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探偵斑鳩実美の独白

作者: 輪竹裕理

前作・探偵斑鳩実美の不穏な日常と同じ登場人物、同じ世界の別の話

 やあ、はじめまして、お嬢さん。

 僕は斑鳩実美。見ての通り探偵だ。

 そうは見えない? 同い年くらいに見える? それはいささか失敬じゃあないかい。

 僕はこう見えて「大人」なんだが、やれやれ。

 おや、しかし君は「探偵」と名乗っただけで警戒心を解いてしまったね。いけないね。僕が本当に探偵かどうかもわからないっていうのに。

 いや、残念ながら本当に探偵なんだ。

 証拠? 名刺ならあるよ。大したことは書いていないが。

 そうだね、こんなもの証拠とは言えない。詐欺師だって持っているものだ。でも僕がここにいる理由を考えてほしいね。大人はね、暇じゃあないんだ。

 じゃあ何しに来たのかって? 決まっている。依頼を受けたからここにいるのさ、僕は。

 君の母上から、君の処遇についてね。


 まあ君がどれだけ僕を警戒しようが僕は君に近づくけどね、だってそれが仕事だから。

 ん? 探偵と聞いて連想してしまったかい?

 君が何らかの犯人であると?

 おやおやそれは勘違いも甚だしいし、冗談が過ぎればちょいと自意識過剰というのものだ。

 おっと怒らないでくれたまえ、僕としても紳士の振る舞いは捨てたくない。

 分かるだろう? この意味が。

 おや、わからない。困ったものだねえ。本気で言っているのかい。

 だから怒らないでくれたまえ。

 感情的になっては君自身の不利を招くだけだ。

 少しは僕に興味がわいてきたようだね。

 何、僕じゃなくて依頼内容が気になるって?

 はは、素直なのはいいことだ。子供は素直なのが一番だからね。


 おっと今のは失言だ。僕が悪かった、謝ろう。

 君は自分が子供だと言い聞かせられることが大嫌いで、反発しているのだったね。

 こんな大事なこと、忘れる方がどうかしている。いや、むしろその一瞬、君を子供でないと判断したと言えなくもないかな。油断と無意識は似てるだろう?

 詭弁? まあそれならそれでいいさ。


 さてさて時は大正82年。僕の知っている制度に変更がないのであれば、君は青藍女子中等学校の二年生で間違いないね?

 意味不明にして神出鬼没に近隣を跋扈する人肉食いのアヤカシモノにも食われず、よくもここまで育ったものだ。それだけで称賛に値するよ。

 だというのに君は。

 君というお嬢さんには困ったものだ。

 いやいや、困っているのは僕ではない。

 君の母上だ。

 そう、依頼人。

 なぜって、怒鳴るほどかい?

 君には自覚がないのかい。母上を困らせている理由に心当たりは。

 あんな人、などと言うものではないよ。命を削って君を産み、自らの人生のいくばくかを犠牲に捧げて育ててくれた人だ。

 そんな安い言葉で、君の怒りを治められるなら僕は、そもそも呼ばれてないだろうがね。

 この安い言葉の重みは、君が同じ立場にならねばわかるまいよ。だから聞き流してくれて結構。

 14歳ともなれば、多感な時期だ。誰しも味わう感覚を、君は過敏にして繊細すぎる精神で受け止めようとして、うまく受け止めきれずに苛ついているのだろう。誰しも通る道だ。しかしね。

 通過儀礼としては、目に余る。度が過ぎているのだよ。

 君は大人が大嫌いで、憎んでいるね。

 やることなすこと気に入らず、その存在すら鬱陶しくて、嫌で嫌でたまらなくて、殺意すら覚えているのだろう。

 しかしだからといって、大人という大人に対して力の限り暴れ回るのはどうかと思うのだよ。

 君のせいで君の家は台風一過のように荒れてしまっているだろう。物を投げては壊し、ひっくり返しては踏みにじり、挙句に暴言暴力。暴君さながらの暴虐ぶりだね。

 しかもアヤカシモノ討伐隊となるべき神力の開花も起こりうる年齢だけに、周囲もそうそう無碍には扱えないから、被害はひどくなる一方だ。

 そのせいでほら、君自身はどうなった?

 とうとう父上に殴られ、先生にもぶたれて、女の子なのにひどい有様だ。顔は腫れあがって、その手足の包帯は暴れた際に力加減をしないから、傷がついたのだろう。そいつが同級生をも怯ませていることには、お構いなしとは言えないだろう? ほら顔が曇った。

 しかしそうしてふてぶてしく僕を睨む態度から類推するに、君は彼らの折檻にも叱責にも屈しなかったのだろうね。馬鹿だね。余計殴られただけだろうに。

 頑ななのは結構だが、柔軟さがなくてはぽっきりと折れてしまうよ。まあ今の君には馬耳東風、馬の耳に念仏だろうがね。

 はは、苛ついているね。腹が立って腹が立って、その治め先を知らないままだから、知ろうともしないから、怒りで焼き尽くされんばかりだ。


 さっきも言ったがね、君のその状態は通過点に過ぎないのだよ。

 いずれ怒りの治め方を覚え、反抗心もなくなっていく。というか、怒りを持続させられなくなるのさ。なぜそれほどまで猛っていられるのか、馬鹿らしくなるほどにね。

 信じられないって? そうだね。僕の言葉は君が蛇蝎のごとく嫌う大人のものだからね。

 しかしね、君のその反抗期、僕は嫌いじゃないぜ。今だけ限定の、特別な生命の輝きってやつさ。周囲の大人は手を焼いているからこそ、僕に依頼したのだろうが。

 なぜだと思う?

 反抗期とは、正常に成長している証、すなわち子供が子供たる証拠だ。

 怒るな怒るな。結構なことじゃないか。

 子供である。大人でない。

 すれてなくて邪心もなくて、邪気もなければ曲がってもなくて、ねじれてもいないし汚れてもない。まっすぐな心持ということだ。

 それはね、狡猾な大人にはたまらなく魅力的なんだ。垂涎ものだよ。

 だって大人が失ってしまったものだからね。眩しく堪らない。

 それと同時に―――これ以上、利用しやすいものはないと考える。

 なんて騙されやすくて扱いやすいんだろう。

 騙されるわけないって? はは、なぜそう言い切れる? 大人からすると反抗期なんて痛感て、既に通った道だよ。その頃の子供がどこを押さえられたら身動きできなくなるかなんて、明明白白、お見通しなのにさ。

 君のご両親は見抜けなかったようだがね。

 わかるかい?

 君は大嫌いな大人に抗う手段も持てないまま、何色にでも染められるんだ。その自覚もなくね。

 反抗期なのに抵抗もできないとは傑作だ。いや滑稽だよ。

 悔し異界? なら自力で脱出して見給え。君はその可能性すらまだ秘めているのだからね。

 大人とは違う。

 だが、望んでその場にとどまるのも、いいだろう。悪い判断ではないよ。とても難しくて、厳しく苦しいだろうがね。

 その点、大人に手を引かれて、その邪心に身を任すのは、とても楽だ。

 現に僕は、そうなっても構わないという子供の手を引いている。

 ほら、見えるだろう、彼の姿。君と同い年の少年だ。無垢で美しい瞳だろう?

 彼はね、不倶戴天の敵たる大人になるくらいなら、汚い大人の手にかかって操作された方がマシだと決断したのさ。

 なんという矛盾。自己撞着もここに極まれりだね。

 ともかく、ともかく。

 君には選択しがある。

 この子と同じに僕の手を取り、思考を放棄するか、自らの手で道を切り開くか。

 選ぶことを強要はできない。そちらへ誘導するのはたやすいが、およそ公平とはいえないからね。

 だから君が決めるんだ。

 大人への憎悪たる劫火を纏ったまま僕の手を取り、大人を憎み続けるか。

 それとも、いずれ来る安寧の未来を待ちながらその身を焦燥させるか。

 選びたまえ。

 ただし一度選んでしまえば後戻りはできない。撤回不可。だから慎重に決めたまえ。

 待ったはなしだからね。


 怒りに任せて暴力をふるうのは楽しいかい?

 いや、そんななずはないね。

 君の顔を見れば分かる。

 君だって出来るなら、反抗なんてしたくないはずだ。

 苦しいだろう。つらいだろう。

 それなのに、分かってくれない大人が憎くて、止めてくれない大人が情けなくて、頼りたいのに頼れなくて、助けてほしいのに有効な手すら提示してくれなくて、終わらせることもままならない。

 僕にはわかる。

 だから君を救ってあげる。

 僕とおいで。すべてを解決してあげよう。一同集めてさてとは言わないが、君にまつわる謎は何もかも解いて白日の下にさらして見せよう。

 君の苦しみもつらさも、過去の者になると約束する。

 僕は、探偵だからね。


 ……おや、それでいいのかい?

 僕の手を取らないのだね。否、取ろうとしたけれどやめたようだ。

 それが君の選択かい?

 口車には乗らないって? ひどいな。僕は精神精鋭、真心を込めているのに、信じてもらえないなんて。

 まあいいさ。君が選んだことだ。自力でその火焔を治めて見せるがよかろう。

 何? この彼が君を「馬鹿だな」って見下した目で見たって?

 まあまあ、いいじゃないか。

 お嬢さん。

 お手並み拝見と行こうか。こちらは高台から高みの見物としゃれ込ませてもらうよ。君がその選択を後悔しようがしまいが、僕らはこれで失礼しよう。

 探偵が不要ならそれにこしたことはない。

 依頼を果たせていないって? さて、どうだろうね。

 この後君は、かつての怒りを持続できるだろうか。僕には甚だ疑問に思える。

 なせって? 僕を拒んだからに決まっているだろう。未来を変えるのは、そんな些細な刺激でだって事足りるからね。

 それではお嬢さん、ごきげんよう。

 君が真っ当な大人になりますように。



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