誕生日の想い人
最初の一話は、本家の人魚姫と同じ内容です。
まだ、ifではないです。
よろしくお願いします。
『海の外にはね、海の青とは違う、とても綺麗に青く澄み渡った、空っていうものがあるのよ』
『いろんな色をしていて美しい、お花という物もあったわ!』
『もふもふふわふわの動物もいましたわ。兎という動物はとても可愛らしく、小鳥は歌を歌ってくれるのよ』
ずっと、憧れている海の外に広がる世界。
十五歳の誕生日を既に迎えたお姉様達が、外の世界から帰ってくると、とても嬉しげに話す。
いつか、私も見てみたい!
海の外に広がる綺麗な世界を!
早く、十五歳になりたいな…!
遠い海の底に、麗しい人魚達が住んでいる宮殿があるのをご存知ですか?
真珠や琥珀で飾られた、とても綺麗なその宮殿には、人魚の王様と、亡くなってしまったお妃様の代わりに娘達を育てているお祖母様、そして、六人の人魚姫が住んでいます。
この海の世界では、十五歳になると、海の外の世界ーー人間の住む世界を見に行くことが許されていました。
末の人魚姫は、アクアという名で、細くきめ細やかな金の長髪と、海の色をした青い瞳を持っていました。
アクアは、お姉様達が聞かせてくれる人間の世界に憧れ、人間の世界を見ることを夢見ています。
そして、ついに、アクアは十五歳の誕生日を迎えました。
王様やお祖母様、お姉様達が壮大にお祝いをしてくれましたが、アクアは人間の世界が気になって仕方ありません。
ずっと憧れ、夢見ていた神秘の海上へと、のぼることが許されました。
「私も、外の綺麗な世界を見ることができる!」
尾をしなやかに動かして、アクアは海上へと向かいます。海面が近づくにつれ、アクアはどんどん嬉しくなりました。
その日、海の上には、一隻の豪華な船がありました。船では、美しい王子の誕生日を祝うパーティーが催されていました。
満天の星空の下で、その船は明るくキラキラと輝いています。
アクアは、海面から顔を出し、船を眺めました。
「…すごく綺麗」
たくさんの人達が、王子を祝っています。
「私と誕生日が、同じなのかしら」
嬉しげに笑っている王子を見つめながら、アクアは嬉しくなりました。
アクアは、美しい王子に一目惚れしたのです。
「外の世界には、あんなに美しい人がいるのね…」
頬を少し朱色に染めて、アクアは船を見ていました。
王子の誕生日パーティーは、夜明けまで続くようです。
アクアは、少しでも王子を見ていたくて、片時も船から離れません。
しかし、海の上空で嵐が起きました。
強い風と雨が、船を襲います。徐々に船が沈んでいってしまいます。
船が沈没したのです。
アクアは焦りました。
船が壊れ、人々は海に投げ出されしまいます。
アクアは懸命に、王子を探しました。
溺れかけていた王子を支え、アクアは海面を泳ぎました。
王子は、気を失っているようで、目を開けません。
悲しくなりながら、アクアは近くの浜辺まで泳ぎます。
そっと、浜辺に王子を寝かせて、夜が明けるまで、アクアは王子の介抱をしました。
朝がやってきました。
アクアは、自分の姿を見られてはいけないので、王子の服の胸ポケットに、大切にしていた珊瑚の髪飾りを入れ、そっと岩場に隠れました。
しばらくして、一人の少女が王子を見つけました。少女は、王子を助け、アクアはそっと海に戻りました。
その日から、5年程経ちました。
しかし、アクアは、王子を片時も忘れることができませんでした。
王子の住んでいるお城の前の海面から、顔を出し、お城を眺めましたが、王子の姿を見ることはできません。
悲しくて悲しくて、アクアは、人間として王子に会いたいと願うようになりました。
お祖母様は、人間はいつかは死んでしまうが魂は死なない、人魚は300年生きて泡になって死ぬのだと言いました。
アクアは、本当に人魚になりたくて仕方なくなりました。
そしてついに、海の魔女のもとへ行きました。
「私、十五歳の誕生日に見た王子様が忘れられないの。あの方のそばで、人間として生きていきたい」
「……。人間になったら、二度と人魚には戻れないからねぇ? それにアンタが王子と結婚できず、王子が別の女と結婚したら、アンタの心臓は砕けて、泡になってしまう。良いのかい?」
「…えぇ。それでも、私は人間になりたい」
「そうかい。それじゃぁ、魔法を施す代償として、アンタのその綺麗な声を貰うよ。それに、その美しい尾も半分に裂け、人間の足になるが、歩く度にナイフで突き刺されるような痛みを伴うだろうねぇ」
「それでも、良いの。お願い」
アクアは、声を失い、薬を貰いました。
小さな希望を胸に薬を飲み干し、尾を裂かれる痛みにアクアは意識を失ったまま、海の上へと上がっていきました。