第1話
厨二病イキリポイントバトルが高濃度でございます。ご注意ください
「――ステータス・オープン」
まるで耳慣れぬ言葉だった。
魔王城第8階層、その守護を任された魔王軍四天王・傲慢のゲル―ツク――古今東西の魔術に精通し、あらゆる属性の元素魔法を使いこなす大魔術師たるこの俺の辞書にも、その様な呪文は存在しない。
未知の詞を唱えた者は、その黒い瞳で虚空をなぞっている。
中肉中背、黒髪。おそらく人間の若い男性。脳裏に描かれる種族的平均から大きく逸脱はしない、凡庸な姿かたちと言って差し支えないだろう。確認できる武器は剣が腰に1本。人間の服装に詳しくはないが、地味な茶色の外套の下は恐らく普段着に類するものだろう。衣服からも剣からも特別な魔力は感じられない。魔王城に乗り込むにはあまりに貧相な装備だ。
しかし、ここ第8階層に到達したということは、当然第7階層以下を突破したということ。まさか階下の呪滅竜王を単独で滅ぼす人間などあるまいが、それにしても約半年ぶりの脅威といえる。
空に浮かぶ何らかの事物を視る魔法、といったところだろうか。
何らかの術を行使したのはまず間違いないだろう。類似する魔法には全く心当たりがない。南方の魔族には「空に幻を視る者」があると聞くが、現段階で彼の術の正体を知るすべはない。魔法を修める者として興味がないではないが、呪滅竜王を倒した実力、仲間の存在を考えればここできっちりと早急に始末をつけるのが得策であろう。いつも通り接近戦は避け、幾重にも魔法を打ち込んで葬ることとする。
数秒もかけることなくに思考を纏めると、俺は男に向かって口を開く。
「くけけ、俺は魔王軍四天王・傲慢のゲル―ツク。何の用か知らぬが、ここから先へ進もうと言うならば貴様の行き着く先は屍だ。」
ここで引き返したところで背中に魔法を突き刺すのだが。
「魔王の手下なんぞに名乗る名前はない、っと言いたいところだけど。そちらから名乗られたからにはこっちも応えざるををえないよなぁ」
「オレはタカオ。二つ名は……ちょっとイかしたやつを考案中
男の頭部が爆炎に包まれる。
どうも大昔の愚か者が闘いの前に名を明かし合うことを良しとしたようで、こちらから名乗れば大抵の相手は馬鹿正直に返してくる。特に意味のないことに拘るものだ。敵の発声の瞬間、微小な「緩み」に乗じて予め空間配置しておいた魔法〈爆散〉を起動する。戦いというものの本質を知らぬ雑魚は容易に片が付く。これが効かないということは――
「正々堂々って言葉は知らなそーじゃん、いかにも小物って感じだよな」
ある程度の警戒と対策、そうでなくとも不意の一撃を耐え切るだけの防御力を備えていると考えていいだろう。しかし次の一手は既に打ってある。
「ッ!」
男の姿が掻き消える。彼の立っていた床が粘つく闇に飲まれると同時に、彼の運動の正体が跳躍であったことを悟る。魔法陣をはじめとする種々の事前準備により半ば自動で効果を発揮した暗黒の術式は、魔術の正道たる詠唱をあえて省略した超速攻撃である。絶殺の妙技を避け切る反応速度には、警戒度を大幅に引き上げざるを得ない。
「ちッ中々の身体能力だが……これは凌げまい? 〈凍てつく蒼柱〉! 〈酸の洪水〉 〈|大焦熱《バーニングヘル=スペリオル》〉!」
派手な形成魔法で視界を遮りつつ広範囲攻撃を浴びせ、それらを目眩ましに発動する更なる大魔法の連発で片を付けることとする。回避を許さぬ空間充填爆撃。後続の存在が予想されるため魔力を温存することが求められるが、相手の挙動はこの俺の持つ技術の中で2番目の速度を誇る高速起動魔術を上回った。ある程度の消耗を許容すべきことは明白だろう。今、魔王の元へ行かせるわけにはいかないのだ。
「〈滅閃〉! 〈白熱の暴雨〉! 〈天罰の雷〉!」
この俺が百余年の研鑽を経て辿り着いた、極大魔法の数々。異なる元素系統を複合し、ときに相反する属性同士を組み合わせて絶大な力を引き出す。美しい、美しすぎる。一種の芸術とさえいえるだろう。永劫を生きる星霊や魔神の使う特殊な術には及ぶまいが、限られた時を流れる者の魔法の極致がいま此処にある。これらを受けてまともに耐えられた者などこの地平に1人として存在しない。事実、天下最硬を誇る魔王城階層すら破壊せんばかりの漆黒の光、白く燃える雨、虚空を裂く剛雷の束は――
全て、男の手で無造作に握り潰される。
馬鹿な、そんなはずはない。そんなことが許されるはずがないのだ。
「貴様なにをッ何をしたっ!?」
「何にもしてねーよ。多分、オレとお前の間にただ3000のレベル差があるってだけだ」
「れべる? き、貴様何を言ってッ――
「お前は知るよしもないな。忘れてくれ」
「今の黒い光線のやつ。かっこよかったからアレでトドメ刺してやるよ」
馬鹿め。人間ごときが扱えるものではない。
光と闇という基本的に相克する対系統の複合、それもただの足し合わせでは再現不可能な絶技なのだ。
しかし男の掌から溢れるのは絶望的に黒い光の柱で。
有り得ない。初見の魔法を一切の仕込みも無しに無詠唱発動などあってたまるか。
それは自らの百年の研鑽はおろか、魔術体系の前提すら揺るがす無法の法に他ならない。
だが火力魔法の撃ち合いにおいても抜かりないのがこの俺。周囲には絶えず流動し複合する各属性の魔力により、元素魔法に対してほぼ鉄壁の防御を誇る霧散の結界を展開している。敵に跳ね返されることも想定し対個最強、万象必殺の固有魔法〈滅光〉すらも数発は余裕を持って耐えられる強度だ――
「ぐおぉぉぉぉォ見ておけェ この世に悪がある限り、必ず俺は蘇る! 正義のために、世界の真の平和のためにィ! 俺は! 俺が正義だぐえわぁぁぁぁぁぁァ」
無慈悲が俺を貫いた。
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「ゲル―ツクを倒したようですねェ。ですが彼は魔王軍四天王でも最弱。面汚しもいい所でしてね」
「魔王城に1人で乗り込むたァいい度胸じゃねぇか! ヤローを殺したってことァそこそこ闘れんじゃねえの」
「あのさァ、英雄はボク1人だけでいいんだよ」
魔王城第9階層。勇者・タカオの前に3つの人影が立ちはだかる。
「魔王軍四天王・憤怒のドラグネア! 楽しませてくれんだろーな?」
燃えるような怒気をはらんだ赤い瞳が特徴の金髪の女。
見かけの年齢で言えばまだ少女と表現できるだろう。一挙手一投足ごとにこちらを襲う、彼女の内包した情報の「圧」に目をつぶれば。
「同じく暴食のゼルセロです。」
鮮やかな緑の眼をもつ、白髪の少年。どうも丁寧口調キャラらしい。
先の女性とは対照的に彼からは一切のオーラを感じない。凪というには余りに空虚、空というには余りに広がりがない。意思を持ってそこに有る虚無、周りの「有」によりはじめて認識される世界の欠損のカタチとでも言うべきものか。
「強欲のパスカルだ」
純白のコートを身に纏う、整った顔立ちの剣士。腰の黄金剣は異質な魔力を滲ませる。
ハンサムショートといった具合に切られた黒髪にハスキーな声、スラリとした長身は性別を主張しない。有り体にいえば中性的、ミステリアスな風貌というやつだ。
「ステータスオープン」
自らに備わる異能の視力――「魔眼」を介して鑑定スキルを発動する。
「89、101、120? けっこう高いな。オレのほうは5028……毎度微妙な数字だぜ」
タカオはウィンドウを閉じ、右手を開いて前方に突き出す。
「っしゃあ! まとめてレベルの違いを教えてやるよ。皆滅!!」
「ッ! ネアは竜化を。 捻じ伏せます。〈極超新星〉!!」
「まずはそいつを貰おうか……吸奪剣!!」
紅竜の巨躯も、全てを斬り奪う妖剣も、星の断末魔も、一切合切を飲み込んで。腕の一振りのもとに灰燼に帰す。文字通りの一撃必殺、それが今の自分のスタンスだ。
「二つ名は考え中の勇者……ネギシ・タカオ」
「うーん。 最初の紫の肌のヤツが名前を言った瞬間爆破してきたからビビったけど。倒した後に名乗るのもなかなかカッコいいじゃんな」
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目的地・魔王城第10階層にたどり着く。目の前には巨大な漆黒の扉。天使とも悪魔ともつかぬ有翼存在をあしらった精巧な――芸術に関してはまるで素人のタカオの目にもそのきめ細かさは明白である――細工の施されたそれらに手をかければ、現実味のなさに否応なく終止符が打たれる。いよいよ魔王との対面だ。この世界で出会えた帰るべき家、そこで待つ人のために必ず魔王を倒し、望みのモノを手に入れる。手にした神の如き力を使えば魔王とも互角以上に渡り合えるだろう。自信であり確信だ。この世界における強者たちにあっけない終わりを与えてきた事実がタカオにそう告げている。
「さあて、どんなバケモンがお待ちかねかな」
元が小市民だけに無意識に疾走を始める心臓、一拍一拍が静寂に漏れ出しそうだ。
力を加えるでもなく半ば独りでに扉が開く。
蒼褪めた虹の輝きが肌を撫ぜる。
タカオが目にしたのは圧倒的、そう形容するほかない巨大質量を誇る水晶の塊。
そしてその分厚い壁に囚われた、美しい少女だった。