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100年目の崩壊

 暗い、暗い洞穴の奥で私は独り、体を丸めて震えていた。 

 身に触れる岩は冷たく、体温を奪っていく。

 これは、昔からよく見る夢のひとつ。

 ただ、以前はもっとおぼろげであやふやなイメージだったけれど、先日の魔力の儀の最中に見た風景に引っ張られて、今はよりはっきりと見えている。

 息が苦しい。暗闇に溺れているみたい。



 そういうわけで、今朝も目覚めは悪かった。

 重い体をずるずると引きずりながら姿見の前に行き、半分寝ながら髪をいじる。 

 ユートの指導通りに手入れした髪は、びっくりするほどふんわりと艶やかだった。

 まじまじと髪の束を見つめていると、キズナが寝間着の裾を引っ張る。

 見ると、何か包みを持ってきていた。中には真新しい制服とメッセージカードが入っていた。

 

 ――勉強、頑張ってください。 王子ランギルト

 

 儀式で制服が破れたことが王子まで伝わったらしい。ハルマの仕業かしら。

「わざわざ手配してもらわなくても、予備の制服がまだまだあるのに……」

 まあ、いくらあっても困らないけど。

 それよりこれは、私の無能さ加減を王子も知ったってことだよね。

 なんとも思わなかったのかしら。それとも――

「――俺のメンツを潰すな、という脅し?」

 カードを読み返し、ぞっとする。

 100年前の魔王討伐のこともあり、王家の人気は相当高そうだ。それは都でも感じた。

 力と人望がある人間を敵に回したらどんな扱いを受けるか……。

 考えるだに恐ろしい。

 なんとかしてもう少し魔術の力を磨かないとならないだろう。



 寮を出ると、いつも通り、待ち構えていた三人に出迎えられた。

 ユートは私を一目見るなり、

「美しすぎる……姫……その漆黒の艶めき……」

 そう言って髪をひと房取って口づけをした。

 大げさすぎる。

「お兄ちゃんは複雑だ……可愛すぎる……」

 ハルマは頭を撫でていいのか困っているようで、行き場のない手をわきわきとさせていた。

 結局、頭ごとぎゅっと抱きしめてきた。

 だから、これをされると息ができないってば。

 髪の毛をちょっとまともにしただけでこんな反応されるって、かえって恥ずかしい。

 戸惑っていると、私たちを見るソラヤの冷めた視線に気づいた。

「行こう」

 ソラヤはペースを崩さず、移動を促す。

「いや、一言あるだろ? イミナちゃんを見て」

 あきれたように言うユート。

 いや、そんなに無理につっこまないで欲しい。いたたまれないから。

「何が」

「雰囲気が変わったと思わないのか?」

「彼女の髪は美しい。それが何か」

 真っ直ぐな言葉が返ってきた。

 思いもよらぬ反応に不意を突かれ、あっけにとられる私たち。

 ソラヤの目にふざけたところはない。

「う……うん、わかってるならいいんだ……。でも口に出してあげようね……」

 たじろぎつつ言うユート。

「その必要性が感じられない。ただ見れば誰にでもわかる、歴然とした事実で事象だ」

 言葉を重ねられるほど、私の顔は真っ赤になる。

 明日からまたぐちゃぐちゃにしてきてやろうかな。



 今日の授業は中庭で行われた。

 空気の中の魔力の流れがどうだとかこうだとか。はっきり言ってピンとこない。

 皆の前でソラヤが手本として、手も触れずに羽ペンとインクを空に華麗に舞わせた。

 私がやったらインクを被っちゃいそうだなあ……。

 そんなことを考えながら、キズナの毛並みを撫でつつ眺める。


 その時、平穏を切り裂くように突然、後方で雷鳴のような大きな音がした。

 続いて、この世のものとも思えない異様な唸り声が轟く。

 振り向くと、門扉であった瓦礫の上に、巨大な、太ったトカゲのような魔物がその身を乗り出していた。

 魔物が息をゆっくりと吐き、魚が腐ったような酷い臭いが立ち込めた。


「下がれ! 下がれ!!!」

 教師が叫ぶ。

 生徒たちがわっと建物の方に散っていく。

 私は動けなかった。うっかり魔物と目を合せてしまい、射すくめられてしまったのだ。

 あの資料館で見たような、恐ろしい醜悪な魔物。こんなものが、今、現実で目の前にいるなんて。

 魔物が身体を揺らし、一歩こちらへ踏み出した。

「何をしているんだ!イミナくん!」

<イミナ!>

 ソラヤは私の腕を掴み、キズナは私の足元を追い立て、無理矢理逃がそうとする。

 その瞬間、教室の窓から颯爽と人影が降りてきた。

 ユートだ。

 彼はその長身を翻し、何やら呪文を唱え、腕を大きく振った。

 彼の周囲に9つの光の円が出現し、それぞれから銀色の狼が飛び出してきた。

「行け!」

 ユートの声に反応して、彼の使い魔である9匹の狼たちが次々と魔物に襲い掛かる。

 そのコンビネーションはまるでダンスを踊っているようで、グロテスクな魔物と対照的に幻想的で美しい。

 攻撃を受けた魔物が少し怯み、叫び声をあげた。

「大丈夫か、イミナ!」

 ユートがこちらを向き叫ぶ。

 私は必死に頭をぶんぶんと振る。

 やっとのことで口を開き、震える声でソラヤに聞く。

「……こ、こんなことよくあるの? 村では見たことがな……」

「僕も初めてだ。しっかりしろ!」

 ソラヤに手を握られ、一緒に走りだした。足がもつれそうになる。


 警鐘が学園中に響き渡る。

 続々と教師たちが現れ、自分たちの使い魔を投入しつつ、その後ろで共同で結界を張り始めた。

 しかし魔物が暴れる度に、張りかけの結界は崩れ、掻き消えてしまう。

 魔物に近づきすぎた教師は食いちぎられかけ、それを見た生徒が悲鳴を上げる。

「駄目だ、手に負えない! 国の魔術師軍に連絡を入れろ!」

 教師たちが撤退に向けて揺らぎ始めたとき、一人の青年が中庭に現れた。


「ハルマ……!」

 彼は瓶から光る砂を手に少し取り、呪文を唱えつつ、指でくうに垂直に大きな魔法陣を描いた。

 その中心から、大きな鉤爪のついた鱗だらけの腕がにゅっと出た。

 腕はもがくように暴れ、それにつれて魔法陣が広がる。魔法陣はみるみるうちに巨大化してゆく。

 そしてついに、中から巨大なドラゴンが現れた。

 大地を踏みしめ、土が舞う。

 その高さは建物の3階ほど。全身を覆う鱗は青にも緑にも光り、鋭い牙が口から大きくはみ出、紅い目がギロリと魔物を睨む。

 教師も生徒たちも、その場にいた全ての者があっけにとられた。

「喰らえ」

 ハルマは冷徹に一言発する。

 刹那、ドラゴンは魔物の首に食らいつき、喉を噛み切った。

 汚い色の血が噴き出し空を染め、身体が倒れて地面が揺れる。

 断末魔が響き渡る。

 あまりの轟音に、思わず耳を塞ぐ。脳が割れそうだ。

 残響の中、ドラゴンはぐるりと周囲を見回し、ハルマと目が合うと、自ら魔法陣に戻っていった。

 ドラゴンがその姿をすべて魔法陣の中に戻したのち、ハルマが指を鳴らすと、魔法陣は弾け消え失せた。砂がさらさらと落ちる。

 あとに残ったのは、魔物であった塊と、瓦礫の山。


「ハルマ先輩、これは一体……」

 ユートがようやく口を開いた。

「僕の使い魔だよ?」

 ハルマは動かなくなった魔物の体をコンコンと叩きながらさらっと答える。

「いや、以前に見たときにはもっと小さい竜を連れていた!」

 このくらいの、とユートは目の前で手のひらを広げる。

「大きくなったんだ」

「そんなバカな……だとしてもこんな大きさの竜を使役するほどの魔力なんて……」

「忘れたのか? 僕たちは勇者の子孫なんだよ」

「天才魔術師様、か……」

 ユートはハルマの言葉に納得いかないようだ。

 ソラヤはずっとハルマを険しい顔で見つめている。

 教師たちも複雑な表情を浮かべている。

 ハルマは奇妙な空気に少し困ったような顔をしていたけれど、私が見ていることに気付いて、

「みんなが、イミナが無事で良かった」

 そう微笑みかけた。そして、

「魔物が暴れたのが、街から外れたこの魔術学院で良かった。先生方、結界を張りなおしましょう」

 淡々と処理を続けた。

バトル中心にはなりません。あくまでラブです…!

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