ソラヤ・リナライト 前編
ぼーっと身支度をしながら、私は考えていた。
これからどうしよう。
それを判断するには、情報が足りない。
特に魔王側の情報が圧倒的に少ない。
魔王のお城に住んでたこと。魔王が私を娘と呼んだこと。
暗い洞穴で一人で震えていたこと。たくさんの呪う声が聞こえたこと。
今のところ、私の記憶はこれだけ。
魔王の娘として、どういう生き方をしていたのかはわからない。
そして現在、魔の力が本当に復活しているのか、したとしてどうなるのかもわからない。
そして、あの勇者の末裔たちが何を考えているのかもわからない。私を魔に連なるものと知っているのだろうか。
この状況で、私はどうすればいいの。
……考えるのも面倒くさい。
もうこんな都会で生きているより、どこかで一人でひっそりと暮らそうかな。
そうすれば余計な悪意に心を乱されることもないかも。
生まれ故郷の山は一人で生活するにはちょっとハードすぎるけど、きっといい場所もあるわ。
……でも、そのいい場所はどうやって探そう? そもそも私に生活する力はあるの?
考えれば考えるほど、現状は八方ふさがりな気がする。
「……とりあえず、ここで知識と力を身に付けてから考えた方がいいかも」
私の言葉に、キズナは興奮して足をバタバタさせる。
「それがいいですよ! 学院生活中に、万が一勇者どもがイミナ様を傷つけるようなことがあったら、オレが身を挺して守ります!」
私はジト目でキズナを見る。
「……喋れるようになったのはいいけど、なんかどこか馬鹿っぽいのなんで……」
「すみません、まだ使い魔としての力が足りなくて」
しゅんとして耳を伏せるキズナ。
それってつまり、「お前の魔力がまだまだ足りないからだよ」ってことかな。
キズナは私のひねくれ思考を読み取ったのか、慌てて言った。
「もっと魔力がばばーっとあれば! こうびしーっと! イケてる使い魔になりますんで! オレの真の力を! まだ本気出してないんで!」
「わかったわかった、フォローになってないし……」
私はそう言って窓辺に寄る。
静かな朝だった。
窓の下にいつもの三人の姿がない。
朝から構われるのはうっとおしかったし、生徒たちの嫉妬を受けて面倒だったけど、突然いなくなると気味が悪い。
私は見捨てられたのだろうか。
そう思うと、なぜか胸がちくっと痛んだ。
なんだか心がぞわぞわして落ち着かないでいると、ふと、遠くから走ってくる人影が見えた。
ソラヤだ。
私はほっとする。
男子寮の方向ではない。何をしていたのだろう?
近くまで来て、彼も、自分以外の人間がいないことに驚いたようだった。
私は出かけようとドアを開け、部屋の前にメッセージカードが2枚置いてあることに気付いた。
ソラヤと二人(+一匹)で食堂に来た。
「先輩たちは用事があったのか」
「……そうみたい。カードによると」
自分の前に強制的に置かれた、ソラヤと同じ内容の食事に困って、とりあえずミルクを飲む。
ソラヤのメニューは、朝にとるには私には重すぎる。
ハルマがいないとこのへん甘やかせてもらえないな。
「まあそういうこともあるだろう。むしろ今まで無理していたのではないか。筋が通らない行動だったし」
二人がいることに否定的だったソラヤらしい返答がきた。
「ソラヤは朝、どこに行っていたの?」
「ああ、剣術道場に」
「あ、ときどき通っているっていう……」
魔術学院を囲む森の中にあるという話を、聞いたことがある。
「そうだ。朝練を追加したのだが、少しスケジューリングに無理があった。明日からは考え直す」
「なんで増やしたの?」
「強くなりたいからだ。もっと強くなければならない」
あの日のハルマを見つめていたときのような、険しい瞳で言った。
フォークを持つ、制服の袖から見える引き締まった手首にドキッとする。
ソラヤ・リナライト。17歳。
赤茶色の髪の毛に黒い瞳。
眼鏡をかけた秀才タイプなようで、その身体はがっしりと男らしく筋肉質。
文武両道。強く、賢く。
自分との違いに目眩がする。
どうやってこういう人間になったのだろう?
これが純粋な勇者の血というものなのだろうか。
彼の生い立ちは――。
「魔王の山って、やっぱり厳しい環境だったの?」
「父に心身を鍛えられた。厳しい人だった。多くのことを教えてもらった」語りながら私の皿からパンを取る。「残すのならもらうぞ」
「う、うん、私はソラヤみたいに朝から身体を動かしてないから……」
「食べるものには感謝し、尊ばなければいけないよ」
だから、朝からそんなに食べられないんだってば。
不貞腐れてフルーツをがじがじとかじる。
「……やっぱり山ではパンとか貴重だったの?」
「ろくに植物も生えない、まともな生き物も棲まない死の山だったからな。麓の村から食料や日用品を届けてくれる人たちがいて、その助けもあって僕と父は暮らしていた」
「あ、完全なサバイバルじゃないんだ」
「あの地で長期の生活でそれは無理だ」
そこまで超人じゃないのか。
私が想像していたよりは、ソラヤは他人と触れ合って生きてきたみたいだ。