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戦いの終わり

 勇者たちが自分に力を注ぎ、私の器を強化してくれているのを感じる。

 様々な感情が流れてくる。

 大丈夫。私が受け止める。

 人々の、行き場のない思いを。皆の、自分で処理できない感情を。

 そして、全て私の力に変える。


 封印が解かれたことで王子の力が2倍になったとしたら、私は1000倍だ。


 キズナの左目が光った。

「下です」

 私たちはその声に反応して部屋の中心から離れた。

 その瞬間、階下から床を突き破り、(おお)きな魔物が現れた。

 その三つの首から咆哮が響き渡る。

 怯まず、ハルマは電光石火のようにドラゴンを召喚した。

 瞬く間に、ドラゴンが魔物を食い破った。

 王子が愕然とした表情でその光景を見る。

 きっと、何もかもが予定外なのだろう。


「もう二度と失わない。お前の思い通りにはならない」

 ハルマはドラゴンを従え、あの冷たい表情ではなく、その顔つきの柔らかさを失わないまま、凛とした瞳で王子を見た。

 王子は半狂乱で私の方に飛びかかってきた。

「よこせ! そのお前の身体に溜めた悪意ごと! 力ごと! 寄越せえ! それは私のものだ!」

 キズナの手のひらから黒い槍のような影が王子に向かって矢継ぎ早に飛び、王子はそれに対処するべく足を止めた。次々に散らしていったのち、憎々しげにキズナを睨む。

「キズニウム、貴様……我を裏切るのか……。我より姫を……」

 冷たい笑いを浮かべながらキズナは言った。

「裏切る? 魔王様と何かを為した覚えはございませんが。魔王様はいつもおひとりでいらしたではないですか。それに大変申し訳ありませんが、イルミナーナ姫のいない世界など、わたくしには何の価値もございませんので」

 私はその会話の陰で呪文を唱え続けた。

 集めた力が、私によって統率されていく。

 タイミングを見計らい、それを全て解き放つ。


 炎の柱が、王子を貫く。





 静寂が満ちる。

 城を包んでいたおどろおどろしい雰囲気が、まるで夢だったのかのように消え失せた。

 冷たかった空気が、本来の気温に戻ってくる。

 私はみんなの顔を見る。

 その表情で、全てが終わったことを確信する。


「やった……やった!」


 私はみんなに順番に抱きついた。

「いい笑顔だ、イミナちゃん」

 ユートがそう言って微笑む。

 私は自分が笑えていることに気が付いて、頬に手を当てる。

 そしてユートの顔を見上げて聞いた。

「でもユート、家の人たちに会いに行ったりして大丈夫だったの……?」

「やるべきことがわかっていれば、信じられるものがあれば、ただの人間など恐れることはないさ。俺の方が強いんだし、ね。愛した人の覚悟に負けるわけにはいかないだろ?」

 ”愛した人”が誰を指すのかに気付き、私は顔を赤らめる。

「本当に自分の家にこの国を支配させるつもりなのか?」

 ソラヤは不満げに訊ねた。

「さあそれは……。行方不明の、他の王家の人たちの采配に委ねるよ」

 ユートはひょうひょうと答え、使い魔の狼に何やら指令を出した。

 狼たちは一斉に走って出ていく。

 それからユートは、私の髪の毛をそっと触った。

「あんなに綺麗な黒髪だったのに。真っ白だ」

 ハルマが優しく笑う。

「そのうち元に戻るだろう。それに、これも綺麗だ」

 私ももう一度自分で髪の毛を掴んで見る。

 何かが浄化されたようで、嫌な気持ちではなかった。

「妹のワンピースとも、合っているしね」

 そう言ってハルマがまた、私の頭をくしゃっとする。

 私はそのひらひらの服の裾を押さえた。

 やっぱりちょっと、可愛すぎて恥ずかしい。

「なんでその服を着てきたの?」

「なんかあったときにハルマの気合が入るかなって……思ったん……だけど……」

 自分でも勢い任せの作戦だったなと思い、言葉は後半に行くにつれて小さくなった。

「狙い通りだよ。イミナ」

 ハルマにそう言ってもらって、私はほっとした。


 私は少し考え、決意を固めてキズナを見た。

「お願いがあるの」

「いかがなさいましたか、姫」

「みんなの、呪いを解いて。私には、もういらない」

 キズナは黙った。

 その瞳には戸惑いが揺らめいている。

「呪い? なんのことだ?」

 ハルマはきょとんとしている。

 ソラヤが耳打ちした。

 ハルマは話を聞いているうちに、そのまなざしを次第に真剣なものに変えた。

 長い沈黙ののち、キズナは口を開いた。

「――それをするには、わたくしの全ての力と命で足りるかどうか」

「そっか……キズナがいなくなるのは寂しい……」

 私はうつむいた。

「わたくしの命はどうでもいいのですが、それよりそんなことをしては姫の身が心配です。誰が貴女を護るのか」

 ユートが私の肩を抱いてきた。

「解く必要はない。こんな風にイミナちゃんの顔が曇るなら、お前は生きていろ。俺たちは何も困っていないし」

「そうだ。僕たちはこんな魔族の呪いなどに負けない」

 ソラヤも続く。

「そう言われますとね……」

 キズナは複雑な表情を浮かべ、そして深々とため息をついた。

「イルミナーナ姫のための世界を作る私の夢は、ここで(つい)えるのでしょうか」

 ハルマがゆっくりとキズナの方へ歩み寄り、キズナを見上げて微笑んだ。

「きっと、イミナのための世界って言うのは、君が想像するものとは違うと思うよ」

 キズナは不満げに顔をしかめる。

 私はキズナに言った。

「ねえキズナ。その目で見えるんでしょう? 少し先の未来が。私はどうなるの?」

「はい……」

 キズナはそう言って左目を押さえ、そのまま口を結んだ。

「これが、いいのかもしれませんね。魔族のわたくしにはわかりませんが」

 その詳細を伏せたまま、ぽつりとこぼす。

 大きな体躯に似合わない、その困惑した様子が、なんだか可愛く思えた。


 ふと、私は自分の身に起こった違和感に気付いて、あたりを見回す。

「……なんか、また空気が変わった?」

 ユートが答える。

「ああ。魔の封印をもう一度するように、今、伝令が走っているはずだ」

 それでか。

 力は少し抜けたけれど、この方がすごしやすい。


「戻ろう。イミナくん。外を確認するために」

 ソラヤが手を差し出す。

 私はその手を取り、白いワンピースをひらめかしながら共に大階段を駆け下りる。

 明るい光が射す方へ。

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