第15話
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凶器と凶器が幾度となく打ち合わされる。右から左から変幻自在に走る銀の軌道を、金の輝きを構えては打ち止めにしていく。視界に小さく踊る火花は実物か、はたまた研ぎ澄まされた感覚と極限の集中、刃の舞踏が見せる幻か。
「ちィッ」
剣閃と剣閃の間にできたわずかな空隙。伸ばした腕、光る切っ先は紙一重で躱される。
何度目かの舌打ちが口の端から漏れた。英雄はいつも余裕なので、恐らくはゲル―ツクかドラグネアのやったことだろう。大方、防御に徹するパスカルが気に入らないといったところか。
リザードマンの刀が凪いだ湖面をなぞるように優しく、それでいて確実に命を奪いに来る。決して力任せの一撃ではないが、凶悪な速さをもつそれは受け止めるだけで強大な衝撃を与えるものだ。柄を自らの大腿に突き刺さんばかりに斬り下ろしてこれを防げば、敵は即座に十字に銀光を走らせた。軌跡が目に焼き付く程の、高速の2連撃。振り下ろしたばかりの切っ先を咄嗟に左上に跳ね上げ、1撃目は何とか防いだ。そのまま一気に左肘を畳み、振り下ろされる白刃を迎えんとするがその頃には右肩に鋭く熱が走っている。また1つ傷が増えた形だ。
目の前の男は、物の斬り方を知っている。凄まじい反応速度、的確な位置・角度・力の大きさをもって、竜のそれに近い硬鱗すら斬り裂ける。真っ向から相手するには、何重にも枷の付いたこの身体はやや不便だと思う。「憤怒」の力によりかなりの――人間を基準とするならば――膂力を発揮できるため、亜人の成人男性ともほぼ支障なく打ち合える。しかし、問題は別なところにあった。
(何も奪えんとはどういう意味だ? 貴様の強欲とはその程度だったというのか!?)
(なあに、至極簡単なことだよ。彼が持つのは純粋な剣の腕前のみ。泥臭く刀を振って、人生を捧げて身体に刻み込んだ下らない殺しの技術だろうね)
(そんなもの、格好悪いだろ? 輝いてない、特別じゃない。それを奪えないというのは例えば、リザードマンから尻尾を奪ってこの身に生やせないのと同じ理屈さ)
パスカルの持つ「強欲」の力は凄まじいものだが、それ故に幾つかの制限がある。その1つが相手の身体的特徴、身体的技術の強奪不可能性だ。筋骨隆々とした巨人からその体格を奪うことはできないし、竜の口に剣を突っ込んだところで炎を纏ったものができることなどない。研鑽の果てに身に付いた、謂わば「身体が覚えた」技も同様だ。剣術も、体術も、裁縫や料理の腕も、それが単純な練習と経験によって成り立つものならば、パスカルに奪うことはできないのである。もっとも、汗に塗れてどうにも格好悪いそのやり方は、英雄に相応しくないのでこちらから願い下げというもの。誰より輝きを放つための単純にして最善の方法は、自らの内なる炎にを薪をくべることではなく他者の炎を奪うことだ。誰より高い場所に在りたいのなら、自分の足元に土を盛るのではなく周りの土地を削り去るべきなのだ。
無理やりに身を引き、傷を最小限に抑える。態勢が崩れたところを狙って跳ね上がる刀を、右手の光を消し左に握ることで辛うじて受け切る。一旦間合いをとろうと、息詰まる時間の中で敵の剣勢を利用し後ろに跳んだ。
「〈衝撃波〉」
「くッ......!」
「雑魚が粋がるなよ! 我々が真の力を出せば、貴様らなど無に等しいわ!」
不可視の衝撃が、空中にあってある種無防備な全身に叩きつけられる。崩れた態勢を立て直すのは困難で、着地後に空いた片手と両膝を地に着く結果となった。その隙を熟練の剣士が見逃すはずもなく、銀の閃きが瞬時に距離を詰め首筋を撫でる。視界はあらぬ方向を彷徨い、すぐに紫に染められた。微かに跳び退る影を見た気がする。
次の瞬間、ダメ押しとばかりに飛来した炎の弾丸は、青白く光る空間の膜に消えた。
(ボク達が真の力を出せば~というのにはまったく同意だけど、今のはキミの結界魔法が遅かっただけじゃないかな)
視界が晴れれば魔力は漲り、身体には傷1つ残らない。相手の強さがどの様なものだろうが、有能で無能な紫の魔人の持つ「傲慢」の力があれば決して負けることだけはない。
ただし、今のままでは勝つこともできないだろう。その原因が、リザードマンの剣士の後ろに守られたオークの魔法使いだ。正直なところ、リザードマン1人であれば倒すことは容易い。距離をとってゲル―ツクが一方的に魔法を撃てばいいだけだ。それができないのは、オークがその都度魔法で結界を張りこちらの魔法攻撃を防御、もしくは援護射撃を行ってくるためだった。亜人程度の連携が、なかなかに手こずらせてくれるものだ。
「厄介な、何度倒しても復活するのか。さらにあなたとまともに打ち合う腕とは。ジラ殿、大丈夫ですかな?」
「なに、構わんさ。奴の剣も中々のもんじゃが、一流に迫ることはできても、至ることはできんと見える。いささか我流との印象が強いわな。これしきのことで疲労などないわい」
「儂がひたすらに斬り続ける間に、何か倒し方を見つけてくれればよいだけじゃよ」
老齢と見られる目の前の亜人は、何十と剣を合わせて尚体力と精神力に満ちている様子だ。
(言われてますよ。何も言い返さないんです?)
(いや、彼の言うことは事実さ。ボクが誰かに教えを乞うて懸命に技を磨くと思うかい? 想像しただけで鳥肌が立つね)
(ボクは単に剣を武器にしてるだけでね。剣に生きてるわけじゃない。当然これといった型もない自己流だし。そこらの素人には負けるはずもないけど、剣での勝負に限定するならば極めた達人には届かないだろう)
(おい! 貴様それでよくあのオーガに説教などできたものだな)
(彼がまるでダメな脳筋だったのも事実だよ? それと勘違いしないでくれ。ボクの目指すところは剣士じゃない。数多の特別な輝きをたった1人その身に纏う、最高に格好いい英雄なのさ)
死亡によって一端搔き消えた黄金の輝きを、右手に再び呼び起こす。なぜだかいつも剣の形をとるそれに、今度は仕事をさせてやるために。そろそろ本来の闘い方をしたいところだが、まだ足りなさそうだ。
「久しぶりに剣の使い手と会ったものだから、チャンバラごっこを楽しみたかっただけさ。いやあ、そうは言ってもかなり苦戦してしまったけどね。遊びはそろそろ終わりにしよう」
「キミはその域に至るまでにどれだけ刀を振ったのだろうね。よく努力、などと持ち上げられるそれは泥臭くって格好悪くて、それでいて金貨を鳴らしてサイコロを振る行為と本質が変わらない。呆れたものだ。そしてその結果はどこまで行っても平凡さ。そりゃあそうだよ、目的が、方法がまったく特別じゃないからね」
「その価値なき凡庸を、ボクが敢えて否定してあげよう」
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(ったくよォ。よーやくあたしの出番か)
(フン。牛の様に馬鹿正直に突っ込んで手足を落とされた貴様は、この俺の陰にでも隠れているが良い)
(あ゛!? んだよてめぇ闘んのかよ。脳内でも殴り潰せるかためしてみっか?)
元同僚、そう表現しても良いであろう者たちの会話は置き去りにして、刀を持つ亜人目掛けて強く踏み込む。遊ぶように小刻みに狙いを変えながら軽快に躍らせた剣先は、余裕を持って敵の刃が迎えた。尚も地を蹴り、金属を擦り合わせるが如く斬り上げる。
先とは打って変わった攻勢に、リザードマンがほんの僅かな表情の変化を見せた。瞬時に身体を沈め、溜めた力はそっと地面へ。刀剣1本分の距離に風を切り、隙という隙もない彼に低く抑えた横の薙ぎ払いを見舞う。
振り抜いた金色の剣が右手を連れて、真っ赤な虹を空に描いていく。そのあまりにも滑稽な軌道が可笑しくなって、ついつい口元が緩んでしまう。右手首はその先を求めて綺麗な断面から面白いように血を滴らせた。攻撃に集中したために反応が遅れたとはいえ、閃きさえも見せないとは。
大振りの直後の不安定な姿勢。そこからの無茶な追撃は、「憤怒」を燃やし続ける肉体が可能にさせた。無事な左手に輝きを宿して身体を強引に前に撃ち出す。目一杯伸ばした腕。敵は何を予期したのか、こちらに一撃を見舞った後即座に跳び退っている。渾身の力をこめた黄金の刺突は剣士の身体に届かない。
「勘のいい蜥蜴は嫌いだよ。ゲル―ツク!」
「そうだァ! 正義はここにある! 〈風の弾丸〉」
絶対正義を自称する者は、悪に鉄槌を振り下ろす瞬間を待ち続けていたのだろう。期待通りの反応だ。彼のおかしさは時として信用に値する。
「〈対風結界〉」
一直線に飛んだ大気の弾丸はしかし、破壊を行わずして目標の目の前に散った。
ゲル―ツクの魔法に追いつく詠唱速度には目を見張るものがあるが、こちらも読み通りだ。
「凄いのはボクだけでいいんだよ。吸奪剣」
「〈鎌風〉!」
魔法の結界は強欲の餌食となってたちどころに消えた。その空間に無数の風の刃を走らせる。隙だらけの胴を両断せんと煌めいた敵の得物は、それらを迎撃せざるを得ず一端狙いを外した。そして再びこちらに向かう時には紅の旋風が彼を襲っているのだ。
「ッそが。あたしは待たされんのァ好きじゃねーんだよ!」
強烈な回し蹴りの靴底を刀が受け止める音は、百数年生きたパスカルにも聞きなれないものだった。
今、厨二病が全開する!




