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二話

第二話


 ルーティエがこの村に滞在するようになって10日がたった。当初は村人に顔を繋ぐためか、積極的に自己紹介をして回っており、今ではほぼ全員がこの一冬の客人を見知っているようだった。何人かなどは実際に癒術の世話になっており総じて好意的に受け入れられていた。

 また、近場の散策などで簡単な採集と地理の把握と目的の採集品が生えそうな場所の確認などに歩き回っていた。何でも標高の高い山で岩肌に積もった雪の下に生える苔らしく、専門の冒険者でもなければなかなか手に入らないものだそうだ。

 驚いたのはこの苔、一冬に一度の採集で一年分の稼ぎを上げるほどの高級品らしく聞いた村の若衆は大いに湧いたものだが、山に登った者は控えめに言っても3割は戻ってこないほど険しい場所に生えている事や、希少品ゆえに販路が狭く、取れれば売れるというものでもないため、売り先の決まらないのに命をチップにするほどの価値はいまいち怪しいと聞き、大いに落胆した。


 狭い販路に食い込めず、また、購入するには資金も苦しいためにルーティエは自力採集するためにこの村にやってきたのだという。その際にも、自分が戻らない場合は残す荷物を自由に処分してもよいと話していたことが、控えめに言っても3割という言葉に重みを加えた気がした。




 家の手伝いとして小さな家庭菜園からいくらかの豆を採取し、草むしりを終えた俺を呼び止めたのはルーティエだった。


「カール、午後に予定がなければ森を案内して欲しい。キキラの採集がしたいのだが、エンロヤ殿に聞くと君が詳しいと聞いてね」


「いいけど、俺じゃなくても詳しい人いるよ?」


「ああ、何人かの名前は聞いたが、仕事があるようなのでね。君らくらいの年齢なら午後は自由だと聞いたから声をかけたんだ」


 実際に何時雪が降ってもおかしくないほどに冷え込んできたこの頃は冬支度も最後の詰めとも言え、成人以上では手すきは少ないだろう。面倒でどう断ろうかと思案していた俺は、彼女がニヤリ笑いと共に掲げた二枚の干し肉にあっさりと降伏して、採集用の小袋を持つと先導して森に入っていった。


 キキラは蔦植物だ。大樹に撒きついたり、茂みに絡んだりしつつ伸びる、しなやかで水分の多い植物だ。森で喉の渇いたときなど、折って吸えば意外と甘みのある水分が出てくるので人気は高い。この樹液を他の薬草を練る際に使うことで子供でも嫌がらない味付けになるし、効果も高まるらしい。越冬中に風邪を引いたものはこの薬を粥に混ぜたりしながら食べることもあるので、比較的需要の高い植物だ。ただ保存が利きにくいため完全に加工してしまうか、随時採集に向かう必要があった。


「だから、この辺のは急に必要になった時用に残しとかないといけないんだ。採っても良いのはもう少し奥の方からだよ」


「なるほど、確かに水分だけを保存するのはこの規模の村では難しいだろうな」


「保存できるの?」


「できる。と言うよりも、仕事中に水の代わりにすると言うのはずいぶん贅沢な話なんだぞ?もちろんその分、手間と金がかかるが、適切に採集すればこの小瓶でおよそ銀貨5枚だ。まぁ店売りの価格だから、卸値にすれば半値か銀2枚くらいだろう」


 ルーティエは腰のベルトに刺さった指2本分ほどの太さ、長さの褐色瓶を指して言う。


「銀貨2枚?」


 銀貨など、材木の取引でしか見かけない。行商の小売は全て銅貨か銭貨である。確か芋の大袋が3つで銀貨1枚と聞いた気がする、その倍である。思わずつばを飲み込んでしまったのを覚えている。


「とはいえ、使い回せるとはいっても、この瓶もソコソコの値段がするし、輸送で割れる可能性もある。他にも保存中の温度や不純物も気にしなければならないことを考えると。やはり割りのいい仕事とは言えんな。瓶が割れるだけで銀貨数枚の利益が消えるとなるとなかなか手を出すのはリスクが高い」


 フフッと小さく笑ってルーティエは続ける。


「村では言わない方がいいだろうな」


 彼女は俺がなんで、と。聞くよりもすばやく一本の指を立てる。


「『商品』になってしまっては、おそらく、村の内部で消費することが躊躇されるようになるだろう。子供が風邪を引いた、だがこの銀貨を使って直すのか。とね。価値がわかるとモノの見方が変わる。風邪くらいなら放って置いても治るときは治る、じゃあいいじゃないかと」


 たしかに、小さな子の場合は少々鼻水がたれる時などでも、婆さんが出向いてじっくりと診察したあとで惜しげもなく薬を使うのが定例であった。商人たちが購入していく金額を個々の家で負担していたとしたら、今頃婆さんはとんでもない豪邸にでも住んでいることだろう。


「じゃあ、なんで」


 俺に教えたのか、と。


「エンロヤ殿は知っているよ。村が比較的裕福なこともあるだろうが、銀貨よりも村人の健康の方が大事だと思っておられる。だが、必要になるときと言うのは、えてして急なものだ。知っておいて損はない。金も、薬もだ、だからかな」


 いまいち飲み込み切れない言葉を反芻しながら薮を払うと、開けた場所に出た。目の前の苔むした木にはキキラが絡んでいるが、もうこの蔦を折って吸おうとは思わなかった。




 ルーティエはそのままキキラを折るのではなく、生え方や根の位置を丹念に調べ、先端に近い位置をナイフで切ることで注ぎ口として誂えた。吸ったりするのではないとは思っていたが、その取り出しもまた見たことがないものだった。


 切り口を綺麗な布で包み、先ほどの小瓶を添えると、つたを指先でトントンとつついたのだ。するとまるで魔法のように、それまでにじむ程度に出ていた樹液が漏斗で水を流したように一本の筋になって瓶の中に溜まっていく。

 ぽかんとする俺に彼女は「魔術のようなものだ」と言って、小さく笑って(おそらくは)とても丁寧な説明してくれたのだがほとんど理解できなかった。また、本来は蔦の上と下を決めて滴りやすくしたうえで何時間も待つのだそうだ。根の位置を確認したのも、なるべく端から端までを長く取り、一度に取れる量を多く、また蔦自体が回復しやすくするためだと言う。

 なるほど、と思う反面そこら中にある蔦などにそこまで気にするのかと言う思いもあった。だからだろうか、


「エルフだから?」


 と言う言葉が口をついて出てきたのは。エルフと言うのは森に深く住まい、その森をとても大切にするとどこかで聞いたきがしたのだ。

何本目かの蔦から樹液を採集していたルーティエはその言葉にゆっくりと、しかしはっきりと反応に、なにか良くないものを指摘してしまったかと内心に焦りをもった。


「それは違うな、カール。たとえエルフであっても森や、植物を大切にしないものはいる。中には積極的に焼いてしまうものもいるほどだ。個人的にならば許せることではないと思うが、そうせねば生きられぬこともある」


 視線は滴る樹液に向けたまま、意識だけはこちらに向いていることが感じられた。


「少なくとも、私は、エルフとしてではなく、薬士として森の恵みを分けてもらう者としての、最低限の礼儀だと思って行っている」


 薄く開いた口はまだ何か言いたげではあったが、瓶に十分な量が溜まったことで話はそこで終わってしまった。そのあと、都合3本の瓶を詰め終えて俺たちは村へ戻った。


 会話はなかった。




 その後何度かルーティエを連れて、いくつかの群生地などを回ったが、細かな薀蓄や採集のコツと言った話が多く、個人的なものに関しては何一つ聞くことはできなかった。雪が積もることも多くなり粗方の採集が終わった後はルーティエも調合や保存に向けての作業が増え、滅多に会うこともなくなり、時折エンロヤ婆さんの家で調合談義や補助をしているのを見かけるくらいになっていた。ずいぶんと腕がいいと婆さんをして言わせるのだから、相当なのだろう。

採集で見せた魔術を使ったように、調合にも使うらしく幾つかの工程を無視したり精度が均一であったりで、いつも怒られている孫で弟子のミーヤはズルイズルイとこぼしていた。もっともその倍はスゴイスゴイと褒めていたのだが。


 そんな折、事件が起きた。雪が積もり屋外の仕事ができなくなり、家に引きこもる日々、たまの晴れ間に雪を掻き、徒労と知りつつ狩りに出る。そんな風に溜まった鬱憤を、美人のエルフで晴らそうとした若衆がいたらしい。夜のうちに数人で押し入り、ものの見事に撃退されたと言う、全員が全員、下半身をローストされて、婆さん手製の火傷軟膏を塗りこまれたことで悲鳴をあげたのが今朝のこと、それまで一晩、積もった雪で火傷を冷やしていたという。婆さん経由でそれを知った村長以下、村の上役は大慌てで謝罪に向かい、実行犯たちの割り当てから、いくらかの食料を融通することでこの一件を納めることになったのだと、干し芋欲しさに顔を出した婆さんの家で、戦利品のお裾分けに来たルーティエから聞いた。曰く、寝込みを襲うとしても、初手で小屋ごと吹き飛ばすくらいでなければ何とでもなるとかなんとか。

 その際、話の流れで彼らに塗った軟膏の話になり、よく効く代わりに刺激が強いらしく、ここのところ、ルーティエに聞いた話から調薬にも興味を持ち始めた俺が水を向けたのが運のつき、


「物は試しじゃ、お前さんも塗ってみぃ」


と、耳かきに乗るほどの量を差し出されたが、火傷などしていないと断ったのに「まぁまぁ」「ほれほれ」と押し切られ、




「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」




ひどい目にあった冬、小屋は3人の笑いで始まった。


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