二度目も刺激的
魔物の侵入事件から一日経った。
当日こそ生徒たちはハルマのことを畏怖のあまり遠巻きに見ていたけれど、すでに「身近な英雄」として彼を祭り上げていた。
「やっぱりすっごい格好いい! 強いし! ハルマ様♡」
「私もハルマ様に指導されたい♡」
きゃっきゃと盛り上がる女生徒に取り囲まれ、動けずに困った様子のハルマが、私に気付いて手を振った。
手を振った先を見た女生徒たちは、その表情を喜悦から嫌悪に変えたように見えた。
ちょっと。この状態で私に注目を集めるのはやめて欲しい。
嫌がらせ?
ハルマの研究室に、いつものメンバーが呼び出された。
ハルマはソファに座り、その膝の上に私を抱えた。
「疲れた……。こうすると癒される……」
赤ちゃんじゃないんですけど……。恥ずかしいなあ。
でも、実際、事後処理や対応でとても忙しいことになっているみたい。
「お疲れ様です。でもあんまりイミナちゃんにベタベタしないでくれるかな?」
私たちを見下ろすように立ったユートが、不敵な笑みを浮かべている。恐い。
しかし、ハルマは動じない。
「僕に手伝えることがあったら言ってください、ハルマさん」
「ありがとう、ソラヤ。まあなんとかなるよ」
力なく手をひらひらと振るハルマ。
「しかしあんな風に狂った魔物が現れるなんて……」
ソラヤは手を顎に添えて考え込んだ。
「まあなんといっても魔王との闘いから100年だ。勇者様の加護も薄くなって、魔の力が蘇りつつあってもおかしくないさ」
ユートは言って、近くの椅子にどかっと座った。
「王子も1年ほど前から、この太平に綻びがないか確認し、魔を寄せ付けない結界を張り直すために、合間を見て国中を回っているが……」
ハルマは言う。
ああ、その流れで私の住んでいたあんな小さな村にも来たのか。
頭の上に顎を載せられて、私からはハルマの表情は見えない。
「まあとりあえず、何か情報はないか。勇者の末裔として」
私はハルマの発言に驚いた。
え、それで呼び出したの? 私、関係なくない?
ただのクッション代わり? 癒し担当?
「そう言われてもね。俺はただの学生だし。実家の方に聞かないと……」
ユートはかぶりを振った。
「実家の方には王室から調査が行っているはずだ。――しかし、本当か? この間、イミナを僕たちに無断で街に連れて行ったように、隠し事をしていないか?」
「根に持ってる……」
ハルマの冗談めかした追求に、ユートは苦笑した。
ソラヤが言った。
「うちは魔王討伐後に魔王の山を下りず、先祖代々、魔王の城のそばで暮らしてきた。魔の復活の兆しがないか、監視するためだ。2年前に父が亡くなったので、僕は父の遺言に従ってこの魔術学院に来た。王室の手配で、入学と生活が出来るようになっていた」
「え?ちょっと待って、母親は?」
ユートが口を挟む。
「知らない。物心ついたときにはいなかった。ともかく、2年前までは魔王城跡に異変はなかったはずだ。ここを卒業したらまた山に戻るつもりだったんだが……」
なんかすごいなあ。
世間からの孤立具合だけで言えば、山奥の村で人々に無視されて生きてきた私に匹敵するかも。
まあ、私みたいに嫌われていたわけじゃないだろうけど。
「そうか……うーん……」
ハルマは私の頭上で大きくため息をつき、
「まあ、王子には報告しておく」
そう言って腕を緩めたので、私はそそくさと彼の膝から下りる。
やっぱり、ハルマと王子って深く繋がってるんだなあ。
振り返り、体をハルマに向ける。
「……ねえ」
「ん? なんだい、イミナ」
「王子って、私について何か言ってる?」
気になっていたことを訊ねる。
「とても気にかけていたよ。ちゃんとやれているかどうか。大丈夫ですって答えた」
ええ……大丈夫じゃないんだけど……。落ちこぼれなんですけど……。
本当にそう思ってるの?
私、このままで大丈夫なのかな。
私は制服をぎゅっと掴み、勇気を出して言う。
「ねえ、魔力の儀のコツ、教えて」
すごい痛いし、そんな何回もやりたくないし、次は絶対に失敗したくない。
だから、知りたい。
「コツって言われても……。俺そんな苦労した覚えないからな……」
困ったように頭をかくユート。
「ユートはどこまでやった?」
「第2段階ですよ、ハルマ先輩。これ以上はやるつもりないですね」
「僕はまだ第1段階しかやってないが、ユート先輩と同じく、特に苦労をした覚えはない」
ソラヤも言う。
返ってきた答えに絶望し、顔色を失った私の頭をハルマがぽんぽんと叩く。
「授業でやったと思うけど、魔法のエネルギーというのは、この世を満たす意思エネルギーなんだ。心を開いて力を抜いてゆったりと受け入れることが大事だよ」
「心を……」
そんな、無茶な。私が一番苦手なことじゃない。
本当、なんで王子は私に才能があるなんて言ったの?
混乱している中、例の暗い洞穴のイメージが頭をよぎる。
「あ、あと、儀式の最中になんか変なのが見えて、それが怖かった……」
「ああ、万物の意思エネルギーを通すからね。キャパオーバーの魔力に触れることで、過去の記憶だったり、虫の知らせだったり、そんな全ての空間を超えた思いが届くことがある。『神の声』って言う人もいるけどね」
「僕も天啓を受けた。儀式の最中に、死んだ父にそっくりな若者の姿を見た。あれは勇者だろう」
ハルマの説明に、ソラヤが続ける。
「まあ、そういうものだ」
ユートが締める。
そういうものなのか。
あれがなにかの暗示だとしたら、それはそれで恐ろしいけれど。
ソラヤがその真面目な瞳を、真っ直ぐにこちらに向けてきた。
「イミナくんの場合、あまり後に回しても余計な考えばかり広げてさらに緊張するだけだと思う。とりあえずもう一度やってみたらどうか。儀式を」
「えっ」
不意打ちだ。
「今」
「今!?」
ソラヤの唐突な提案にあっけにとられる私。
「いや~、ソラヤ、それはちょっと乱暴じゃ……」
「ハルマさんは甘いんですよ。そのままではいつまで経ってもイミナくんは先へ進めませんよ」
ピシャリとやられてハルマは口ごもる。その様子を見てユートは、
「……よしわかった。じゃあ可愛いイミナちゃんを俺たちで見守ろう。大丈夫、俺たちみんながついている」
そう言って私の手を握って笑った。
え……ええ~……。そんなあ……。
「……そうだな。イミナ、僕たちを、自分を信じて」
ハルマもそうグッとこぶしを握った。
信じるって……。
上手く言い返せず、口をパクパクとさせる。
でも、問題は私が怖がっているということだけならば、言われる通り、先送りしても仕方がないのだろう。
強くなれば、王子を失望させない。
強くなれば、疎まれても跳ね返す力になる。
三人の顔を見回す。
私は決心した。
「……やる」
前回と同じように、ハルマが部屋の中に儀式の準備を整え、私は魔法陣の中に入った。
ユートと目が合い、彼が手を振る。
ソラヤと目が合い、彼がうなずく。
ハルマと目が合うと、彼はいつものように優しく微笑んできた。私はそれを見てうなずく。
なんてことのないものだってみんな言ってるじゃない。
失敗なんて普通しないの。だから、大丈夫。
せめてこれくらいのこと――信じなきゃ!
ハルマが呪文を唱え始める。
魔力の圧を感じる。
受け入れようとして、軽い痛みにふわっと一瞬意識が抜けた。
たちどころに強い魔力が私を貫いた。
痛い。
同時に様々なイメージの断片が、脳内に怒涛のように流れ込んでくる。
黒い城。豪奢なベッド。
洞穴の奥。私を覆う影。
呪いの声。咆哮。血の臭い。無数の紅い目。
そして巨大な――。
知っている
この場所も
この恐ろしい顔も
全部知っている
あそこで見た
私は
流れ込む魔力が止んだ。
意識が遠くから戻ってくる。
私は
魔王の娘だ。
魔法陣が放つ光が消え失せ、その中央に力なく崩れ座り込む。
「おめでとう! 成功だ!」
「良かった、よくやった」
私を囲み、喜ぶ三人。
私は自分の身体を抱き、目を見開き、震えていた。
祝福の声が遠くなっていく。
自分が何者であったか、知ってしまった。分かってしまった。
人々の敬愛を集める勇者の一族と
人々の怨憎を集める魔王の一族。
みんなが私のことを嫌いなの。