底
Youは何しに異世界へ?
この世界は現実ではない。
工藤がそう発言した瞬間、世界は暗闇に落ちた。
地下室は消え去り、椅子も机も壁も消え去り、土井、工藤、八代の三人はどこか暗闇に放り出された。
三人の居る空間。空間そのものが、闇に包まれている。
「なんだこりゃ!」
土井は叫んだ。八代と工藤は驚きすぎて腰を抜かし立ち上がれない。
「おい工藤、現実世界じゃないってどういうことだよ!」
「ぼ、僕も分かりませんよ。ただ、こんなありえない犯罪が起きるぐらいだから、現実じゃないのかもって…
た、ただ、何となく言ってみただけですよ!
ほら、柊青の事件は10月27日で今日は11月9日でしょう。ちょうど読書週間だったから、もしかして、この世界も小説の世界なのかなって」
―その通り、この世界は現実世界じゃない―
三人の頭の中に、奇妙な声が響いた。
「な、なんなんだこの声は!」
八代が大声を張り上げる。
―この世界は小説の世界。そして私は筆者。この小説の筆者だ―
以下、― ―の文は全て筆者こと私の言葉である。
「しょ、小説。まさか、本当に…」
工藤は辺りを見回すがそこには闇が広がるばかり。
土井はそこら中を殴ったり走り回ったりしたが全ては無駄で、やがてその場に座り込んだ。
「筆者だと!お、お前が柊青を殺したのかよ!」
―私が殺した。いや、私も殺した―
「いったいどうやって…いやそれより私もって」
「共犯者が…いる?」
―そうだ。私も犯人。そして共犯者は複数いる―
「ま、待ってくれ…お前は本当に筆者なのか。そしてここは小説の世界?
いやもう、それは仕方ない。受け入れる。
しかし、まず、どうやって殺したんだ?それが訊きたい」
「何言ってんだ八代さん。こいつが本当の筆者なら、どんな不可能状況も関係ないだろう」
―それはどうかな?私は作中には登場していない。つまり、通常の方法では、作中人物を殺すことなど出来ない―
「馬鹿かお前。そんなの『殺した』って書けばそれで終わりだろ。筆者なんだから」
―確かに。執筆者である私なら『殺した』と書けばそれで殺したことになる。いかなる密室も関係ない―
―そう、私だけならな―
「あなただけじゃ、ないのか」
―先に言っておく。犯人は私ではあるが筆者という記号そのものではない―
「意味が分からない…」
―犯人は読者だ―
「読者が…犯人?」
読者が犯人のミステリは、たくさんはないがそこそこは存在する。かつて某大作家は「読者が犯人の小説があれば究極」と発言したが、2018年現在、読者が犯人となる小説は複数ある。
「読者が犯人?しかし、読者は読むだけだ!犯人になるはずがない」
―読者が犯人であることは、君たちの名前にも仄めかされているが―
―まあそれはおいておこう―
「おい答えろ!なんで読者が犯人になるんだよ」
筆者である私は、土井の言葉をひとまず無視した。
―ところで諸君。人の死とはなんだろう―
なんだいきなり、と愚痴をこぼしつつ、三人は質問に答えた。
「生命活動の停止、それが死だろうが」
まず土井が答えた。彼の意見は一般論だろう。
次に工藤が話しはじめた。
「死とは、忘れられること…
そして死とは、否定されることです。その人の存在が否定されること。つまり…」
工藤の言葉を、八代が繋ぐ。
「つまり死とは、その人がその人でなくなることです」
―その通り、つまり被害者の柊青は、柊青でなくなったのだ―
―他ならぬ、読者達の手によって―
「まさか、『殺人事件を扱った小説を読みすすめることそのものが殺人だ』何て言い出すんじゃないだろうな」
読者がページを進めるからこそ被害者は犯人に殺される。ならば読者は犯人の共犯者ともいえるだろう。
しかしそれでは、殺人を扱った小説全て、読者が共犯者だと指摘できてしまう。
それでは説得力がない。
―ここでは、そんな屁理屈は使わない―
―読者は…およそこの小説の全ての読者は、自らの手を汚したのだ。柊青を、その手で、殺したのだ―
「読むだけの読者が」
工藤は立ち上がり、天に向かって話した。まるで筆者がそこにいるかのように。
「犯人になれるはずがない」
―その通り、読むだけでは、犯人になることなどできない―
―ところで―
三人の頭上からスマートフォンが三つ降ってきた。三人は、それぞれスマートフォンを拾うと、その画面を見た。
その画面にはこの小説の目次が書かれていた。
―ご覧の通り、この小説はネット小説。目次にある各サブタイトルをクリックして本文を表示するのだが―
―そのサブタイトルは、何色で書かれている?―
「青」
三人は声を揃えた。
―では、その三つ目のサブタイトルをクリックして、また目次に戻ってみろ―
501号室
401号室
青
201号室
101号室
地下室
底
この小説のサブタイトルは鯨マンションの部屋と同じ配置になっている。
三つ目のサブタイトルは、301号室の住人の名前。
柊「青」
彼らは「青」をクリックして本文のページを開いた後、「戻る」をタッチし、目次に戻ってきた。
―さあ、目次には何と書かれている?―
何って、さっきと同じだろう…ページを行って戻ってきただけだ…
三人はそう思った。実際、文字の内容に変化は無かった。
しかし一箇所だけ、変化があった。文字の色が変わっていたのだ。
―このサイトには既読機能が備わっている。一度読んだサブタイトルの色が変わり、何を読んだのか分かるようになっているのだ―
サブタイトルの色が、一箇所だけ変わっていた。
青色で書かれたサブタイトルの中で、既読したものだけ、色が赤紫色に変わっていた。
三つ目のサブタイトル。
「青」が。
―ここからは読者のあなただけに語りかけよう―
―もう分かっただろうか?あなたは柊青を殺してしまった―
―三つ目のサブタイトル「青」をクリックしたことで(あるいは「401号室」から「次へ」をクリックしたことで)、殺してしまったのだ―
―青。それは柊青の名前であると同時に色を表す言葉でもある―
―最初、サブタイトルの「青」は青色で書かれていた。何も問題はなかった―
―しかし、あなたが「青」をクリックし、それの本文を開いてしまったために―
―「青」は未読から既読となった。「青」は青色から、赤紫色に変わってしまった―
―人の死とは、その人がその人でなくなること―
―青色で書かれた「青」をあなたは、赤紫色に変えてしまった―
―あなたの手によって「青」は「青」でいられなくしてしまった―
―あなたによって「青」のアイデンティティーは破壊されたのだ―
―そのクリックで。スマートフォンなら、タッチで―
―なぜ柊青は、サブタイトル「青」にて、開始早々死んでしまったのか。なぜそのタイミングで殺されたのか―
―それは、あなたが「青」をクリックしたからだ。それをクリックした瞬間、彼女は青でいられなくなった。つまり死んだのだ―
―犯行時、清水や八代が聞いた奇妙な音とは、あなたのクリック音。あるいはタッチの音だった―
―だからガチッとも聞こえたしポンッとも聞こえた。機械の音のようでもあり、柔らかい音でもあり、そして聞いた覚えのある音だった―
―彼女の半身だけ消し飛んでいたのは、彼女の名前だけが消されたからだ―
―柊青=柊+青。このうち、「青」のみがその存在を消された。だから半身だけ消滅したのだ―
―なぜ彼女は赤紫色の血に染められていたか。赤紫色。それは既読の色だ―
―「青」でいられなくなり消滅した下半身は赤紫色へと変貌した―
―その溢れんばかりの血が、彼女の遺体を染め上げたのだ―
―「私はやっていない」なんて言わせない。もう一度指摘しよう―
―この小説の犯人はあなただ―
―クリック、あるいはタッチの動作により、あなたは被害者を殺した―
―その指先が、彼女の生命を奪った―
―あなたがクリックした、タッチした、その瞬間。その感触。あなたは生涯、それを忘れることはないだろう―
―その感触こそが、人殺しの感触なのだから―
―しかしあなたが賢明な読者なら…あるいは賢明でなくとも―
―あなたは奇跡を起こすことができるだろう―
―そして奇跡を起こしたとき―
―あなたは知るだろう。生と死を弄ぶ存在。つまり―
―この世界における神が誰なのかを―
Who is God?
―終