地下室
「ダーリン」より「あなた」の方が絶対萌えますよね。
11月9日木曜日22時00分
管理人室である101号室には地下室が存在する。101号室の、あるドアを開け、数段階段を下りると10畳ほどのスペースがある。ここが地下室だ。
周りはコンクリートがむき出しで、部屋の中央には三脚の椅子。
管理人の八代は、土井と工藤をここに招待し、中央の椅子に座らせた。
八代、土井、工藤。三人は椅子に座って向かい合った。
「改めて確認しよう。
僕は、清水さんが犯人だなんて信じられない。君たちもそう思うだろう?」
八代の言葉に、土井と工藤は頷いた。
10月27日、柊青は殺された。あれから約二週間。八代、土井、工藤は警察の捜査から解放された。
清水鳴二が警察に連れていかれたからだ。
彼は柊青殺害計画のノートを作っていた。警察は彼の部屋からそれを見つけ、彼が犯人だと目星をつけた。
殺害方法が分かっておらず、決定的な証拠が無いため、まだ彼が黒と決まったわけではないが、警察内では意見が固まりつつあるらしい。
清水鳴二が柊青を殺したに違いない。
警察の結論に、八代、土井、工藤は疑問を持った。
清水が殺したはずはない。三人はそう思った。
なぜそう思ったかは、分からない。
同じ四股をかけられた仲だから同情しているのか、あの柊青があんな男に殺されるはずがないと蔑んだのか。
ただ、この三人は、清水が犯人のはずはないと確信していた。
「そもそも、清水さんに犯行は無理ですよ」
一番若い工藤が口を開いた。
「現場は密室でした。ドアは鍵がかかっていました。窓も鍵がかかっていました。清水さんがあの部屋に忍び込めたはずがありません」
警察の捜査により、外へ繋がる窓も施錠されていたと分かった。現場は完全な密室だ。
「いや工藤、そんな理屈使う必要はねーよ」
今度は土井が発言した。
「俺も現場見たけどよ。あんなの絶対無理。犯人はよっぽどの化け物だぜ。清水みたいなサラリーマンじゃ無理無理」
三人はこの二週間で清水の情報を集めた。清水は電力会社で働く会社員。特別な経歴ではない。
「私も土井君と同じ意見だ。あれは化け物の仕業だ。
下半身を消し飛ばすなんて」
柊青。彼女の遺体には下半身が無かった。腰から下が丸々存在しなかったのだ。
「事前に犯人が切断し、持ち去ったわけじゃないんですよね?」
「違うようだよ。彼女は友人とケータイで話している最中に殺害されたらしい。22時01分の通話記録が残っていたそうだ」
「ボイスレコーダーかテープで彼女の声を再生していた可能性は?」
「ないない。柊と通話相手はリアルタイムで話していたんだって」
「通話相手が犯人」
「通話相手が誰かは教えてくれなかったが、そいつには完璧なアリバイがあるそうな」
「犯行現場の誤認」
「工藤君。それも駄目ですよ。携帯電話の発信は確かにここ鯨マンションの301号室からでした。
そして通話中に殺されたのですから、犯行現場もやはり301号室しかありえません」
22時01分まで、彼女は確かに生きていた。遺体が発見されたのは22時7分。その間、わずか6分。
犯人は6分の間に柊青を殺し、彼女の下半身を切り取り、それを移動させ、そして密室から抜け出した…
「凄いマッチョな奴なら6分で殺して下半身を切って持ち帰ることも可能かね?」
「無理でしょうね。切断だけでも15分はかかるでしょう。しかも彼女の下半身はまだ見つかっていません。ということは、ただ移動させただけでなく、彼女の下半身を完璧に隠したってことですよ。人間業じゃありません。
しかも…装飾の問題もあります」
彼女の遺体は彼女自身の血で赤紫色に染まっていた。髪、服、肌、彼女と言う存在全てがその色に染まっていた。
普通に殺害しただけではそんな状態にはならない。
犯人が彼女の上半身に血を塗りたくりでもしない限り…
「じゃあどうなるんだ?」
土井は腕を組んだ。
「清水が犯人かどうかも疑問だが、それ以前に、こんな犯行、誰に出来たんだ。絶対無理、不可能。なあ工藤」
工藤はそれには答えず黙っている。
「人間じゃないもの。野生動物や機械を使った、というのも無理でしょうね」
八代が溜め息をつく。
猿や蛇、それに機械。それらはある点では人間を越えた性能を発揮できるが、それでも、今回の殺人事件は不可能だろう。
三人がしばらく黙り込んでいると、工藤が、ぽつりと一言漏らした。
「実は、一つ考えてることがあるんですけど…」
土井と八代は沈黙して先を促す。
「これなら、説明できると思うんです。
現実には不可能な事件が起きた。つまり、この世界は現実じゃないんですよ」