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1月5日①『天樹都市ユグドラル』

「むぐむぐ……」


「『まもなくユグドラル、ユグドラル、終点』」


「むぐっ!」


 外の景色──だだっ広いだけの何もない平原だが──を眺めながら鹿肉の燻製を()んでいると、無機質な声が目的地の名前を告げた。

 柔らかくなった肉を飲み込み、列車の窓を押し上げて身を乗り出す。冷たくて気持ちいい風が顔に吹き付け、髪がバサバサとたなびき、白い息が後方へと流れていく。


「あれが……ユグドラル!なんて大きな街!」


 眼前に広がる光景にときめかずにはいられなかった。雲を突き抜けるほどの大樹、そして数え切れないほどの建造物群が見えていた──。


 リーネは家を出発して北へ向かい、見つけた線路に沿って雪原を歩いた。だが、日が暮れても駅は見つからず、夜は分厚い雪雲に月明かりを遮られ、さらには吹雪で視界は最悪な状態だった。

 ランタンの僅かな光と足元の線路だけを頼りに慎重に歩みを進め、ようやく見えた微かな灯りに歓喜し、極寒のなか佇む小さな駅舎に逃げ込んだ。


 寒さに慣れているリーネだが、吹雪の中を数時間歩いたのは流石に堪え、列車が来るまで駅に備え付けられていた薪ストーブで暖を取った。芯まで冷えた体に熱が染み渡り、緊張がほぐれてついウトウトと眠りにつく。


 いつしか窓に轟々と吹き付けていた吹雪も止み、ぐしょ濡れのブーツとコートもすっかり乾いた日の出頃、遠くから聞こえてきた汽笛の音で目を覚ます。

 そうしてリーネは見果てぬ世界へと向かう列車に乗り込み、雪と小さな森と我が家しかない故郷を旅立った。


 だが、二昼夜に渡る列車の旅で見られたのは一寸先も見えぬ霧か、多少は緑が見える雪原ばかりで……それ故に見えてきた街への期待感は破裂せんばかりに膨張しきっていた。


 ──程なくして列車は徐々に速度を落とし、完全に停車すると重々しい扉がゆっくりと開く。灰色の地面に恐る々々踏み出すと足裏に硬い感触が伝わり、雪とは大違いで何度も足踏みしたり飛び跳ねたりしてみる。


「桶に張った氷よりカチカチ!」


 辺りを見回し、大きな歯車がいくつも噛み合って動く時計や、動く階段(エスカレーター)など見る物全てが珍しい。私は心躍らせてスキップしながら駅の外へと向かった。

 外に出るとパステルカラーに彩られた木骨造りの家々、軒先には色鮮やかな冬の花が飾られて、故郷とは何もかもが違う街に幼子のようにはしゃいだ。


「はぁ〜すごい所に来たなぁ。と、まずは辺りをチェックしないと」


 右も左も分からぬ未知の世界では少し歩くだけで迷子になってしまうだろう。そうならない為にもリーネは等間隔で建っている黒い鉄柱(スピーカー)によじ登って周りを確認する。


「獣の姿はなし、あの黒い生き物もいない……というか」


 駅を出てすぐ、丁字に分かれた道を見渡していて、ふとおかしな事に気づいた。


「人の姿も見当たらない」


 これだけ巨大な都市なら相当な数の人がいてもおかしくない。だが街に着いて未だに人の姿を見ていなかったのだ。


 不思議に思っているとスピーカーからけたたましい警報が鳴り響き、驚いて落ちてしまうが軽い身のこなしで難なく着地を決める。それから訳も分からずアタフタしていると、キャスケットを被った褐色の少女が慌てた様子でこちらに走ってきていた。


「よかった、人がいた。すみません、ちょっと聞きたい事が…」


「逃げてくださあああーーーい!!!」


「?」


 首を傾げる。なぜ少女が必死の形相で警告するのか……けれどその理由はすぐにわかった。彼女の背後から全長4〜5mはある粘液質な流動体の黒い怪物がズリズリ、と這い寄っているのが見えたのだ。


 あの異形こそ、ここに来た目的の一つであるデザイアンなのだと確信した私はライフルを取り出し弾を装填する。銃身がブレないようしっかりと構え、一呼吸置いて引き金をひくと弾丸は褐色少女の頭上を通過して怪物に命中した。


「よし!」


「ちょちょちょっ、危なっ!?てか何してんの?!」


 息を切らせながら走って来た少女が私の腕を引っ張り、急いでその場から離れようとした。


「慌てないで、弾は命中したから」


「芋野郎ですか?!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」


「えっ!?!?」


 弾丸は確かに怪物……デザイアンに命中した。だが、デザイアンの傷はすぐに塞がり、まるで何事もなかったかの様にぐねぐねと動いてこちらに覆い被さろうとしたのだ。


 間一髪のところで攻撃を避け、褐色の少女と一緒に走り出す。振り返るとデザイアンは私が登っていたスピーカーに纏わり付き、あっという間に溶かして再びこちらに向かって移動を再開していた。


「あーーもーー!なんで私が貧乏くじを引くのさぁー!ああいうデカくて気持ち悪い奴はヴァリーの相手なのにいぃぃーー!!」


「あの、デザイアンはどうやったら倒せるんですか?!」


「本当に知らないの!?神憑(かみがか)りっていう特別な力を持った人でないと傷一つ与えられないよ!」


「そんな〜……その神憑りってどこにいるんですか?」


「ぅ、一応私も神憑りなんです!」


 目の前の少女が神憑りという能力者なのだという、「なら早くあの怪物を退治すればいいのに」と口にしようと思った矢先。


「私の能力は【予感的中(プレヴィジオーネ)】って言う、予感が当たる程度の戦闘向けじゃない能力なんだってば!」


「この状況は予感できなかったの?」


「ここに来るまでは良い予感がしてたんです!!」


「そ、そう。とにかくアイツをどうにか……あれ、いない?」


「いやいやそんな訳……ホントだ。……あ、なんだろ、今すっごく嫌な予感がするんですけど!」


 立ち止まった少女が青ざめた顔で言う。リーネは姿を消したデザイアンを見つけようと隈なく視線を動かし、物音一つ逃さないよう耳を澄ます。


「はっ、そこ危ない!!」


 少女の足元にある鉄の蓋(マンホール)の下から、何かがズリズリと這い上がってくる音に気づいたリーネは咄嗟に彼女を突き飛ばす。

 直後、下水道を通ってきたデザイアンによってマンホールの蓋ごと高く打ち上げられたリーネは、受け身も取れず硬い地面に背中から叩きつけられる。助けられた少女は慌てて駆け寄り、リーネの安否の確認を取った。


「しっかりして!なんで庇ったの?!ほら立って!逃げないと!」


 少女に肩を担がれて立ちあがろうとするが、足に力が入らず上手く立てない。すぐ後ろではデザイアンが今にも地下から現れて、私たちを丸呑みにしようとしていた。


「ふざけるな……!」


 胸の内からザワザワと熱い物が込み上げ、全身に力が漲るのを感じる。今ならなんだって出来るような、そんな気さえした。


「心奪われる景色が見たくて!様々な人たちと会いたくて!美味しいものが食べたくて!私はこの街に来たんだ、私の邪魔するなッ!!」


 白銀の髪が毛先まで燃え上がるような輝きを放ち、両手にも眩い光が灯る。


「この光…!まさか神憑りになった!?」


 デザイアンが光で怯んだ隙に上体を起こし、辺りに散らばった弾のひとつ掴み取る。そしてありったけの『想い』を込めて装填した。


「『一発で仕留める』!」


 狙いを定める必要すらない至近距離、絶対に当たるという確信を持って引き金に掛けた人差し指に力を込めた。


 轟音とともに光を纏った弾丸が尾を引いて飛び出し、今まさに覆い被さろうとするデザイアンのど真ん中へと命中する。弾は貫通して小さな穴を開け、今度は塞がる事なく、やがて大きな風穴へと変わり、向こうに晴れ渡る空を見せた。


 しばらく蠢いていたデザイアンは徐々に動きを止め、黒いモヤとなって空へと霧散していく。


「すごっ!一発で倒した!」


 気づくと髪と手から輝きは消え失せ、胸の奥の熱い物も鳴りを潜めていた。


「私、いま……」


「まさか神憑りになるなんて!貴女、名前は?」


 少女は私の手を力強く握り締め、夕日のような瞳でこちらを見つめた。


「えと、リーネ=ロロ……です」


「いい名前!私はネイ=イデア、リーネはこの街は初めて?」


「え、うん、さっきこの街に着いたばかり」


 こんがり焼けた褐色の肌の少女ネイ=イデアは無邪気な笑みを見せる。


「貴女みたいな神憑りを待っていた!ようこそ、天樹都市ユグトラルへ!」


 これが私の激動の日々の始まりだった。

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