振られた僕の情けない未練
僕達の仲は順調だと思っていた。
いや、間違いなく今までは順調だった。
僕は毎日彼女に「好きだよ」と愛を語り、彼女も「私も大好き」と答えてくれていた。
学校が違うせいで、いつも一緒にいることは出来なかったけれど、出来る時はいつだって会いに行った。彼女も、僕の部活で大会があるといつも応援に来てくれた。
一緒の時は手だって繋いで、デートだって部活のない週は毎週のように行った。互いの家でゆったり背を合わせあいながら漫画を見て他愛ない感想を言い合ったり、二人の見たいDVDを一緒に買ってソファで手を繋ぎながら見たりしたこともある。
ぎゅっと腕に抱きついてくるのが嬉しくて、怖い映画を多めに選んだりして、どさくさ紛れにちゅーしようとするも、震えた彼女が顔を胸に押し付けてきて失敗。ちゅーしようとした自分を誤魔化すように抱きしめると更にぎゅうっと引っ付いてくるので、色んな部分が触れちゃったりして彼女とは全く違う理由で、僕の心臓もばっくばくになる。
未だにちゃんとしたキスは出来ていないが、ほっぺにちゅーはしてる。ぎゅっと抱きしめてちゅーすると、恥ずかしそうに嬉しそうにくすくす笑うのが本当に可愛いんだ。そのまま口にもしようとすると「こーら」って手で押し止められちゃうけど、僕が拗ねた振りすると「しょーがないなぁ」って言いながら、ほっぺにちゅって返してくれるので、そこまでが毎回のお約束になっていた。
小さい頃に「お口にしていいのはけっこんしたふーふだけなのよ」と怒られたから、ひょっとするとファーストキスは結婚式で、とか、今でも本気で思ってるんだろうか? だとしたら、多大な忍耐が必要だが、彼女が望むなら頑張って叶えようと思う。その代わり、早めに結婚させてもらうけど。
小さな頃から近所同士で、互いがいない時でも親と普通に話しながら相手を待ったりしているような間柄だから、親への挨拶だってすんなり通るし。ってか、互いの親から既に自分達の娘・息子扱いされてる。彼女の親父さんには「酒飲めるようになったら、息子として晩酌付き合えや」って言われてるし。これって、二十歳に結婚OKってことでしょ? 彼女は、くすくす笑いながら「気が早いなぁ、お父さん」って言ってたけど、「是非お願いします!」と意気込んで言った僕の言葉を否定はしなかった。
勿論、恋人達のイベントである夏祭りだって文化祭だって一緒に行ったし、クリスマスもバレンタインもやっている。初詣はあいにく他のやつらも一緒だったけど、おみくじ引いたら真っ先に「そっちは何だった?」と聞きに来て、二人で枝に結んだり、出店なんかで皆別行動の時もずっと二人で見てた。
誕プレ何がいい? って聞かれて、思わず「君」と言ったら、当日、僕の好きなお菓子と『一日占有券(小さい頃、親に渡すお手伝い券みたいなやつ)』の束を持った彼女そっくりの可愛い人形をくれて「おめでとう。これからもずっとよろしくね」って言ってくれてたのに。
なのに、この状況は、何?
「え、えへへ」
笑う彼女は大変可愛らしい。ただ、こちらを向かずに泳ぎ回ってる目はちょっぴり小憎らしいが。
「どういうこと?」
「ど、どうって、その。合コンなるものをですね、してみまして。見事カップリングに成功いたしまして。と、とりあえずお友達にって……」
不機嫌全開の僕に、段々と尻すぼみになっていく声。だが、それでも自分でもはっきりと分かる冷たい視線を改める気はなかった。
だって今日は、運悪く三日も会えなかった後の待ちに待ったデートの予定だったのだ。それが、浮かれ気分で辿り着いたら、愛しい彼女の右手にはしっかり絡んだ男の腕。
これがまだ、どうしても惹かれてしまって、悩んだけどお別れしたいというなら、まだ(全然よくないが)許せないこともない。けれど相手は合コンなんかで気が合った程度の、互いに何にも知らないような男。そんなもんのために、僕達は別れるというのか。
これで不機嫌になるなというのは無理な注文というものだろう。その手の持ち主が、何がおかしいのか黙ってこっちをにやにや見ているのも気に障る。
彼女はこんなことをするような女だったのだろうか。こんな、他人の心を弄んで笑えるような子だったのだろうか。昨日の夜だっていつものように話してたのに。不自然な様子はなかったのに、あの時にはもう僕と別れるつもりだったというのか。
僕は、今まで信じていたものが足元からガラガラと崩れ落ちていくのを感じた。
「あ、あのねっ……」
何か言おうとした彼女を手で制し、くるりと背を向ける。
「暫く声聞きたくないかも。連絡もしないで」
言うだけ言って、歩き始める。後ろで彼女が待ってとか、違うのとか、話を聞いてくれと叫んでいるが知るもんか。僕は格好良く振られるなんて真似出来ない。ただ、それでも最低限の格好だけはつけたい。彼女に泣き縋ってみっともなく引き止めるなんてごめんだ。
僕は、耳を塞いでみっともなく走って逃げ帰った。
「はぁ……」
どうして、と、どうしよう、だけがずっと頭の中をぐるぐると回っている。
毎日会えなくなったのが淋しかったのだろうか? 気にせず部活を頑張って、という言葉に甘えて、毎日会うことが出来なかった。時には彼女に内緒でバイトまでした。
土日だって部活の日は一日会うことも出来なかったりした。試合近くなると、彼女は差し入れまでしてくれていたのに、碌に会えずに電話でしか話せなかったりもした。
彼女が嬉しそうに部活の様子を聞きたがってくれたから、調子に乗って沢山話してしまった。彼女にとって、知り合いは僕だけだったのに、知らないやつらの話は楽しくなかったのかもしれない。部活にかまけて彼女を放っておいた挙句、折角会えた時まで部活の話。そんな勝手な僕に愛想が尽きたんだろうか。
それとも、反対か。僕は部活以外は全て彼女に会いたかったけど、高校という新しい世界と友達が出来た彼女には、しょっちゅうやってきては二人になりたがる自分が鬱陶しくなったのかもしれない。部活で会えない分、少しでも時間が空いたら埋め合わせのように彼女に会おうとした。それがいつも会えない彼女への思いやりだと思っていたが、振り回される彼女にとっては迷惑だったのかも。
ふと気付く。
僕が会えるか聞いて、彼女が都合が悪かったことがない。自分は好き勝手部活もやっているくせに、彼女の予定を考えず、毎回ちょっとの時間でも一緒にいたがる僕の身勝手さに疲れ果て、うんざりされていたとしても仕方がないことだと、僕はようやく気付いた。
そもそも彼女から会いたいと言われたことはあっただろうか? 毎回毎回、少しでも時間が空くと分かれば、彼女の元に押しかけた。彼女が会いたいと言わないのは、部活の多い僕に遠慮して、こちらの都合のいい時を待ってくれてるんだと思ってたが、そうではなかったのかもしれない。
小中学校は、当たり前のように一緒にいた。幼稚園の頃から彼女の隣は僕が占有して誰にも渡さなかったので、彼女もそれが当たり前だと感覚が麻痺していたのだろう。
それが高校になり、僕に束縛されることのない、自由な時間を知ってしまった。今まで普通だと思っていた僕の執着を異様に思ったのかもしれない。
彼女は可愛い。我慢して僕なんかと付き合わずとも、もっと優しいいい相手を探すことが出来ると理解したのだろう。
「どうすればいい……」
どうすれば正しいかは分かってる。彼女を解放するのだ。おめでとうと祝福し、別れると言えばいい。申し訳なさそうにする彼女に、自分は大丈夫だと伝えればいい。自分にも少し気になる人がいることにしたっていい。お互い幸せになろう、と彼女の幸せを祈り、潔く身を引けばいい。
それが一番なのは分かってる。けれど、感情が、心が、魂が嫌だと叫んでいる。彼女を失うなんて耐えられないと荒れ狂っている。
泣いて縋りついて、何でもするから見捨てないでと言えば、それを振り切れるような彼女じゃない。ましてや僕達はまだ付き合ってたのだから。話も聞かずに、絶対に別れないと抱きしめれば、優しい彼女にはそんな僕を拒絶できはしないだろう。
例え心は離れようとも、今まで過ごした情に訴えて縛り付けてしまえ、と醜い心が叫び出す。どうせ周囲は僕たちが結婚すると思ってる。埋め立てられてしまっている外堀を見せつけて、彼女が自分の傍から離れることを諦めるまで追い詰めてしまえばいい。彼女に近付く相手をすべて排除して、他に相手はいないと思わせてしまえば、もう一度僕だけを見るようになるかもしれないじゃないか、と。
「出来るわけはない、か……」
彼女を自分に縛り付ける方法はいくつでもある。逃げ道は全て塞いで追い詰め、罪悪感で僕の腕の檻から逃げられないようにしてしまえば、彼女は僕から離れられないだろう。
ただ、それで縛れるのは身体のみ。心は僕の手の届かない場所へと逃げられてしまうだろう。自分のせいで笑うことすら出来なくなった彼女を見ていたいわけじゃない。
今笑って送り出せば、彼女の中の僕はいいやつになれるだろう。そうすれば、今の相手と上手くいかなくなったときに、僕を思い出してもらえるかもしれないし、そうしてまた付き合えるようになるかもしれない。
彼女の前でだけは格好良くありたいし、嫌われるより好かれていたい。そう思うなら、みっともない真似はせずに別れるべきだ。分かっているのに、到底出来る気がしないのは、どうしようもない未練のせいなのだろう。
自分が決定的な何かをしたわけではない。顔も見たくないと嫌われたわけでもなさそうだった。自分への想いが全て消え去った訳ではないと思える状況だからこそ、残ったそれを自分から捨てられない。全てが別の感情に塗り替えられるまでしがみついてあがきたい。でも悲しませたくはないし、嫌われるのなんて耐えられない。
一体自分がどうしたいのか。勿論、彼女と付き合い続けたい。ならどうすればいいのか。分からない。何をすればいいのか分からない。
何をしても想像の中の彼女は去っていってしまう。無理強いすればするほど彼女は幻滅し、ため息と共に離れていく。笑って許せば、にこやかに笑って他の男のもとへ行ってしまう。僕を振り向くことなく。
もう何もかもが遅いのかもしれない。彼女が出していたはずの不満のサインに全く気付けなかった時点で、僕はもう挽回する機会を失っていたのだろう。
「くそっ!」
その日は、殆ど眠れずに朝を迎えた。
寝不足ともやもやを抱えたまま行った朝錬は、コンディション最悪。エラーに暴投で皆に迷惑をかけた。案外、日頃の練習が身体に染み込んでいて勝手に動く、とかいう事はないもんなんだな、と、ぼーっとした頭で思う。
「おい、今日はもうあがれ。で、放課後も来なくていいぞ」
ついに部長に追い出されてしまった。怪我でもしたらたまらんから、ちっとはましな顔付きになるまで何日でも休め、と言われて雑用すら断られてしまい、途方にくれる。
部活と彼女、両方から捨てられた僕は、突然空いた放課後をどうすればいいのか持て余した。時間が空いたから何をしたい、というのが浮かんでこなかったのだ。
僕って、空っぽな人間だったんだな、と実感しながら家路に着く。最寄り駅の改札を出たところで、五名ほどの男女に囲まれた。
「あ、あのすみません! 少しだけお話させてください!」
無視して通ろうとした足が止まる。
そういえば、彼女と一緒にいるのを見たことある女の子だった。おいしいクレープ屋を見つける天才なんだって言われてたっけ。
いや、それより。
「そんなにお時間取らせないんで、すんませんがお願いします」
そう言って軽く頭を下げた男。それは忘れたいのに忘れられない、先日のにやけ男だった。
「で?」
駅前で立ち話もなんだからと連れて行った公園で、ベンチを陣取る。正直、彼らの話す内容に関心なんてなかったけど、まぁ、考えてみれば彼女から直接聞くのは辛い話でも、周りが言うなら冷静に聞けるかもしれない。
最初に口火を切ったのは、時間をくれと縋りついてきた女だ。
「あ、あの。こうなったらもう、ぶっちゃけて言いますけど、実は彼女、貴方のことが好きだったって、知ってました?」
「あぁ」
当然過ぎる質問に、そっけなく頷く。むしろ、一時でも好かれてなかったんだとしたらあまりにも悲惨すぎる。
僕は碌に相手の顔も見ずに相槌を打った。
「あ、あの。その好きって、幼馴染の友達って意味ではなく、その、男女のですね。恋心っていうか、そういう意味の好意だったんですけど……」
「それで?」
何が言いたいのかさっぱり分からない。そんなに覚悟が必要なことを告白されなければならないんだろうか。僕は、相手の遠回り過ぎる言葉に少し不安になった。
これ以上傷口に塩を擦りこもうとするのはやめてほしい。僕は愚かにも、彼女と世界一愛し合ってる恋人同士だと信じてたんだから。それが違うとなった今、万一そもそも恋愛感情すらなかったんだといわれた日には、目の前の薬屋にあるサトちゃん連れて川にダイブしかねない。
「で、ですね。その……」
僕の不満を感じ取ったのか、声がどんどん小さくなっていく。これ、いつまで話聞かなきゃならないんだろう?
「あー、おい、もうずばっと言っちまえよ。――つまり、こういうことなんすよ。好きな相手に女として意識してもらいたかった彼女が、友達から脱却するためにショック療法を試みたっていう」
もじもじと話そうとしない説明役に痺れを切らしたのか、今は真顔のにやけ男が、少し罰の悪そうな顔して真相を話してくれた。
――そうか。それじゃあ、彼女はきちんとこいつのことが好きなのか。
意外なことに、その事実に少しだけほっとした。
全身引き裂かれそうなほど痛いが、相手のことが好きになって付き合いたいというのなら、仕方がない。彼女が軽々しく相手を変えたのではなく、どうしても好きな相手が出来てしまっただけなんだという事実は、自分で思ったより僕の心を慰めてくれた。
「そうか……」
「そう、そうなんすよ。だから、俺は……」
「彼女を頼む。泣かせたら承知しない」
本当は頼みたくなんてない。殴って目の前から消し去ってしまいたいくらい納得できてない。けれど、彼女にとことん弱い僕が、こいつに危害を加えることはできない。自分のせいで好きな男が傷付けられたと泣かせたくないんだ。
だから僕は、今あるプライドを総動員させて相手に彼女を託した。最後に少しだけ恨みをこめて睨んだけど、それ位勘弁してほしい。こいつは僕の大切な彼女を奪っていくのだから。
何とかやり切れた達成感など感じないまま、とぼとぼと帰ろうとした僕だったが、何故か皆に止められる。僕に用なんてもうないはずなのになんなんだ。
「ちょっ、ちょっと待って!」
「え、何でそれ?」
「な、何かまだ勘違いしてません? 彼女貴方に嫌われたーって、すっかり気力なくしちゃったんですよ?」
無視して帰るつもりの僕だったが、彼女が落ち込んでるという情報に反応してしまった。
「あ、貴方が話も聞いてくれないほど怒ってるから、このまま一生会えなくなっちゃうって泣いてるんです!」
彼女が泣いてる。僕のせいで……。
今すぐに行って「大丈夫だ」と言って抱きしめたい。けれど、それをするのはもはや僕の役目ではないのだ。
「君が僕の分までなぐさめてやってくれ。僕がいつか必ず会いに行くからって。お祝いする気になれるまでもう少し許してほしい」
今は笑っておめでとうを言う自信がない。小さい頃からの幼馴染という側面も持ち合わせている彼女を誤魔化せるような心からの祝福を装うのは無理なのだ。無理のある祝福で彼女の罪悪感を増やすだけの結果にはしたくない。
そう思ったからこそ真摯に頼んだのに、にやけ男は信じられないものを見るかのような顔でぽかんと固まった。
「い、いやいやいや! 待て待てちょっと待って? 違いますよ? 彼女が女として意識してほしかったのって、貴方っすよ?」
一時停止がとけたと思った瞬間、力いっぱい首を振られる。告げられた言葉の馬鹿馬鹿しさにイラっとした。
「そんなわけないだろう」
「いやいやいやいや、何でそこで俺? いや、当て馬役やったけど!」
悲鳴のような声を上げる男に、ため息を吐く。こいつはどうあっても僕の心を徹底的にずたぼろにするまで満足してくれないらしい。いいよ、それならお望み通り痛めつければいい。
僕は、じろっと睨みつけながら答えた。
「女として意識してほしいも何も、僕達は元々付き合ってたんだ。女として意識してるのなんて当然だろ?」
「「「「「へ?」」」」」
どうやら当たり前のことを一つ一つ説明して傷を抉り出さなければならないようだ。僕は、白々しい反応を冷ややかに見つつ続けた。
「だから、彼女が意識してほしい相手なんて、分かりきってる僕じゃなくって……」
「ちょっ! ちょいまち! 彼女、貴方への想いは自分の一方通行だって言って……!?」
「……は?」
一方通行? 僕への想いが?
「い、いや、だから。えーっと、小さい頃からの幼馴染なせいで、いつまで経っても小さい頃と同じ扱いで。そういう対象として全然意識してもらえないって……」
「……意識も何も、付きあってたけど。 少なくともこっちはずっとそのつもりだったんだけど」
「わ、私達、結構それなりにアドバイスして彼女も頑張ってたらしいんですけど、それでも全然態度変わらないし、空振りばっかだって嘆かれて……」
「それで、もうこうなったら、彼女だって年頃になってるってのを分からせるために、恋人候補を見繕って、少しは嫉妬して自分の気持ちに気付いてもらおうって」
「そこで全く嫉妬せず、手放しで喜ぶようなら脈なしだから、一旦離れて、暫く経って関係をリセットしてからもう一度アタックしようって言ってたんですけど……」
「…………」
思わず無言で見つめあう。少なくとも、彼らは嘘をついているようには見えなかった。
僕は、確かに付き合ってたという証拠をつらつらと思い浮かべる。
「部活のない日、いつもデートしてた。動物園も遊園地も行ったし、映画も見た。互いの部屋で二人っきりで一日中過ごしてることだってあった」
「……」
「誕生日は、毎年日が変わると同時にお祝いするために、特別にその日だけは日付変わるまで互いの家にいさせてもらってたんだ」
小学生の頃、眠くて眠くて仕方がない状態で待ち、おめでとう、ありがとうと共に力尽きて寝ちゃう二人を回収するため、親には多大な迷惑をかけていたと思う。いつでもセットでいようとする二人のため、元々全く交流のなかった両家族は、今では昔からの親友のように仲良くなっている。
「………」
「毎晩電話して好きだって言って、その度に相手からも大好きって言ってもらってた」
おかげで毎夜、幸せな気分で眠ることが出来ていた。合宿で一人になれない時も開き直って電話したせいで、同級生に「爆発しろ」とどつかれたが、最終日になるころには誰も何も言わずに布団にもぐってた。
「…………」
「クリスマスだって、中学まではお互いの家族で一緒にやってたけど、前回は高校生になったから二人でやったし。彼女が好きなの知ってるから、頑張って可愛いキャンドル探してムード出そうとしてみたり」
少ないと暗いだろうと頑張って沢山揃えたけど、異なる香りを一気につけたら異臭になりそうというのと、試しに火をつけた動物蝋燭が溶けていくのが結構なホラーだったこともあって、結局キャンドルの灯りだけで見つめ合うという予定は崩れ去った。けど、そのキャンドルは彼女のお気に入りとして飾られているので、頑張ってかき集めた甲斐はあったと満足してた。
「……………」
「一緒に歩く時は手を繋いでて、最近はあっちから腕組んできたりして、抱きしめても頬にキスしても嫌そうにされたりなんてすることなくって、むしろ嬉しそうにしてくれてて」
「………え、えーと、その」
「彼女が編み物好きだから、僕らの子供はセーターとか買う必要ないかもねって言ったら、任せてって胸叩かれたんだけど、これって、自分の子供と僕の子供、それぞれ両方に作ってくれるって意味だったんだと思う?」
結構露骨に結婚する気満々なことをアピールしてたつもりだったんだけど。万一、結婚なんて考えられないという場合、逃げるなりなんなりするだけの隙は与えるつもりで。
「い、いや……」
「それは……」
目を泳がせて口ごもる友人達に構わず、思いつくまま言葉を吐き出す。
「うちの母さんと一緒に料理作って、僕の家庭の味はばっちりだから安心してって得意気に感想聞いてきたりするような女の子と、僕は付き合ってなかったと思う?」
「付き合ってる……」
「ね……」
「多分……」
皆が項垂れてしまった。頭を抱えているのもいる。多分いたたまれないのだろう。だが、今一番項垂れたいのは僕だ。いっそ崩れ落ちたい。
考えてもみてほしい。ずっと、ずーっとずっと恋人としてお付き合いをしていたと思っていた相手から、現在の僕達はただの幼馴染で、付き合いたいと願われていたなんて。恋人同士の触れ合いが全部、幼馴染のじゃれあいだっただなんて。ちょっとしたことにドキドキしたり浮かれたりしてたのが全部ただの独り相撲だっただなんて、僕に一体どうしろっていうんだ。
「はぁ………」
僕は多分器が小さいんだろう。彼女が付き合いたいというのなら、笑って交際を申し込めばいい。そうすれば晴れて本当の恋人同士だ。全ての問題解決じゃないか。
だが、どうしても簡単に吹っ切れない。今まで彼女はどういうつもりで付き合ってきたのか、とか、彼氏でもないと思ってた男とあそこまでいちゃいちゃ出来るのか、とか、今後正真正銘の恋人同士になったとして、僕はこれ以上一体どうすればいいのか、とか、色んな感情が渦巻いて訳が分からなくなっている。
彼女を好きなのは変わらない。彼女の気持ちが僕にあるなら、手放すなんて出来はしない。気持ちが離れたって手放したくないくらいなんだから。なら、許せばいい。むしろ、今まで不安にさせたことを謝って、好きだと改めて刻み込めばいい。
今すぐ会いにいって抱きしめて大好きだと伝えたいのに足が動かない。今会えば理不尽に怒鳴り散らしてしまいそうな自分がいるせいだ。何を聞きたいのかも分からないのに「何故!?」と問い詰めそうだ。
暗ーい顔して黙ってしまった僕を気にしてか、彼女の友達の一人が恐る恐る声をかけてくれてる。が、悪いが、全くの的外れだ。
「こ、告白がなかったから、付き合ってると自信持てなかった、とか……」
「君のことが何より好きだから、君とずっと一緒にいたい。僕と付き合ってくれる? って言ったら、勿論! 私もだよって言ってくれたのって、告白に入らなかったと思う?」
「…………あー、ご、ごめんなさい」
無愛想に答えて怯えさせてしまった。何だか自分がとっても嫌なやつになったように感じた。
彼らは単に、自分の友人のままならない恋路を手助けしたくて来てくれただけで、そこに僕に対する悪意はないわけで。それどころか、協力しようとしたらいきなり訳のわからない展開に驚いたのは向こうも一緒なんだ。
それなのに、当事者である僕がこんなに愛想悪く対応してたら、そりゃ気分だって良くないだろう。分かってる。分かってはいるんだが、大人の対応は未熟な僕には取れそうになかった。黒くて重いなにかが腹の中で渦巻いている。
「……部活、やめようかな」
「「「「「「え!?」」」」」」
「部活やめて転校して日がな一日べったりひっついてれば僕の気持ちに気付いてくれるかな?」
「は、早まらないで!」
「彼女、貴方の部活の話、楽しそうにしてました」
「自分のためにやめるなんて喜ばないと思いますよ!」
必死に言い募ってくる友達に何だか無性に腹が立ってきた。
「……じゃあどうすればいいってのさ! 毎日好きだって言ってる! ペアリングだって買った! 記念日はいつだって一緒にいられるように走り回った! それ以上っていったらもう、何していいかなんて分かんないんだよ!!」
完全八つ当たりの僕に、皆は顔を見合わせて黙ってしまった。あぁもう最悪だ。
はぁはぁと息を吐きながら、しょっぱい水が溢れ出しそうな瞳にぐっと力をこめ、拳を握りこむ。
「……悪い。帰る」
態度は相当良くないが、今はとりあえず誰もいない場所に行きたい。これ以上いるとどんな醜態をさらすか分からないので、謝罪はもう少し気持ちが落ち着いたらで許してほしい。
「あ、え……」
「ま、待って!」
伸ばされた手を無視し、公園を出ようとしたところで立ち止まる。先程空耳かと思った声がはっきりと聞こえたからだ。
振り向くと、今一番会いたくて今一番会いたくない相手がそこにいた。
「絵美……」
「いっちゃやだ!」
そのままぽふんとダイブしてくる相手を反射的に抱きとめる。
「ああああ、あの! わ、私、たーくんが部活してるの好き! だから、私のせいでやめたりしないで!」
必死に見上げるその表情に、胸がぎゅうっと締め付けられる。僕はその痛みがどこからくるのか分からないまま、力の限り抱きしめた。
「うわっ! あ、あのね。私、」
「黙って」
「う、はい」
素直に大人しくなった彼女の頭に頬ずりして、そのまま香りを吸い込む。ぴくりとも動かない彼女を十分に堪能して、ようやく混乱した気持ちが少し落ち着いた。
「僕たち、付き合ってなかったって?」
「う、あ、はい。そうだと思っておりました」
「なんで」
「だ、だって、恋人っぽいことなかったし」
いつも僕のキスを拒んでおきながら言う彼女にムッとする。
「お互い好きだって言って、デートして、隙あらば抱きついたりほっぺにちゅーするのが恋人っぽくないと?」
「い、いや、だってそれ、幼稚園の時から……」
一目見てから決めてたからね。
「将来の話とか、夢の結婚式とか、テレビ見ながら話したよね」
「あ、あれは、一般的な希望で……」
二人の希望を合わせたのに?
「婚約指輪の予行練習って言って、プレゼントの指輪はめたよね」
「か、彼女が出来た時のための練習台かと……」
「僕は外道か?」
ショックのあまり、低い声が出た。だってあれ、彼女の喜ぶ顔を思い浮かべて、部活の合間に必死にバイトまでして買ったんだ。高校生にはかなりきつかったけど、絶対に彼女の好みのやつだからって、なくならないように取り置き頼んでまで手に入れたのに、そんな軽いものだと思われてたなんて。
「ひ、ひぃ! で、でも、部活の応援行くと、可愛いマネージャーがいっつも、部外者は立ち入り禁止でーすって追い払われるし!」
「可愛いかどうかはわからないけど、大会前だと親兄弟でも追い払ってるけど。……大体、僕の部活での君のあだ名、知ってる?」
「い、いや。そもそも私にあだ名が存在してるの!?」
「いっつも大会近くなると差し入れ持ってやってきて、大会の時にはタオルだの水だの甲斐甲斐しく世話やいてくれて、お弁当まで持ってきて応援してくれる、僕の『お嫁ちゃん』」
「お、およ……?」
「マネージャーもよく言ってる。『お嫁ちゃん』から差し入れ貰ったよー、いつも通りお礼言って帰したけど、旦那からもきちんとお礼言っておくようにって」
「え……」
「『お嫁ちゃん』の差し入れはうまい、って、うちの部活で知らない人いないし、全員公認で応援されてるんだけど」
本当は、僕以外に食べさせるの嫌なんだけど、彼女が皆さんにって差し入れするから仕方なく分けてたらすっかり味を占めたやつらが僕の分まで取ろうとするから、毎回熾烈な争いを繰り広げることになってる。
「えぇ………?」
「マネージャー達には、『お嫁ちゃん』裏切って浮気したら潰すからって脅されてるんだけど」
「えぇえー!?」
うちの部活でマネージャーに逆らえるものはいない。まぁ、ありえないことだからへっちゃらだけど。
「その度に、うちはいつでも夫婦円満だから何の問題もないって言ってたのは……。そうか、僕の勘違いか」
「え、いや! あ、その!」
手をバタバタ慌てさせる彼女。真っ赤な顔で目を白黒させるその姿に、段々と気分も浮上してきた。うん、いつもの彼女だ。
「で?」
「へ?」
「僕は最初から君と付き合ってると思ってたくらいだし、付き合う気満々なんだけど、君は僕と付き合いたがってると思っていいわけ?」
こくこくと頷く彼女の頬に唇を落とす。
そのまま口に移動しようとしたのに、いつものように彼女の手に阻まれた。思わずむっとする。
「なんで」
「い、いや、何でって……」
「今までは、付き合ってないから拒んでたんでしょ。なら、今はもう付き合ってるんだからいいんじゃないの。それともあれ? 今も、そういうことは夫婦じゃないとだめなのよって言ってるの?」
「い、いや、それも幼稚園の頃の……。じゃなくって、周り! 周りを見て!」
「うん。それで?」
言葉と裏腹に彼女だけを見つめる僕に焦れた彼女が腕の中で暴れる。
「だ、だから、皆見てるから。ばっちりガン見してるから!」
「知ってる」
「え」
口を開けて固まった彼女を、これ幸いと抱きしめ直す。
「でも、考えてみれば、僕さっき、生涯で一番情けなくて格好悪くてどうしようもないとこ見られてるんだよね。なら、これ位気にしなくてもいいんじゃないかなって」
「いやいやいや! 気にしよう? 重要なところだよ、これ!」
焦った声も早鐘を打つ心臓も全てが可愛い。
「夕暮れの公園、重なる二つの影って、漫画とかによくあるロマンチックなシーンだっていうよね」
「いやそれ、二人っきりっていう重要な条件あるよね? 野次馬ばっちり観察中はロマンの欠片もないよ!?」
往生際の悪い彼女ですら愛おしくて、自然と笑みが浮かんだ。
「大丈夫。君の顔は僕以外の誰にも見せないから」
「いやそういう問題じゃ……」
「だから、色っぽい声出したら駄目だよ? もし他の人に聞かれたら……」
オシオキだよ、と囁いて、それ以上有無を言わせず口を塞いだ。
何気に、部活やめようかな宣言の時、驚く声が一つ多くなってたりします。彼が空耳だと思ったのは、この時の彼女の声でした。大勢いても彼女の声は聞き分けちゃうほどの愛。うん、なんて不憫。だがそうしたのは私だ。ごめんね?
最後は、ここで終わるか、家まで連れ帰ってのあれやこれや(健全)まであったんですが、これでも切りいいかな? と。
万が一、続きも見たいぜって人いたら言ってください。