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少女の中の魔王軍  作者: もやし管理部!
第1章
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第10話

 魔王城。太古の昔に魔王がその力を注いで建てた、大陸最高の城である。

 城の周辺は尋常でない魔力に覆われ、探知魔法等による観測を拒む。城の主が施した特殊な結界により、飛行しての接近は手段によらず不可能。転移魔法による侵入は巨大な城門の前で強制的に止められる仕組みだ。星霊魔法すらも無傷で受け止める漆黒の壁は、如何なる手段を用いても創り出せない唯一無二の魔石で構成されている。

 そして何より、最上階にて水晶に微睡む魔王が絶えず放つ膨大な量の魔力こそが、侵入者を阻む最大にして最悪の障壁だった。並みの人間や魔物なら、耐え難い力の奔流に一切の体力・気力を打ち消される。無様に倒れ伏し這って逃げ帰るならまだ幸せな方で、脆弱な心身が砕かれて虚ろになる、または捻じ狂うなどということもざらなのだ。

 魔王城こそ、この大陸の強者しか立ち入れぬ邪悪な聖域である――はずだった。


(これは一体どういうことだい?)



 季節によらず、成長も枯死もせず常に同じ背丈の緑を湛える、魔王城の前庭。夜闇に包まれ、月の光に白く照らされてなお色を失わないその場所に、大小様々な魔物の影が行き来している。

 緑色の矮躯はゴブリン。そのゴブリンに輪をかけて小柄なラットマン。2本足で立つ蜥蜴はリザードマンだ。豚のような頭部をもつ巨躯はオーク。ごく偶に視界に入る、角を有した大柄な人型はオーガだろうか。

 いずれも通常であれば魔王城への立ち入りはおろか、接近さえもできないような亜人種族だ。


「ふむ……困ったね」


(ええ。これはかなり不味いですよ。)


 パスカルは魔王城をすぐそこに見下ろす斜面の茂みに、生前に比べ随分小柄になったその身を隠している。空に輝く満月と亜人達の松明のお陰で、夜闇にあっても容易に城内を窺えた。


「一握りの強者しか立ち入れない魔王城に、あんな弱小の凡魔達がうろついている。これじゃあボクの特別性が一部、ほんの一部ではあるけれど損なわれるじゃないか! 気に入らない、まったくもって耐え難いよ!」


(は? いえ、それはそれは。貴女なら分かっているだろうと期待した私が不完全でしたよ。)

(魔王城が並みの魔物や人間をどうして寄せ付けないのか、その魔王城に何故、あのような輩が居られるのか。考えれば直ぐに分かることだと思いますがねェ。)



(成程。魔王の身に何かがあった、少なくとも何らかの変調があったとみて間違いはなさそうだな。何より、この程度の人間の身体で城にこの距離まで近づけた時点で気付くべきであったか)



(ゼルセロよォ、そう怒んなや。ウロウロしてる雑魚はあたしがみんなぶっ殺してやっからよ。魔王になんかすぐ合わせてやらァ)


(ネア、貴女はいいですよね。強さはいつだって眼の前にあって、それに向かって暴れているだけで良いのですから。)


 

 強さ。ふとしばらく前に沈んだはずの思考の断片が水面に浮き上がる。ひたすらに最強を目指すドラグネアと違い、パスカルにとって強さは二の次、あくまで手段といった所だ。そういった意味ではゲル―ツクに近いともいえる。彼は己の価値観を絶対の正義として、あらゆる存在の共通の基準となる、そのための手段として力を求めていた。


 パスカルは特別を欲する。たった1人、遥かな頂にあって並ぶもののない英雄。英雄を英雄たらしめるのはその特別性・唯一性であって、力や強さはその一部、というよりその座に至るための手法や過程に過ぎない。英雄は1人でいい。1人でなければならない。どんなに美しい宝石も、その辺の草むらにいくらでもあるようなら価値がないのだ。

 パスカルは生まれながらに天変地異の如き力を持つ竜や星霊とは違う。何より、ひたすらに自らを鍛え、汗臭く高みを目指すような生き方は格好良くない。格好良くなければ英雄ではない。格好悪く足掻いてようやく特別になるよりも、周りを皆特別でなくする方がずっと賢いのだ。幸い、自分以外の世界は除くべき特別さで溢れている。それを全て奪ってしまえば、特別はたった1人、自分だけ。隣に立てる者など誰もいない。後に残った愛すべき平凡達は、もちろん責任を持って守ってあげよう。導きもしよう。困っていたら助けてあげよう。英雄とはそういうものだ。


 そして、ゼルセロ。彼は恐らく、魔王軍四天王の中で最も強かった。ドラグネアに聞かせるとひと悶着ありそうだったので口に出したことはないが。星霊というのは巨神王との大戦争時に魔王が生み出した種族だ。文字通り現在の生命とはモノが違う。そんな彼は、何を目的として魔王に与していたのだろうか。単純に忠誠心、親への情といったものではなさそうに思える。故に、ゼルセロの前では敢えてそういったものを理由としていると、決めてかかるような態度をとってみた。四天王のうち3人が、正義に力を持たせるため、いつか魔王の力すらも奪うため、そして魔王の元にいれば強いやつが勝手に現れるからという勝手気ままな理由だったのだ。上辺の言葉づかいは丁寧で、何を考えているかいまいち分からない彼にも、何かあると思わずにはいられない。


(まあ、今のボクには関係ないか)


 そんな思いに耽っていた――といっても十も数えないくらいの時間だったろうが――間に、頭の中の3人は尚も何やら言い争っていたらしい。どうやら、ドラグネアがゲル―ツクの「憤怒」呼びに怒っていたらしい。彼女が強さ以外のことに拘るのは珍しいことだが、どうせ強さに絡めた何やらを語っているのだろう。


(最早こんな所で見物している余裕はありません。あの邪魔者共をすぐさま平らげ、最上階へ向かうべきですよ。)


(おぅそうだぜ早く行こう! ビビるこたァねえぞ。なんせ闘えば闘うだけ強くなんだからよ)


 ドラグネアの表現も間違ではない、というより的を得ているとさえ思う。「憤怒」の心により、この身体の質は彼女の理想とする竜のそれに近づきつつある。大蜻蛉の魔獣・リベルラの襲撃以降の様子を見るに、どうやら身体が傷つくことを引き金(トリガー)に能力が発動するようだ。恐らくドラグネアが己の脆弱性に怒りを燃やすからなのだろう。そして、自分の持つ「強欲」の心。その能力が問題なく使えることも先程判明した。これで相手の魔法術式や特異な能力の類を、使うはしから奪い取ってやれる。これら2つの魔王の心によって、まさしく傷つくほどに、また強敵と闘うほどに強くなれるだろう。


 いまひとつ信用ならないのが「傲慢」の力だ。自分達の今の状態の考察はそのうち訪ねる予定の賢者に任せるとしたって、後何度死ねるかくらいは把握しなければあまりにも危険だ。ゲル―ツクは「馬鹿にするな。この世に悪がある限り正義は無限に蘇るに決まっているであろう!?」などとほざいていたが、悪がいるからなどという大雑把な理由で、しかも無制限というのはにわかに信じ難い話だ。彼のことだ、元の身体で死んだことなどないと言っていたし、いつものごとく肝心な部分を理解していない、または忘れている可能性もあるだろうか。

 ただしそのゲル―ツクによれば、死亡するごとに僅かながら魔力量が増大しているとのことだった。彼は確かに面倒だが、その魔術の腕は本物だ。その点については間違いはないだろう。

 この身体は少なくとももう2度死んだ。後何度なら蘇れるかは分からないが、もしかすると――かなり信じ難いけれども――死ねば死ぬほど強くなって蘇る、などということがあり得るかもしれない。


(フフフフっ 凄い。すごく特別じゃないか。こんなのは世界に1人、ボクだけだろうね)


「その通りだね。さあ、あいつらから魔王城での特別な夜を取り上げに行こうか」



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