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「お待ち下さい!ワタクシはただ、ただ…」
「言い訳なんか聞きたくない。貴女には失望しましたよ、カトリーヌ嬢」
そう言い放ち、美しい碧眼はまるで氷のような鋭さでワタクシを見据えた。
その瞳の冷たさにガクガクと体が震え、ワタクシの瞳からはポロポロと涙が溢れる。全身から音を立てて血が引いていく感覚を味わう。
声を出せないでいると、話はこれまでと背を向けられた。
「ち、違うのです…どうか…ワタクシの話を……」
追い縋ろうにも足に力が入らず、それでも何とか一歩踏み出したが、ドレスの裾に縺れてどしゃりと地面に叩き付けられるように倒れ込んでしまった。
「あぁ…どうか、どうか御慈悲を!ジルベルト様!」
悲鳴混じりの呼び声にも振り向きもせず、かつての婚約者はワタクシ以外の女性を腕に抱きながらワタクシから離れる為に歩き出した。
絶望と涙で霞む瞳でただぼんやりと遠ざかるその背中を見つめていたが、ぐいっと乱暴に腕を引き上げられ我に返る。
「いや、離して」
ワタクシごときの力では、しっかりと掴む手を振り払えなかったが、美しく結い上げた髪を振り乱し全身で暴れると、抵抗され煩わしく思ったのか、ワタクシを掴む手が緩んだ。
その隙にと、するりとその手から逃れ、はしたなくもドレスの裾を翻して彼の背に手を必死に伸ばした。
ドシン
重々しい音が響いたと同時に物凄い衝撃を感じた。世界が物凄い早さで回り、気がついたら地面に横たわっていた。
全身が痛い。
それでも尚腕を伸ばそうとしたが、指先が微かに動いた感覚しか無い。
誰かの悲鳴や怒鳴り声が何処か遠くに聞こえる。
やっとこちらを振り向いてくれた彼は、目を見開きつつ慌てて抱き締めるようにその大きな手で彼女の目を覆い隠した。
ああ、ワタクシは…貴方に愛されたかっただけなのに…
視界が赤く染まり、やがて意識と共に暗闇へと落ちていく。
◆◆◆
「きゃあああああああああああああ!」
自分の悲鳴に驚き、がばりと身を起こすと頭の後ろに鈍い痛みが走った。イタタと前屈みになって後頭部を押さえる。
「大丈夫?」
「急に起きたら危ないよ?」
心配そうな幼い声にふと目をあげると黒髪の少女が二人、心配そうな顔でこちらを見ていた。
この少女達は誰だろう?
はて、と首をかしげていると、シャッと音と共に布が左右に開き白衣を着た女性が顔を出した。
「あ、目ぇ覚めた?気持ち悪いとかはない?」
つかつかとワタクシの側まで近寄り、そっと後頭部を撫でた。
ずきり、とした痛みが走った為、ぎゅっと目を瞑る。
「あー、たんこぶできてるね」
そういうと布の向こうへ消えて行き、何やらごそごそ音をたてていたと思ったら、白い布に包まれた何かを手にして戻ってきた。
「はいこれ、よーく冷やして置いてね。もう少し休んでもよいけど、戻れそうなら教室に戻りなさい」
たぷん、としたそれをワタクシの手に乗せ、側に居た少女達には早く教室に戻りなさいと背中を押していた。
「じゃあ先に戻るね、かりんちゃん」
無意識にこくりと頷きながら、かりんちゃん?と頭の中は疑問符で一杯になる。
かりんって、もしかしてワタクシのこと?
うん、わたしの事。
教室って何?
学校の教室だよね。
学校?ワタクシが?
小学生だから学校には行かなくちゃ。
次々と思い浮かぶワタクシの疑問にわたしが答えていく。
ワタクシはカトリーヌ・ニコル・モーリン。
ううん、わたしは守崎花梨。
ジルベルト様を追いかけようとして……。
じゃなくて、体育の時間にドッジボールしてて頭にボール当たっちゃったの。
頭の中で、ワタクシとわたしがせめぎ合う。
頭がズキズキと締め付けるように痛い。
「どうしたの?あら、おでこ熱い。熱計るから寝なさい」
ウンウンと唸り始めた私を心配してか、保健室の先生が声をかけてくれたけど、ガンガンと音が聞こえそうな程頭が痛い。
真っ直ぐにしていられなくて、体を丸めるようにして頭を抱える。
わたしはかりん……いいえ、カトリーヌ?
ああ、もうだめ。
あたま、いたい。
だれかたすけて。
余りの辛さに、意識を手放した。