魔王の娘
漆黒の魔王の城で、私は自分の身体の5倍ほどの大きさのベッドに体を横たえていた。
大きな影がこちらに向かってくる。
そして私を上から覗き込み、残忍な笑みを浮かべて言った。
「我が娘よ」と。
あれは、私の前世か、先祖か。
私は魔王の娘だったのか。
そりゃ人々には悪意しか向けられた記憶がないわけだわ。
ていうか今でも嫌われてるのってなんなの? 魔王オーラとか出てるの?
ていうか。
だったらなおのこと、なんで勇者の末裔たちは、私をちやほやするのだろう。
もう、全然わかんない!
ハルマたちが催してくれた「魔力の儀成功おめでとうパーティー」という名の晩餐を上の空のまま終え、部屋に戻った私は、制服姿のままでベッドに転がり、布団をぼふぼふ足をじたばたする。
「ご苦労様です。イミナ様」
一人と思っていた自分の部屋で、突然人の声が聞こえてぎょっとする。
体を起こし、声のした方を見ると、そこにはキズナがピン!と背筋を立ててお座りをしていた。
「どもです」
「き、キズナ? どうしたのその声」
「イミナ様から受け取る魔力が増えたので、喋りやすくなりました」
そう言って、片目を凛々しく光らせる。
いやいや。声質が全く変わってるんですけど。
以前はどちらかというと脳内に直接聞こえるようなノイズに近い感じだったけど、今はしっかりと口を動かして喋っている。
なかなか渋く良く響くテノール声。だけど。
「こんなペラペラ喋るんだ……」
「うーん、ちょっと前までは使い魔っていうか割と犬まんまって感じだったんで、ようやくオレらしさが出せたっていうか、これがリアルっていうか。イミナ様のおかげ、感謝っていうか」
いくらなんでもフランクすぎる。
声も見た目も渋いのに、いろいろ台無しな感じだ。
私が呆然としているのに構わず、彼は、
「ま、話し相手にでもひとつ」
前脚を片方上げる。
ま、まあ、それはとても欲しかったけれど。気を取り直して、早速話しかける。
「ねえキズナ。私、魔王の娘だったみたいなんだけど」
「そうなんですか」
キズナもベッドに飛び乗ってきた。
「たぶん。前世とかで」
「そりゃあえらいことです」
「それでなんか嫌な感じがあってみんなに嫌われてるんだと思うんだけど、だとしたらなんであの三人は平気なのかな……」
「あの三人とは?」
「ハルマにユートにソラヤ。あ、王子もかな」
「あ~。勇者だから関係ないんじゃないんですかね~。博愛精神とかそんなんで」
「そんなもんかなあ……。勇者ってすごいね……」
って。
待って待って待て待て。
「でも、ユートのお兄さんは私のこと嫌いっぽかった。お兄さんだって勇者の血は引いているでしょう?」
「誰それ」
「ほら、街で会った。資料館の」
「見てないんで。オレ、連れて行ってもらえなかったんで」
ジト目で見てくる。
そうでした。
「ごめん……」
「まあ、きっと笑顔を作るのが下手な人だったんですよ。てゆーか『やべえ!マブいな~』って見てたのが睨んでるように見えたとか」
そーかなー。
そ、そーかなああああ。
うーん……。
納得がいかない。
「そもそも私って、勇者たちに討伐されたのかな。それとも別のところで命を落としたのかな」
見えたイメージには、勇者との絡みはなかった。
資料館にも、娘の最期についての情報はなかった気がする。
「前世のイミナ様があまりに美しかったので、うっかり命を奪えなかったとかあるかもしれませんね!」
キズナが片目を輝かせながら言う。
ないないない。
私は片手でキズナの頭を押さえる。そこまで持ち上げられると嫌味でしかない。
「それよりは、100年前に自らの手でとどめを刺し損ねたんで、いつでも殺せるように監視してるとかの方がありえ……」
自分で言って、その内容の恐ろしさに途中で言い切るのをやめる。
私は王子によって捕獲されたのだろうか。
ハルマが背後に使い魔のドラゴンを従えて笑顔をたたえるイメージを思い浮かべ、振り払う。
あの人たち、ただ勇者の血を引いてるってだけじゃなくて、実際、今でも強いんだから。
対して私は、力もなければ後ろ盾もない。
私は枕に顔をうずめる。
やっぱり、誰も何も信じられない。
自分が魔王関係者だなんて、知りたくなかったな。
せっかく魔力の儀を成功させても――何かを信じても、ろくなことが待ってなかった。
もう、何も信じないから!
ふて腐れ、今日はもう寝ることにする。お風呂に行く準備をしようとしてベッドから下りかけ、キズナと目が合う。
私はキズナに布団を被せた。
「な、なに? イミナ様!」
キズナはびっくりして暴れた。
「着替えたりするときには見ないで」
今までは良かったけど、ここまで意思が見えると、恥ずかしいから。