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少女の中の魔王軍  作者: もやし管理部!
第1章
18/23

第18話

今回も台詞多めです…

 夢を見ていた気がした。だが、違ったようだ。



(でも現実とも限らないんじゃないですかね)


 形だけの少年は頭を抱える。

 分厚い魔石の床を幾度もぶち抜き辿り着いた――辿り着かされた魔王城の最上階。

 眠る少女の姿はおろか、彼女を封じていた水晶の冷たい輝きさえ微塵も認められない。忽然と、そう形容するのがこれ程適当な光景もあるまい。


 頼みもしないのに回り始めた思考は、やけにまどろっこしく逃避を繰り返しながら、それでも遂にこの場の真実に思い当たっていた。


(成程。魔王を失った魔王城など只の張りぼてということですか......。)


 そこに魔王はいなかったのだ。無論断定はできないが、自分達を滅した人間の小僧の手にかかったと考えるのが妥当だろう。ゼルセロはあの男以外に彼女を傷付け得る者を知らない。そもそも魔王の創ったこの宇宙に魔王を害せる者が存在すること自体が不可思議だが。


(誰が、何の理由で、どのように。そんなことはまあ、どうでもいいんですよ)


 重要なのは魔王が最早いないということ。

 即ち、失われた自らの過去は、記憶の空白は戻らないということだ。



 星霊であるゼルセロには呼吸も睡眠も、その他肉体的な生命活動も必要なかった。自らの命を他者に依存しない、正に究極の生命体。それは、ありとあらゆる事象が自己の中に完結する完全な存在のはず。

 そんな自分に欠けたる部分が存在することが許せなかった。自らの手で埋めることの出来ない欠落を抱えて生きることに、耐え難い気持ちの悪さを感じていた。妥協は許されない。自分は何人にも在り方を左右されない完成された存在でなければならない。外界への渇望などあってはならない。そう在りたいとの渇望さえ許さない。食事が要らず、故に味覚のないゼルセロが味わう日常は、何時だってどこか屈辱の風味を纏っていた。

 受け入れ難いことだ。その状態を生み出した己の内なる空虚は、本来それを満たすものを拝むことなく置き去りにされている。自分の積み上げたであろう歴史に伸ばせども手は届かない。もう二度と。これで終わりだ。



 それなのに、何故このように心が躍るのか。

 これも初めて味わう感情だ。

 諦めとも違う。

 

 勇者に一瞬にして命を奪われ、どういう訳か閉じ込められた少女の身体で初めて死というものをまともに味わった。敢えてその感情に名は付けるまいが、実に素晴らしく興味深い味がした。外部から何らかの生きる糧とも言うべきものを得るとはあのようなことなのだろうか。しかし2度目からは新鮮味に欠けるようにも思えたのだ。


(過去に拘るよりも、未来に目を向けるべき。世の中ではそう言われるのでしたね? ふふふふ)





===========







「ご歓談中、申し訳ありません。王よ。」


「なに、オマエにそうさせたのはおれ様よ」


 粗雑な造りの小ぶりな円卓。5匹の亜人が座る傍には先程のゴブリンが跪く。

 人間の真似でもしているのだろうか。人間種、すなわち猿をさらに猿真似するとは愚かしいものだ。


「それで、客人よ。おれ様の城に何用だ?」


 身の奥から熱が沸き出す。すぐ傍で慣れ親しんだ調子の激怒が骨格を、内臓を皮膚を焼き焦がし、より強大なものへと作り変えていく。

 瓦礫を蹴飛ばして立ち上がった。1歩、また1歩と床を踏みしめるたび魔石の破片が全身から零れ、深紅の光が傷口から漏れる。


「回答するにあたり、此方から2つの質問をさせて貰いますよ。」

「まず1つ目。突然ですが、貴方達の様な未完成な生物は、他の命を奪うことでしか生命を維持できないのですよね?」

「喰えども喰えども時が経てばまた腹が空く。生きている限り満たされることはないのでしょう? 本当に不完全極まりない。そして悟ったのです、自分も全く同じだと。その感覚を連れて生きてゆくことは余りに辛い。同情します。」


 空白が、積み上げた己の歴史が二度と取り戻せない。その可能性に恐怖し焦り、逃避したい思いは出来た筈の予想を行わせなかった。そして危惧していたことが現実のものとなった今、それらの感情を超越し辿り着いた境地。これは完璧な結論だ。


「此処に来たのは――貴方達の言う食事のためですかね。空虚を満たす糧を自己の外側に求める、ええ何ら変わりがないことです。1つ異なるとすれば、物質的なものを超えて未知なる経験・感覚・感情、その味わいを生きるために求める点でしょうか。空洞の過去を満たす未来を、生命どころか状況そのものをも喰らうことによって得られる新たな味で埋め、完全無欠の存在に至るゥ! それが目的ですよ。」



 老いない、衰えない。年齢的な外見の退化がなければ成長もない。自分は何故少年の姿をとって生まれたのか。それは外見以上に存在そのものとして前途洋々だったからではないか。


(ふむ。魔王もなかなかに考えてくれたようですね。)


 ゼルセロはゲル―ツクの様に、自らを規則(ルール)そのものとすることなどない。魔王が創造したこの宇宙、その法則は守られる必要がある。遵守の果てに自己を完成させるのだ。

 生きるために1つの生の連続を断ち、歴史に幕を引く。その行為を死ぬまで続ける。不完全を恥じることなどない。思い上がってもいけない。自分もその一部だったということだ。ただし、時間により終わることのない命を持ち、物質的な補給も必要ない自分は、頂いた他者の生をもって成果を出す必要がある。その終着点こそ欠けたる所のない、()()()()()()()()()()()領域。完成品は何であろうと美しい。あらゆる未完成はいつか完成されるためにあるのだ。



「1つの命を頂く。その者の持っていた希望を、可能性を食い尽くすということ。そして別の命の糧となる。延々と続く不完全の連鎖、あらゆる消費の頂点に立つ! そしていずれは頂きすら超越し、調和を極めた自分を実現するのです。此処までで何か分からない点はありますかね?」


 

 高揚のあまり呼吸を忘れたか、荒く息をついて亜人共の顔を見回す。円卓の最奥、正面に着飾ったオーガ。彼が話に聞くオーガ王だろうか。右回りにゴブリン、ラットマン、オーク、リザードマンと困惑した様な顔が続く。まさか今の懇切丁寧な解説で分からなかったのだろうか。導入として質問から入る手間までかけたのに。


(突飛すぎる。気でも触れたか。貴様、たった今思いついたのだろう!? まるで意味が分からんぞ)

(ちょっと待ち給え。格好つけるのはボクの専売特許というものだよ。というか長い)

(バーカ、あたしには分かったぜ。つまり最強すら超えた超最強ってことだろ!?)



 冠を頂いたオーガが不敵な笑みと共に口を開く。想像よりも数段耳触りの良い声。あくまでオーガ基準で、だが。


「理解した。それで? もう1つの質問とやらを聞かせてくれ」


(馬鹿な有り得ない......!)



「良いでしょう。何故、貴方達はこの城に居るのです?」


 魔王が彼女の放つ強大な魔力と共に消え去ったことで、亜人達は魔王城での活動が可能となっているのだろう。ではその目的はなんだろうか。周辺種族を支配するための記号を欲したか――


「よくぞ訊いてくれた!」

「つねづね思っていたのだ。何事もやってみないと分からないとな。何事も体験しないうちから恐れるのはよくないことだろ。一族の長としての示しもつかん」

「最近、魔王が手下の四天王と共に死んだと聞いてな? おれ様思ったのだ。魔王とやらも案外恐るるに足りんかったのではないかと!」

「さらにこう考えた。一体おれ様はどうして魔王を恐れたか? 強大な力で命を奪われることを恐れたためだ。ならばどうして死ぬのが怖いのか? その答えをおれ様は持ち合わせていなかった。そこで1度死んでみることにしたのだ。死というものも意外とたいしたことがないかもしれんからな」



 このオーガの王こそ気でも触れているのだろうか。死ぬためだけにわざわざ魔王城を目指すなどと回りくどいにも程がある。此処まで来たのならばそれこそ死の谷へ身を投げれば良かったのだ。

 思考を読んだかのように言葉が続く。


「自ら命を絶ったのでは本当に本当の死の実態は確かめられない。この城に入れば強敵の方から攻めて来てくれるだろ。なにせどいつもこいつも、おれ様たち亜人を馬鹿にしているからな。自分を害せる存在を用意し、それに必死で抗う状況をつくってこそ。そのための仲間であり魔王城だ」


「何だと!? 狂人めが! 命を何だと思っている。貴様の様に遊び感覚で軽々しく命を捨てる者は紛れもない邪悪! 絶対に許さん」

「そして悪の命に重みなどない。望み通り殺してくれるわ!」

わけが分からん


皆様良いお年を。

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