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あなたの血は何色?

 ハルマは私を魔法陣に残し、正面に立って目を閉じて呪文を唱え始める。

 魔法陣が強い光を放つ。

 私は緊張と不安で硬直する。

 光はまばゆさを増す。


 心の準備が出来ていない。

 やめて。ヤメテ。

 こわい。怖い。コワイ。


 叫びたくても声が出ない。

 詠唱が終わった瞬間、ぐわん!と何か大きな力が下から押し上がってきた。

「力を抜いて! 受け入れて!」

 ハルマが言う。

 魔力が無理矢理に私を貫こうとする。


 イタイイタイいたいいたい痛い痛い痛い。

 むりむりムリムリ無理!


 圧迫感と痛みに耐え切れず、意識が飛びそうになる。

 目の前が暗転し、脳内にぐちゃぐちゃなイメージが渦巻くように湧く。

 暗いこれは――洞穴?

 そして無数の呪詛の声が頭の中で響く。

 死ね死ね死ね死ね死ね死ね

 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね。


 混沌。


「いや!」

 ようやく私の喉がその機能を取り戻した。

<イミナ!>

 私の様子に興奮したキズナが魔法陣に飛び込んでくる。

「だめだ! おい!」

 ハルマの叫びも空しく、侵入者によって儀式の光は歪み、行き場を失った力が縦横無尽にはじけ飛び、私の制服の一部を破いた。


 私は半泣きで部屋の出口に走り寄る。

 扉を思い切り開けると、ちょうどノックの手つきをしたユートが立っていた。

 ユートの涼やかな目元が丸くなる。ボロボロの私と慌てたハルマを交互に見、私をその身体に引き寄せ、

「……ハルマ先輩、なにうちの姫を強引に襲ってるんです? 勇者の血筋を汚すようなことはやめてくれます?」

 あきれ顔で言う。

「誤解だ!」

 ハルマの頬が紅潮する。




「魔力の儀? 第一段階? それであそこまで拒絶?」

 ユートはうっかり素直な感想を漏らした後、顔に涙の跡が残った私を見て、誤魔化すようににっこりと笑って手をひらひらと振った。私は拗ねてそっぽを向く。

「……先輩、やりすぎたんじゃ?」

「大切な妹にそんなことをするはずはないだろう。規定通りの内容だよ」

 ひそひそと話しているが、丸聞こえだ。

 私はハルマの愛用の薄手のガウンを肩にかけられ、膝を抱えてソファに座っている。


 情けない。


 才能があるどころか、グズの落ちこぼれじゃない。

 王子は私に何を見たのだろう?

 ソラヤになんて言われるだろう。情けないと罵倒されるかな。

 もしかして、彼もこうなることをわかってたんじゃないかしら。私がダメダメだってことを思い知らすために急かして――。

 無駄なのに。そんなことしなくたって、自信なんか最初からないのに。


 ユートは私の隣にどっかりと座り、肩を抱き寄せた。

「良かったよ、先輩にイミナちゃんの初めてを奪われないで。俺が優しくやってあげるから、儀式資格を取るまで待っててくれよ、プリンセス」

 甘い声で耳元で囁く。

「おい、学生による儀式は禁止だぞ。卒業と儀式資格を取るまで待たせる気か?」

 ハルマがつっこむ。

「あと少しだし。駄目かなあ」

「駄目だろ……。そもそも、卒業後も学院に残るつもりなのか?」

「家に戻っても大してやることないんでね。三男だし。それこそつまらない見合いなんかをうんざりするほどさせられるだけだろうし。だから、先輩と同じような道を進もうかと。それに俺、けっこう才能あるんで。知りません?」

 にやりと笑う。

「知ってる。兄弟の中で一番だって話だ」

「いや~、確かに子供の頃はそう言われてたけど。まあ神童と言われても成長したらなんとやら、今はさすがにそこまででもないかな。兄さんたちにはかなわない」

 何をうそぶいているのだか、とハルマは苦笑する。

 そしてポットから飴を取り出し、私の手のひらを取りその上にのせて握らせる。

「もう落ち着いたかな? 今日はここまでにしておこう。焦る必要はないよ。また、心の準備ができたらおいで。いつでも待っているから」

 その微笑みはいつもと変わらなく、あの冷淡な表情はなんだったのかと思う。

「……はい……」

 一応、返事をしておく。それを聞いてハルマが私の頭をくしゃくしゃとなでる。

「あと、使い魔の調教はもう少し頑張って」

 キズナが申し訳なさそうにうなだれた。

 廊下に出ると、ソラヤの使い魔のグリフォンが隅で行儀よく待ち構えていることに気付いた。

 ぬかりないなあ……。

 


 グリフォンに監視されるまま自習室に行き、ソラヤに恐る恐る結果報告をした。

 まあ、ほとんどの説明は、ついて来たユートがしてくれたけど。

 ユートの喋りが良かったのか、ソラヤの反応は、

「そうか。次は成功するといいな」

 それだけで、拍子抜けするほどあっさりとしたものだった。

 ただ、直ちに補習を開始しようとしたので、ユートが慌てて私には休息が必要だと説き、おかげでそのまま私は寮に戻ることになった。



 ユートに送られて女子寮に向かう。

 広い中庭を横切る。日が暮れて、少し肌寒い。

 私はいつものように俯いて足元だけ見て歩いている。そのゆっくりとしたペースにユートは合わせてくれている。


「何かハルマに用があったんじゃないの? もうこんな時間だけど……」

「や、ちょっと苦手な人に部屋にまで押しかけられたんで、逃げ込みに行っただけだから。イミナちゃんといる方がいいよ」

 ユートって、ほんと、人気があるんだな。

 ユートは話を続ける。

「ソラヤは真面目すぎるけど、本当にいい奴だから大目に見てやってくれ。あいつはガチの勇者の直系のひ孫だからなあ」

「直系?」

「そう。息子ひとりのみで四代。ソラヤの父親は勇者の孫で、彼が生まれたときにはすでに齢60を超えていたそうだ。今は本当にあの家系における、たった一人きりの勇者の末裔だよ。」

 一人きり、ということはもうその父親は亡くなっているのか。自分の年老いた両親を思い出す。


 ソラヤの意思の強さ、凛々しい瞳を思う。

 高潔な、強い、強い血。


「うちなんて昔からの貴族で特に一族の人数が多いから、100年も経った今は”勇者の末裔”が多すぎて適当なもんだけどさ。当主も母の兄だし、俺が勇者の血筋って言われてもねえ……」

 あっけらかんと言う。


「…ハルマは?」

「あそこは本家筋だろ?」

「家族についてとか知ってる?」

「いや、そこまで詳しくないっていうか、交流ないんだよね。イミナちゃんに出会うまではハルマ先輩とも個人的に話したこともなかったからなあ。英雄の子孫同士って言っても、遠い遠い親戚みたいなもので……。王室の式典やらでニアミスはしてるはずだけど」

 そうか。ハルマの妹について聞きたかったな。

 ハルマのあの顔を思うと、直接本人には聞きづらいし。

 そんなことを考えていると、ユートが私の顔を覗き込んで、にまっと笑った。



「勇者に興味ある?」

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