1月1日『
初めまして、木木 紫雲です。
皆様に「つづきが見たい!」と思っていただける作品づくりをして行きますので応援よろしくお願いします。
……ゆっくり……深く……息を吐く。
鈍色の空の下、白雪ような柔らかい髪の少女が雪に体を埋めるようにして寝そべり、その青い瞳でボルトアクション式ライフルのスコープを覗き込む。
300メートル先、雪原の中にポツンと生えた小さな森をじっくり観察すると一匹の雄鹿が餌を求めて跳ねるように移動していた。
「居た……一発で仕留める」
か細い声で呟いた少女は深く息を吸い、それから呼吸を止めて狙いを定め、絶好のタイミングを待つ……わずかに獲物が雪に足を取られたのを見逃さず引き金を引く。
薄暗い灰色の空に銃声が響き渡り、スコープの中の獲物がドサリと倒れ込む。少女は残っていた息を吐き切ってから呼吸を整え、起き上がって帽子と毛皮のコートに付いた雪を払った。
「よし、狼に横取りされる前に回収しないと」
銃口からまだ硝煙が立ち昇るライフルを背負い、少女は急いで獲物が倒れた場所へ移動する。
森の中は雪を被った木々が陽光を遮り異様に暗く、辺りに注意を払いながら奥へと進む。途中、甘酸っぱい木の実を摘み食いしつつ、赤く染まった雪に横たわる獲物を見つけた少女は腰につけたナイフを取り出した。
血抜き等の処理を手際よく行い、肉の一部をお供え物として残し、軽くなった食料を背負ってきたソリに乗せて帰路につく。
殺風景な銀世界をひたすら歩き続ける。血や臓物を抜き、肉をいくらか削いだといえど成体の鹿は重く、極寒の環境でも汗が噴き出してしまう。
この時期は日が落ちるのも早く、気づけばもう地平線に太陽が沈もうとしている……ふと汽笛の音が聞こえ、立ち止まって北の方角に目を凝らす。
「列車だ、珍しいなぁ」
視線の遥か先、夕陽に照らされて影を落とす列車が煙を吹き上げながら東に向かって走っていた。
昔はこの辺境の地と首都との間を何本も列車が走っていたらしい。だが今ではその本数を減らし、月に数回往来する程度である。
「首都ってどんな所なんだろ……ん」
程よく休憩が取れた少女は移動を再開する。三十分位してようやく、丸太を組み上げて造られた一件の家が見えてきた。あと少しの距離を踏ん張って歩き、家に着くと同時に玄関から両親が出迎えた。
「おかえり、こりゃまた大きな鹿だな」
「ふー…ただいま、お父さん、お母さん」
「お疲れさま、お風呂沸かしてあるから入ってきなさい」
クタクタに疲れた少女は食料と狩猟道具を父に預け、服を脱ぎながら大好きなお風呂へと向かった。
「おっ風呂、おっ風呂〜、ふんふふふーん……うぇ!」
シャツと下着の格好で脱衣所に入るなり、洗面台の鏡を見てげんなりとする。透き通るような白い肌や腰まである髪に下処理をした際の返り血が付着していたのだ。
事情を知らない者が見たら私を猟奇殺人犯と勘違いしてしまうだろう。
「あっ、コートにも付いてる!お気に入りなのに……」
血の滲んだコートを洗濯籠に放り込み、浴室に入ってまず石鹸で髪と体に付いた血を洗い流す。そして髪を団子状にまとめ、薬草の香りのするお風呂へゆっくりと肩まで浸かる。
「ふぅ〜、生〜き〜か〜え〜る〜」
適温より少し熱めの薬湯に浸かると心も体も癒され、心地いい気分に浸りながら考え事に耽る。今日の晩ご飯は何だろうとか、明日は何をして過ごそうだとか、そういう他愛のない事ばかりだ。
そうこうしている内に芯まですっかり温まり、のぼせてしまう前に風呂から上がる。
壁に掛けてあるふわふわのタオルで全身を拭き、真っ白なモフモフのパジャマに身を包む。スッキリして気分よく部屋に戻ると何故かテーブルの上に豪華な料理がずらりと並んでいた。
「わぁ、スゴイご馳走だね!どうしたの?」
「やっぱり忘れてる」
「リーネ……誕生日おめでとう!」
「あっ!そっか今日は私の……」
少女は父の言葉で思い出した。今日1月1日が少女…リーネ=ロロの16歳の誕生日だという事を。
「ほーら突っ立ってないで座りなさい、リーネの大好きな鹿肉シチューもあるよ!」
「本当?!やった♪」
母特製のとろける鹿肉のシチューがあると聞いて、喜んで椅子に座るリーネ。
テーブルにはシチューの他に、小さな果実が散りばめられたフルーツサラダ、今朝搾り取った牛乳で作ったグラタン、他にも川魚のマリネやジャガイモのコロッケなど普段はあまり食べられない料理がたくさん並んでいた。
「それじゃあリーネの誕生日、そして成人を祝って乾杯!」
果実酒が入ったグラスを鳴らし、初めてのお酒を一口含んで大人の気分を味わう。甘さが際立つ子供向けのお酒で飲みやすい。が、一杯飲んで頭がクラクラとしたので父からの二杯目を断り、代わりに冷たい水を注ぐ。
母が腕によりを掛けて作った料理に舌鼓を打ちながら、その日の出来事を両親に話した。今回も獲物を一発で仕留めた事、列車が走っていたのを見た事。父と母はただただ笑って聞いてくれた。
──────
テーブル一面の料理をぺろりと平らげ、楽しいひと時を過ごしたリーネは暖炉の前で狩猟道具の整備をしていた。すると父がホットミルクを二つ持って隣に座る。
「熱いから気をつけろ。それにしても、もう16歳か……。リーネは何かやりたい事は無いのか?」
「んー、考えた事ないなぁ。今のままで十分だから」
リーネはフーフーとミルクを冷まし、一口飲んでから答えた。
「そうか。なぁリーネ、今日は特別に外の世界の写真を見せてあげよう」
「外の世界の?」
そう言って父は三枚の写真を見せてくれた。
赤、青、黄、他にも紫や橙色の色彩豊かな花が咲き誇る楽園。
味も、香りも、食感も想像できないのに食欲を唆る未知の料理。
俯瞰で撮られた、日に何千もの人が行き交う巨大市場。
「これ、全部、本当にあるの?」
「ああそうだとも、世界には想像もできないような物や出来事が沢山あるんだ」
“想像できない”とは的を得ていた。生まれてこの方、白銀の世界しか知らない私には父の見せてくれた写真が今でも信じられず、その言葉があまりに魅力的で外の世界への興味が尽きなかった。
「それに多くの人との出会いもあるだろう、趣味嗜好が違う人との出会いは刺激的なものだ」
「外の世界か……ふふ、すごく楽しそうだなぁ……ふぁ〜」
「はは、今日は大変だったんだ、もう寝なさい」
「うん、そうする……おやすみ、お父さん」
丁度いい温度になっていたミルクをゆっくりと飲み干し、コートを洗ってくれていた母におやすみを告げて屋根裏の自室へ向かう。
部屋に入ると寒暖差で身震いし、天窓から差し込む月の光に照らされたベッドに倒れ込むように入る。
ふかふかの羽毛布団に包まれ、窓から見える星を数えながら写真で見た外の世界を想像する。乏しくて拙いけれど、精一杯の色艶やかな世界を。
……次第に瞼が重たくなり気づけば深い眠りに誘われていた。
「なぜ私の邪魔をするんだ!」
突然の怒鳴り声に目を開ける。寝起きのせいか視界がぼやけていたが、父ではない金髪の男が何かを必死に訴えかけていた。
「あなたは誰ですか?」そう問いかけたつもりだったが声が出ない、体も動かない。
「〇〇神よ、私は……世界を滅亡させる!」
(〇〇…神?世界を滅亡?これって…夢?)
所々不明瞭だが、言葉の端々から察するに夢の中のわたしは何かの神様で、彼は私に対して敵意を向けているらしい。それから暫くすると場面がザザッと切り替わる。
……突然、腹部に激痛を感じて視線を下ろす。突き刺さる漆黒の槍、夥しい量の血が流れ、声にならない悲鳴をあげる。
貫かれた槍がゆっくりと引き抜かれ、吐血して力なく膝から崩れ落ちる。塞ぎようがない、ポッカリと開いたお腹の穴に手を当て、息も絶え絶えとなりながら顔を上げる。
目に映った異形の黒い生物…両腕が槍の形をした六本脚の怪物が次の攻撃を繰り出そうとしていた。
「んんぅううぐぐ…うわあああぁぁっ!!?」
恐ろしさで飛び起きた私は寝汗をびっしょりかいていて、すぐにお腹を確認する。穴は開いていなかった。粗相もしていなかった。
痛みを錯覚する程のあまりに生々しい夢。気を落ち着かせる為、天窓を開けて冷たい夜風に当たる。
「すぅー……はぁ……今の……夢だよね?」
外はまだ夜明け前で薄暗く、雪がチラチラと降っている。
冷たい風が体の火照りを取り除き、頭がだんだん冴えてくる。夢の事が気になってしょうがない私は寝付く事が出来ず、気づけば朝を迎えていた。
「おはよ〜、お母さん」
「おはようリーネ、ずいぶん早起きなのね。いまサンドイッチ作ってるからちょっと待っててね」
「うん……わかった」
母特製のサンドウィッチ──朝採れたての新鮮野菜と保存食用に燻製した肉を薄切りにして挟んだ母さんの得意料理──は私の大好物だが今朝ばかりは気分が上がらない。
「どうした、元気ないじゃないか」
食べ物の話題で元気にならない私を見た父が尋ねる。私は対面の椅子に座り、冷たいミルクをコップに注いで一気に飲み干して今日見た夢の事を話した。
「はっはっは!それは気分のいい夢じゃないな」
「笑い事じゃないよ、本当に痛くて死ぬかと思ったんだから」
「そうかそうか。でも夢でよかった、街の方じゃ本当に怪物が現れているらしいからな」
「え……どういう事?」
「父さんの知り合いから写真付きの手紙が届いたんだが、大都市ユグドラルで『デザイアン』という怪物が街や人を襲って被害を出しているそうだ、見てごらん」
父から渡された写真を見て息を呑んだ。そこには崩落した家や怪我をした子に寄り添う母親の姿……それと夢で見たのと似た黒い生物が写し出されていたのだ。
あれは夢ではなかったのか?もし本当にあった事なのだとしたら……あの男は世界を滅亡させると言っていた。
「怪物がここまで来なければいいが、リーネも狩りに出る時は気を…」
「私、この街に行きたい」
「何を言って……」
「リーネ、それは本気なの?」
振り返ると、作りたてのサンドウィッチを持ってきた母が真剣な面持ちで立っていた。
「怪物が暴れているって言うのに、何でわざわざそんな危険な所に行くって言うの?」
「それは……困っている人を助けたいから」
それらしい事を言う。本当の事など言える訳がなかった。夢で見たから、世界が滅亡するかもしれないから、そんな荒唐無稽な言葉を誰が信じるか。
「それは立派なこと、でも相手は普段狩っている鹿や狼じゃなくて怪物なのよ。あまりに危険すぎる」
母の言うことは最もだ。けれど……
「それだけじゃない。私、外の世界を見てみたい」
なによりも私は知りたかった。想像できない外の世界がどんなに素晴らしい物なのかを。
「それは今でなくても、事態が落ち着いてからでも…」
「母さん、行かせてあげよう」
父が私の肩に手を乗せ、力強く抱き寄せてくれた。
「リーネが初めてやりたい事を言ってくれたんだ。危険な場所に向かわせるのは親として間違っているかもしれない、けど俺はリーネの意志を尊重したい」
「……リーネ、本当に行きたいの?」
「うん、困っている人を助けたい、たくさんの人と会ってみたい、想像できない物を見てみたい」
母はしばらく考え込み、大きな溜息を一つしていつもの優しい表情に戻る。
「意志は固いのね。そういう所はお父さんそっくりなんだから」
「おいおい、いま俺の事は関係ないだろ?」
「何を言ってるの、おかげでどれだけ苦労させられたか!」
母はサンドウィッチをテーブルに置くとリーネの隣りの席に座り、ミルクを注いで一気に飲み干す。
「絶対に無茶はしないこと、帰りたくなったらいつでも帰って来なさい。母さんも父さんもリーネの帰りをいつでも待ってるから」
「……うん!ありがとう、お母さんお父さん!」
リーネは感謝を込めて両親に抱きつく、父と母はしっかりと抱きしめて娘の頭を優しく撫でた。
それから私は、暫く食べられない母の手料理をじっくりと堪能し、食後すぐに荷造りを始めた。お気に入りのパジャマ、たくさんの保存食、箱詰めされたライフルの弾をリュックに詰め込み、自室に後ろ髪を引かれながら玄関に向かう。
「いいか、北に進んでまず線路を見つける、そしたら線路に沿って東に歩けば駅に着く。昨日の列車がまだ暫くは停留しているはずだ」
「ちゃんとご飯作るのよ、掃除とか洗濯とか他にも…」
「わかってる、頑張るよ」
「それとリーネ、都会じゃ何かと入用だから持っていきなさい」
父から手渡されたずっしりと重たい皮袋、中をのぞくと大量の硬貨が入っていた。
「分かってると思うが無駄使いはするんじゃないぞ」
「うん、大事に使う。そろそろ行くね」
まとめた荷物と商売道具のライフルを背負い、玄関を開けて一歩踏み出す。
世界を滅亡の危機から救う為、想像もできない美しい景色を見る為、たくさんの出会いに期待を膨らませ、リーネはまだ見ぬ外の世界へと旅立った。
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それではまた次回をお楽しみに!