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少女の中の魔王軍  作者: もやし管理部!
第1章
12/23

第12話

 鈍い鋼の色が眼前に叩きつけられる。それを受け止めた黄金の輝きは、痺れるような衝撃を余すことなく両腕へ、身体の芯へと伝えて来た。

 一瞬衣服――ありふれた給仕服が風を受けて膨らむような感覚。極めて短い一拍をおいて、身体が後方へと吹き飛ばされる。名残を惜しむかのように金属が耳障りな音を立てて擦れた。後ろへ跳び退ったかのような形で、空中にて体勢を整えたのは恐らくドラグネアだろう。怒りの気配が頭を横切っていく。


「今ので分かってしまったよ? キミは剣を武器にしてはいるけれど、使い手という程ではなさそうだ」


 100年近く剣を握っているパスカルから見れば、敵の腕は素人同然。1度打ち合えば容易に分かる。オーガ族特有の恵まれた体格と膂力に頼り切った、力任せに剣を振り回すだけの極めて格好悪い攻撃だ。そこには知恵も技術もない。オーガの王に与えられたという魔道具の鎧によって生き残っただけの、まさに雑魚と言ったところか。正直奪う価値のある特別性を有しているようには思えない。


「ちょっと切れ味の付いた棍棒くらいの気分で振り回されちゃ、鈍らといえどキミの得物が泣くよ?」

「キミみたいな奴はとても剣士なんて呼べないよね」


「黙れ外道めぇ! 黙れ黙れぃ! おれはともかく、オーガ王様にいただいたこの剣を貶めるのは許さん!」


 こちらが退いたため突っ込んで来た敵が、横薙ぎに鋼を振り抜いてゆく。やや身体を仰け反らせつつ、軽やかに足元を弾けさせさらに後方へ跳ぶ。相手の起こした剣風に煽られ若干よろめいた着地点に、尚も強引に切っ先が突き出された。

 これは剣の側面を使って受け止める。そのまま敵の刺突の勢いを利用しさらに後へと跳躍。金の刀身が甲高く啼いた。重い。


「さんざんおれをバカにしてるくせに、オマエだって剣の腹で受けとめてるじゃねーか! 素人はどっちだこの野郎!」


「見て分からないかい? ボクの剣は意思の剣。そして、英雄の意思とは決して折れない唯一無二のものさ」

「そうやって身体能力に任せたおつむの悪い闘いを続けている限り、ボクには勝てないよ? まあ負けるつもりなんて端からないんだけどね」


(チッ その割に押されるばっかで後ろに退きまくってるじゃねえかよ)

(チンタラやんなら、あたしが替わってもいいんだぜ?)


(我々の目的を忘れないで欲しいですよ。)


(まあまあ、ネアはじっくり視ていてくれればいいさ。今回はボクのやり方に付き合ってくれ給え)



 相手に技などというものはない。本来ならば大味な攻撃など軽く流して敵に肉薄、そのまま吸奪剣(アブゾーブ)で鎧から魔法を防ぐ術式を引き剥がせば終わりだ。

 今の身体は前のものに比べ体格面でかなり劣るため、今すぐに剣技を完全再現、とはいかないようだ。敵の武器・彼我の手足の長さの関係上、鎧本体に触れるのにも一苦労。しかし、この状況では自分が相手をするのが無難だろう。ゴブリンの身体を破壊できる程度には肉体が強化されているようだが、剣による攻撃をかいくぐりつつ、魔道具の鎧を素手で貫くのは無理がある。何度も挑戦を続ければ「憤怒」により鎧の強度を上回れるかもしれないが、その過程で幾度も死亡を繰り返すことになるはずだ。それはあまりにも危険――


「どうしたニンゲン! 口だけかァ!」


 重く風を切る音。全身鎧を着ている割に、時折驚くべき速さを見せるものだ。腕を畳んで剣を合わせようとするが間に合わない。右半身に凄まじい衝撃を喰らい、身体が宙を舞うことを強いられる。その場に右腕を置き去りに、なかなかの距離を吹き飛ばされた。地に落ちた右手、その中の剣が光の粒になって空気に溶けていく。

 右肩口から血の色とは異なる紅い光が漏れ出すとともにボコボコと音を立てて泡立ち、薄っすらと鱗の生えた新たな腕が生えてくる。同時にざっくりと切れ込みを入れられた脇腹の修復も完了した。痛みを感じないのはゲルーツクのかけた魔法がまだ効果を発揮しているということか。

 既に並の刃物や矢なら弾くような肉体だったはずなので、余程の怪力で剣を叩きつけたのだろう。やはり格好悪い。英雄には程遠い。


「おえぇなんだソレ気持ち悪ぃ......。オマエ、ホントにニンゲンか?」


「言ってくれるね。それとニンゲン、ニンゲンとさっきから呼んでるのはキミの方だけど。そもそもボクは......っていや、やっぱり人間だよ忘れてくれ」



 再び何もない空を握り込み、強欲の輝きを手中に顕現させる。何度でも創り出せるのが非常に優秀。まさに英雄の武器に相応しい。

 尚も追撃を加えんと距離を詰め、横に斬り払われる敵の剣に自らも黄金を合わせた。更に2合、3合と鋼が打ち鳴らされる。まともに衝撃を受け止めれば、軽い身体は面白いように弾き飛ばされるだろう。剣にぶつかる相手の力を利用し、常に後方へ飛ぶことでどうにか打ち合いを成立させている。相手が咆哮する度に振るわれる力が増すようにも感じられた。なかなかにまずい。死ぬことは出来るだけ控えたいのだが。それに、この程度の者に敗北するなどありえない。十数合の果てに繰り出された上段からの強撃を、最小限の動きで構え何とか受け止めた。こちらも明らかに筋力が上昇している。


(この程度の野郎の力押しで負けるとか腹立つからなァ!)

 

火焔剣(フレイム)


 競り合う剣はその輝きを熱い揺らめきに変える。火炎球は生み出さず、刀身に炎を纏わせるのみに留めた。「強欲」の力は能力や術式を奪い再現するものだが、今回のような応用も利く。実に素晴らしい。

 あわよくば高熱で敵の武器を融かし斬れないかなどと考えたが失敗に終わった。思えばゲル―ツクの魔法を耐えたのだ、当然剣の方も魔法を防ぐ魔道具のはずである。


吸奪剣(アブゾーブ)


 見た目に何ら変化はないが、相手の剣から確かに術式が引き剝がされ、流れ込んでくる。意思の剣は折れない上に何度も生み出せるため、強度向上の術式再現に意味はなさそうだ。

 相手もかなりの剛力を発揮しているらしい。骨が軋み膝を屈する。敵が咆哮を上げるたび、込める力を大きくしているようだ。それに対応してこちらの身体からも紅い脈動が沸き上がり、肉体を強固に生まれ変わらせんとする。どうやらいまの炎では敵の刀身を裂くには温度が足りないと見た。これでは鎧に刃が届き、魔道具としての性能を無効化せしめても素の鎧を突破できない。

 尚も上から圧力が加わった。押し込まれた自らの諸刃が肩を傷つける。膝が大地に捻じ刺さる。正面から受け止めたのは悪手だったか。どうにかして致命傷は回避しなくては――





(おや? そういえばボクはどうして死にたくない? 何度でも復活できるじゃないか)

(いや、ゲル―ツクの能力への理解は信用ならないからか。悪を滅ぼすまで無限に蘇るだなんて都合がよ良すぎる。せめてボクだけでも注意しとかないと。ボクは必ず英雄としてたった1人で立つんだから)



(あれ......おかしいね。誰の能力だって? ゲル―ツクの? いつからそう思っていた?)

(違う違う違う違う違うよ今はこれがボクの身体。つまり、全部ボクの特別(チカラ)じゃないか!)

(自分の力はとことんまで信じる、そう信じるのが英雄だよ)



「いい加減に死ね! 仲間の仇だ!」


 渾身の力が加えられ、両者の得物の間に火花を散らす。


(ネア。ざっと数十回打ち合ったけど、ちゃんと視てたかな?)


(ったりめーだろ。こんな奴にこれ以上もたつくのは御免だぜ)


 

 口の片端が自然に吊り上がる。右手の中の光剣が数度瞬いて掻き消える。息つく間もなく、受け止める物を失った硬く冷たい金属板が、肩口からぞぶりと侵入した。身体が砕ける。骨が断たれる。肉が裂かれ、身体の中枢に鋼がめり込んでいく。

 兜の中の勝ち誇ったオーガの顔まで容易に想像がつく。しかし、空いた左手には強欲な得物が再顕現しているのだ。がら空きの鎧の胴に金の切っ先を突き付けて。


「フフっ 残念、捕まえたよ。吸奪剣(アブゾーブ)!」



 口から零れ出た赤い塊に阻まれて、きっと上手くは聞こえなかったろう。

勝手に煽り倒して勝手に予想より苦戦して勝手に死んでいくスタイル、嫌いじゃないわ!

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