デザイアン討伐ギルド【レヴァテイン】
デザイアンを討伐して一息ついた頃、警報を響かせた鉄の棒から可愛らしい女性の歌声が流れ始める。
すると、木骨造りの家が建ち並ぶメルヘンな街で異彩を放つ、鋼鉄で造られた建造物から人がぞろぞろと現れる。ものの数分で街はあっという間に喧騒に包まれた。
「こんなに沢山の人が近くにいたなんて…」
「街にはシェルターがいくつか設置されてて、毎日デザイアンの出現地点と時間が予報されると、付近の住民はデザイアンが討伐されるまで避難してるんだ」
「なるほど、だから街に着いた時に人がいなかったのか」
力を持たない一般人は抵抗することも出来ず、ただ災害が退けられるのを祈るしかない。
美しいだけでない残酷な世界。私はそんな世界に生きていたのだと、この街に来るまで知る由もなかった。
「ところで…リーネはこのあと予定ある?怪我の治療と助けてもらったお礼とかしたいんだけど」
「べつに痛みもないし、それに住むところを探さないといけないから…」
先の戦闘で体を地面に打ち付けたが特に外傷もなく、痛みも引いていたのでやんわりとお断りする。しかし
「いやいやそう言わずに、万が一があるから。それにこの街の事詳しくないでしょ?絶ーーっ対に迷うから私が案内してあげる!はい出発!」
ネイは強引に私の手を引いて歩き出し、慣れた足捌きでスルスルと人混みを掻き分けていく。
右を見ても左を見ても人ばかり。大きかったり小さかったり、太ってたり細かったり年老いてたり赤ん坊だったり。…毛むくじゃらの人や角が生えた人もいて、私は人の在り方が一つでない事を知った。
少し歩くと道の真ん中に小さな列車?があり、私はそれに乗せられた。
「この街での移動は基本この路面電車なんだ、なんせここは首都ビーク・ラルゴだからね!」
「ビーク・ラルゴ?ここはユグトラルじゃないの?」
「それも知らないのか…えーとまず、ユグドラルは東西南北に分かれてて、その一つ一つが大体4,000㎢ぐらいあって、んでここは南ユグトラル地方の首都ビーク・ラルゴってわけ…分かった?」
ユグドラルが四つに分かれている事には驚いたがその広さは全く想像も出来ず、首を傾げる私をネイはクスクスと笑った。
電車の外ではいつしか往来する人の量や色鮮やかな建物が減り、賑やかな観光街から閑静な住宅街に入っていた。
ビーク・ラルゴの北の果て、なだらかなS字を描く川の手前で二人は電車から降りた。
川の向こうには収穫を終え、農閑期となった田園風景が広がっている。そんな殺風景な景色を眺めているとネイが呼びかけた。
「リーネ、こっちこっち!」
「…えっと、ここは?」
私は連れてこられた場所の外観から、本能的に嫌な予感がした。
大通りに面した木造四階建ての家なのだが、建物を囲む木の柵は白の塗装が剥げていて、玄関に続く道は雑草が伸び放題で手入れされていない。郵便受けを見ると何十枚もの紙が押し込まれ、まるで廃墟の様な雰囲気を醸し出していた。
「ここが私の所属するギルド『レヴァテイン』!是非お礼をしたいから中に入って♪」
「れヴぁ?あの、やっぱりお礼なんて要らないです、あの、背中押さないで…!」
僅かな抵抗も虚しくズルズルと建物に押し込まれる──中に入ってすぐの感想は薄汚いだった。
食べ残しが散乱する丸机が四つにと、革がズタズタの椅子が八脚。照明は切れかかっており、床の所々には謎の液体が溢れ、どぎつい香りが立ち込めてクラクラする。
「うわぁ…家畜小屋のほうが綺麗だよ」
「随分なこと言ってくれるじゃねーか」
不意に聞こえた声の方を見ると、薄暗い部屋の奥にバーカウンターがあり、そこに角の生えた赤髪の女が、酒瓶に口をつけてラッパ飲みをしながら立っていた。その傍らには空になった瓶が何本も転がっている。
「ヴァリー姉さん、先に帰ってたんですね。それより聞いてください、こちらレヴァテインの新しいメンバーですよ!」
「………んな?!」
言葉の意味を理解するのに僅かばかりの時間を要した。その僅かな時間が「違う」と反論する隙を奪い、二人の間で勝手に話が進んでいく。
「ほーんなるほど…ネイ嬢、お前もワルよな〜!」
「いやいや、ヴァリー姉さん程じゃないですよ〜!それじゃあボスのところに連れて行きますね」
「ああ。んじゃ俺は新メンバー加入記念にもう一本開けるとするか!」
「ささっ、それじゃあ二階に行きましょう!」
帰ろうにも退路はしっかりと塞がれ、すっかり騙されてしまった私は覚悟を決め、何が潜むか分からない部屋の奥へと進む。
カウンターの横にあった階段は人ひとりとすれ違うのがやっとな程狭く、一段上がる度にギシギシと軋む。
二階には、これまた狭い廊下と三つの扉があり、ネイが真ん中の扉をノックした…しかし返事がなく、今度はかなり強めに叩いた。
「…入れ」
眠たげな声で返答があり二人は中に入る。部屋の中は昼間なのにカーテンが締め切られて暗かった。ネイは扉横のスイッチを押して部屋の照明を灯す。
明るみになった部屋には重厚感のある大きな机が一つあるだけ、その上には書類が散乱し、そこに足を組んで乗せる同い年くらいの女性がいた。
「ボス、新しくウチに入ってくれそうな人を連れてきました!」
ボスと呼ばれた黒髪に銀のメッシュの女性は真っ赤な眼をこちらに向ける。
「この街じゃ見ない顔だな、外から来たのか?」
「あ、はい、そうです。ついさっきこの街に着いたばかりで」
「ふむ、ここに連れてこられたって事は神憑りだろう。が…ネイ、ただの観光客かもしれない人を無理やり連れてくるな」
ここに来て初めて、まともに会話ができる人と出会い心から安堵する。
「あの、ここって何する場所なんですか?」
彼女は机から足を下ろし、口の前で手を組んで答える。
「ここは能力に目覚めた者『神憑り』を集め、デザイアンをぶちのめす…ここはデザイアン討伐ギルド『レヴァテイン』だ」
「…!ここに居ればデザイアンと戦えるんですか?」
「ああそうだ。ふむ…こちらからも一つ聞きたい、いま街は危機に瀕している…なのに何故、今ここに来た?」
「私がこの街に来たのは──」
彼女の問いかけに私はここに来た経緯を話した。
「様々な物を見て、美味しいものを食べ、多くの人と出会いたい、だから世界を守るため戦いたいと…」
(あと、夢で見たアレが偶然だったのか真実だったのか知りたい)
「なら私のギルドに所属しろ。デザイアンの情報はここに集まるし、それに毎日現れる訳じゃないから普段は自由にしてもらって構わない」
「どう、すごく良い職場だよね!」
「最初は騙されたと思ったけど…でもここなら私のしたい事ができる。ボスさん、私を雇ってくれませんか?」
それを聞いた彼女はフッと笑い
「もちろんだ、新しい人材が増えるのは好ましい事だからな。自己紹介が遅れた、ミカ=ルティオールだ」
差し出された手を取り握手を交わす。ロンググローブをつけたその手は少女の物とは思えないほど硬く、血が通ってないかのように冷たかった。
それからミカは引き出しから一枚の紙を取り出し、ペンと一緒にリーネに渡す。
「国に新しい神憑りの登録申請をするからこの紙に必要な事を書いてくれ」
渡されたペンを手に取り、紙に記入事項を埋めていく。名前、性別、身長、体重、髪色、目の色、肌の色などなど。
「書きました。あの、何でこんなに事細かく書く必要があるんです?」
「デザイアンとの戦闘では原形を留めなくなる奴もいる。僅かな欠片でもそれが誰なのか判別できるようにだ」
ついさっきのデザイアンが物を溶かしたのを思い出す。もしあの時、神憑りになっていなかったら今頃養分になっていただろうと思うとゾッとした。
「怖気ついたか?まぁそんな奴は極偶だ。よし、これでリーネは晴れてここの所属となる、改めてよろしく頼む」
「こちらこそ、お世話になります」
「ネイ、リーネに他のメンバーの紹介と部屋の案内をしてやれ」
「了解、ボス!」
こうしてデザイアン討伐ギルド『レヴァテイン』の所属となったリーネ。彼女は一癖も二癖もある仲間と共にユグドラルで渦巻く陰謀に巻き込まれていくのだった。