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三話


 山は雪深く、村の中でも主要路以外は除雪もままならなくなり始めた頃。個々の家を回るのは無事を見回る上役と、家の中でじっとしていられない子供たちくらいのものになり、それぞれが草編みや木彫りなどの内職にいそしむ時期にあって薬士の彼女はようやく入山の準備を始めたようだった。聞いた日程では5日程度らしいが、冬の山にそれほど滞在したものは村の大人でもいなかった。数名の大人たちが助けは要るかと聞いていたようだが、丁重に断られたらしい。何でも魔術で守れる範囲が少ないため一人の方が良いそうだ。


 魔術、彼女が訪れてから度々目にする機会があったが、それまでは商隊の護衛に数名見かけたことがある程度で、この村では使い手は皆無であった。

 彼女に言わせると簡単なものを1つ2つ覚えるくらい難しいものではないらしいが、ある程度の習得となると先天的に豊富なマナを持っているかが重要らしい。それ以外では、術を封じた道具を、魔獣の体内から得られる魔石によって動かすことで同じような効果を得られると言う。

 そして胸元から引き出したペンダントを俺の首にかけると、


「外を一回りしてごらん、ただしすぐに戻ること」


と言って、俺を送り出した。寒い屋外は、まるで春の様とは言わないまでも、来る時に感じた刺すような寒さは感じなかった。そのまま雪を掴んで見たり飛び込んでみたりしたが同様だった。

 ひとしきり暴れまわって小屋に戻ると、釣り目の彼女が待ち受けており、ものすごい勢いでペンダントを回収されてしまった。


「寒すぎる、すぐに戻るように言ったじゃないか。風邪を引いたらどうしてくれる」


 そう言って、竃の前でガタガタ震える彼女は少しかわいくて思わず笑ってしまったが、口から出たのは「ふぐしゅんっ」と変なくしゃみになってしまった。そこで初めて、全身雪まみれになったままで、室内に入ったせいでそれが解け、ずぶぬれ姿になったことに気が付いた。

 彼女もそれに気が付いたようで、竃の前に誘うとそばに乾してあった布で頭から全身をゴシゴシと拭き上げられてしまった。そしてそのまま抱えられるようにして、火に当たりながら先ほどの続きを話し始めた。


 先ほどの寒さを防ぐ程度のものであれば比較的安価ではあるが、それでも支払いは金貨が必要だったとか、燃料となる魔石の変わりに、自身のマナを注ぐことで魔石がなくても動かすことができるとか、意外と何でもできるように見えて、実はあまりできることは多くないこと、それを少しでも増やそうとしている人たちがいること、そして自分も薬士として、魔術を用いて少しでも多く、安価な薬が行き渡るようにできればいいと思っているということ。

 そういう既存の技術を魔術と融合させたもの、させるものを錬金術と呼び、それらを扱う人々を錬金術師と呼ぶのだそうだ。

新しい分野なので世間的な認知度は低いから、専門分野が薬学なので薬士を普段は名乗るがね。そう言って少し照れるような笑いをこぼした。


彼女は錬金術師だったのだ。

 そしてその3日後、この村で錬金術師というものが一気に認知されることになる。





 その夜半、暖炉代わりの竃の火を落とそうかと言う頃、表が騒がしくなったことに気が付いた。父と母が確認に出たところ2軒となりのリックの家で、妊婦だったローリーが産気づいたらしく、小さくなった火を起こし直して湯を沸かし始めた。

 普段であれば、この冬の間に仕込み翌年の夏の終わりから秋にかけてが出産ラッシュであることが多いのだが、二人はまだ10代でようやく家を建ててもらったばかりと言うから、年中張り切りすぎていたようだ。もっとも村内でも妊婦はまだ何人かいるので、特別と言うわけではない。

 特別なのはどうやら赤子で、逆子になっているらしかった。この歳になるまでに、村で出産は何度もあったが、彼らの両親や、助産経験者が集められ、エンロヤ婆さんも駆けつけたとなった段で、子供の自分にもいつもと違い少々良くない、と言うことが理解できてきた。

 不安とともに父の足にしがみついたが、その父も不安そうに頭をなでてくれたが、「こう言う時、男はなんもできねぇな」と言ったまま竃の世話に回ったきり、黙り込んでしまった姿を見て、いよいよつのった不安が何をどう作用してか、俺を彼女の元へと走らせた。家を飛び出す際に、父の声が聞こえた気がしたがかまわず雪の中を駆け抜けた。


 小屋に飛び込もうとして、つっかえ棒で固定された戸板に思い切りぶつかった俺を、着膨れ姿で迎えてくれた彼女は、あわてて支離滅裂な言動から巧く汲み取ってくれたのか、「わかった」とだけ言って家に引き込むと。いくつかの道具袋を掴んで、へたり込む俺に案内をうながした。


 焚き火を焚く男衆を押しのけてリックの家に滑り込むと、鉄火場のような屋内から一瞬

で視線を集めた。


「カールに呼ばれたのですが、どのような状況ですか?」


 それらの視線にも何一つ臆することなくスルリと前に出たルーティエはエンロヤの婆さんにたずねた。普段より弱々しい婆さんはローリーの隣で、首を振る。


「お産さ、逆子で、破水してずいぶん経つが、足も見えん。初産じゃでな、何とかしてやりたいが、そろそろ決めにゃあならん」


 それだけ聞いた彼女は、一つだけ頷いて


「わかりました、開きましょう」


 それだけ、言って竃のおばさんに沸き立つ湯をもらい、持って来た道具を放り込んでいく。


「あ、あんた。開くって、できんのかい?」


 ざわりと、周囲の空気が変わった中で、婆さんの問いに熱湯から素手で布を絞りだしながら答える。


「何度か取り上げた経験はありますし、それ以外でも開くのは結構得意ですよ。意外と旅をしていると検体には困りませんから」


 こともなげに言い切る彼女に、何か感じたのか婆さんは大きく頷く。


「わかった、さすがにあたしも経験はない。どうすりゃいいね」


「人が多いと、よくありません。感染症にかかりやすくなるので、人は最低限で道具はありますから、取り上げたあとの赤ん坊をお願いします。閉じないといけないので、そっちに手が回りません」


「わかった、キャロルとソフィアが残りな、あとは出て隣のモーガンところで待っといで、手がいるようなら呼びに行かすからね。それじゃあ、ほれ、うごいたうごいた」


 エンロヤ婆さんの声に中の女性たちはゾロゾロと出て行くが、その際にローリーに一言ずつ元気付けるように声をかけているが一様に不安は隠せない。


「カール!あんたも出るんだよっ、さっさとおしっ!」


 そう怒鳴られて、あわてて自分も外へ出て戸を閉める。あとはもう、待つことしかできなかった。

男衆の焚く火は人が集まっているせいか、真冬の屋外でも寒さをあまり感じさせなかった。それでも寒さをしのぐために白湯をすすりながら小刻みに動きながらかなりの時間をそうして待つことになった。

 しばらくして、聞こえてきた元気な産声が集まった皆の不安を吹き飛ばし、家の中には入れたのは、それからまたしばらくしてからのことだった。

 母子ともに穏やかな寝息をたてて、その横でリックがボロボロと泣いているのが正反対で印象的だった。でも、そのあとすぐにうるさくて母子がゆっくり寝むれないからと部屋の隅に追いやられていたのも、面白かった。




 そんな空気が気を緩めていたのか、婆さんがポツリとこぼした言葉でその空気が一気にかわった。その視線に探るようなものはなかったが、ただ聞いただけという風でもなかったようだ。


「それにしても、大したものだね。腹を裂いて赤子を取り上げる薬士ってのは聞いたこともないが、癒術院の関係者だったのかい?」


 癒術院、その名のとおり、癒術を用いて怪我の治療などを行うものを指し、その母体はこの国で最大の宗教、聖天教会である。しかしながら、彼らも慈善団体ではなく、それなりの喜捨で受診に優先順位をつけ、治療行為そのものにも治療費を請求することになる。そう、開腹手術など目もくらむほどの高額になることだろう。


「そうですね、鎮痛用薬剤は強力なものですので銀5枚、流れた血を補う増血剤で銀3枚、補助に使った魔道具使用量で銀20枚、出張料と技術料で銀30枚、諸々込みで銀60枚をきり良くいただくことになりますね」


 悲鳴のようなざわめきが家の中に満ちる。


「確かにわかる範囲の薬の代金は適正だし、まぁ、そのほかもそんなもんだろう」


「「お前さん」「わたし」が癒術士ならば、ですが」


 事情が飲み込めない周囲を置いていきながら二人が話を進める。


「ほいじゃあ、いったいぜんたい、おまえさんは一体何者だい?あんな風に魔道具や薬を使う人間に心当たりはないよ」


「私は、……錬金術師です。専門は薬学で広義では薬士です。ポーションなども作りますよ。どちらかと言えばフィールドワークとレポートで食べているようなものですが」


「あー、あの怪しげな連中の一派かい」


「怪しげとは、失礼ですね。一応ですが王都の学術院に専攻科も新設された学問ですよ」


 憤慨やるせないとでも言うように口を尖らせて肩をすくめる彼女に、同じようにして婆さんも答える。


「なんとまぁ、えらく出世したもんだね、わたしの若い頃はわけのわからんものを、わけのわからんものに加工してる連中だったが」


「確かにそういう時期も、ありましたね。しょっちゅう異臭騒ぎを起こしてたりとか。まぁ、それぞれが体系立てて整理されたのがここ20年ほどです。専攻科ができたもの10年未満ですからいろいろ手探りですね」


「それで、おまえさんはそこで学んだってことかい」


「学んだ、と言いますか。その、開講から5年ほど講師として教鞭をとっておりました」


「はぁ?」


大きな口をあんぐりと開け、普段は閉じたような目をまん丸に見開いて婆さんはルーティエのことをまじまじとみつめる。


「それじゃあ、あんたは学術院の先生様かい」


「あー、その、婆さんや。そのなんちゃらっちゅう先生はすごいんかい」


脇で聞いていた年配の男性。たしかローリーの父親だったかが、おずおずと口を挟む。


「すごいなんてもんじゃ、いいかい。王都の学術院といえばだ、下は平民から入れるが、上はお貴族様どころか王族の方々も幼少期より入学されるほど権威ある学習院さ。そこで講師として招かれるなんて、それこそその分野で1、2を争う様な人たちさ。それをこの若さでなんて、とんでもないことだよ」


 婆さんの言葉にどよめきが起こる。が、ルーティエは照れたように頬をかくと、


「あ、いえ、本当の1、2を争う人たちは、後進を育てるよりも、自分の研究が第一なので、実際にはそこまですごくはないですし、その、一応、こんなナリではありますが、エンロヤ殿よりも、その、年上かと……数年前に100の祝いを致しましたので…………」


 その日一番の悲鳴が村に響いた。





 またあとで知ったことだが、エルフの寿命は長く300年ほどは目に見える形で老いることはなく、外的な要因以外で死ぬことはまずならしく、彼女の里の長老衆は500とも700とも生きているらしい。えるふすごい



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