつけるならば"魔王の心"――魂の深奥を泳ぐ悪の結晶は所有者が死亡した場合、再び全き姿を取り戻さんとして互いに引き合い一点に"集業"する、といったところか?」
「"心"は我々の魂と深く結合していたのだ。意識が集合に巻き込まれて今この場に至っても不思議はあるまい……あるまい?」
「成程。興味深いことですが……そうすると何故集まった一箇所とやらがこの少女なのか、それが超巨大問題なのでは。偶然などということはないでしょう。」
「予想は予想だ、その辺は知らぬ。ただな、仮にこの即興理論が正しいとするならば今度は俺の力の作用に関してもっともらしく説明できんのだ……」
「まあ良い、兎に角だ。推測に推測を重ねるのはさほど嫌いでもないが埒が明かん。この状況を正しく把握して出来るだけ早く脱出せねばなあ」
とは言え、魂そのものをどうこうする術など生者に極められる範囲では存在しないし、基本的に一般魔法には疎い目の前の2人がそれを使えるとも思えない。加えて、眠る魔王の安否の確認も必要だろう。あの忌々しい人間が幾ら強かろうと不壊の魔水晶の中までは手を出せまいが、万一のことがあれば俺の正義の実現が遠ざかる――
「ボクに考えがあるよ」