第13話
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目の前の小柄な敵を中心に濃い煙が噴き出した。オーガの戦士・ラァガバは敵の身体に埋まっていた剣を強引に引き抜き、力任せの一振りで辺りに漂う毒々しい紫を吹き飛ばす。呼吸にも視覚・嗅覚にも今のところ異常はない。毒ではなかったようだ。
果たして煙の向こうから、ニンゲンもどきが現れた。右肩から胸、腹部にまで刃が達した傷など影も形もない様子だ。衣服や肌を染め上げる赤だけが、深い傷を負った――負ったはずであったことを示している。さらに何らかの魔法を使ったのか、無残に斬り裂いたはずの服はぴたりと身体に纏わりついている。
「死ね、と言いましたね? 死にましたとも。ご馳走様です。一度味わったので新鮮味には欠けましたよ。これで満足ですか?」
「正義を黙らせるな! 貴様のような者が魔法無効化の魔道具だと? 調子に乗るなよ」
「正義は、正義の持つ力は全き形で振るわれねばならぬ。しかもそれはこの俺の芸術。邪魔立てするとは言語道断、死罪しかあるまい。貴様、楽に死ねるとは思わぬことだな」
言い放つ顔はどこか歪んでいて、憤っているようにも嗤っているようにも見えた。
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「うるせぇなァ。やっとあたしの出番だってのに、出しゃばってくんなよ」
「とにかくだ! てめぇの動きはもう見えた。あたしにもう同じような手は通用しねーぜ!」
(完璧、完璧だよ。ネアには敵の動きを学習させ、敵の魔道具を無力化した上に死ぬことで魔力も全回復させた)
(皆の期待を一身に背負い、世界に一筋の希望を刻み込む。他の誰にも成し得ない偉業! 正しく英雄的だよ! そうは思わないかい?)
(つまり全てはボクの計算通りというわけだ)
嬉しそうに宣っているが、どうにも素直に頷きかねる部分がある。はっきり言って、散々に要らぬ煽りを入れ勝手に劣勢となった様にしか見えないのだ。計算通りは言い過ぎであろう。自らを斬らせることで敵の剣を身体に固定し、その隙に鎧から魔法を打ち消す術式を奪った手腕は評価しても良いが。
余り完璧だと言われるのも何処か癪だ。そろそろ正義たるこの俺の力を、改めて世界に見せつける時だといえる。
「また、それか。 やっぱりオマエはニンゲンじゃない!」
「なにか......もっと邪悪ななにかだ!」
「だがおれは負けない! オーガ王様の戦士として!」
オーガは再び剣を正面に構える。恐らく魔道具の効果が消失していることには気付いていないのだろう。魔法を失った魔道具など鉄屑同然。叩き潰してくれよう。
そして今のこの身体が人間かどうかは微妙な所だ。俺の知る人間には鱗も翼もない。元は間違いなく人の子であったのだろうが、次第に人ならざる何かへと生まれ変わりつつあるように思える。まあ、結局は正義とそれを振るう力があれば何でも良い。それこそが宇宙の真理だ。
「そのオーガ王とやらは、孤軍奮戦する貴方に援軍の1人も出してくれないようですが?」
「フッ。それは、おれが1人でやれると信じてくださってんだろう」
兜の隙間から、主を信じて燃える眼が睨み返してくるようだ。実に下らない、というよりも意味が分からない。この様な輩に時間を割いてやることはない。
「ハハハ! おめでたい。実におめでたいですねェご馳走は振る舞われますかそれは楽しみです」
「そんな貴様に面白いものを見せてやろう。正義の前にひれ伏せ!〈蝕鎧〉」
両拳が、どす黒く揺らめく靄に覆われた。意思があるかの如く妖しく形を変える様は、獲物を甚振る時を待つ獣の残虐性、また淡々と殺意に満ちた自動人形の冷たさを宿すようにも見える。
闇の超元素を中心にいくつかの元素を微少に混ぜた芸術的な魔法。開発者は誰あろうこの俺だ。近接戦闘が不得手だったが故に実践での使用はほぼ無かったが、その効果は強大で――
「ッしゃ行くぞァ!」
憤怒の気配に、頭の中から追い出される。
爆ぜる程に地を蹴って瞬く間に敵の懐に飛び込み、胴に突き刺す様に振るった右拳は、重厚な鎧をいとも簡単に貫いた。兜の内部から呻きとも悲鳴ともつかぬ音が噴き出す。この位置ならば盛大に脇腹を削ったことだろう。
続く左拳が胸の辺りを刺し貫く。漸く敵が再び剣を構えんとするが、その体躯が邪魔して密着しての拳撃には対応しづらいようだ。
「オラオラオラどうしたァ! もっともっとあたしを楽しませてみろや!」
右で大腿側面を抉る。左の手刀が籠手を切り裂き、続く回し蹴りで相手の手から剣が吹き飛ぶ。尚も嵐のような拳打が見舞われる。太い腕が振り回されるが仰け反るような姿勢でこれを回避、地を滑りつつ最後は敵の脚を掴んで回転。背後に回って身を起こすが早いか、背中の真ん中付近に渾身の一撃をねじ込む。肉を穿つ感触。そのまま抵抗する物を粉砕していくと、握り込んだ指先が金属に触れる。
中々の格闘センスだと評価しておこう。ずるりと音を立てて腕を引き抜いた。声も出せずに鎧が地を這う。肉体強度を無視した攻撃の結果が、紅い光に淡く包まれ癒えていく。生々しい再生音はご愛嬌というものだろうか。ドラグネアでは決してその様な言い回しはできまいが。
元・魔道具の鎧は、闇を纏う拳の当たった部分に溶けたような穴が空き、正に蜂の巣と形容すべき状態である。よく見れば、穴の縁からじわじわと鎧が侵食され、損傷が拡大していた。
道具に魔法術式を込めて強化し、特殊な性能を付与したのが「魔道具」。ならば、魔法術式によって道具に対し弱化や破壊を付与できないものか。その答えが先の魔法である。ただし、俺の技術をもってしてもあらゆる道具に1つの魔法で確実な効果を生むのは困難で、道具・武具毎に術式を組み替え、ある種の縛りを設けた特化をさせねばならない。その中でも十分な機能を実感できたのは対鎧のものだけであった。今回は丁度それが生きた形だ。対魔道具という無駄な条件を設定するまでもなく、結局純粋に破壊に特化した魔法で道具ごと焼き払えうのが本来手っ取り早いのだが。
(流石は俺、といった所だな。貴様如きお遊びで十分だ)
なおもオーガがよろめきつつ立ち上がらんとする。その頭部を目掛けて軽く振るわれた拳が、兜の前面を溶かして丁度鼻っ柱に刺さる。そのまま音を立てて仰向けに倒れたことにより、様々な感情に染まった彼の顔が明らかになった。
「ほらよてめぇの負けだ。案外たいしたことなかったなァ」
「まだだ......おれは、負けるわけには、死ぬわけにはいかない! この場で死んだ仲間のために......オーガ王様を、お守りするために!」
喉に流れ込む血塊に妨げられるのか、異音の混じる悲痛な叫びが魔王城の庭に響く。先のゴブリン程度ならば骨格ごと微塵に打ち砕く拳を雨霰と受け、さらに背中側から1度胴を完全に貫かれているのだ。最早息をするのもままならぬだろう。むしろよくもっている、亜人にしては。
「冥途の土産に教えてやろう。何かを守るために闘うとき、あらゆる者は弱くなるのだ」
操縦権が戻って来た。血泡を吹きながら転がる亜人に止めを刺すことなく、城の大扉へと歩を進める。背後から何事か声がかけられるが汚く唸るような音に聞こえるのみで、その意味を推し量ることは出来ない。する必要もなかろう。
「何だ。言葉をかけるなら、伝える気があるのなら、此方に伝わるようなやり方をとって貰わねばな」
「覚えているか? 楽には死なせんと言った。喜べ、約束は守るのが俺の正義だ」
「先程貴様の身体を貫いた際、体内に〈爆散〉を仕掛けておいた。術式発動を時限式にするおまけ付きだ。」
「いつ魔法が起動するかは知らん。今し方負った傷のために死するが先か、木端微塵に爆ぜ散るが先か、見届けはせんがな。大して楽しみでもない」
「正義に弓引く悪なる者は――おっと貴様の場合は剣か。それも持ち主に似て図体だけのなまくらだ。精々苦しんで滅びるがいい」
(これこそが力。極めた魔術と高いな身体能力の融合! 圧倒的、正に圧倒的! ついに俺が、正義が更なる力を手にしたのだ!)
調子に乗ってますが次回冒頭......




