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少女の中の魔王軍  作者: もやし管理部!
第1章
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第11話

 月夜の魔王城。前庭に悲鳴と怒号が満ちる。


 斜め前方より飛来した矢を右手が掴み、無造作に叩き捨てた。

 即座に眼前に飛び出してくる錆刀に向けて態勢が立て直り、鱗に覆われた左前腕背面が斬り払いを甲高い音をもって弾く。成程、便利なものだ。


(てめぇ今の便利だなとかおもったろ?)


「さあてな。〈地壁(アースウォール)〉 〈煉獄(インフェルノ)〉」


 地面から生え出た十数重の土壁の向こうで、大気を焦がす獄炎の柱が屹立する。ゆっくりと(とお)数えた後にそれらが消えると、大小様々な炭の塊が姿を顕わにした。

 魔力に乏しい身体ではこの程度でも限界が来るらしく、急激に意識が朦朧としてくる。基本的な土の防御魔法だったとはいえ一気に十数個の発現、それもやや上位の魔法との併用はまだ厳しかったか。

 首元に衝撃。温かな液体が噴水のように噴き出るのを顎に感じた気がした。何も見えない。


(ばっか野郎ォ何してんだよ!?)


 頭の中に怒声が響くのを最後に、視界は毒々しい紫に呑まれた。




 霧が晴れる。外傷は1つたりともない。魔力は身体に満ち満ちている。数瞬前を振り返って現在の状態と比較すると、やはり魔力量の微増が認められた。


「ひぃッ なんだオマエ!? 首が生えやがっただとぉ?」


 1匹のリザードマンが鱗に覆われた身体を仰け反らせて叫ぶ。細い眼から、恐怖と嫌悪感がありありと零れ出していた。鮮血滴る大ぶりな刃物が目に付く。得物の名は知らないがこれが下手人と見て間違いなかろう。


「案ずるな。実験は成功だ。因みに首が生えたのではなく全てが蘇ったのだ。まあ、大して変わらんよ」

「この俺は何か、そう問うたな。何に見える? 正義以外の何かに見えるのならば貴様の目は節穴だ。 〈水の断刃(ハイドロブレイド)〉」


 水飛沫に血飛沫が軽く混ざり合い、首無しの死体が1つ生産される。撃ち出した水の刃は、俺の意思に対し寸分の狂いない軌道を描いた。正に芸術的だ。魔法とは撃って終わりではない。どの様な経路で対象に迫り、どの様な効果を与えるのか、それにかかる時間は。術式を組む、或いは詠唱をする段階で事細かに描き、それを実現せしめてこそ一流の魔法使いだといえる。


(本当に困った男だね。一瞬の隙を突いてわざとに死んだだろう。何度蘇れるかも分からないのに。これで打ち止めだったらどうする気だい?)


(そうですよ! 我々は魔王の元に辿り着かなければならないのです。まさかお忘れですか?)


(だ・か・ら、この世界から悪を消すまで無限に蘇ると言っておろうが! 正義の道に際限などないわ!)


 無論、俺とて最初の復活時の困惑は記憶している。しかし、何度か死ぬ内に悟ったのだ。俺の正義が絶対であるという事実はやはりこの宇宙に刻まれている。当初は確証がなかった。確信ならばあった。そして、一連の死を通して「傲慢」の心は正しく機能した――最初の1度が不可解ではあるが――のだ、既に未来の分の確証さえ得られたも同然だろう。

 恐らく、否確実に、悪が世界から消え去るまで今の自分は滅びない。何度でも蘇る。他の四天王が力を行使出来たことからも明白だ。ならば、それはどの様な形で行われるものなのか検証が必要だった。その仕組みの解明を賢者に委ねることは了承したが、形態の観察は怠るべきではない。生憎とこの肉体での死はいずれも十分な観察が出来なかった。そこで今回は特別に、自ら死する状況を作ってみたという訳だ。只で死んでやるのも芸がないので何匹もの亜人を道連れとしてやったが。


 魔王城に正門から突撃し、詰めていた亜人共に殺された一連の流れが、自らの思惑によるものだった所で相手の罪は減りはしない。俺の行く手を阻む者、俺の価値観に異を唱える者は全て悪なのだ。そして、罪を犯した者には罰が必要だ。



「ええいオマエたち何をしている? 魔法を撃てぇ! とっとと殺してしまえ!」


「どうも。くれるというなら、いただくよ。吸奪剣(アブゾーブ)


 杖を持った亜人共が慌ただしく動き出す。燃え盛る炎が空中に次々と球形を成し、此方に殺到した。見たところ火の魔法では初歩の初歩といえる〈火炎球(ファイアボール)〉のようだが、生前の俺に比べれば遥かに貧弱だ。魔力量の差は勿論あろうが、術式の組み方がまず美しくない。それに、真の魔法使いは杖など必要としないものだ。

 亜人達により放たれた火球は、1つ残らず右手に生まれた黄金の輝きの内に吸い込まれる。


「ボクに自ら力を捧げるとは、感心した方がいいかな? 火焔剣(フレア)


 金色の光が虚空を舐める焔へと姿を変える。目の前の空間が斬り払われると同時に無数の炎塊が撃ち出され、敵の身体に赤をもって黒を刻んでいく。


「まだだ! 矢を射よ! もっと強い魔法も撃て!」

「あんな手品、使えないほどに攻めて攻めて、攻め立てるのだぁ!」

「オマエたちの、オレたちの王をなんとしても守れぇ!」



 庭の亜人を率いていると見える、一際大柄で厳つい全身鎧を着込んだオーガが声を張り上げる。お粗末なものだ。味方の戦意を煽り無策に突撃させているように見える。人間の軍団が城を守るのならば、この様な戦いはすまい。軍事を知らぬ俺には具体的に何処が間違っていて、どの様な作戦をとるべきかなど分からないし興味もないが、それだけは確かであろう。

 1人1人の実力が突出しない代わりに一糸乱れぬ軍団の戦術持つという人間共の思考は、十分に理解できるつもりだ。圧倒的な個には蹂躙されるだろうが、猿の近縁種とは思えぬほど程良く、小賢しく立ち回るものだと思う。

 それに比べて亜人。個々の強さを重視しがちな魔物の中にあって低位の種族。個の力で上位種に及ばず、集団の力や小賢しい知恵では人間に及ばない中途半端な雑魚ばかりだ。

 そんな弱き者共を虐めて悦ぶ趣味など別段ない。俺は正義であって狂った殺戮者ではないのだ。ただ、正義()の価値観に従わず刃向かうならば話は別だ。悪人に尊厳はない。弁明の機会も与えない。只罰が必要なのだ。


「1つ訊きたいことがあるんですよ。貴方達のような亜人が、何故こ――」

「悪に呼吸する資格などない。此処が貴様らの墓場だ! 喰らえ〈酸の洪水(アシッドフラッド)〉 〈(トキシック)驟雨(レイン)〉」


(まだ喋っているんですよやめてくれませんかねェ!?)



 


 

 魔王城の庭は、正に阿鼻叫喚といった様相を呈していた。数秒前まで各々の武器を手に捨て身の特攻を敢行しようとしていた、若しくは矢や魔法にて弾幕を張ろうと構えていた亜人達は既に残らず絶命している。悍ましく変色した屍、或いは半ば溶け崩れた白骨が一面に転がる。元の種族の判別が困難な死体が山のようだ。死に様まで醜いことこの上ない。

 触れただけで急速に身体を侵す猛毒の雨に、そうでなければ強酸の洪水に洗われて生き残れる者などこの場にはいるまい。正しき行いには常に決まりきった結果が伴うものなのだ。

 

(どうしてくれるんです? 訊くことがあったんですがね。これじゃあいつまでも満たされませんよ。)


(フン。俺は正義を実行したまでだ。文句は知恵なき獣の様に突っ込んで来たこの者共に言え)

(それにな、何も魔法による範囲攻撃は貴様の専売特許という訳ではないぞ?)


(イマイチ嚙み合いませんねェ。)


(見給えよ彼らの遺体を。まるでゲル―ツク、前のキミのような顔色じゃないかい?)


(馬鹿め、この俺のは遥かに高貴な紫色であったわ!)


(あーあーあー、雑魚の相手はつまんねえな! もっと強ェやつ出てこねえかな)

(こうなんだ、ビリビリシビれるようなよォ)




 金属の立てる重い音がする。視界の端でゆっくりと身を起こす影があった。地に蹲っていたくすんだ灰色の全身鎧が立ち上がらんとしている。


「何...だ、これは。おれの仲間が、ゴブリンやリザードマンどもまで......。なんと残酷なやり口だ! ニンゲンぅ!き、キサマには心というものがないのかぁ!」


「馬鹿な、有り得ない。身体は弱体化したとはいえ、この俺の、最も得意とする元素魔法だぞ! 貴様、何故生きている?」


 先程は被っていなかった兜により若干くぐもってはいるものの、確かに大音声で命令を下したオーガの声であった。

 魔力の多寡に違いはあれど、俺の技術に変わりはないはずだ。体術などと異なり、肉体が変わっても魔法を扱うことの巧さが落ちることはない。元素魔法とは純粋な魔力に色を与える術。今回の色付けは完璧だった。だとすれば――


「魔道具、か」


「へッ! さすがはオーガ王様からたまわった、魔法のこめられたヨロイ。オマエみたいなやつの魔法なんてきかねえみてぇだぞ!」

「おれは、おれの仲間の仇を討つ!」


 鎧のオーガが剣を抜き放つ。月の光を受けて鈍い輝きが戦場を微かに洗った。


(うむ、魔力はもうないぞ?)


(てめぇホントに役に立たねえな!)

(城ん中から援軍が来たらどうする気でいやがった?)


(仕方あるまい。オーガ如きが魔道具、それもこれほどの性能の武具を持っているとは予想がつかん)

(魔力が切れようと......強欲。貴様のは剣の形でしか発現できんが、体内魔力に依らぬ力だろう?)


(英雄とは皆の期待を一身に背負うもの。しょうがないね)


 しょうがない、その言葉の割には声色に喜々としたものが窺える。

 身体の内に引かれる感覚。見慣れた白い部屋は以前よりもずっと近くなったようだ。外の風景も壁に映ったものを見るというよりは、殆ど実際に目で見るような感覚に思えた。原理はこの際置いておくが、魂がこの肉体に馴染んできたとも考えられる。


 空を握った右手から、金色の細波が生まれる。再び黄金の剣が顕現した。

 

「仲間を惨たらしいやり方で殺されて憤っているのかな。それに仇討ちだなんて、英雄になりたいのかい? ダメだよ、英雄はたった一人。ボクじゃなきゃ」

「城の中にはお仲間がいるのかな。外がこんなだのに助けに来ないのが不思議だね」

「しかし、考えなしに突撃の号令をかけたのは他ならぬキミだろう。それに応えて仲間が散って、生き残った自分は仇討ち。そんな表現は気に入らないよ」


「ペラペラとうるさいヤツ。 戦場ではおしゃべりから死ぬんだッ!」

「オーガの戦士、ガバ族最強のラァガバ!」


 

 大味な動きの踏み込み。鎧の巨躯は予想外の疾さでもって距離を詰めてくる。


 鋼と鋼がかち合った。


無双期間終わります()

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